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きつねのまど。【姉さんシリーズ】

長編15
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きつねのまど。【姉さんシリーズ】

中学生となって二年が経つけれど、自分自身があまり変わったとは思えない。そりゃあ身長も伸びているだろうし、体重の増加もあるだろうけれどーーー内面的な変化はそんなにない。

内面的な変化。つまり心の在り方。価値観が劇的にひっくり返ったとか、大人の階段を駆け上がっただとか、そんな経験はまだない。いや、それはそもそも本当に起こり得るんだろうか。

中学といえば思春期真っ只中だ。いつからいつまでを青春時代と呼ぶかは人それぞれだろうけれど、一般論から言っても中学生は間違いなくそれに匹敵するだろう。泣いて笑って、恋をして喧嘩して……そうしていつの日か大人になる。人生の中で最も輝かしい時間こそが青春時代なのではないだろうか。

ところで。俺の青春時代には、なくてはならない重要人物がいることを先に話しておこう。

彼女の名前は日野祥子。クラスメートである。チョコレート類に目がないことと、名前の祥子をもじってショコラの愛称で親しまれている。猫みたいな外見の、一見したところでは無害な女子。

だが。実はショコラはなかなかの困り者だった。いつもにこにこと目を細めて笑い、でまかせや嘘ばかりついて俺を騙す。或いは危険な目に遭うように仕向けたり。何かとやってくれるトラブルメーカーさんだ。

そんな困った奴なのだが、俺は何故だか彼女のことが忘れられない。多分、これからもずっと。一生涯。死ぬまで忘れられないのだと思う。確信めいてそう思うのだ。

別に色恋沙汰の話ではないのだけれどーーーどうしてだか分からないが、あいつのことはやけに印象深く脳裏に焼きついて離れないのだ。

……呪いの烙印の如く。

◎◎◎

中学校の休み時間といえば、昼休みを除けば十分である。十分なんて、次の授業の用意でもして、トイレにでも行って戻ってくれば優に経過している。「休み時間」と称しているのに、実際はあまり休むことが出来ない貴重な時間だ。

そんな貴重な休み時間。俺が次の授業の用意を終え、さてトイレにでも行こうかと立ち上がり掛けた時だった。

「お、う、ちゃ、ん♡」

猫みてーな猫なで声を出しながら、すそそそとショコラが近付いてきた。「何だよ、何か用か」と言う前にショコラはニコンニコン笑いながら割と大きめの声で、

「昨日、可愛い下着を買ったの♡真ん中が開いてるんだよー♡過激だと思わない?思うよね?何なら見てみる?凄いよー♡」

「へー、どれどれ……って見るかぁ!!」

怒鳴った。校舎中の窓硝子が振動するのではないかという勢いで。他のクラスメートが何事かと注目したが、俺は平静を装って(今更だと思うが)、わざとらしく咳払いした。

スカートの裾をたくし上げていたショコラは、ぷうっと頬を膨らせた。

「何よぅ、そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるよ。せーっかく人が親切心で見せてあげようって言ってるのに」

