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music:4
1989年6月16日ーー
昨日、あの少女の父親である宮坂勇樹が病院を訪れてから、神山はいつでも村へ行ける準備をしていた。
病院も急遽休みにし、ただただ少女の無事を願う。
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(必ず....。
必ず救わなくてはならない....。
あの子だけはっ....!)
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だが、一向にあの男が病院へ訪れる様子がない。
神山は、過ぎていく時計を見つめ、ひたすら願っていた。
時間が経つにつれ、神山の心は徐々に焦りと不安に満ちていく。
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(早く....早く来いっ。
.....頼むっ....!)
.....そう願った直後だった。
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sound:18
コンコン.....
shake
(!!!!!!)
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.....来たっ、あの男だ!!!
そう確信した神山は、急いでノックがする扉へ走った。
しかし、現実は残酷な結末を神山へ突きつけた。
扉の向こうにいたのは、定期的に病院へ訪れる患者の中年女性。
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「....すみません、先生っ。
ちょうどさっき、知り合いからたくさん山菜いただいちゃって!
病院の前通ったら電気ついてたもんで、普段お世話になってる先生にお裾分けを、と思ったのよっ。」
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満面の笑みの女性は、スーパーの袋に入った山菜を神山へ手渡した。
自分の信頼する、腕利きの先生へのほんの気遣いで訪れた女性は、「きっと先生は喜んでくれる」と予想していたのだろう。
ところが、神山にはそれを笑顔で受け取る余裕は無かった。
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「.....あぁ....ありがとう、ございます.....。」
想像していた反応と全く違う神山の様子に、女性は少し不機嫌そうな顔になったが、それでもフォローを入れるように笑顔で言った。
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「あら、先生顔色悪いわねぇ。
体調悪いところ押しかけてしまったなら、なんだかごめんなさいね。」
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それでも殆ど反応の無い神山。
女性は、「余計なことしちゃったわね。」と言い残し、立ち去っていった。
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手には、無理矢理持たされた山菜の入ったスーパーの袋。
神山は、扉の前から動けず、袋を床へ落とした。
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(....あの男に.....何か、あったってことか。)
宮坂勇樹が訪れない場合の、神山の行動に選択肢は無かった。
日も落ち始めた夕方過ぎ、神山はあらかじめ準備していた道具を背負い、病院を抜け出した。
*************
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最寄りのバスは、あと30分は来ない。
街へ走り、タクシーを拾った方が早いと判断した神山は、一心不乱に走った。
走っている最中も、どうしても少女の「最悪の結末」を想像してしまう。
神山は涙を必死に堪え、「きっと無事だ。」と自分に言い聞かせた。
最悪、あの男に何かがあったのだとしても構わなかった。
「宮坂明子」さえ無事なのなら...。
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神山は、街で一番最初に見かけたタクシーを半ば強引に引き止めた。
少し驚いた様子のドライバーだったが、あからさまに急いだ様子の神山を見て、なるべくスピードをあげて目的地へ向かった。
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「....お釣りは要りません!!」
神山は値段を見ずに、1万円札を投げるようにドライバーへ渡し、街はずれの山へ入っていった....。
*************
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music:2
「ハァ、ハァ、ハァ.....。」
.....息が苦しい。
普段、軽い散歩しかしていなかった運動不足な身体は、すぐに重くなっていく。
神山は、今まで運動してこなかった過去の自分を殴りたい気持ちになった。
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「くそっ.....!
早くしないと....宮坂さんが...!」
それでも、不思議と喉は乾かなかった。
というより、喉を潤すことすらも今はどうだって良い。
神山の頭には、「少女の無事」しか見えなかったのだった。
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(確か.....ここら辺を入っていったはずだ。)
神山は比較的、方向感覚には自信があった。
案の定、神山の入っていった先には、あの時見た「不気味な鳥居」がそびえ立っていた。
空はすっかり暗くなり、神山は懐中電灯で辺りを照らした。
その光で照らされた赤く汚い鳥居が、より一層不気味に見える。
それが、神山にはまるで地獄への入り口のように思えてならなかった。
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「....確か、鳥居をくぐって真っ直ぐ行けば着いたはずだ。」
暗くなった空と、葉音をたてる深い木々の中にたった一人。
その孤独から来る焦りと恐怖が、時間の経過を狂わせ、神山を更に焦らせた。
....10分程走っただろうか。
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バサッ....!
