私は、長い間学校で所謂《いじめ》を受けて来ました。
事の発端を、今はもう覚えていません。
ただ、些細な、些細な出来事だった筈と記憶しています。
私の髪飾りがクラスのリーダー格の子と被ったとか、私が花壇の花を間違えて潰してしまったとか、そんな些細な出来事です。
そんな些細な事が発端となって、私は、長い間いじめられてきました。
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無視され。
物を隠され。
水を掛けられ。
泥を投げつけられ。
そんな日々を送っています。
私をいじめているのは《○○さん》です。
先生は知りません。
知らない振りをしているのかも知れません。
両親は知っています。
でも、お母さんは
「貴方にだって悪い所があるのよ。」
と言って、助けてくれません。
お父さんには、この事を言うと酷く機嫌が悪くなるので、話すのを止めました。
なので、私は今日も独りです。
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学校が終わって直ぐに家へと帰ると、機嫌が悪いお母さんと二人になってしまいます。
なので私は学校が終わると、近所にある人気の無い神社へと向かいます。
森の中にある神社です。
人は、滅多に来ません。
私は其処で、夕陽が沈むまで座っています。
宿題はしません。
家に帰った時、部屋に行く理由になるからです。
その日も、私はブラブラと足を揺らしながら縁側に座っていました。
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その日は雨降りで、糸の様に細い雨が降っていました。
私は、ポタリポタリと屋根から垂れる雫を見ていました。
すると、ヨロヨロとよろめきながら、一人の女性がやって来たのです。
その人は、大きな傘と、大きなマスクをして、白いワンピースを着ていました。
雨宿りをしに来たのでしょうか。
彼女は、私から少し距離を開けて座りました。
「・・・今日は」
私がそう言うと、彼女は小さな声で
「・・・・・・ゴンニヂハ。」
と言いました。酷くしゃがれた声をしていました。
それが、私と女の人との出会いでした。
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それからその人は、毎日毎日、神社へとやって来ました。
季節は梅雨で、毎日毎日、雨が降っていました。
私達は、少しずつ話をする様になって行きました。
「ドモ・・・ダヂハァ?」
「居ません。」
「・・・ナァンデェ?」
「○○さんと言う人が居て、私を苛めるんです。」
「ゼンゼェバァ?オドヴザンオガァザンバァ?」
「・・・思ったより、助けてくれないです。」
「・・・・・・・・・。」
私がそう言うと、彼女は少し黙って、ゴソゴソとワンピースのポケットを探りました。
「・・・ァイ。」
彼女が突き出した手には、一本の棒つき三角飴が握られていました。
「・・・ありがとうございます。」
私が飴を受け取ると、彼女はマスクの下で小さく笑いました。
「ギィレイ。」
「・・・綺麗?」
彼女が、神社の柱を指差しました。
其処には、一匹の雨蛙が張り付いていました。
目に鮮やかなエメラルドグリーン。
「・・・綺麗ですね。」
女性が今度は、私の事を指差します。
「ニデルゥ。」
「似てる?私に?」
私がそう聞くと、彼女は嬉しそうにガクガクと頷きました。
「ニデルニデルゥ。」
「・・・ありがとうございます。」
誉めてくれたのかな、と私が思っていると、彼女は唐突に言いました。
「・・・ワダジ、ミニグイィィ??」
彼女の顔には、酷い傷が付いていてました。
「そんな事無いですよ。」
「・・・・・・・・・ゾゥ。」
そして、彼女は立ち上がりました。
「・・・・・・ザョゥナラァ"」
「・・・さようなら。」
そして彼女は、ユラユラと石段を下りて行きました。
次の日から、彼女は神社へ来なくなりました。
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彼女が神社へと来なくなってから暫くして、学校で《ヒキコさん》と言う噂が立ち始めました。
親から虐待され、いじめられて、手足を縛られて引きずり回された妃姫子(ひきこ)さんが、雨降りの日に出て来て、子供を引きずると言う話でした。
「私は醜いか?」
と聞くのだそうです。
《美しい》と答えると、ヒキコさんに気に入られて引きずられます。
《醜い》と答えると、怒って引きずります。
《普通》と言っても、引きずられます。
ですが、ヒキコさんは、いじめられている子供は引きずりません。
昔に自分をいじめていた子供と、同じ名字の子供も怖くていじめられません。
でも、そんな事私には関係ありません。
今日も私は、いじめられていました。
なので、ヒキコさんには引きずられません。
私はまた今日も、あの神社へと向かいます。
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次の日。
○○さんが学校を休みました。
雨降りの日でした。
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その次の日も、休みました。
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その次の次の日も、休みました。
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その次の次の次の日も、休みました。
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その次の次の次の次の日も、休みました。
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そうして、○○さんは休んだまま、この学校を去って行きました。
噂では、ヒキコさんに連れて行かれたのだ、との事でした。
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○○さんが居なくなると、クラスメイトは、掌を返した様に私と仲良くしてくれました。
私は、最初こそ警戒したり、クルクルと態度を変えるクラスメイトを軽蔑していましたが、何時の間にか、友人と遊ぶ楽しさで忘れていきました。
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ある日、私は友人の一人に、神社に来ていた女の人の話をしました。
すると、彼女は驚いた顔をして言いました。
「それ、ヒキコさんだよ!!」
私は驚きました。
だとすると、彼女は・・・・・・。
あの時、私が○○さんにいじめられていると言ったから・・・・・・。
「・・・ごめん。ちょっと先に帰るね。」
私は、ランドセルを背負って、昇降口へと駆け出しました。
「ねぇちょっと!!雨降ってるよ!!濡れちゃうよ!!」
友人はそう呼び掛けて来ましたが、私は振り返りませんでした。
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雨の降る中、神社へと向かいます。
石段を駆け上がると
其処に、彼女は居ました。
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雨の中、彼女は立っていました。
私はゆっくりと彼女に近付きました。
彼女がそっと、マスクを外します。
顔にはやはり酷い傷が付いていてました。
彼女が、ニッコリと微笑みました。
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ミヂッッ・・・!
ミ"ヂッッヂュッ・・・グヂャッ"ブヂッグヂャッグヂュグヂジュゥ・・・!!
彼女の頬が裂け、肉が露になりました。
「え・・・・・・?」
唖然としている私に、彼女は聞きました。
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「ワダジィバァ・・・ミニグイガァァ?!」
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○○○○○○○○○○○
私は、気付きました。
《ヒキコさん》が引きずらないのは、
《いじめられている子供》なのです。
いじめられていない《私》等、彼女にとっては、もう、只の《子供》にしかすぎません。
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引きずる対象である《子供》に。
作者紺野
書いても書いてもデータが消えるイライラを込めました。
元々は友人の体験談だったのですが、手を加えて話を変えました。
元ネタもいつか書きます。
それでは、もし良かったら、またお読みになって下さい。