「親切心の使いどころが間違ってる!」

「ふっ。お姉さんの下着姿で満足してる欧ちゃんが偉そうなこと言わないでよ」

「何でそれを知っ……、いや何でもない。それより、用があるならさっさと言え。さっさと言わないとパンツ見るぞ」

「じゃあ黙ってようかな~♡今日の下着は見せても大丈夫なやつだしね。見せパンの勢いで見せちゃうわ!」

「すいませんでした。僕が悪かったです。迂闊な発言してごめんなさい。だから早く用件だけ言って頂けないでしょうか」

ヘタレな俺は即座に謝った。ショコラは何故か残念そうにスカートから手を話すと、俺の机の上にドカッと腰掛け、足を組んだ。デカい態度である。

「風の噂に聞いたんだけど。欧ちゃんのお姉さん、大切にしてた本をなくしちゃったみたいね」

「……おい。それについてはこっちからも色々と聞きたいことがーーー」

「がっつかないでよ。いいこと教えてあげようと思ってるのにぃ」

「いいこと?」

ショコラはにこりと含み笑いを浮かべた。新しい悪戯を思いついた子どもみたいな表情である。

「二丁目の大通りを抜けると、右手に潰れた映画館があるでしょ。その向かいに年季の入った三階建てのビルがあるんだけど。そのビルの二階に面白い物件が入ってるんだ」

「二丁目の……、嗚呼、あそこか。確かにあるな。あの耐震性の低そうな寂れたビルだろ。あそこ、営業してたんだな」

「そう、その二階ね。そこは”何でも屋さん”って言うのかしら。古今東西の貴重な骨董品やら稀覯本やらを売ってくれるらしいのよ」

これも風の噂に聞いた話なんだけどね、と。ショコラは目を細めた。

「お姉さんがなくした本もきっとそこに行けば見つかるんじゃないかな。江戸後期に出版された怪異譚”夜雀”ーーー許嫁を山犬に喰殺された男が山犬退治に出向く話よね。作者は不明だし、圧倒的な人気を誇った本ではないけれど、出版数が少なく、現存している冊数は全国に七冊程度。そのため、希少価値の高い稀覯本として扱われているのよね」

「……えらく詳しいな」

「私も何を隠そう怪異の専門家だからねーーー嗚呼、嘘嘘。冗談だよ。今のは全部ネットで調べた知識をそのまま話しただけよ」

「ふうん……。しかし、胡散臭くないか?何でも屋だなんて……アニメや漫画に出てきそうな陳腐なネーミングだし。そもそも本当に存在してんのか?」

「私が幾ら言ったところで疑り深い欧ちゃんは信じてくれないかもしれないけれどーーー実際に自分の目で見て確かめるのが一番じゃない?お姉さんの本が見つかれば、それに越したことはないんだし」

「うーん……。まあ、検討しとくよ。サンキュ」

「いーのいーの。親友が困ってたら助けるのが当然でしょ」

ショコラがそう言うが早いか。授業開始のチャイムが鳴った。

トイレ……行きたかったのに。

◎◎◎

てなわけで。ショコラから教えられた「何でも屋」とやらに出向いた次第だ。放課後のことである。

今日は両親共、仕事で遅くなるというので、一応姉さんの携帯に連絡したところ、

「私も同行するから!そのビルの前で待ち合わせだぞ!一人で勝手に同行するなよ!」

と、言われた。何だか過保護なような気もするが、姉さんから言われた言いつけに背くほど、俺も悪い子ではない。というか、そんなことしたら後々怖い。

大地震が起きたらものの数分でぺっちゃんこになってしまいそうな古びたビルの前で待つこと数分。暇潰しにiPhoneを弄っていると、どこからか視線を感じた。

画面から目を離し、顔を上げる。いつからいたのか、車椅子に乗った若い女性が手を不思議なポーズにしてこちらを見ていた。

その不思議なポーズというのが説明し辛いのだが……右手と左手を「狐」の形にし、横にする。左手は手の平を自分に向け、右手は手の甲を自分に向ける。そして狐の耳を表す人差し指と小指をくっつけるーーー形はこんな感じ。

「」

「」の間から、覗くようにじっとこちらを見つめる眸。日本人離れした青く澄んだ眸ーーーしかし、髪の色は漆黒である。

ハーフ?それとも、巷で人気のカラーコンタクトってやつを付けてるのかな。それにしても、何でこっちを見てんだろ……。

「なくした物を探しに来られたのですか?」

青い眸の女性は手を「」のままにしたまま、そう話し掛けてきた。流暢な日本語だ。顔立ちも美人だが、外国人のような彫りの深さはない。色白で、うりざね顔をした、割と「巨乳」の女性だ。

「あ、あの……」

「私はアオイと言います。祖母がフランス人なので、クオーターなのです」

「は、初めまして。玖埜霧欧介です」

自己紹介を済ませると、彼女はようやく手を膝の上に下ろした。足元まである白いワンピースは清楚な雰囲気なのだけれど、胸元がやや開いており、清楚なんだかセクシーなのだか分からない服装だ。

