これは、僕等が高校一年生の時の話だ。
季節は冬。
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・・・・・・・・・。
ある日、薄塩からこんなlineが来た。
「今日から大晦日まで、両親が突然の夫婦水入らず旅行宣言。姉貴がそれに同意。まさかの姉貴と二人きり。死にそう。・・・・・・寧ろいっそ殺せ。」
僕は取り敢えず
「僕にどうしろと。・・・ロープ、持って行けばいいか?」
と返した。
返事は直ぐに来た。
其処からの会話。
薄塩→僕→薄塩→僕の順でお送りする。
「誰が要るか!!・・・つまり、もし暇なら冬の合宿を開きたいんだが。今夜から。」
「無理だと思われるな。いきなりだし。クリスマスにも泊まったし。」
「やっぱりか。でも即答は止めろ。」
「じゃあ、行けたら行くわー。」
「遠回しに言っても、それつまり《行かない》って事だろ?」
「正解!・・・・・・は?」
「越後製菓ァ!!・・・・・・おいwwww」
「wwwww。じゃ、薄塩のノリが良かった事に免じて両親に相談してみる。・・・厳しい戦いになりそうだ。」
「おお。頑張れな。・・・てか、お前もそろそろ親場馴れしろ。」
「親場馴れって何ですかー。馴れてどうするんですかー。バカなんですかー。」
「バカなんだよ。予測変換機能が。」
「・・・本体は?」
「まぁ、そこそこ利口な奴だと思うな。」
「自己評価過大乙。」
「漢文みたいになってっぞ。それに、本体って人間のほうかよ。」
「・・・それ以外に何がある?」
「スマホの本体。」
「・・・・・・あー。」
「あほかお前は。もうええわ。」
「どうも、ありがうございましたー。」
「・・・・・・じゃあな。」
「ああ。また此方から連絡するから。」
僕は小さく溜め息を吐いた。
・・・母を説得するなら父の協力が大きな鍵になってくる。
僕は父に献上するつまみの材料を買いに、スーパーへと向かう準備をした。
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・・・・・・・・・。
「いいんじゃないの別に。いってらっしゃい。」
「え?今なんて?」
「いってらっしゃい。って。」
父とプランを練り、ケーキを買い、挙げ句の果てには、母の機嫌を取る為に滅多にしない《おかわり2回目》をして腹をきつくし、それでも説得出来るどうか・・・・・・と思っていた僕の予想に反して、母はいとも簡単に首を縦に振った。
「行きたいんじゃないの?」
「え・・・あ・・・ハイ。行ってきます。」
僕がそう言って頭を下げると、母は應揚に頷いた。
「友達を大切にね。・・・あんたが、支えてあげなさい。」
「・・・・・・はい。」
そう言う事だったのか。
全く、どうして僕の周りの女性達は、全員が全員、判で押した様に男前なのだろう。
僕はもう一度、大きく頭を下げた。
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・・・・・・・・・。
出発前、荷物を纏めていると、コンコンと誰かが僕の部屋をノックした。
母の場合は先ずノックとかしないので、恐らく父だろう。
「何?」
ドアを開けると、やはり父が立っていた。
「・・・さっき、父さんは何の役にも立てなかったからな・・・・・・これ。」
封筒を手渡された。
中には、諭吉さんが一枚入っていた。
「・・・いってらっしゃい。楽しんでな。」
「・・・・・・行ってきます。」
「・・・お前は残念ながら父さん似だ。人を救う事何て出来やしない。断言する。・・・だけどな。」
父が、噛んで含める様に言う。
「母さんじゃないけどな。人を救えないって事は、人を支えられるって事だ。間違えるな。お前は救うんじゃない。支えるんだよ。」
僕が黙って頷くと、父は部屋から出て行った。
顔が始終(´・ω・`)←こんな感じだった事を除けば、格好いいと思った。
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・・・・・・・・・。
薄塩の家に着き、ドアを開けると、何故か薄塩は某漫画の某バスケットボール部のユニフォームを着ていた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・寒くないのか?」
「寒いに決まってるだろ。」
「・・・・・・のり姉の仕業か?」
「俺が自発的にこんな格好すると思うか?」
「成る程な。」
「早く入れよ。寒いから。」
僕は頷き、家の中に足を踏み入れた。
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のり姉は、自室でクッションに座っていた。
「来たねコンソメ君。」
「お世話になります。」
・・・まぁ、どちらかと言うとお世話をするのは僕の方なのだが。
のり姉が、クッションから身を乗り出し、テーブルに両肘を着き更に手を組み其処に顎を乗せる所謂《ゲンドウポーズ》をした。
しかし、クッションからテーブルまで、距離と高さの違いが有る為、見た目はほぼ産まれたての小鹿である。プルプルしている。
「ねぇ、コンソメ君。」
「・・・・・・はい。何でしょう。」
改まった調子でのり姉が話し掛けて来た。
「コンソメ君、泳ぐの、好きだったよね・・・?」
「え?・・・まぁ・・・はい。」
確かにそうだが・・・いきなり何を言っているのだろう。
と言うか、何故のり姉がその事を?
