二十回目の投稿になります。
今回の話を読んでいただく前に一つ注意があります。この話を読んだ後に何らかの霊障が起こる可能性があります。
僕がこの話を聞いた時は、その日の夜から霊障がありました。また、僕がこの話をした方には高い確率で霊障が起こっています。
今回は文章であり、直接話すわけではないので大丈夫だと思いますが、霊障が起こる危険性を含んだ文章であることを理解していただき、自己責任で読んでいただければと思います。
それでは始めます…
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今から十年程前の話。
佐原徹さん当時21歳。佐原さんは千葉県のある有名なテーマパークに隣接する高級ホテルにいた。そこでは大規模な改装工事を行うということで、佐原さんはユニットバスの組み立てを担当することとなっていた。
ホテルのあるフロアの全客室を対象にした改装工事であり、そこのフロア以外の改装は無し。
佐原さんは最初に仕事の依頼が来た時は、ホテルのオーナーの意向でそこのフロアだけ特別仕様みたいなものにするのだろうと、特に気にすることはなかった…
その日佐原さんはユニットバスの部品を搬入する前に、職場の先輩である片岡さんと二人でホテルの下見に来ていたのだ。
工事の対象となっているフロアまでエレベーターで上がっていく。
目的の階にエレベーターが止まると、佐原さんは軽い耳鳴りがしていた。そこのフロアが地上からかなり高い位置にあることと、エレベーターが高速で上がっていったことで耳鳴りがしただけだろうと、軽く考えていた。
ゆっくりとエレベーターの扉が開いていく。
「これはすごいな」
佐原さんは目の前の光景に思わず言葉が漏れてしまった。
「ほら行くぞ」
片岡さんが佐原さんの背中を押して、二人はエレベーターを降りた。
「改装工事は客室だけじゃないんですね」
佐原さんの言葉に片岡さんは苦笑いだけして、長く続く廊下を歩き出した。片岡さんの後ろに佐原さんは続いていく。
工事の対象となっているフロアは、廊下の床、壁紙、天井と全て剥がされており、明かりは壁に数カ所簡易的な照明があるだけであった。
あちこちで各業種の職人が作業を進めている。
佐原さん達は適当に客室に入ってみることにした。
客室に入ると矢張り客室の壁紙だの床だのは剥がされ、隅にこれから使われるであろう資材等が置かれているだけの状態であった。
佐原さん達は浴室の中の寸法や浴槽の配置場所等を確認し、ひとまず事務所に戻ることにした。
客室を出て、エレベーターの方に向かって廊下を歩いていると、ある客室の入り口辺りに、何かが盛られているのが見えた。
「何ですかねあれ」
佐原さんが指を差して片岡さんに尋ねてみるが、片岡さんは全く興味を示そうとしない。佐原さんがその客室の前で立ち止まると、「先に戻ってるぞ」と片岡さんはそのままエレベーターに乗り込んでしまった。
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客室の前に盛ってあるものを確認すると、それは白い粉で佐原さんは直感的に『塩』であると感じた。
他の客室の入り口を確認してみたが、塩が盛ってあるのはこの部屋だけであった。
佐原さんは塩が盛ってある客室の中が無性に気になり出したため、中を覗いてみることにした。
客室のドアを開けて中に入ると、客室の奥に人が立っているのが見えた。
青いつなぎの作業服を着ていて、白髪であり、見た目は70歳くらいの男性が、客室の一番奥にある開放的な窓ガラスの前に立っているのだ。
そして窓ガラスを白い布で懸命に擦っている。
佐原さんはどうしてもその人のことが気になり、話し掛けてみた。
「あの、何をなさってるんですか?」
男性は窓を拭く手を止めてチラッと佐原さんの方を見たが、すぐに視線を窓に移した。
「見れば分かるだろ。窓を拭いてるんだよ」
男性は拭いていた部分を指差し、更に続けた。
「ここを見てみろ。ここの客室の窓はいつも汚れるんだよ。ここの窓は俺が拭かなきゃならないんだ」
佐原さんは窓に近付き、清掃業者であろう男性の指差した部分を確認すると、窓には黒くこびり付いた様な汚れが見えた。
「それはご苦労様です。皆さん忙しくてまわりの汚れのことなんか気にしてられないのでしょう」
「まぁそうだろうね」
男性は静かに言うと、再び窓を拭き始めた。
「それより、ここの入り口に塩が盛ってあるみたいですが、何かご存知ですか?」
男性は客室の入り口に目を向けた。
「あれね。あなた何にも知らないのかい?」
「ええ…」
「ここの客室ではね、人が死んでるんだよ」
佐原さんの背筋にゾワリと冷たいものが走る。
「人が…死んでる…?」
「ああ。詳しくは知らないが多分自殺なんかじゃないのかね」