木と木の間を無理矢理抜け、神山は再び「赤忌村」へ到着した。
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「ハァ...ハァ....。
やっと着いたっ...。」
......村は静まりかえっている。
人の気配が全くしない。
まるで村が死んでしまっているようにさえ思えた。
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「どこだっ....宮坂さんっ....!」
村から抜けてくる風が、妙に生温い。
.....その時だった。
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shake
sound:18
「!!!!!!!!」
村の中央付近にそびえ立つ大きな太い木。
そこを照らしたライトの光に、一瞬だが誰かの足がうつった。
神山は恐る恐る、もう一度木の幹へ光を戻した。
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「あぁ......ぁ....。」
そこには、首を吊って死んでいる宮坂勇樹の姿があった。
雑に結ばれたロープに首を吊るし、森から来る風に煽られ、ユラユラと揺れる無惨な姿。
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「なん.....で....。」
宮坂勇樹の服は血に汚れ、赤黒くなっていたが、外傷は見当たらない。
だがそれは、少女に「何かがあった」ことを神山に確信させるには充分だった。
神山は、少女を必死で探した。
.....そして、神山はとうとう信じ難い現実を目の当たりにするのだったーー。
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music:3
「う、うそ....だろ....?」
そこは、かつて少女が儀式を行っていた屋敷のあの「儀式部屋」。
そこには、首がねじれるようにもげた遺体が六体、乱雑に転がっていたのだった。
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shake
「う.....うぉぇぇえっ....!」
神山は、その肉塊と化した遺体から発せられる生臭さに耐えきれず、その場に嘔吐した。
そして、その遺体から吹き出された血液で、部屋は真っ赤に染まっていたのだった。
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(宮坂....さん....。)
現実とは思えない地獄絵図。
散らばった首と、首のない遺体達。
.......神山は落胆した。
少女が、この無惨な遺体の中にいると思ったからだ。
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ピチャ....
ピチャ....
歩く度に、床に広がる真っ赤な液体が音を鳴らした。
神山は、放心状態で少女を探した。
転がる首を一つずつ拾い、確認していく。
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(.....な....い....?)
そこには、少女の遺体が何処にも無かったのだ。
いくら探しても、あるのは一人の老婆と五人の男の骸だけ。
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「ど、どういうことだ....。」
そう、その散らばる遺体は、まさにあの時儀式を行っていた六人のものだったのだ。
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(.....なぜ、こいつらが死んでいる....?
み、宮坂勇樹がやったのか....?)
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.....いや、違う。
それらの遺体は、「人の手によるもの」とは思えない殺され方をしていたのだ。
まるで何周も何周も首をねじられ、皮が耐えきれずに切れたような、そんなもげ方....。
見慣れない惨たらしい光景が、神山の意識を遠のかせた。
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「一体....何が..起きて...?」
バタッ....
神山は倒れた。
恐怖、不安、疲労、孤独、絶望による精神への限界が訪れたのだ。
神山は、血の海と化したその「部屋」で、とうとう意識を失ってしまったのだったーー。
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1989年6月17日ーー
ーー神山の顔に、赤い光が当たった。
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「.....うっ....?」
一瞬、自分がどこにいるのか判断できない。
顔の片面に生温い赤い液体が浸かっていた。
自分の服が、その赤い液体を吸い、肌にくっつく感覚。
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すぐに神山は起き上がった。
真っ赤に染まる部屋。
相変わらず散らばる無惨な遺体。
部屋の窓から日の光が差している。
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窓は飛び血によって赤く染まり、そこへ日の光が差し込み赤い光へ変わって、赤い部屋をより深い赤に変えている。
明るくなって、より一層鮮明に分かるこの部屋の「異質」さに、神山はついに発狂した。
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shake
「あぁ....ぁぁ....ぅあああぁああぁあぁああ!!!!」
神山は叫んだ。
声が潰れるかと思う程に.....。
叫び、そして絶望した。
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消えた少女の行方を知らずとも、神山には分かったのだ。
この部屋の意味することが。
......最後の「儀式」が行われたことが。
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神山はしばらく叫び、声が出なくなって初めて涙を流した。
泣きながら、フラつく足を引きずって、外へ出た。
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村の中央の太い木には、久々のご馳走にギャアギャアと喜ぶ黒い羽が飛び交っている。
その中心には、それらに突つかれて傷だらけになった宮坂勇樹の姿。
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(あぁ....なんて.....ことだ...。)
神山は、宮坂勇樹の遺体の前に泣き崩れたのだったーー。
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ーーそこまで話すと、神山は口を閉ざしてしまった。
いや、思い出すことによって、どうしても話せなくなってしまったのだ。
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しかし、それは神山だけではない。
丸山もまた、絶句してしまっていた。
というより、何も言うことが出来なかったのだ。
一体誰が、この男を慰めることができる言葉を持っている?