僕が訝しがっていると、のり姉がもう一度ゆっくりと言った。
「泳ぐの、好きだよね?てか、寧ろ水が好きだよね?ね?」
な に こ の ひ と こ わ い 。
「え、えとー・・・・・・。」
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「泳げない。」
「・・・え?」
薄塩がキッパリと言った。
「姉貴、コンソメは確かに水辺が好きではある。でも泳げない。」
いや、僕、泳げるけど?
「クロールの手が出来ないし平泳ぎの足も出来ないし背泳ぎするとラッコみたいになるしバタフライなんてしよう物ならあまりの酷さにライフセーバーの人が駆け付けるレベルだ。」
・・・異論は無いが。
でも、バタ足と平泳ぎの手でも十分泳げるし。
寧ろ手の動きっていらない。
僕は前に立ちはだかり、のり姉と火花を散らせている薄塩に声を掛けようとした。
「おい、うすs・・・」
「てか寒い!寒すぎ!!ちょっとココア作って来るほらコンソメ行くぞ!!!」
「・・・ぐぇっ!」
が、襟首を捕まれて、無理矢理に部屋の外へ引き摺り出されてしまった。
「ぐぇぇぇぇ・・・。」
階段をズリズリ引き摺られながら僕は、
《そろそろ死ぬかも知れない》
と思った。
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・・・・・・・・・。
階段を下りきると、何故か薄塩にチョップを食らわされた。
「アホかおのれは!!」
「・・・アホじゃない。」
「アホじゃなくない!!アホだお前は!!」
「・・・断定してるなら始めから聞いて来るなよ。何でそんなに怒ってんの?」
僕が酸欠になりかけて痛い頭をトントンと叩きながら聞くと、薄塩は大袈裟に溜め息を吐きながら言った。
「・・・お前、何であそこで《はい》とか言っちゃう訳?」
「・・・下手に嘘吐くと、後が怖い。」
僕がそう言うと、薄塩はまた特大の溜め息を吐き、頭を押さえた。
どうやら頭が痛いらしい。
「酸欠か?溜め息の吐き過ぎは良くないな。」
「・・・違ぇよ。」
「ほう。」
薄塩は苦々し気に言った。
「・・・コンソメ。競泳用水着って、知ってるか?」
僕は軽く頷いた。
「一応な。なんかピッチリしてる奴だろ?」
出来れば一生着たくない服の一つだ。
僕の貝割れ大根も真っ青なダイナマイトならぬ線香花火ボディが露になってしまう。
「お前、あれ着せられそうになってた。」
「・・・・・・嘘だろ?」
「本当だ。深い理由は言わないけどな。」
平然と薄塩が言ってのける。
背中を、ヒンヤリとした汗が伝った。
僕は薄塩に深く頭を下げた。
「・・・ありがうございました。」
「おお。・・・さて、ココア、作るか。」
薄塩がそう言って、台所の方へ歩き始めた。
僕も、その後に続いた。
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・・・・・・・・・。
居間でココアを飲んでいると、
ピンポーン♪
とチャイムが鳴った。
「はーい。」
僕が玄関を開けると、其処にはピザポが立っていた。
「あ、コンちゃん。今晩は。早かったね。もう来てたんだ。」
「今晩は。ピザポも呼ばれてたんだ。」
「うん。」
「・・・入れば?ココア、飲もう。」
「お邪魔しまーす。」
ピザポが家に上がった。
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・・・・・・・・・。
ココアを飲み終えると、僕等は歯を磨き、二階へと上がった。
「・・・のり姉に、挨拶しなくちゃ。」
「じゃ、俺、部屋で待ってるから。」
薄塩はさっさと部屋へ戻って行った。
「・・・じゃあ僕も部屋に・・・ぐえっ。」
いきなり僕の首が絞まった。
振り返ると、ピザポが僕の着ているパーカーのフード部分を引っ張っていた。
「独りでのり姉の所に行くとか無理!」
「僕だって嫌だ!行きたくない!!」
振り解こうとすると、余計に首を締め付けられる。
「行かないでって言ってんじゃん!!」
「ぐぇぇぇぇぇぇぇ」
「行く?!・・・行くって言うまで絞め続けるよ!!」
「ぐぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・・・!!」
