つい先日のことである。
大学生の遥さんが帰宅途中のこと。ふと足元に視線を向けると、財布が落ちている。
若い女性が好むような流行りのブランドのもので、拾ってみるとズシリと重たい。中身を確認すると、万札やカードがズラリと並んでいる。
「誰のかしら」
免許証など、身元が分かるような物は入っていない。こういう時は警察に届けるべきだろう。それが常識的に考えて一番健全な選択だ。
しかし。
「……これだけあれば、欲しかったバックが買えるのよね」
魔が差すとはまさに今の状況だろう。遥さんは注意深く辺りを見回す。
人影はない。通行人もいない。つまり、財布を拾ったことを目撃されてはいないのだ。
遥さんは一瞬躊躇ったが、ついには欲望に負けた。拾った財布をこっそりと鞄に入れると、そそくさと歩き出した。
数日後。遥さんはずっと狙っていたブランドの新作バックを持って、買い物に出掛けた。友人に見せびらかすために、わざわざ大学に持っていったこともある。
友人達はみな一様に眸を輝かせ、ブランドのバックを褒め讃えた。中には「どうしてこんな高いバックを買えたの」と執拗に聞いてくる友人もいたが、彼氏に買って貰ったのだと適当に嘘をついた。
遥さんが財布を拾った道に出た時である。白いワンピースを着た髪の長い女性がキョロキョロと地面を見ていた。思わず「どうかしましたか?」と尋ねると、彼女は美しい眉を曇らせて答えた。
「数日前、この辺りで財布を落としてしまったみたいなんです。あれがないと困るんです。あの財布には、治療費を入れてたんです」
遥さんは内心ギクリとしたが、ここで動揺してはまずいと思い、心配そうに言った。
「大変でしたね。私も一緒に探します。因みにどんな財布ですか?」
「それはどうもご親切に」
女性は財布の外観を事細かに話した。それは遥さんが拾った財布に間違いなかった。どんなに探しても見つからないはずである。
それから三十分ほど、遥さんは財布を探す振りをした。無駄だとは思いつつも、後には引けない。熱心に探す振りを続ける遥さんを、女性は黙って見つめていたが、やがてボソリと呟いた。
「……私、財布を拾った人、知ってるんですけど」
作者まめのすけ。-2