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ーー不穏な空気が部屋を包み込んでいた。
神山の放った「渡せない。」という言葉。
事実、丸山と前田にとって「古文書」は、命が助かるための重要な鍵になるはずだ。
それを渡せないとは.....。
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「か、神山さん.....?
渡せないって....ど、どういうことなのでしょうか....?」
丸山は神山へ尋ねた。
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....動揺が隠せない。
というより、「怒り」というべきなのだろうか。
丸山にとってその「渡せない。」という一言は、まるで死刑宣告を告げられているような気にさえさせるものだったからだ。
神山は、目を閉じた後で深く二人へ頭を下げた。
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「本当に申し訳ありません....。
あれだけは、渡すわけにはいかないんです....。
お二人の事情は重々理解しております。
恐らく、封印を解くおつもりなのでしょう.....?」
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「.....えぇ、封印を解き、バラバラになった彼女の身体を一つにするつもりです。」
「やはり.....そうですか。」
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神山は滲んできた汗を、先程涙を拭いたハンカチで拭き取った。
そして、丸山の方を見ず、斜め下へ視線を落として話し始めた。
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「......もし仮に封印を解き、あの子が成仏をしたとしても.....。
それによって、赤神様が解放され、残虐の限りを尽くす可能性があるのは分かりますよね...?
アレが世に出れば、一体何のためにあの子が今まで犠牲になっていたのか....!
赤神という元凶を、決して解放してはならない。
.....それが、あの子が犠牲となって死んだ唯一の意味であり、のうのうと生き残った私の役目でもあると思っています。
どうか....
どうかご理解下さい....。」
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そう言うと神山はソファーから立ち上がり、丸山へ向かってひざまずき、再度頭を下げた。
今度は、土下座という形で.....。
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「なっ、何を......。」
丸山は目を見開いたまま、ひざまずく神山を見下ろした。
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(この人の事情も、言ってることも、確かに分かる。
.....が、それは同時に俺の死を意味してんだぞ....!?)
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「あなたは.....。
私に.....死ねと仰るんですか.....?」
神山は、丸山の問いに頭を床につけたまま、震える声で言った。
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「ご理解.....下さい....。
.....お願いしますっ....!」
その言葉に、丸山の理性は砕けた。
丸山はバッと立ち上がり、神山を全力で罵った。
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shake
「....ふ、ふざけんなテメェ!!!!
俺に....。
俺にくたばれっつーのか!!??
おいっ!!!立てっ!!
何とか言えよこの外道っ!!!」
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丸山は、人生の中でこれ以上ないほどの怒りを神山へぶつけた。
ひざまずく神山の胸ぐらを両手で掴み、無理矢理立たせた。
そして、全力で握り締めた拳を振り上げた。
.....その時だった。
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「やめろ、丸山!!」
前田が間一髪で引き止めた。
だが、丸山の怒りは「やめろ」と言われてやめられるほど、軽いものではなかった。
.....直接では無いにしろ、実質「死ね」と言われたのだ。
当然の怒りだった。
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shake
「何がやめろだ!?
まさか、お前も俺に死ねってのかよ!!!?」
丸山は、神山の胸ぐらを掴んだまま前田へ怒りをぶつけた。
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「.....落ち着けよ、とりあえず聞け。
....オッサンもお前も、一つ勘違いしてんじゃねーか?」
丸山と神山はピタッと動きが止まり、前田を見た。
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「勘違い....だって?」
「.....あぁ、根本的な....な。」
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丸山は神山を睨みつけた後、胸ぐらをパッと離した。
半分身体が浮いていた神山は、その反動で床へ崩れるように倒れた。
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「ハァ....ハァ.....!」
ひざまずいたまま苦しそうに喉を抑えている神山を、しばし丸山は見下したように見て、乱暴にソファへ腰掛けた。
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「それで、何が勘違いなんだよ...?」
前田はフゥー...と一度ため息をつき、倒れているオッサンを無理矢理ソファへ座らせた。
そして、自らも丸山の隣へ腰掛けた。
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「よっこらしょっと....。
さてまず、話の整理から始めるか....。
まぁ、あくまでこれも俺の考えではあるんだが....