更にフードの部分を引っ張り、今度は空いているもう片方の手で僕の首を掴む。
ゆっくりと手が僕の首を締める。
本格的に頭が朦朧としてきた。
「行く?!」
「ぐぇぇぇぇ・・・・・行く!行きます!!」
パッと手が離れる。
僕はヘタリと廊下に座り込んだ。
「うわっ!コンちゃん大丈夫?!」
「・・・お前はもうちょい、体格差と言う物を考えて行動しろ。」
「ごめん。・・・立てる?」
「・・・何とか。」
肩を支えて貰い、よろよろと立ち上がる。
「・・・ピザポ。」
「ん?」
「・・・何でまだフードを掴んでるんだ。」
「逃げようとしたら《パーカー着てるとかカゲプロのパクり》とか理不尽此処に極まれりな事言いながら首絞めるから。逃げないでね。」
「・・・・・・逃げないよ。」
と言うか、怖過ぎて逃げる気力が起きない。
僕はパーカーのフードを捕まれながら、そう思ったが、如何せん怖かったので、口には出さなかった。
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・・・・・・・・・。
部屋に入ると、のり姉はまだゲンドウポーズをしていた。
「今晩は、ピザポ君。」
ピザポが緊張した面持ちで応える。
「今晩は。お世話になります。」
「ううん。・・・ところで、廊下で何を騒いでいたの?」
「ええと・・・。」
ピザポが口籠った。
僕は言った。
「ピザポに首を絞められていました。」
「ちょっコンちゃん!!」
フードを持つ手に力が入ったのが分かったが、そのまま続ける。
「ピザポが僕の首を絞めました。痛かったです。」
「・・・ピザポ君?」
のり姉がピザポを見た。
「え、えと、あの・・・・・・。」
わたわたとピザポが慌てる。
「コンソメ君の首、絞めたの?」
「・・・・・・・・・ごめんなさい。」
のり姉が、ニッコリと笑った。
僕も心の中でニヤリと笑った。
さぁ、のり姉からの制裁を受けるがいい!!!
のり姉が、ゆっくり口を開いた。
「・・・ちゃんと加減してあげてね。コンソメ君の体力も考えてあげて。」
「はい。ごめんなさい。」
「・・・・・・良し!許す!」
え?!
それだけ?!
まさかのそれだけ?!
僕は愕然としてのり姉の方を向いていたが、結局、のり姉はそれ以上何も言わなかった。
「・・・コンちゃん、行こう。」
ピザポが立ち上がった。
僕は何だか納得がいかないまま、のり姉の部屋を後にした。
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・・・・・・・・・。
部屋に戻っても、何だかピザポとはギスギスした空気になってしまった。
「・・・さっきはごめん。」
「別にそこまで怒っている訳じゃない。」
「・・・そっか。ごめん。」
「謝る必要性も無いだろう。」
「・・・・・・うん。」
そう。別にピザポに対して怒っている訳では無いのだ。
かと言って、のり姉に対して怒っている訳でも無い。これしきの事で怒っていたら身が持たない。
・・・ただ、ただ、頻りに謝り、心配そうな目線を向けてくるピザポを見ていると、何だか自分が悪者になっている気がして、気分が悪いのだ。
「・・・コンちゃ」
「暇だな。何かして遊ぼう。・・・薄塩!何か無いか?」
ピザポが話し掛けていたのを気付いていながら、わざとその言葉を遮った。
ピザポがまた、視界の端で困った様な笑いを浮かべた。僕は、今度は完全に僕が悪いのだと思った。
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・・・・・・・・・。
僕等が大富豪やunoをしている間に、時計の短針は真上を指していた。
「・・・もうこんな時間か。」
「そろそろ寝る?」
「ちょっと早い気もするけど、そうしましょ。」
上から、僕、ピザポ、薄塩の順だ。
※罰ゲームの為、薄塩がオネェ口調になっています。
布団を敷き、ゴロリと寝転ぶ。
薄塩はベッドで眠るので、否応無しにも隣にピザポが来る。
「お休み。」
僕はそう言って、何かを言われる前に布団を目深に被り、強く目を閉じた。
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・・・・・・・・・。
「はい起床!!起きて起きて!!!」
無理矢理のり姉に起こされて目が覚めた。