「それは誰から聞いたんですか?」
「それは言えない」
男性は薄ら笑いを浮かべながら、首に巻いているタオルで顔の汗を拭うと、佐原さんを見つめてきた。
佐原さんはじっとりとした嫌な視線を感じながらも男性に軽く頭を下げ、会社へと戻っていった…
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翌週から佐原さんは本格的にユニットバスの組み立て作業に取り掛かった。
佐原さんと先輩の片岡さんとで手分けして作業を行っていたが、佐原さんは入社してまだ半年程度しか経っておらず作業が遅いため、連日残業をしながら必死に作業を進めていた。
ある日、佐原さんが作業を進めていると、突然照明が消えて佐原さんの作業スペースである浴室は暗闇に包まれた。
「なんだよ、もうそんな時間か」
改装工事を行っているフロアの照明は午後の10時には全て落とされることになっている。
その日も佐原さんは先輩の片岡さんが帰った後も作業が遅れている分を取り戻すために残業に勤しんでいた。
佐原さんはバッグから懐中電灯を取り出し、点灯させてから足下に置いて作業を続けることにした。
そこの浴室の作業が終わると、懐中電灯を片手に持ちながら客室を出た。
今日はこの辺で帰ろうと思っていたところ、出てきた客室の隣があの入り口に塩が盛ってある客室であることに気が付いた。
エレベーターの方に歩を進めようとしたのを一旦止め、佐原さんは立ち止まった。
先週に清掃業者の男性が言っていたことが頭をよぎる。
佐原さんは気味が悪いと感じたが、気味が悪いからこそ早めに作業を済ませてしまいたいと思い、塩の盛られた客室での作業を今日中に行うことを決めた…
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恐る恐る客室に入ると、異様な物音が聞こえてきた。
「…ズズ…ズズズ…」
その物音は客室の奥から聞こえてくる。
佐原さんは少し恐怖心を感じながらも、その音の正体が何なのか気になり、奥へと進んで行った。
奥に進んでいくと、客室の一番奥の窓ガラスに人影が見えた。失礼になるといけないと思い、その人影に懐中電灯を当てずに暗闇の中必死になって目を凝らしてみる。
「あっ、どうもお疲れ様です!」
窓ガラスの人影の正体が分かった。清掃業者の男性だ。この異様な音は暗闇の中で窓ガラスを拭いている音だったのだ。
不気味な空間の中でも一人ではないということだけで、佐原さんの気持ちは楽になった。
「こんな時間まで掃除されるんですね。と言っても私もこれからここのユニットバスの組み立てをするんですけどね」
「…ズズ…ズズズ…」
男性に明るく話し掛けてみたが反応はなく、ただひたすらに窓ガラスを拭いている様だった。
佐原さんは邪魔してはいけないと思い、軽く会釈をして浴室に向かった。
佐原さんは浴室の中に入ると懐中電灯の明かりを点けて足下に置いた。作業を淡々と進めていき、佐原さんは壁に鏡を取り付けようと、長方形の鏡を両手で掴み、位置を合わせようと鏡を壁に押し当てた。
「…タッ…タッ…」
佐原さんの腕に数滴の水滴が落ちてくる。
ふと天井を見上げると特に変わった様子はなく、水滴も落ちてこなくなった。
佐原さんは再び鏡に視線を戻す。
「うわぁぁ!」
佐原さんは驚きのあまり鏡を床に落としそうになったが、なんとか鏡を抱えることができた。鏡には佐原さんの後ろに男性の姿が映し出されていたのだ。
床に置いてある懐中電灯を手に取り、後ろを懐中電灯で照らしながら振り返る。
「な、なんだ。あなたでしたか…」
佐原さんの後ろに立っていたのは清掃業者の男性であった。男性は無表情のまま佐原さんを見下ろしている。
「あの、何かご用ですか?」
「………」
佐原さんが声を掛けるも男性は一向に反応を示さない。
「何かあったんですか?」
佐原さんが再度話し掛けてみるが矢張り反応は無い。
おかしい。何かがおかしい。
佐原さんは立ち上がり、ふと持っている懐中電灯を持ち上げて男性の顔を照らしてみた。
懐中電灯の光は真っ直ぐに男性の顔を照らしているが、男性は目を瞑るどころか、瞼をピクリとも動かさない。
佐原さんは男性の肩を掴み、がむしゃらに肩を揺すった。
「大丈夫ですか!」
男性はガクガクと頭を揺らしながら、ぶつぶつと何かを呟き出した。
「…ちない…ちない…」
男性はかすれた声を発している。
佐原さんは肩を揺らすのを止め、男性の発する声に集中した…
「落ちない落ちない落ちない落ちない落ちない落ちないよぉぉおおおおお…」
男性はしきりに『落ちない』と呟きながら、全身をカクカクと震わせている。佐原さんはただ息を飲みながらその光景を見守ることしか出来なかった。
「ひひ…いひひ…」
やがて男性は引き笑いをしながら、静かに浴室から出て行ってしまった。
