これは、僕が高校1年生の時の話だ。
季節は冬。
nextpage
・・・・・・・・・。
僕が寝ていると、ツンツン、と誰かに頭を突かれた。
「・・・・・・・・・?」
目を擦ろうとすると、手首に違和感がある。
「・・・・・・何だこれ。」
僕が手首を見ようとすると、直ぐ後ろから声が聞こえた。
「駄目だよ。勝手に外しちゃ。」
nextpage
その声は紛れも無くのり姉の物で、周りを見ると此処は間違い無くのり姉の部屋で、僕が寝返りを打つと僕の布団の直ぐ傍でニッコリと微笑んでいるのは正しくのり姉だった。
当然ながら、僕は酷く驚いた。
「・・・・・・!!!」
人間は、強すぎる恐怖や絶望、歓喜や驚嘆を目の前にすると、声を上げる事が出来なくなると言う。
この時の僕は正にその状態だった。
のり姉が僕の手首を掴み、持ち上げた。
「・・・これ、覚えてる?」
両手首は、少しキツめに紐で縛られている。
え。なにこれ。
縛られてたのは片手だけだった筈。
僕が首を横に振ると、のり姉はまたニッコリと笑った。
「薄塩が縛ったんだよ。この紐。」
「・・・え?」
ドユコト?
「最初は片手だけだったんだけどね。コンソメ君が抵抗するからだよ。」
抵抗?何時?誰が?
「右肩、まだ痛む?痣になってない?」
右肩?痣?
僕は一括りになっている手を動かし、右肩を軽く叩いた。
「・・・ッッ!」
じわりとした痛みが広がる。
見ると、青と紫の混ざった色になっている。
「・・・触ったりするからだよ。かなり強く打ったから、弄らない方がいいよ。」
のり姉が、何処か労る様な口調で話し掛けて来た。
僕は小さく頷いた。
nextpage
ガチャリ
部屋のドアが開いた。
「・・・あ、もう起きてたのか。」
入って来たのは、薄塩だった。
「ちょっと待て。今解くから。」
両手にカッターの刃を宛がい、紐を切る。
手首にも出来ている痣を見て、薄塩が眉を潜めた。
「あー・・・。痕、付いてるなー・・・。すまん。」
「あ、いや。別に・・・。」
「・・・肩は?」
「肩?・・・あ、左肩に青痣が出来てた。」
「マジかー・・・。すまーん。」
「・・・何だその言い方。」
「いや別に?」
「・・・これ、お前がやったのか?」
「違う・・・とも言い切れないな。俺が押さえ付けた時にコンソメが転んで出来た奴だから。」
「・・・何時の話だ、それ。」
「昨日の夜。」
全く記憶に無いのだが・・・。
僕が顔をしかめると、薄塩は呆れた様に溜め息を吐いた。
「・・・・・・まぁいいか。お前に非がある訳じゃ無いしな。」
「・・・何だよ、それ。気持ち悪いな。」
「気持ち悪い?!何よ、失礼ねっ!!もう!!」
「何だよそれ!気持ち悪いな!!」
僕がそう言うと、薄塩はニヤリと笑った。
そして、まだ紐を持っている左手を此方に伸ばす。
ピシッ!