多分ほぼ間違ってねぇと思う。」
二人は黙って前田の話を聞いた。
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「まず、神山のオッサン。
あんたがなぜ古文書を手渡したくないのか。
それは、俺らが封印を解くことで、邪悪な赤神とやらが復活する...。
って言いたいんだよな?」
コクっと頷きながら、神山は「...はい。」と答えた。
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「その赤神とやらが邪悪なのは俺らも分かってるよ。
恐らく、ここにいる丸山が見た夢の中で、あのガキが子供を食べていたことと、オッサンが村の森の中で見た子供の遺体は、間違いなく赤神が影響してる。
人喰い神っていうくらいだしな。
.......だが、あくまで「影響」なわけだ。」
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前田はパシッと両膝に手を乗せ、大きく息を吸った。
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「.....確証はねぇが、それはつまり赤神があのガキの身体を乗っとって行った奇行、なわけだよな?」
「そ、そうなるけど....
だから何だってんだよ?」
理解が追いつかない二人を余所に、前田は続けた。
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「なぁ、二人に聞くけどよ。
最後の儀式とやらは実行された。
それは恐らく確実だ。
テープの内容は間違いなく、その時の様子だろう。
ではなぜ、儀式を行ったババアを入れたあの六人は死ななきゃならなかったのか....。
それが一番重要だろ。」
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神山と丸山は一瞬お互いを見合い、
そして焦ったように前田へ言った。
「ちょ、ちょっと待て。
そんなの、儀式の途中で赤神が暴れたとか......
shake
あっ!!!」
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丸山の反応に、前田はニヤっと口の右端をいやらしく上げた。
神山は、今だに分からないといった顔で二人を見ていた。
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「......気づいたか。
俺はずっと、なぜ赤神をわざわざ人に宿らせて鎮める必要があるのか、疑問に思っていた。
だがいくら考えても、答えは一つしかねぇ。
それは、赤神が「実態を持たず、かつ人に寄生しないと動けない神」だからだ。」
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(寄生する....神だと?)
そんな虫のようなものが神なわけねぇだろ。
そう思った丸山だったが、確かに前田の疑問を解消する一番納得のいく答えなのも事実だった。
前田は少し間を置き、更に続けた。
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「それで、だ。
.....俺が思うに、赤神は人に寄生する神だが、「人を直接手にかける」ことはできねぇと踏んでる。
もし仮に直接手にかけることが可能なら、わざわざガキを使って子供を襲わないだろう。
まぁ簡単に言っちまえば、人に寄生し、人を使って悪事を働く神ってことだわな。」
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すると、神山も何かに気づいたように口を開いた。
前田はそれを確認した後、パンっと両手を合わせ、ニヤニヤしながら言った。
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「......つまり、あの六人を殺したのは赤神じゃない。
何よりの証拠に、その遺体は「喰われたり」してないだろう?」
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ごくっ....
丸山の喉が鳴る。
前田の言う意味を理解しながら、黙って次の言葉を待った。
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「じゃ、じゃあ......。
宮坂勇樹が....嘘をついていたってことですか....?」
神山が質問したが、前田はチッチッチと人差し指を立て、それを否定した。
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「.....それも違う。
自分でこれから自殺しますっつー奴が、自分が殺したって事実を隠す必要も意味もねぇーだろ....。
それにオッサン、あんたが言ったんじゃねぇか。
「人によるもの」の仕業じゃなかったってよ。」
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ごくっ.....