佐原さんは変わり果てた男性の姿に、これ以上声を掛けることが出来なかった。
「と、とりあえず作業を終わらせよう」
佐原さんはそう自分に言い聞かせて、床に立て掛けておいた鏡を持ち上げた…
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「ガシャン」
佐原さんは持ち上げた鏡を床に落とし、両手で顔を覆うとしゃがみ込んで動けなくなってしまった。
全身に鳥肌が立ち、酷く震えが起きている。
佐原さんは見てしまった。
持ち上げた鏡には、だらんと長い髪を下に垂らし、逆さになった女性の顔を。その女性は間違いなく佐原さんを睨んでいた…
『後ろに何かいる!絶対何かいる!怖い怖い怖い!』
佐原さんは叫びそうになるのを必死でこらえながら、体を小さくして震えていることしか出来なかった…
数分後、やっと我に返った佐原さんは懐中電灯を使ってまわりを見渡してみたが、女性らしき姿は見られなかった。
乱れた呼吸をゆっくり整えて、静かに立ち上がった。足に力が入らず、膝が酷く笑っている。
重い体をなんとか動かし浴室から出ると、客室の奥の窓ガラスに人影が見えた。
「…ズズズ…ズズズ…」
窓ガラスを擦る様な音が聞こえてくる。
『まだ窓ガラスを拭いてるのかよ…完全に狂ってる…』
佐原さんは心の中で呟くと客室から出て行こうとしたが、どうしても男性のことが気になってしまい、懐中電灯で男性を照らしてしまった…
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佐原さんの体は激しく震え、歯はガチガチと音を立て、全身の毛穴から汗が噴き出した。
懐中電灯が照らしたものは男性の姿ではなく、長い髪の女性であった。その女性は顔の右半分を窓ガラスに擦り付けているのだ。
佐原さんはあまりの恐怖に呼吸が上手く出来ず、女性の姿から目を離すことも出来ないでいた。
女性はぴたりと動きを止め、ゆっくりと佐原さんの方へ真っ直ぐに顔を向けた。女性の顔の右側半分は赤黒く、更には酷く変形している様に見えた…
「ぎゃあああああああ」
佐原さんは叫び声を上げ無我夢中で客室を飛び出した…
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「はぁはぁはぁはぁ…」
佐原さんは駐車場に停めてある自分の車の運転席に座っていた。客室を飛び出してからの記憶がほとんど無い。
とにかく気持ちを落ち着かせようと、煙草に火を点けた。運転席のシートにもたれ掛り、大きくため息を付く。
車の窓ガラス越しにホテルを見上げ、先程まで居た客室の窓を見てみたが、そこには何もいなかった…
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次の日佐原さんは作業中に鏡を割ってしまったことを先輩の片岡さんに酷く怒られた。昨夜の出来事を片岡さんに話してみたが、まるっきり相手にはしてくれなかった。
その後は何の問題もなく作業は順調に進められた。ただ、清掃業者の男性の姿はあれきり見ることは無かったが…
作業期間中に一度だけ今回の改装工事の責任者と話をする機会があり、塩が盛られた客室について聞くことができた。
「あの、一つ聞きたいことがあるんですが」
「はい、何でしょうか」
「今回工事が行われているフロアで、入り口に塩が盛られた客室があったと思うのですが、そこの客室で人が亡くなられたと聞いたのですが本当なのでしょうか」
責任者の表情が一気に険しくなる。
「その話は誰から聞いたのですか?」
「そこの客室の掃除をしていた清掃業者の男性に聞いたんです」
責任者は眉間にしわを寄せて腕を組み、少し考え込む様な動作をとった。
「私は清掃業者を入れた覚えは無いんですが…」
「えっ…」
どこか遠くで窓を擦る音が聞こえた気がした
作者龍悟
僕達のまわりには足を踏み込んではいけない場所が数多くあると思います。それを分かっていて踏み入る場合には注意が必要です。そこには必ず何らかのリスクがあります。
これは実際に僕の知人から聞いた話ですが、興味本位な気持ちで男性に近付いたことを後悔していました。
今回の話は本文の最初にも書かせていただきましたが、霊障が起こる危険性が含まれています。貴方もまた危険だと分かっていて踏み込んでしまったことを後悔するかも知れません。霊障が起こらないことを祈っております。
二十回目の投稿ということで、今回は危険性のある話を書かせていただきましたが、この様な話はいくつかありますので、もし他にも読んでみたいと言ってくださる方がいた場合は投稿を考えていきたいと思います。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。