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music:4
コンコン....
「失礼致します。
....お茶をお持ちしました。」
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先程の役員の女性が、お茶を持って入ってきた。
神山は、一呼吸入れるように胸ポケットからハンカチを取り出し、額に滲んでいた汗を拭き取った。
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(宮坂....明子....。
恐らく、あの日記の父親が言っていた明子という娘は、その少女で間違いなさそうだな....。)
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女性が、目の前でのんびりとお茶を出す時間がもどかしい。
丸山が無意識のうちに「早くしろ」と言わんばかりの目つきをしてしまっていたせいか、女性は丸山を見るなり、
「どうぞ、ごゆっくり。」
と、軽く微笑み部屋を出て行った。
当然、目が笑っていなかったのは言うまでも無い。
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神山はお茶を熱そうに一口啜り、話の続きを語り出したのだったーー。
*************
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music:2
神山は、結局終始儀式を覗いたまま、動けずに立ち尽くしていた。
少女は、いびつに曲がった手足をダランとさせ、気絶したように動かない。
すると、儀式の終わりと同時に部屋へ入ってきた一人の男が少女へ近づき、優しく抱き上げた。
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「この子は....まだこんな事を続けなければならないのですか....?」
男は悲しそうな声で老婆へ問うた。
儀式が終わった後も、暫く目を閉じブツブツと何かを言っていた老婆は、ゆっくりと立ち上がり男へ言った。
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「この子は、赤神様に呪われておる....。
こうして儀式によって、この子の中にいる赤神様を抑えているから、身体を支配されずに正常を保っていられる....。
見るのは辛いだろうが、仕方なかろうて。」
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老婆は、冷たく細い目で男へそう言い残し、部屋を立ち去った。
後ろ姿だったので確認はしていないが、男はガックリと肩を落とし、泣いているように震えていた。
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(....マズイ。)
村人が外へ出てくる可能性があったので、どうにかすくんでいた足を動かし、神山は森の中へ身を隠した。
そして日の上がる明朝まで、そこで震えながらやり過ごしたのだった。
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ーー神山はある程度足元が見えるくらいまで明るくなってきたところで、静かに村を後にした。
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.....神山の頭の中は、ボーッと夢の中にいるような感覚だった。
常識とはかけ離れた非現実を目の当たりにし、今自分が何を考えるべきなのかさえ見失ってしまったような、そんな感覚。
神山は、そのままフラフラと森を抜けたのだったーー。
*************
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翌日、少女は手足を複雑に骨折した状態で病院へ訪れた。
「一部始終」を目の前で見た神山は、少女への後ろめたさから、儀式のことを少女へ聞くことができなかった。
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それでも、月日が流れるにつれ少女は神山へ様々なことを話してくれた。
自分が捨てられた人間だったことも、「父親」と呼べる存在に拾われたことも、自分が「呪われている」ということも.....。
そして、ある日少女は神山へ、呪いの「秘密」を話したのだった。
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「私の中には赤神様が宿っているらしいの.....。
その証拠に、首の後ろのところに4つのひし形の赤いホクロのようなものがあるでしょう...?
それが、赤神様に呪われてる「証拠」だって、姪黒(めぐろ)の婆様が言っていたわ。
それと....。」
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少女はそこまで言うと、その先を言いづらそうに口を結び、視線を落とした。
神山は、それを暫く見つめていた。
やがて、無表情だった少女は目に涙を浮かべ、神山を見上げて小さな声で言った。
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「誰にも....言わないでね?
......先生。」
神山は、今まで一度も感情を表に出さなかった少女の表情に少し驚いたが、少女の涙の滲む目を見たままコクリと頷いた。
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「私が拾われて、呪われていることを告げられてから、何度か記憶が飛んでしまうことがあるの....。
それでね、私が気付くと....決まって目の前には、知らない子供の遺体があって.....。
私の身体中がその子の血で真っ赤に染まって.....いるの。
もしかしたら.....私が...殺したんじゃないか...って。」
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そう言い終わる頃には、少女の目は涙で溢れていた。
.....神山は、泣き崩れる少女に何も言えなかった。
突然の少女の「告白」は、神山が冷静でいられる程軽い内容ではなかったからだ。
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(何か...何かこの少女に言ってあげねば....。)
そんなことを必死に考えた。
だがそれと同時に、神山には引っかかる疑問があった。
そして、最初に少女にかけた言葉は、慰めではなく質問だった。
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「....宮坂さんの、「呪われている」というのは、一体いつからの話なのかな?」
少女は、俯き泣きながら答えた。
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「.....分からないの。
でも、父さんが私を引き取った理由が「それ」だって言ってたわ。
呪われていて危険だから、儀式で抑えるために引き取ったって....。」
神山はそれを聞き、目を見開いたまま険しい表情で俯く少女を見つめた。
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(どういうことだ....?
おかしいじゃないか....!
引き取られる前は記憶の欠落は無かったのに、父親に「呪われてるから」という理由で拾われて、それから欠落が始まったなんて....。)
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「先生...!