「・・・痛っ!」
デコピンをされた。
「・・・昨日の苦労は、まぁ、これでチャラにしといてやる。」
「はぁ?!」
「・・・朝飯、出来てるから。早く着替えて来いな。」
「・・・ああ。分かった。」
ガチャリ、とドアが閉まり、薄塩が出て行った。
僕は振り向いてのり姉に言った。
「のり姉。・・・流石に見られていると、着替えがしにくいと言うか・・・・・・。」
「此処は私の部屋の筈何だけどな。どちらが出て行くべきだろうね。」
「・・・失礼しました。ごもっともです。僕が部屋を移ります。」
「冗談だよ。先に下で待ってるからね。」
「・・・・・・はい。」
のり姉が部屋を出たのを見届けると、僕は着替えが入ったリュックに手を伸ばした。
nextpage
・・・・・・・・・。
さて、此処までの文章で、この話が《よにんかくれんぼ》の次の日の話だと言う事は、御理解頂けたかと思う。
此処から夜の8時位まで、実の所何も無い。
本当に何も無いのだ。
なので。
一気に飛ばさせて頂く。
nextpage
・・・・・・・・・。
僕等が夕食とその片付けを終え、ぼんやりとテレビを見ていると、
ピンポーン
と玄関のチャイムが鳴った。
「・・・はーい、今行きまーす。」
僕が返事をして玄関へ向かおうとすると、ドアの向こうから不思議そうな声が聞こえた。
「・・・・・・何故、此処にコンソメ君が?」
声の主は、木葉さんだった。
nextpage
・・・・・・・・・。
「木葉さん?」
僕がそう聞くと、向こうから
「ええ。・・・コンソメ君ですよね?」
と言う問いが返って来た。
僕は答えた。
「はい。今、ちょっと、薄塩の家に泊まっているんです。」
「成る程。」
「・・・・・・。」
「・・・コンソメ君、開けて頂けませんか?」
「あ、はい。今開けます。」
扉を開ける。
「今晩は。コンソメ君。」
扉の向こうに立っていたのは
nextpage
ジーンズにコート姿の、木葉さんだった。
僕は叫んだ。
「偽物だーー!!」
急いで戸を閉めようとする。
「誰が偽物ですか!!」
ガシッッ、と木葉さんがドアを掴んだ。
僕は、ドアを閉める為、全力でその手を外そうとする。
「偽物です!確固たる偽物です!!」
「何でですか!!根拠は!!」
「木葉さんが《まともな洋装》をしてくる筈が無いでしょう?!」
「貴方の中での私は、一体何何ですか?!」
扉を抉じ開けられそうになる。
「ちょ、止め、止めて下さい!」
「嫌ですよ!のり塩さんに用事があるんです。」
「うわぁぁぁ!!もう偽物確定です!!」
※普段、木葉さんはのり姉を《御嬢様》と呼んでいます。
「離して下さい!このモヤシ野郎!!」
「誰がモヤシだ!この青ピクミン!!」
「あ、青ピクミン?!」
敬語ログアウトは予想内だったが、思わぬ暴言でダメージを食らった。
「僕の何処が青ピクミン何ですか!」
「口元とサイズ感です!!」
「サイズ感ってアレか、チビって言いたいのかモヤシ!!あと、青ピクミンのあの三角の部分は口じゃ無いです!!」
「じゃあ何何ですか!!」
「エラです!!」
「嘘?!」
本気で驚いたらしく、木葉さんの力が一瞬緩む。
僕は渾身の力を込めて指を引き剥がし、ドアを閉めようとした・・・
が、今度は内側からドアが押さえられた。
「今晩はー、木葉君。」
ドアを押さえたのは、のり姉だった。
肩を掴まれ、ドアの前から退かされる。
「入って入ってー。」
「え、ちょっ・・・のり姉?!」
「それでは、失礼します。」
木葉さんが家に上がる。
のり姉が薄く笑い掛けた。
「ごめん、先にリビングまで行ってて。」
「はい。」
木葉さんはそう返事をして、スタスタと廊下を歩いて行った。
「のり姉!あの木葉さんは・・・。」
「本物だよ。」
「・・・・・・え?」
のり姉は、何故か楽しそうに言った。
「私の事を《のり塩さん》て呼ぶって事は・・・アルバイトのお願いかな。」
ポフ、と僕の頭を叩く。
「ま、取り敢えず、行こうか。」
僕は釈然としないまま、小さく頷いた。
nextpage
・・・・・・・・・。
そしてリビング。
薄塩やピザポも含めて、僕達は一列にテーブルの前に座った。
木葉さんが座っているのは、その向かい側だ。
コートを脱ぐと、現れたのは何時もの白シャツで、僕は若干、ホッとした。