「なくした物を探しにいらしたのですか?」

彼女ーーーアオイさんは繰り返した。

「私はこのビルで失せ物探しを生業にしております。あなたがなくされた物もきっと見つかりますよ」

「あの、失せ物探しって……」

「どうぞこちらへ。詳しい話は歩きながらでも」

アオイさんの店舗は二階にあるというので、エレベーターで移動することになった。ハンドリウムを握り締めながら、アオイさんははにかむように言った。

「生まれた時から足が悪くて……。ずっと車椅子生活なんです」

「何か手伝いましょうか?」

「いえ、大丈夫。慣れていますから」

扉を押して中に入るとーーー中は思ったよりも雑然としていた。物、物、物……床から本棚から壁から、骨董品なんだかガラクタなのか分からない代物がごちゃごちゃと並んでいる。

「ごめんなさい。足が悪いから、きちんとした手入れや掃除が出来ていなくて……」

お恥ずかしい、と呟いてアオイさんは頬を染めた。しかし、足が不自由な彼女に手入れや掃除は難しいだろう。そこは責められない。

「失せ物探しって……仰いましたけど。何ですか、それ?」

「私は人がなくした物をお預かりしているのですよ」

アオイさんはそう言って、車椅子を稼動させ、部屋の中に入っていく。その後に続きながら、改めて部屋を見渡した。

彼女は手を伸ばして、小さな手鏡を取った。古めかしい木彫りの縁の小さな鏡。

「例えばこれ。これはとある女性がなくされた物です。母親の形見だそうですが、大掃除の際になくされてしまったのです」

「なくなった物がどうしてここにあるんですか?」

「見つけたと言いますか……いつの間にか私の手元に来るのですよ。人がなくした物が」

「……はい?」

「信じられないでしょう。でも本当なんです。それに私は人が何をなくしたのかが分かるのです」

そう言うと、アオイさんは手鏡を置き、再び両手を狐の形にし、「」の形に指を組み合わせた。その間から眸を覗かせる彼女は、どこか人外めいた雰囲気がある。

「狐の窓をご存知ですか」

「狐の窓?」

何だそれ。狐の嫁入りなら知っているけれど。

窓?

「ご存知ないようですね」

ふふ、とアオイさんが微笑む。何とも言えないその笑い方は、空気を揺さぶるような響きだった。

「こうしてね、両手を狐の形にして……窓を作るんです。おまじないみたいなものかしら。私も母から聞いたのですけれど」

「こうですか?」

ものは試しと俺もやってみた。なるほど、手で狐を表しているから狐の窓と言うのだろうか。

「狐の窓から覗くと、本来では見えないものが見えると言われています。狐の嫁入りが見えたり、人に化けた怪異を見抜いたり……人には見えないものが、この窓を通すと見えるのです」

「へえー。不思議なおまじないですねぇ」

「あなたがなくされた物は本のようですね」

ギクリとした。俺はまだ彼女にここへ来た目的も言っていないというのに、何故それが分かったのだろう。

アオイさんは狐の窓から眸を覗かせたまま、一呼吸置いて頷いた。

「夜雀という本。火事に遭ってなくされた本。あなたの物ではなく、あなたのお姉さんの物。希少価値があり、値段も張る本。そしてその本をなくしたのはあなた。だから何としてでも取り戻したいのですね」

「な、何でそれを……」

「狐の窓を覗いたからなのです」

アオイさんは静かに繰り返した。

「狐の窓を覗くと、本来見えないものが見えるのですよ」

狐の窓。

アオイさんの言葉に倣って、こそっと窓から覗いてみる。本来見えないものが見えるという話だが、特に何もーーー

「……っ、」

狐の窓から覗いたら。今し方、黒い影のようなものが部屋を横切るのが見えた。

「見えましたか?」

「何ですか、あの影みたいな……」

「影ですよ。正真正銘の」

人からはぐれた影です、と。アオイさんは微笑んだ。

ーーー今から五年ほど前のことでしょうか。とある男性が悩んでいらっしゃいました。

彼は競馬や競輪が趣味でした。仕事で稼いだ給料を全て競馬や競輪で使い果たしてしまうほど。挙げ句に借金までしてしまったのです。

彼には家庭がありました。気心の優しい、穏やかな性格の奥様と生後間もない赤ちゃんが。でも、借金を抱えた彼の生き方に嫌気が差して、二人は彼の前から姿を消しました。

彼は初めて自分の過ちを悔い、二人を連れ戻そうと躍起になりました。しかし、二人の居場所はおろか連絡もつかない状態でした。途方に暮れていた彼と私は出逢いました。

”なくしたものを探しにいらしたのですか?”

