カナさんの住んでいる町にはある噂がある。雨の降る日に駅へ行くと、「傘女」に会うと言うのだ。
傘女とは白いレインコートに白いマスクをした女で、真っ黒い長い髪の女だ。女に会うと、決まって「傘貸して」と言われるので、傘女と呼ばれるようになったらしい。
ある日のこと。カナさんが改札口を出ると、湿っぽい匂いとザアザアと耳をつく雨音が聞こえてきた。そういえば、天気予報では午後から雨が降ると言っていたのを思い出す。
「折り畳み傘を持ってきて良かった」
こんな時のために出掛けに用意しておいたのだ。カナさんは鞄から傘を出すと、パッと開いた。
「傘、貸して」
背後から声を掛けられた。ドキッとして振り返ると、白いレインコートにマスクをした髪の長い女が立っていた。
「傘、貸してよぅ」
女は手を出した。コートの袖に隠れているのか手そのものは見えない。だが、ニュアンスで手を出しているのだということは理解出来た。
「傘貸してよぅ。傘貸してよぅ。傘貸してよぅ。傘貸してよぅ。傘貸してよぅ。傘貸してよぅ。傘貸してよぅ。傘貸してよぅ。傘貸してよぅ。傘貸してよぅ。傘貸してよぅ……」
女は駄々をこねる子どものように繰り返す。ヘタに断ると、何をされるか分からない。カナさんは震えながら傘を差し出し、女が受け取るか受け取らないうちに踵を返して走った。家に着いた時は濡れ鼠だったという。
「……お気に入りの傘だったのに」
それから数日後。カナさんが家に帰ると、折り畳み傘が郵便受けに届いていた。綺麗に畳まれたその傘は、確かに女に貸した物だった。
お気に入りの傘が返ってきて良かったねと話すと、カナさんは強張った顔で首を振った。
「……何であの女、私の家を知ってるのよ」
作者まめのすけ。-2