今度は神山が息を飲む。
同時に、額の汗がつー....と頬をつたう。
神山はそれを拭かず、動揺したように前田へ言った。
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「じゃ、じゃあ.....。
まさか.....!?」
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「あぁ、ほぼ間違いねえ。
この六人を殺したのは、坂宮明子だ。
それも、想像を絶するほどの強い「怨念」のようなものでな。」
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そ、そんなことがあり得るのだろうか。
この一件を知らない二人なら、確かに信じることなく疑うことができた。
だが、今は知ってしまっている。
「非現実は現実にあり得る」ということを。
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実際、この一件には通常の常識など無意味に等しい。
夢も、テープも、数々の怪奇現象も、全て常識を逸脱したものだったじゃないか。
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「....そ、そんな.....。
あの子が....なぜ....。」
神山は涙を瞳に溜め、放心状態でボソっと呟いた。
誰かに言ったわけでも、聞いたわけでもなく、ただ呟いただけ。
それでも、前田はあえてその独り言に答えた。
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「オッサン、人間ってのはいつだってえげつねぇ生き物だ。
特に、信じていたものから裏切られた時の「恨み」は計り知れねぇ。
人間は他の動物と違って、裏切られただけで殺人だって犯すし、霊にだってなり得る。
それでも、このガキの場合.....
少し酷すぎたな。」
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神山はひたすら涙を流した。
それが後悔なのか、哀れみなのか、悲しみなのか、前田にも丸山にも分からなかった。
それでも、彼はひたすら泣いていた。
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「.....怪我が治る度に手足を砕かれる。
普通なら、それだけで発狂もんだ。
それでも、あのガキはひたすらに耐えた。
恐らく、ずっと孤児だった身を引き取ってもらえたのが嬉しかったんだろうなぁ。
信じる人が産まれて初めて出来たのなら、絶対に手離したくなかったはずだ。
だからこそ、どんなに酷い仕打ちを受けても信じ続けた。
なのに終いにゃ、「死ね」ときたもんだ。
そりゃあお前、どんなに優しい奴でも恨むだろうし憎むだろうし殺したくもなるわな.....。
.....そう思わねぇか、お二人共?」
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神山は、泣き崩れた。
どんなに醜く顔をぐしゃぐしゃにしても、泣き続けた。
......そして、そのまましばらくの時間が経ったのだったーー。
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神山はすでに涙を出し切っていた。
顔は床につけたまま、四つん這いのまま俯いたままだった。
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丸山も、それを見ているしか出来なかった。
自分を心から慕ってくれた少女を守ってやれなかった一人の男。
その少女の真実を、赤の他人から知らされた。
そのショックは計り知れないだろう。
丸山にも、それが伝わっていた。
しばらく目を閉じて黙っていた前田は、最後に神山へ呟いた。
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「.....なぁ、オッサン。
あのガキは、もう充分頑張ったと思わねぇか?
そろそろ、成仏させてやろうや。
生まれ変わった先で、今度は幸せに暮らせるよう祈るのが、俺たちの本当の役割じゃねぇかな....?」
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神山は俯いたまま、「はい...。」と力なく答えた。
そして、ゆっくりと立ち上がり、ぐしゃぐしゃになった顔を上げ、覚悟を決めたように二人へ言った。
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「......お二人を、村へご案内いたします。
勿論、古文書もお渡し致します。
それと.....。」
神山は一瞬言いづらそうに間を置き、頭を下げた。
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「私も、最後までご同行させていただいても宜しいでしょうか...?」
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前田と丸山は少し目を合わせ、微笑んだのだったーー。
続く
作者鳴終魏-NAOKI-
このお話は、以前投稿させていただきました、
「赤い村-異質-」
の続編となります。
皆様の多大なるご声援、本当に感謝しております。
とても嬉しいです^_^
今回のお話は、少し会話がメインになってしまいましたので、怖さはないかもしれませんが....
一応重要な箇所でもあるので、読んでいただければ幸いです^_^
また、誤字脱字、矛盾がございましたら、遠慮なくご指摘くださいませ。
どうぞ、宜しくお願い致します。