頭がぼやぼやする。
時計を見ると今は午前2時半。
・・・・・・道理で眠たい訳だ。
「どうしたんですか、こんな時間に・・・・。」
ピントの合わない目をのり姉に向ける。
のり姉が此方に向かって、ビシッッと何かを突き出した。
「かくれんぼしようぜ!!」
のり姉が高らかに宣言した。
目のピントが合ってきて、のり姉が持っている物が何なのか、だんだんハッキリとしてきた。
突き出されたそれは、なめこのぬいぐるみだった。
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・・・・・・・・・。
「ひとりかくれんぼ・・・・・・。」
「そう!ひとりかくれんぼ!!」
楽しげに言い放つのり姉に、率直な疑問をぶつけてみる。
「・・・四人居ますが?」
「うっせぇ☆」
「・・・・・・。」
逆らうのも面倒だ。此処は素直に言う事を聞いて、早く寝よう。
「で、僕は何をすれば?」
「取り敢えず、コンソメ君は薄塩とピザポ君を起こして。」
「はい。」
僕は頷き、先ず、隣のピザポを揺すり起こした。
「おいピザポ起きろ。」
「・・・うん。おはよう。・・・・・・え?何でコンちゃんが俺の部屋に居るの?」
「此処はお前の部屋じゃない。」
「じゃあコンちゃんの部屋?」
「違う。」
「・・・あ、薄塩の部屋か。」
僕は頷いた。
あれ?何かデジャヴだな。このやり取り。
そんな事を考えながら、今度は立ち上がり、薄塩の掛けている布団を一気に剥ぐ。
「起きろ。」
「・・・ごめんなさいごめんなさいお姉さまごめんなさい。勘弁して下さい。」
「薄塩、僕はのり姉じゃない。」
「・・・・・・コンソメ?」
「そう。正解。」
「・・・越後製菓?」
「違うって。起きろ。」
「・・・おお。おはよ。」
このやり取りも何だかデジャヴだな。
モソモソと二人が起き上がり、背伸びをしたりし始めたので、僕はまたのり姉の方を向いた。
「・・・で、次は?」
のり姉が頷いた。
「材料は下に置いてあるから、一階のお風呂場へ移動ね。」
「了解です。・・・行くぞ。」
僕が呼び掛けると、不思議そうにピザポが聞いて来た。
「コンちゃん何処行くの?」
「風呂場。」
「何をしに?」
「ひとりかくれんぼ。」
「四人だよ?」
「知ってる。取り敢えず行くぞ。」
「・・・分かった。」
ピザポがコクリと頷いた。
薄塩はもう歩き出していた。
流石、産まれてから今までずっとのり姉に仕えていただけの事はある。
やはり其処はどうしてもキャリアの差が・・・
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ゴスッッッ
「・・・痛い。」
薄塩が、顔面から壁にぶつかっていった。
「・・・・・・。」
僕は頭の中で誉めるのを止め、階段をフラフラと下り始めている薄塩の所へ行った。
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・・・・・・・・・。
浴室には、様々な物が置いてあった。
のり姉が一つ一つの道具と、《ひとりかくれんぼ》の方法の説明を始めた。
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・・・・・・・・・。
さて・・・と。
この中で《ひとりかくれんぼ》を知らないって人、居る?
・・・居ない?あ、名前は知ってる。
なら方法は?
・・・・・・あー、これは全員知らないんだ。
えーと、じゃあ取り敢えず、簡単な《ひとりかくれんぼ》の説明をするから。
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先ず、《ひとりかくれんぼ》って言うのは降霊術の一種・・・又は自分自身を対象とした呪いの一種であり、ルーツは関西・四国地方と言われてて、方法は説によって様々なんだけど・・・えーと、まぁ、あれだ。端的に言っちゃうと《ぬいぐるみを動かして遊ぶリスキーなお遊び》だね。
方法は、先ず、然るべき処置をしたぬいぐるみを、水を張った浴槽に沈めーの、テレビ見たりしーの、ぬいぐるみ刺しーの、塩水持って隠れーの、暫く経ったら出て行きーの、ぬいぐるみ見つけーの、塩水口に含んでコップに残った塩水と一緒にぬいぐるみにぶっかけーの・・・みたいな?