僕が偽物だと思った理由を言うと、木葉さんはクスクスと笑った。
「成る程。だから私の事を《偽物》と・・・。」
どうやら目の前の木葉さんは本当に本物の様で、僕は申し訳無さでしおしおと萎れた。
「ごめんなさい・・・。」
僕が謝ると、木葉さんは笑いながら手をヒラヒラと振った。
「いえいえ。・・・確かに、コンソメ君は仕事中より、プライベートでの付き合いの方が多いですから。勘違いしたとして、無理はありません。」
「申し訳無いです・・・。」
思わず目線も下を向く。
「えい。」
のり姉につむじを押された。
「止めて下さい。」
「えい。えい。」
「縮んだらどうするんですか。」
頭を振り、のり姉の手を払い除ける。
「えい。えい。えい。・・・それで、木葉君、今日は何の用?」
のり姉が、僕のつむじを押したまま聞いた。
木葉さんは口元に手を当ててクスクスと笑っていたが、のり姉に要件を聞かれると、フッと真面目な顔になった。
「・・・少し、手伝って頂きたい事があるんです。」
「話してみてよ。事によってはだけど、力になれるかも知れないしね。」
木葉さんは少し考え込むと、軈てゆっくり話を始めた。
「何から話せばいいやら。・・・・・・そうですね。先ず、私にこの依頼が来たのは一週間程前の夜の事でしたーー」
nextpage
・・・・・・・・・。
その日、たしか・・・夜の十時位でしたかね。
一人の男性がうちの店に訪れました。
年の頃は・・・・・・大体、四十代から五十代前半、と言った所でして、どうやら日本の方では無い御様子。
話が少し逸れますが、私の家は何故か外国の方から見ると観光スポットか何かに見える様でして・・・。
いや、理由は分からないのですが・・・。
なので、最初は私《嗚呼、また勘違いをした外国の方なのだな》と思っていたんです。
ですが、その人はどうやら勘違いをしている訳では無い様で
「夜分に申し訳無い。頼みたい事があります。少し困っているのです。」
と言うんです。
非常に滑らかな日本語で。
一般営業時間は過ぎていたのですが、此処で追い返すのも気の毒だと思いましてね。
私は、その方を家へと上げたんです。
nextpage
《御払いを頼みたい》
と、そう彼は言いました。
《○○町の××倉庫に、沢山の霊が溜まっている》と。
・・・まぁでも、私の本分は《御守り屋》ですから。
御払いはやっていないんですよ。
出来ない訳では無いのですがね。あ、無論程度にもよりけりですよ。出来る事何てほんの少しです。
なので、知り合いの・・・何と言うか、《本職の人》を紹介しようと思ったのですが・・・・・・。
今年も、残す所あと僅かですからね。
中々引き受けて下さる人が見つからなくて・・・。
私が、今日の所は御引き取り願おうと後ろを向くと、彼はもう居なくなっていて、彼の座っていた所には、指輪が一つ、広げたハンカチの上に、そっと置いてあるだけでした。
nextpage
・・・・・・・・・。
「《対価》のつもり何でしょうね。落とし物には見えませんでしたし。返そうにも、忽然と消えてしまいましたしね。」
木葉さんはそう言うと、小さく溜め息を吐いた。
「御代を貰って仕事をしなかったと言うと、我が家の沽券に関わります。・・・相手が何方であれ。なので、仕方無しに私がその仕事をする羽目になったのです。」
「で、その仕事の手伝いを、私達に頼みたいと?」
そして、そうのり姉が言うと、彼は大きく頷いた。
「ええ。無論、アルバイト代は出させて頂きます。安全性も保証しますよ。」
如何でしょう?、と木葉さんが微笑んだ。
しかし、僕の隣に居るのり姉は、何故か浮かない顔だ。
木葉さんが片眉をひそめた。
「・・・やはり、御嫌でしょうか。」
「・・・・・・んー?」
のり姉は、頬杖を付きながら言う。
「私はねー、木葉君。お仕事モードの木葉君って、あんまり好きじゃ無いんだよねー。」
「・・・ほう。」
木葉さんが、またクスリと笑った。
のり姉は頬杖を付きながら続ける。
「・・・・・・ねぇ、正直に言ったら?」
「・・・何をですか?」
のり姉が、木葉さんを見て優しげに笑い掛けた。
「分からない?・・・ちゃんと言わなきゃ、私達は協力なんてしない。」
ニコニコしたまま、両者が睨み合う。
え?僕等?