彼がなくした物は二つ。一つは言うまでもなく、家庭ですね。そしてもう一つはお金です。借金までして使い果たしたお金。

彼は何が何でもなくした物を取り戻したいのだと言いました。私は何度も彼に言い聞かせました。

”一度なくした物を取り戻したいというのであれば、それ相当の対価を支払うことになりますよ”

”あなたにそれが出来ますか”

彼は頷きました。彼の決意が本物だと悟った私は、彼がなくした物をお返ししました。温かな家庭とお金。それをお返しする代わりに、彼からある物を頂きました。

それがーーー影です。

私はお金は一切頂きません。その代わり、お金に匹敵する分の代償は頂くようにしています。これは取り引きであり、売買ですからね。

影がなくても命に別状はありません。日常生活に支障はないはずです。彼はその条件を呑みました。家庭を取り戻し、借金を返済し、幸せな暮らしを取り戻したはずでした。

ですが。数日後、彼は怒り心頭な様子で私の元にいらっしゃいました。

彼の言い分はこうです。

「影がないと妻が怯える」「妻だけじゃない、周囲の人間からも影がない自分のことを不気味だと言われる」「こんなことは望んでいない」「今すぐ何とかしろ」「影を返せ」と。

その時、私は「嗚呼……」と悲嘆に暮れました。彼にはなくした物を取り戻す覚悟がなかったのです。

何とかしろ、そうでないとお前を殺す。彼はそう騒ぎ立てました。私はそんな彼を見ていたくなかった。彼があまりにも滑稽で、哀れに見えたのです。

見ていたくなかった。

見たくはなかった。

だから、思いました。

「見たくないのなら、見なければいいのだ」

アオイさんは無表情で、組み合わせた「」をバッと離し、拳を握った。指先の毛細血管が切れてしまうのではないかと不安になるほど、強く握り締めている。

あまりの強さに、両の拳が微かに震えていた。

「彼は……どうなったんですか」

そう尋ねると、アオイさんは無表情のまま答えた。

「言葉の通りです。見えなくなりました」

「見えなくなったって……」

アオイさんは開いた両手をじっと見つめた。彼女の指の隙間から、顔を覆った男の顔が見えたような気がしたけれどーーーただの勘違いだと自分を諭した。

「色んな方と巡り逢い、色んな代償を頂きました」

彼女はキィキィと車椅子を押しながら、雑然と並んだ物の隙間を縫うように移動する。

「ある方からは味覚を頂きました。別の方からは自尊心を。また別の方からは体温を。体重を頂いたことも……ありましたっけ」

アオイさんはゆっくりと振り返った。顔にさらりと黒髪がかかる。一瞬、彼女の顔が狐の面を被っているように見えたけれど……それも俺の勘違いだろう。

「信じられないですか?」

「……信じたくないというのが本音です。だって味覚とか自尊心とか体温とか体重とか、そんな物、どうやって貰うんですか」

「どうにでもなるのですよ。要は私と取り引きしたいと仰るのならば、それ相応の覚悟が必要なのです」

アオイさんは三度目となる狐の窓を作り、そこから俺を覗き込んだ。狐の窓から覗かれると、薄暗い井戸の底に放り込まれたような気分になる。冷たい水に浸かりながら、藁をも掴む気持ちで頭上を見上げたら、アオイさんが井戸の縁から見下ろしているようなーーーそんな感覚に近い。