今回は簡単に略式で行くよ。
用意したのは、このぬいぐるみと、赤い糸とお米、鯖の内臓。更にはカッターナイフと塩水。
足りない物を色々あるけど、まぁ略式だからね。
気にしない気にしない。
じゃあ、此処からは作業に移るよ。
先ずコンソメ君、コンソメ君は私と此処で準備。
ピザポ君と薄塩は、開いている窓とかが無いか調べて来て。あったらしっかり閉めて、鍵を掛けておいて。
あ、あと《かくれんぼ》だからね。
隠れる場所も予め考えておいて。一階の中でね。
そうそう、三人とも髪の毛を頂戴。一本ずつでいいから。
・・・・・・はい。これで良し、と。
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・・・・・・・・・。
パン、とのり姉が手を叩いた。
「それでは各自、準備始め!」
薄塩は二階、ピザポは一階の窓を確認しに行った。
「さて、コンソメ君。」
のり姉が僕に呼び掛けた。
「コンソメ君はこれを縫ってね。」
そう言って、おもむろにカッターでなめこの腹部を裂いた。
そして中に詰まっている綿を適当に掻き出す。
「こんなもんかな。」
そして今度は其処に米と鯖の内臓、赤い糸、更に僕等とのり姉の髪の毛を詰める。
「本当は鶏の心臓何だけどね、バラ売りしてないし、無くても大丈夫みたいだったから、代用。・・・・・・はい、これ。」
ヒョイ、とぬいぐるみを手渡された。
「縫ってね。」
針の先には、宛ら血管の様にぐちゃぐちゃと米や腸に絡み付き、巡らされている赤い糸が付いていた。
「波縫いでいいよ。・・・私は、縫い物出来ないから。」
言われたままに、波縫いで腹を塞いで行く。
しかし、実の所僕は縫い物が得意でない。
チクチク、チクチクと塞いで行くと、詰めすぎていた米がポロポロと溢れた。
「・・・・・・痛っ!」
針で指を刺した。
指先に赤い血の玉が盛り上がり、崩れる。
白い米粒に血が染み込み、赤く染まる。
「・・・米って水分吸うんだ。」
成る程。米を洗う時は手早く水を流せ、と言うのはこう言う理由からか。糠の溶けた水が染み込んでしまうものな。
「何バカな事言ってんの。ほら、絆創膏。」
のり姉が絆創膏を渡してくれた。
「ありがとうございます。」
僕は絆創膏を指先に貼り、またぬいぐるみの腹を閉じる作業に戻った。
廊下の方から、ドタドタと足音が聞こえて来る。
僕は、針を動かすスピードを速めた。
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・・・・・・・・・。
薄塩達が帰って来ると、のり姉は腹を閉じ終えたぬいぐるみを持ち、言った。
「・・・さて、この子を水に沈めた所から《ひとりかくれんぼ》は始まるんだけど・・・。皆、隠れる場所はもう決めた?決めたなら、教えて。・・・万が一の時は、行くから。」
薄塩が頷いた。
「一階だろ?・・・和室の押し入れ。」
ピザポは首を振った。
「やっぱ人の家だし、まだ決めてないです。」
「じゃ。おこたにでも潜っといて。」
「・・・はい。」
のり姉は頷くと、今度は僕の方を向いた。
「コンソメ君も、隠れる場所決めてないでしょ?物置のクローゼット、彼処何も入ってないから・・・・・・。」
その時、薄塩が動いた。
「ちょっとトイレ!」
そして一目散に物置の方向へと駆けて行く。
「ククク・・・分かりやすい奴め。さて、奴が次に隠す場所は何処かのぅ?」
のり姉が悪役チックな声を上げた。
どうやら確信犯の様だ。
隣でピザポが一言
「・・・・・・むごい。」
と呟いた。
僕は何も言えず、ただ、ガタガタと震えるだけだった。
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・・・・・・・・・。
薄塩が戻って来たのは、それから約10分後だった。
「丁度3時になったね。・・・計画通り。」
ニヤリ、とのり姉が笑う。
まさか此処まで計算済みだったとは・・・。
本当に恐ろしい人だ。
「じゃ、これからの段取りを説明するね。」
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1.浴槽にぬいぐるみを入れる。
2.ぬいぐるみに向かって「最初の鬼は私」と三回言う。※今回は四人で一斉に言う。
3.テレビ(砂嵐)を着けて、10秒間目を瞑る。
4.テレビを着けたまま刃物を持ち、浴室へ向かい、「見ーつけた」と言ってぬいぐるみを刺す。※これは代表してのり姉がやる。
5.「次の鬼は貴方」と三回言って塩水を持って隠れる。※これは全員で言う。
6.隠れてから10分経ったら出て行って、ぬいぐるみを探す。
7.ぬいぐるみを見つけ次第、口に塩水含み、それを吹き掛け、残ったコップの塩水も掛け、「私の勝ち」と三回言う。※これは四人一緒でなくもと良い。
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「あと一つ、これが一番大切かも。略式だからこそ絶対に守らなくちゃいけないルールね。」
ふっ、と、のり姉が真面目な顔になる。
「《ひとりかくれんぼが終わるまで、決められた文句以外を口にしてはならない》絶対にね。どんな事が在っても。どんな目に遭っても。」
僕等はコクリと頷いた。
まるで独り言の様に、のり姉が言った。
「始めようか、《ひとりかくれんぼ》」