誰にも、誰にも言わないで。
このことを知っているのは、先生だけ....なの。
それに...何だか最近、段々と記憶の無い時間が増えてるの。
また、今日も....私が誰かを殺すかもしれない。
怖い....怖いよ、先生.....!」
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少女は、涙でぐしゃぐしゃになりながら神山へ泣きついた。
神山は、少女の背中を手でさすりながら、ある「決意」を決めた。
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(私が....この少女を助ける....!!)
少女は、暫く神山の胸で泣いていたのだったーー。
*************
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1989年6月15日ーー
神山は、昨日の「決意」を決めた後、少女が帰ってすぐに病院を閉めた。
そして、今日中に支度を済ませ、明日村へ乗り込むつもりでいた。
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「その姪黒とかいう婆さんに、真実を追求してやる。
回答次第では、殺してでもあの子を助けてみせる!」
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神山はその日、街へ出向き様々な物を購入した。
懐中電灯や、水や、護身用のバットも....。
それは、神山の知る由もない「呪術」のようなものを、相手が使う可能性があると判断したからであった。
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神山は一通りの買い出しを済ませ、自宅である病院へ戻った。
....その時だ。
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shake
ドンドンッ!
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(なんだ...?)
病院の扉を叩く一人の男。
男は必死に扉を叩き、神山の名前を呼んでいたのだ。
.....神山は、その男に見覚えがあった。
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(儀式の時にいたあの男だ....!)
そう、そこにいたのは、まぎれも無く儀式の最後に部屋へ入り、少女を抱き上げたあの男だった。
そして、恐らく少女の「父親」でもあると予想していた男....。
その男が、一体何のために病院へ...?
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「あの....何かご用でしょうか?」
神山は、いつでも購入したばかりのバットを出せる準備をしながら、警戒の目で男へ話しかけた。
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「あ....も、もしかして....。
神山接骨医院の神山先生....ですか?」
男は、まるで何かに追い詰められているような顔で、神山へ尋ねた。
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「は、はい....そうですが。」
神山のその言葉を聞いた男性は、崩れるように神山の前でひざまずき、予想外の事を口にした。
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「先生に....。
先生に頼みがあるんです....!!」
一瞬呆気に取られてしまった神山だったが、切羽詰まった男の様子に、「とりあえず中へ。」と病院の中に案内した。
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神山は、冷蔵庫にあった缶コーヒーを取り出し、病院の受付前のフロアへ座らせた男性へ渡した。
「.....ありがとうございます。」
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男はいたって「普通」に見える。
最低でも、敵意があるようには見えない。
では、何の用があって...?
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「突然おしかけてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
私、去年から此方でお世話になっている宮坂明子の父の、宮坂勇樹と申します。」
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(やはり、この男が少女の言っていた「父親」なのか....。)
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「それで、あの....。
迷惑を承知の上で、先生へ頼みがあって今日は来たんです...!」
宮坂勇樹は、また深々と頭を下げた後、神山へ顔を向け、語り始めた。
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「明子から、おおよそのことは聞いております。
あの子は、あなたを心から信用できる人だと言っていました。
そして、唯一あの子の「秘密」を知る人だということも....。」
宮坂勇樹は、そこで一度目をギュっと閉じ、決意を決めたように神山の目を見直した上でこう言った。
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「私たちは、この街のはずれの山の中の村に住んでおります。
その村は、存在を知られるわけにはいかない理由があるんです。」
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「そ、その理由とは....?」
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「その理由は、村に昔から伝わる「赤神様」という存在があったからです。」
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(赤神様....。
少女が言っていた。
そして、それが自分に宿っているとも言っていたが.....。)
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「赤神様とは、別名人喰い神とも呼ばれる恐ろしい神様で、信じられないかもしれませんが実在するのです。
そして、その赤神様を代々封印しているのが、私たちのいる「赤忌村(あかいむら)」なのです。」
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(赤忌村....というのか。)
宮坂勇樹は、渡した缶コーヒーを一切口にせず話し続けた。
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「我々赤忌村の村長である姪黒という婆さんは、私の義祖母にあたる人です。
そして、同時に代々赤神様の封印を行う姪黒家の頭首でもあるのです。
実際、婆さんの言うことは誰も逆らえません。
そして、あの子を孤児院から引き取ったのも、その婆さんの指示だったんです。
あの子がちょうど16の時でした...。」
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「何故、明子さんを引き取る必要が....あったのですか?」
神山の質問に、宮坂勇樹は歯ぎしりが聞こえてくる程に歯を噛み締め、小さく震えながら答えた。
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「......赤神様を、あの子の体内に宿し、鎮めるためです。
宿主は、代々若い少女で無ければいけないと婆さんが言っていました。
あの子がこの病院に通い、治療していた怪我は、全て赤神様を鎮めるための定期的な儀式によるものなのです....。」
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shake
(やはり....そういうことだったのか...!)
神山は、湧き上がる怒りを必死に抑え、宮坂勇樹に問うた。
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「そんな酷い運命を....背負わせて....!