狐の窓から覗かれるとーーー何もかも見透かされた気がして薄気味悪い。

「私と取り引きされる覚悟はありますか」

「………」

ごくりと生唾を飲み込む。唾液は液体であるにも関わらず、妙に固くて喉に引っ掛かった。

「本当に……返して貰えるんですよね?」

不安気に問うと、アオイさんは「勿論」と頷いた。

「取り引きなさる覚悟がおありなら、あなたがお探しの本をお返しします」

「確かに夜雀の本なんですね?」

「ええ」

「一つ伺っても宜しいですか」

俺が。

「俺が払うべき代償はーーー何ですか」

「それは本をお返しした後にお話します。でも、私からも一つだけ言わせて下さい。どんな理由があれ、失った物の責任はご自分にあるのですよ」

それはーーー耳が痛い内容だったけれど。まさしく正鵠を得た発言だった。ショコラのせいじゃない。姉さんの大切な本をなくしたのは俺だ。

謝って済むことじゃない。でも、償うことが出来るのならば償いたい。責任は逃れるものじゃなく、請け負うものだ。

姉さんの本が取り戻せるなら。

姉さんのために何か出来るなら。

アオイさんとの取引に応じよう。

「……分かりました。取り引きに応じま

すと言おうとしたその時だった。

「欧介ーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「うぎゃあ!!」

背中からアタックされて口を塞がれた。いや、口というか気道を塞がれた。軽く息が出来ない。

マシンガンの如く飛び出してきたのは姉さんだった。目を見開いてグイグイと俺の首から背中から締め付ける。

「てんめぇ、このバカ息子!!私はお前をそんな子に育てた覚えはねーからな!!カッコつけてんじゃねーや、このヒヨッコ。お前はまだまだガキなんだから、責任だの何なの一人で背負い込むんじゃない!!」

「キブギブギブ!!姉ざん、苦じぃ……っ、」

「夜雀なんかいるか!私はお前がいてさえくれれば、他はどんな物だっていらないんだよ!!」

だから、お前は絶対にいなくなるな。

やけに男前な台詞を言うと、姉さんは俺を解放した。げほがほと情けなく咳き込みながら、やっぱり姉さんは格好いいなあと思った。

惚れちゃうよ。

「てなわけだよ、アオイさん。あなたの好意的な行為を無碍にするようで申し訳ないんだけどさ。取り引きはなかったことにしてくれないかな」

自分の背後に俺を押しやりながら姉さんは言った。アオイさんは小さく口を開いたが、そのまま唇を噤んだ。

「夜雀はいらない。夜雀の代わりに欧介の大切な何かを代償にされるくらいなら、私は何もいらない。一度なくした物に未練はないんでね」

「取り引きをなさらないと言うのであれば、それで結構です。強制的に差し行えば、私は犯罪者になってしまいますから」

「もう充分犯罪的だと思うけどな……まあいいや。こいつは返して貰うけれど、異存はないよな?」

「異存はありませんが……遺憾ではあります」

アオイさんはカメラのピントを合わせるように、狐の窓を前に突き出した。そこからじっと俺を見つめるアオイさんは、やはり狐の面を被っているような気がした。

「私はあなたが欲しかった」

◎◎◎

「狐の窓っていうのは一種の印でね。両手を組み合わせることによって出来る、冥界へと通ずる窓とも言われている。狐の窓はね、覗くことに意味があるんだよ」

そう言うと、姉さんは自らも狐の窓を作ってそれを覗いた。

「覗くことによって見える。人には見えない何かが見える。時には人を冥界へと誘う入り口でもある。本来、縁起のいいものじゃないんだよ」

ー見たくないのならば、見なければいいのだー

アオイさんの言葉を思い出し、今更ながらに背筋がぞわわと粟立った。彼女には一体何が見えていて、何が見えなくなったのだろう。

「覗くこと自体が誉められたことじゃないからね。覗くーーーそれは疚しいことだ。恥ずべき行為だ。気配を殺し、気付かれないようにこっそりと見ることだから。疚しいからこそ覗くんだよ。人に見えない物を無理して見る必要はどこにもない。見えないなら見えないでいいんだよ。むしろ見ない方が幸せだ」

「アオイさんは……一体、何なの。何者なの?」

おばあさんがフランス人でクオーターだと言っていたが。それはどこまで鵜呑みにしていい言葉なのだろう。

そもそも、彼女は本当に人間なのか。

「さてね。狐の窓越しに彼女を見てみればいいんじゃないか?そうすりゃ正体もハッキリ分かるだろうよ」

狐の窓を覗くと、人には見えない物が見える。

姉さんが本気で言ったのか、はたまた冗談で言ったのかは分からない。だけども、俺にはアオイさんを再び訪ねる勇気も、狐の窓越しに彼女を見ることも出来そうになかった。

それはさておき。

「姉さん……ここってまさか」

店舗からの帰り道。姉さんが買い物に付き合ってほしいと言うので、てっきり夕食の買い出しかと思っていたのだけれど。

目の前にあるのはスーパーではなく、お洒落なショーウィンドウのショップだった。しかし、ショーウィンドウといっても洋服屋ではない。ガラスケース越しに展示されていた物は、どんなシチュエーションで着るのか見当もつかない、過激な下着だった。