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・・・・・・・・・。
ポコポコと空気を押し出しながら、ぬいぐるみは水に沈んだ。
僕等は一列に並び、目を合わせる。
息を吸い、言葉を口にする。
「「「「最初の鬼は私。最初の鬼は私。最初の鬼は私。」」」」
言い終えると、のり姉は浴槽の蓋を閉めた。
そしてリビングへと歩き始める。
僕もそれに続いた。
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・・・・・・・・・。
ザーザーと目の前を砂嵐が流れる。
僕等は目を閉じた。
地デジ移行後に購入されたこのテレビは、砂嵐を見る事が出来ない。
なので、のり姉は予めDVDに砂嵐の映像を撮っておき、それを流した。
ピピッピピッ
タイマーが鳴る。
僕等は立ち上がり、テレビを付けたまま浴室へと向かった。
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・・・・・・・・・。
浴室に戻り、のり姉が水に浸かっているぬいぐるみにカッターを突き刺す。
「見ーつけた。」
じわり、と突き刺した部分から油らしき液体と米が出て来た。
「「「「次の鬼は貴方。次の鬼は貴方。次の鬼は貴方。」」」」
四人一斉に、油らしき液体に混じってどす黒い半固体状の何かを出し始めたぬいぐるみに呼び掛ける。
僕等は銘々のコップに塩水を注ぎ、各自の隠れ場所に向かった。
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・・・・・・・・・。
クローゼットの中は意外と汚れていなかった。
薄塩が何かの保管の為に、掃除をしていたのかも知れない。
携帯電話の画面を見ながら、10分が過ぎるのを待つ。
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待ち始めて数分が経った頃だろうか。
唐突に、ザーザーと砂嵐の音が聞こえ始めた。
耳鳴りでは無い。確かにさっきテレビの前で聞いた音だった。
ザーザーザーザーザーザーザーザー
テレビの音量が上がって行っているのだろうか。砂嵐の音はどんどん強くなっていく。
僕はその音の中に、まるで濡れた雑巾を床に叩き付けている様な、ベチャリ、ベチャリ、と言う音が混じっているのに気付いた。
更には何かが跳ねている様な、パラパラと言う音。
カラカラカラ、と言う何か硬い物がぶつかっている様な音。
僕は確信した。
ぬいぐるみが歩いているのだ。
足の短いなめこのぬいぐるみ。ベチャリと言うのは転ぶ時の音。パラパラと言うのは腹に詰めた米が零れる音。そして、カラカラと言う音は・・・。
カッターナイフを、引き摺っている音。
僕の背中を、スッと冷たい汗が流れていった。
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ベチャリ
首に纏わり付く様に、冷たい何かが触った。生臭い臭いが鼻を突いた。
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ミ
イ
つ
ヶ
た。
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・・・・・・・・・。
どの性別も年代も当て嵌まらない様な、どの性別も年代も当て嵌まる様な、そんな声が、直ぐ耳元で聞こえた。
「・・・・・・・・・ッッ!」
喉元まで上がって来ていた悲鳴を飲み込む。
我ながら何と言うファインプレー。
冷たい何かは、もう僕から離れていた。
生臭い臭いも消えている。
携帯電話を見ると、開始から十三分が過ぎていた。
僕はそっと、クローゼットの扉を開いた。
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・・・・・・・・・。
扉の外は、シンと静まり返っていた。
物置部屋の外に出てもそれは同じで、さっきまでのザーザーと言う音が嘘の様だった。
廊下を進み、浴室へと向かう。
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・・・・・・・・・。
浴室には、僕以外の全員が揃って居た。
ぬいぐるみは浴槽の中に、カッターナイフが刺さったままで転がっていた。
水が抜かれているのは、どうやら塩水を直接掛ける為らしい。
口に塩水を含み、吹き掛ける。
コップの塩水も掛ける。
「私の勝ち。私の勝ち。私の勝ち。」
全身の力が一気に抜け、冷たい床にへたり込む。
「・・・どうしたの?何があったの?」
のり姉がそう聞いて来たが、僕は何も言えず、ただ床に座ったまま呆然とするしか出来なかった。
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・・・・・・・・・。
暫くして、落ち着いた僕がさっきの事を説明すると、のり姉は小さく溜め息を吐いて、こう言った。
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「脱げ。」
「はぁ?!」
あまりにも唐突に言われたので、思わずタメ口で反応してしまった。
「え、あ、ごめんなさい・・・。」
慌てて謝るも、のり姉は繰り返し
「脱げ。服を脱げ。パンツ以外全部脱げ。」
と言うだけだった。
・・・何この人。怖い。