あの子は何も知らずに...
自分は呪われた子だと、そしてその呪いから自分を救おうとしてくれていると、あなたを本当の父親のように信じ続けて.....?
あなた達に言われるままに儀式を...続けていたって言うんですか?
本当は、あの子に呪いをかけたのがあなた達だということを知らずに...!!」
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宮坂勇樹は、震えたまま力なく、小さく頷いた。
そしてそれを見た神山の怒りは、とうとう爆発してしまった。
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shake
「......ふざっ...けるなよ....?
ふざけるなよっ、お前らっ!!!!
何が....何が赤神様だっ!!!
何も知らない少女を捕まえて、封印だの運命だのを押し付けて!!
あんたっ...それで何も感じないのかっ!?
それでも人間かよっっ!!!?」
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神山は、宮坂勇樹の胸ぐらを掴み、叫んだ。
その言葉に、宮坂勇樹は涙を流しながら答えた。
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「......そうやって、誰かが背負わなければならなかったんです。
代々、そうやって封じてきたんです....!
決して、あの子は皆が言うように呪われたわけじゃない。
故意に、儀式によって、身体に赤神様を宿されただけなんです。
それでも...。
それでも、私はあの子を引き取って、一緒に暮らしていく度に、あの子への罪悪感に耐えられなかった。
私が、今更今までの罪を償うことは出来ないのは分かっています...。
自分の「命」に変えてでも、あの子を救いたいと思っているんですっ...!
だからこそ、あなたに頼みがあってやってきたんですっ!!!」
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(ふざけるな...!
こんな身勝手あるかよっ....!!)
神山は、心で何度も怒りを叫び、拳を握り締めて震えた。
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「....私に、どうしろと...言うんですか....?」
宮坂勇樹は、涙を拭うことなく震えながら言った。
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「あの子は....もうすぐ宿した赤神様に完全に侵食されてしまいます。
封印は完全ではありません。
個人差はあれど、徐々に赤神様は身体を蝕んでいくんです。
ですが、私はそれであの子が解放されるならと思いました。
また別の「宿主」を用意すれば、と....。
ですが、婆さんは儀式の古文書に書かれた、赤神様の完全なる封印の儀式を行うと言ったのです...!
果てしなく続く封印の連鎖を繰り返すよりも、一人の犠牲を払って完全に封印するべきだと...!
あまりにも「惨い」という理由で、それだけは先祖達も行わなかった儀式にも関わらずっ....!!」
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神山は、掴んでいた胸ぐらを離した。
同時に、宮坂勇樹は床へ倒れ、そのまま泣き崩れた。
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「な、なんてことを....。
その....儀式の内容って.....?」
宮坂勇樹は、泣き崩れたまま小さく答えた。
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「....五体を....バラバラにして、別々に封印すると婆さんが言っていました.....。
そして、5日後の6月20日に儀式を行うと....!
私は、その5日の間に必ず止めてみせますっ。
先生には、もし私の身に何かあったら、あの子を護ってもらいたいんです。
どうかっ.....どうかお願い....しますっ.....!」
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神山は、泣き崩れる宮坂勇樹を見下ろしたまま、何も言えずに立ち尽くした。
この男の決意は、恐らく本物だろう。
それでも、神山は許せなかった。
この男も、村人も、赤神様とやらも....。
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「どうする...つもりですか?」
かろうじて出たその一言は、宮坂勇樹が懇願してから10分も経った後だった。
宮坂勇樹はフロアの椅子にもたれながらゆっくりと立ち上がった。
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「明日から、毎日私はこの病院へ訪れ、その日の出来事を全て伝えるつもりです。
おこがましい頼みだということは、重々理解しております。
それでも、私もあの子も、あなたしか頼ることが出来ないのです....!
もし、私がここへ訪れないその時は、あの子を....
どうか宜しくお願い致します...。」
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神山の中では、既に答えは決まっていた。
この身勝手な男の運命など知ったことではない。
だが、「宮坂明子」を助けるために、神山は協力することを誓った。
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「.....わかりました。」
宮坂勇樹はその言葉を聞くと、「ありがとうございます。」と、何度も神山へ頭を下げた。
そして、覚悟を決めたように、病院を後にした。
それは神山も同じだった。
少女を助けたい故の「覚悟」を決め、宮坂勇樹の背中を見送ったのだった。
「必ず....助けるからね...!!」
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......しかし、宮坂勇樹が再び病院を訪れることはなかったのだったーー。
続く
作者鳴終魏-NAOKI-
このお話は、以前投稿させていただきました、
「赤い村-追憶-」
の続編となります。
仕事が繁忙期で、なかなかすぐに更新できずに申し訳ございません。
たくさんの方に見ていただき、本当に感謝いたします。
また、誤字や脱字、矛盾点がございましたら、遠慮なく言って下さい。
どうぞ、宜しくお願い致します。
*申し訳ございません。
一部、矛盾点があったので内容を修正させていただきました。
最初に読んでいただいた20人程の方には、大変失礼いたしました。
お詫び申し上げます。