完全に空気である。
寧ろ空気中のホコリである。
nextpage
沈黙を破ったのは、木葉さんだった。
「・・・分かりました。」
膝に手を当て、深く頭を下げる。
nextpage
「一人で幽霊倉庫へ行くのが怖いです。助けて下さい。」
のり姉が聞く。
「・・・もし、嫌だと言ったら?」
木葉さんが顔を上げ、ニッコリと微笑んだ。
「そうですね・・・。コンソメ君に拉致られて頂きます。」
「ちょっと待て!」
流石の空気と言えども、この発言は聞き捨てならない。
「何故に僕が?!」
僕が木葉さんを見ると、彼は至って真面目な顔で言った。
「ほら、私って人見知りする方じゃないですか?」
「知るかそんな事!!」
のり姉の方を向く。
「よりにもよって木葉さんと二人で幽霊倉庫なんて、僕は絶対に嫌ですよ!!」
絶対に録な事にならない。
そう言うと、のり姉はニヤリと笑った。
「・・・私には、コンソメ君がどうなろうと助ける義理なんて無いんだけどなー。」
「・・・・・・何でも言う事聞きますから!!」
思わず言ってしまった言葉に、全力で後悔をする。
のり姉はまた大きくニヤリと笑った。
スッと立ち上がり、ドアへと向かう。
「・・・それじゃ行こうか。アルバイト。」
木葉さんが、また深く頭を下げた。
不安そうに顔を歪ませるピザポと、此方に哀れむ様な視線を向けている薄塩とに挟まれて、僕は大きく溜め息を吐いた。
nextpage
・・・・・・・・・。
車で数十分。其処から更に十数分。
その倉庫は、人気の無い海辺に建てられているらしい。
「倉庫を海辺に・・・。潮風の影響は無いんでしょうか。」
「さぁ。あるかも知れませんね。でも・・・取り敢えず私達の仕事には関係無いと思います。」
「・・・それもそうですね。」
縦長のバッグを持って、のり姉が暗い夜道を進んで行く。
それを見ながら僕等も歩く。
「分かりませんね。」
ポツリ、と木葉さんが呟く。
「・・・何がでしょうか。」
僕が聞くと、木葉さんはまたポツリと言った。
「彼女が。」
木葉さんの目の先にあるのは、勿論のり姉だ。
「分かりません。」
そう言って今度は、ソッと目を伏せる。
「・・・分かりません。」
僕は木葉さんの方を見たが、木葉さんの顔があまりにも無表情なので、何だか怖くなって、慌ててまた前を向いた。
nextpage
・・・・・・・・・。
「ほら、あったよー。」
のり姉がそう言って指を指した先に、暗がりに浮かび上がる様にして縦長の直方体の建物が見えた。
「結構大きいねー。」
何処か感心した様に、のり姉が言った。
僕は曖昧に頷き、ピザポは緊張した面持ちで深呼吸をし、薄塩は小さな欠伸を漏らした。
「・・・分からない、です。」
木葉さんがもう一度無表情で呟き、ゆっくりと瞬きをする。
遠い波の音が聞こえる。
潮の匂いが鼻を突いた。
倉庫まで、あと数十メートル。
作者紺野
どうも。紺野です。
散々遅くなってしかも前後編です。
本当に申し訳無いです。
弁解とは思いますが、少し言わせて下さい。
のり姉にまた色々と迷惑を掛けられていたんです。
だから遅れてしまったんです。
本当にすみません。
話はまだまだ続きます。
良かったら、お付き合い下さい。