当然、そんな言葉をこの二人が持ち合わせているはずがない。
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神山は辛い過去を思い出し、涙でボロボロになった顔をハンカチで抑えながら、丸山に一枚の紙切れを手渡した。
それは、丸山が今まで見てきた宮坂勇樹の日記と同じ紙。
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「これ....は....?」
丸山は精一杯の声で尋ねた。
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「私が....あの宮坂勇樹の遺体の前で泣き崩れた時、彼のポケットからその紙が見えているのを発見したんです...。」
神山から渡された一枚の日記には、血と思われる茶色い染みがそこら中に付着し、クシャクシャになっていた。
丸山は、ゆっくりとその紙切れを開いた。
日記には、震える文字でこう書かれていた。
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先生 わたしは だまされ ていた。
ぎしきは 今日だっ たんだ。
先生の びょうい んからもどる と 、すでに あの子も めぐろ の連中 も死んでい た 。
ぎしき は途中 だった。
宿主 である あの子が死に、 ふういん もされていな い じょうたいだっ た。
このまま ではあの子 の死が 完全に むだに なると思った。
だから、 わたし はバラバラ になったあの子 のから だをあつめ、 封印すること にした 。
あの子の たましい は、これでえいえんに 封印され たまま。
先生、あの子が 死んでわたしだ けのうのうと生きては いけない。
罪を つぐないま す。
ごめんなさ い 先 生
ごめんね あ きこ
ほんと うにごめ ん。
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「儀式の日は....6月20日じゃなかった...ってことか...?」
丸山に、一気に押し寄せる焦りと恐怖。
このメッセージ通りに考えれば、儀式が行われたのは明後日の6月15日。
そう考えると、丸山のデッドラインは....
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「あと....二日....?」
丸山は混乱した。
いつ死ぬか分からない危機は回避したものの、すぐ足元まで迫る確実なる死。
もはや、丸山に残された時間は皆無だった。
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「か、神山さんっ....!
今すぐ村へ連れ....。」
shake
バシッ...
そう言いかけた瞬間、前田が後ろから丸山の頭を叩いた。
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「.....落ち着けよ。
今の話、お前は本当に整理出来てんのかよ?
確認するとこは、儀式の日だけじゃねぇだろ。」
前田は、神山へ尋ねた。
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「なぁ神山さん。
まだ隠してることがあるんだろ?
あんたは辛い過去をよく話してくれた。
それによって確かに色々分かったし、納得もした。
嘘は言ってねぇと思うよ。
だけど、あんたは確かに「話」はしたが、別に「全面的に協力」するとは言ってないもんな。
その日記だけじゃない。
俺らが生き残るためには、まだ村の儀式について書かれた古文書がいるはずだ。
......あんた、それ持ってんじゃないか?」
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前田の鋭い洞察力に、神山は目を見開いて驚いた様子を見せた。
そして、すぐに前田へ答えた。
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「......えぇ、ご察しの通りです。
......それでも、あれは渡せません。」
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(渡せない....だって....!?)
想定外の返答に、丸山は唖然としたように神山を見た。
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......そして、神山はその「理由」について説明し出したのだったーー。
続く
作者鳴終魏-NAOKI-
このお話は、以前投稿させていただきました、
「赤い村-真相-」
の続編となります。
皆様のたくさんのご感想、応援のお声をいただき、すごく幸せです^_^
本当に感謝致しております。
仕事がようやく落ち着いてきましたので、今回は早めに書くことができました^_^
駄文かもしれませんが、皆様に楽しんでもらえれば幸いです>_<
誤字、脱字、矛盾などございましたら、遠慮せずご指摘下さいませ。
どうぞ、宜しくお願いします。