「寧ろ私は浴室から出てってやるから全部脱げ。そしてシャワー浴びて来い。」
「・・・何故に?」
「服は置いておく。着替えろ。」
僕の質問を全て無視して、のり姉は薄塩に呼び掛けた。
「薄塩、お前は見張りだ。コンソメ君が不安にならない様、洗面台の前で待機してろ。何ならもっと傍に居た方が良いのだが、流石にコンソメ君もそれは嫌だろう。」
「yes,sir.」
薄塩がヒラリと洗面台に座る。
「あの、だから何で・・・。」
「コンソメ君。」
僕の言葉を遮って、のり姉が言った。
「シャワーを浴びて、着替えたら、私の部屋へ来て。・・・ピザポ君と待ってるから。」
そして、ピザポの襟首を掴み、二階へと歩いて行った。
足を組み、頬杖を付きながら薄塩が言う。
「・・・目、瞑っててあげるから、早くシャワー浴びて来なさいな。このままじゃ・・・ピザポの貞操が危ないわ。」
あ、罰ゲーム、まだ続いてたんだ。
と言うか今、何気に凄い事を言ったような・・・。
「・・・あんただって、伊達や酔狂で姉さんがあんな事言ってるとは、思ってないんでしょ?」
オネェ口調だが、言っている事は全うだ。
僕は服を脱ぎ、未だぬいぐるみが浴槽の底に居る浴室へと入って行った。
服を脱いだ時、ポロポロと身体から米粒が落ちて、また背筋が寒くなった。
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・・・・・・・・・。
シャワーを浴び終え、服を着替えると、僕はのり姉の部屋に連れて行かれた。
壁に貼ってあるアニメのポスターや、壁を塞いでいたコルクボード等は撤去され、壁に張り付けられている御札や奇妙な絵等が見える様になっていた。
しかし、○○君のグッズだけは変わらず飾ってある所が、のり姉の○○君への愛を感じる。
「・・・寝よ?夜が明けるまで、此処から出ちゃ駄目。」
のり姉がニコリと微笑んだ。
布団は四組敷かれていた。
どうやら、今夜は全員此処で眠るらしい。
「はい。」
僕は一番端の布団へと、潜ろうとした。
すると、近くに有った鏡に、僕の姿が映っているのが見えた。
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僕の鎖骨の辺りには、まるで思い切り鷲掴みをしたかの様な赤黒い手形が、浮かび上がっていた。
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「う・・・わぁ。」
声を上げて踞る。
ジワリ、と涙が浮かんで来た。
ザーザーと言う音、あの生臭い臭い、そしてあのベチャリとした感覚が甦る。
「・・・コンちゃん?!」
ピザポが心配そうに此方を覗き込む。
「え、これ・・・!!」
胸元の手形を凝視する。
心配そうな表情の中に一瞬、確かに《気持ち悪い》と言う感情が浮かんだ。
スゥゥ、とピザポが息を吸い込んだ。
吸い込んだ息を吐き出す様に、ゆっくりとピザポは言った。
「・・・俺の所為だね。ごめん。」
「え、そんな訳・・・」
「俺の所為だよ。」
ピザポが珍しく、ハッキリと言った。
「さっき、俺が手加減出来なかったからだよ。それ以外に理由なんて無い。」
「でも・・・!」
跡が付いているのは鎖骨の辺りなのだ。
首を締める時はもっと上の辺りに手が来る筈だ。
「ごめんね。眠ろう。」
パチリ、と部屋の電気が消された。
「おやすみ。」
ピザポはそう言って、さっさと布団に入ってしまった。
「・・・お休み。」
僕も布団に入る。
釈然としない中、僕は眠りに着いた。
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・・・・・・・・・。
ザーザーザーザーザーザーザーザー
五月蝿い程の砂嵐の音で、目が覚めた。
まだテレビを消してなかったのか。
僕はそう思い、立ち上がろうとした。
「何処へ行くのかしら?」
腕に違和感があり、見ると、手首に紐が結ばれていた。
紐の先は、薄塩が持っていた。
「・・・・・・放せ。痛い。」
「質問に答えて頂戴。・・・何処へ行くの?」
口調が、未だオネェだ。
僕は答えた。
「・・・だって、五月蝿い。」
「テレビは消えてる。私が消したもの。」
それに、と薄塩が続ける。
「あの砂嵐はDVDに撮った物。・・・そんなに長い間、流れ続けてる訳無いでしょ?」
確かにその通りだ。
・・・・・・でも、
「でも、五月蝿い。」
耳が割れそうな程の砂嵐。
頭が痛くなってきた気さえする。
「・・・五月蝿い」
「コンソメ。」
不意に薄塩が両手を上げた。
そしてそのまま、その手を僕の耳に押し当てる。
「何が聞こえる?」
聞こえて来たのは、地鳴りの様な低い音だった。
「血が、流れている音。」
薄塩が頷く。
「砂嵐の音は、聞こえる?」
「・・・・・・あ。」
何時の間にか、砂嵐の音が消えていた。
「ねぇ、コンソメ。あんたは《ひとりかくれんぼ》の本質を、何だと思ってる?」
「本質・・・?」
僕の耳に手を押し当てたまま、薄塩は繰り返し言う。
「そう。本質。一体《ひとりかくれんぼ》とは何なのか。」
「・・・・・・分からない。」
ボソリと僕が呟くと、薄塩は小さく溜め息を吐いた。
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・・・・・・・・・。
私はね、《ひとりかくれんぼ》の本質は《自己への暗示》だと思ってるの。
・・・ねえ、こんな話を知ってる?