「ちっちっち。これはドレス風ランジェリーってやつだよ」

「いや、知らないよ!!てか、買い物ってこの店?」

「欧ちゃんの好みはどんなやつ?白?黒?それとも紫とか?」

「弟と下着を買いに来ないでー」

因みに。俺の好みは紫である。

Concrete
コメント怖い
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翔さん☞まめのすけ。

新作を投稿しようと思いましたら、何の不手際が消えてしまい……かなりブルーなまめのすけ。です。自分の機械音痴が悔しい……。

取引は危険な匂いがつきものですよね。特にショコラさんなんて何を考えてるか分からない、理解不可能な女子ですから。ていうか、欧介よ。お前もいい加減に疑うことを覚えなさい。

御影さんは筋を通す人ですから(笑)。言ったことは実行するでしょうね。

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先に代償を教えてくれないのは怖いですね(-。-;
本を出してもらった後で命が欲しいと言われても断れない事になるしσ(^_^;)
やはりショコラちゃんの教えてくれた場所には一癖も二癖もある(-。-;
本が戻らないという事は暫く欧ちゃんはお姉さんの言いなり決定ですね(≧∇≦)
お姉さんの要求…楽しみ(≧∇≦)

返信

蜂蜜さん☞まめのすけ。

仕方なかったんでしょうね。諦めざるを得ない状況と言いますか。条件が条件でしたから。

御影さんは要求します(笑)。これでもかと要求しまくると思います(笑)。

本編でまた触れるかもしれないんですが、御影さんにとって欧介は恩師なんです。だから大切なのでしょうね。でもこの二人、血の繋がりはないんですよ。

返信

鴎介君モテモテ(?)ですね~。
結局、御影さんは夜雀を諦めたんですね。
でも、その代わり鴎介君に、いろいろ強制しそうですね。(笑)

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伽羅さん☞まめのすけ。

お子さんがいらっしゃるのですね。このサイトではお子さんがいらっしゃる方も多く活躍されていて、本当に素晴らしいっ思います。

女性が描くホラーは本当に繊細で、かつトロリとした味がある。女性ならではの表現であったり知識であったり、価値観や心の揺れる様子など……いや、本当に勉強になります。

ホラーといえば女性ですよね。

返信

uniまにゃ~さん☞まめのすけ。

ははは。まさしくまめのすけ。の趣味ですよ(笑)。

紫とは言霊的に表すと、「あの世」または「成仏」の意味があるそうです。霊を慰める色でもあるようなので、個人的に好きですね。

ピアスの穴を開けようか迷っているまめのすけ。です。あれって痛いんですかね。痛いなら考えてしまう……。

返信

欲求不満さん☞まめのすけ。

何と!!紫とは欲求不満を表すのですか!!

それは知らなかった……(笑)。どうしましょう、このサイトにて思わぬことをバラしてしまった(笑)。

女子高生は何に見えました?

返信

待ちに待った新作楽しく拝見させて頂きました。
やっぱり御影様は素敵ですね。欧介君をとても愛しているのが良くわかります。
しかし、紫ですか。私も個人的には好きな色です。娘の名前にも使ってますので、とても親近感…いやいや、失礼致しました。
また次回作も楽しみにしてます。

返信

紫なんだ…(=^・・^=)
おまめさんの趣味も…って事で良いですか??

返信

紫かよ⁉︎まさに欲求不満‼︎
読みながら手を狐にして前を歩く女子高生を覗いてしまった欲求不満でした。

返信

黒歌さん☞まめのすけ。

ははは。その通りです(笑)。

欧介の趣味は私の趣味だと言っても過言ではありません。欧介は私に一番似ています。性格や言動などが。

だからついつい、甘やかしたくなくなるんですかね。自分を見ているようで腹立たしいような……でもやっぱり甘やかしてしまうのでしょうね。奴には御影さんがいますから。

返信

へぇー、紫ね.....