ある実験の話何だけど。
先ず、被験者の人に、目の前で半田鏝を使った半田付けを見せるの。
そして、その人に目隠しをして《今から貴方に、この半田鏝を当てます》と伝えて・・・ああ、勿論本当に熱した半田鏝何て当てないわよ?
当てるのは熱していない半田鏝。
でも、その被験者は当てられるのは金属を溶かせる熱さの半田鏝だと思ってるから、当てられたのが熱せられていない半田鏝でも、火傷を負うんですって。
・・・・・・ねぇ、私が何を言いたいか、分かってる。
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・・・・・・・・・。
「・・・この痣も、テレビの音も、僕が頭の中で勝手に造り出した物って、言いたいんだろ。」
僕がそう言うと、薄塩はゆっくりと頷いた。
「ええ。だから・・・。」
そっと僕の耳から手を外す。
「あんたの耳に、もう砂嵐は聞こえない。」
低い音は止み、聞こえるのはのり姉達の寝息のみになった。
「ほら、ね?」
僕は無言で頷いた。
薄塩はニヤリと笑った。
「あと、あんたが眠れる様に、あと一つだけ、お節介をしてあげる。」
「お節介?」
「そう。お節介。」
薄塩のニヤニヤが大きくなった。
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「ピザポが特別何じゃない。コンソメ、あんたが特別なの。」
「・・・・・・え?」
僕が唖然としていると、薄塩はまた大きくニヤリと笑った。
「姉さんのあんたへの扱いは《家族》としての扱いよ。普段は雑だけど、いざと言う時は最優先で守って貰えるわ。出会ってまだ一年経ってないピザポとは全くの別物よ。決して蔑ろにされている訳では無いわ。安心して。」
「・・・・・・。」
「あんたの事だから、それもどうせピザポだけ仲間外れにしてるみたいで、罪悪感が湧くんでしょ?バカねぇ。あの子はそんなに子供じゃないわよ。ああ見えて、自分の立ち位置は理解してるわ・・・・ねぇ。」
言葉を切ると、薄塩は僕の頬を思い切りつねった。
「あんたも、たまには我が儘とか甘えを見せてみなさいな。受け止めて貰える筈よ。姉さんにも、ピザポにもね。」
手を放して、ウィンクを一つ。
「お休み。いい夢をね。」
薄塩が布団に寝転がったのを見て、僕も布団に潜る。
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「・・・薄塩、お前何時までその口調何だ?」
「・・・・・・何時もの口調だと、お前、素直に言う事聞かないだろ。」
「・・・成る程。」
「あ、納得するんだ。」
「・・・ああ。ありがとうな。」
「素直だwwwコンソメが素直だwww気持ち悪いwww」
「・・・五月蝿い。・・・なぁ。」
「www・・・・・・ん?」
「さっき、お前にはあの砂嵐が聞こえてなかったんだよな」
「・・・ああ。そうだけど。どうした?」
「いや、・・・お休み。」
「お休み。」
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だったら、どうして薄塩は、僕は何も言っていなかったのに、僕が部屋を出ようとした理由が、《テレビの砂嵐を止める為》だと分かったのだろう。
「・・・まぁ、いいか。」
下手に聞いて心使いを潰すのも悪いしな。
静かな部屋の中、僕はそっと目を閉じた。
さぁ、明日は何をしようか。
作者紺野
どうも。紺野です。
※使用したぬいぐるみは、後日きちんと御焚き上げしました。
あと、何気に僕が支える側では無く支えられる側になっているとはこれ如何に。
ピザポから、《釜一杯のご飯にマヨネーズ掛けて一気しようとして死にかけた》と言う謎の連絡が来ました。
どうしたんだ一体。何があった。
話はまだまだ続きます。
よかったら、お付き合い下さい。