まめのすけさんの趣味も入ってますね?(ニヤニヤ)

返信

粉粧桜さん☞まめのすけ。

最後の台詞にドキドキしてしまったのは、恐らく私だけではないはず(笑)。

薄紫とか最高ですよ!!普通の紫より大人しめで控えめで、でも押しが強くて……。

大切なことだからもう一度言います。

最高です!!

返信

赤煉瓦さん☞まめのすけ。

歯科医に行ったところ、指を口の奥に突っ込まれ、「もっと口を開きなさい!!」と叱られました、まめのすけ。です。

「こふぇいひょうはひらきまひぇん……(これ以上は開きません)」と言ったところ、指で舌を押さえつけられました。歯科医の先生、なかなかに怖かった……。

赤煉瓦さんも紫押しですか(笑)。私と一緒ですね(笑)。何だか嬉しい(笑)。

アオイさんはどうして欧介を欲しがったのか。案外、彼女の好みも御影さんと似たか寄ったかなんですかね。

返信

来道さん☞まめのすけ。

真面目な話、どうなのでしょう。例えばSっ気満載なオラオラな男性と、趣味が猫弄りだと話す草食系の男の子。この場合、どちらがモテるんですかね?

女性はそれぞれ嗜好が違いますけれど。しかし、全体的なデータを取ったとしたら、どちらに軍配が上がるんでしょうか。

返信

みっくんさん☞まめのすけ。

私も感情がないのかと言われた経験があります。というか、人前で怒らないんですよね。いつもへらへらしているからなのか、友人や従姉妹に「お前は何を考えているのか分からない」「言いたいことあるなら言った方がいい」「何で怒らないの?」と言われます。

怒らないというか……感情が欠けているんですかね?そりゃまあ私もサイボーグではないし人間ですからムッとなることもありますが。

妖狐ですか。いいですねぇ、その妖艶な響き。小説や漫画によく出ていますけれど、妖狐は大概色気のあるキャラクターとして登場しますよね。

返信

ロビンMさん☞まめのすけ。

いやいや、私などただの怪異オタクなのですよ(笑)。小さい頃から怪しげな物が好きで、親に好きな本を買ってあげるから選んでおいでと言われて、私が選んだ本は「魔女図鑑」というタイトルの本でした(笑)。

今でも愛読書が化物語、きつねのはなし、漫画でいえばホリックですからね。現代の怪異譚が好きなのです。

味覚は困りますね。味が分からないのは相当なストレスだと思います。

ロビンMさんは今でも変わらず熱い方だと思いますよ。ガッツがあると言いますか。コメントから熱い気迫が伝わってきます。

返信

酢物さん☞まめのすけ。

確かに。代償をいざ支払う時はそこまで後悔しないんですよね。代償さえ支払えば、望んだものが手中に収まるわけですから。

そして後々後悔する。人間とは手中に収めたものよりも、失ったものに未練や執着を残しますから。不思議ですよね。

アオイさんが欲しがったもの……それは皆様のご想像に委ねたく思います。夜雀にも匹敵する価値のあるものなのでしょうね。

とある漫画からの受け売りですが。対価の重みを知っているからこそ、時として残酷なまでに対価を要求するのでしょうね。

返信

麗二さん☞まめのすけ。

紫いいですよね。何だか神秘的な感じがして、私も好きだったりします(笑)。

仰る通り、駆け引きは難しいですね。何かを得るためには何かを犠牲にしなくてはならない。しかし、得たものよりも失った代償を悔やむ気持ちも人間にはありますから。

そこの駆け引きが難しい……。

しかし、タダほど高い物はないと言いますしね。代償なくしては何物も手に入らないのが世の理なのですね。

返信

ガラさん☞まめのすけ。

姉さん、いつでもグッドタイミングです(笑)。美味しいところはみんな持ってっちゃうんですよ。

欧介の見せ場がない(笑)。まあ、あいつにはいつでも見せ場を用意していませんけれど(笑)。

返信