まだ夏休みも終わったばかりの残暑が残る9月、廊下の窓を開けて文化祭用の企画書をバタバタと団扇代わりに扇ぐ。
「ミズホのところは今回なに演るの?」
「あのね、アッコが書き下ろした探偵物。探偵役はアッコが立候補してる。まぁ、全員一致でこの役は決定。」
出来上がったばかりの脚本をパラパラしながらミズホは言った。
彼女、ミズホはオカルトと恋愛をこよなく愛する演劇部員。
目を付けた男子を徹底的にリサーチし相手の好みどストライクを完璧に演じる事に生き甲斐を感じる。
落としてしまうと興味がなくなるからタチが悪い。
「ユウのところは?天文部なんてやる事あるの?」
私はユウ。高校2年生。霊媒体質と言う以外、特出するところはない…はず。
「う〜ん、ギリシャ神話にまつわる星座の紹介でもしようかと思ってるんだけどね。これだけじゃ弱いよねぇ…。」
そうなんだよね、先輩達も引退して現在の部員はたった6人。あまり大掛かりな事は出来ないし。
まぁ、部員みんな部活なんてする気のない人ばかりの実質帰宅部だからこんな物かな、とも実際のところ思っている。
「ユウ知ってる?天文部の事、隠れオカルト部って言われてるの。」
「えっ、何で?」
「だって部員はユウ、アキ、タカヒロで部長はアラタだよ?新入生の2人だって何だかそれっぽい雰囲気だし。」
「う〜ん、怪しげなウワサが立っちゃったなぁ。結構見られてるんだね。気をつけなきゃなぁ。」
そう、霊媒体質の私を護るべくアラタは結構ムチャをする。
ウワサをすればアラタとタカヒロが廊下に出てきた。続けてその後ろからアキもこっちに歩いて来るのが見えた。
さらにアキのはるか向こうから演劇部部長にして今回の劇の脚本兼主役のアッコが両手を大きく振り「ちょっと〜!天文部〜!」と、大声で叫びながら走ってくる。
驚いて振向くアキをあっという間に追越し、はぁはぁと息を切らし私達の前にきた。
教室から出てきたばかりのアラタとタカヒロは何事かと目を丸くしてポカンとしている。
「そんなに慌ててどうしたの?」
ミズホがアッコを脚本でパタパタ扇ぎながら聞いてみる。
「あっ、ミズホありがと。実は天文部に頼みがあってさ。」
真っ赤な顔でゼィゼィと肩で息をしながらアッコは言った。
文化祭絡みで天文部に何か依頼があるのかと思いきや、彼女の以外な頼みに一同困り果てた。
アッコの頼みとは簡単に言えば霊視、出来れば祓って欲しいと。
アッコの家は古い2階建ての中古住宅で両親と弟の四人家族。去年の秋にやっと持ち家を購入したらしいのだが、何やら変な事が毎日の様に起きているらしい。
建物自体はそれほど古くないらしい。小さな庭もあってアッコの母は念願のガーデニングが出来ると喜んでいたが頻繁に起こるおかしな現象に最近は神経質になり、塞ぎこんでいるとか。
私達は1度は断ったが、とにかく1度でいいから来て見て欲しいと切望され、まぁ見るだけならと、渋々クビを縦に振ってしまった。
「早速今度の週末にでも来て!」
アッコに押し切られる形で今回のミッションはスタートした。
週末、アッコ宅に1番近いアキの家にアラタ、タカヒロ、ミズホそして私は集合した。
「みんな、いらっしゃい。オレンジジュースしかないけど飲んでちょうだい。」
アキのお母さんが飲み物を持ってきてくれた。その後からお父さんもお菓子を持って現れた。
「クッキー食べるかい?みんなゆっくりしていきなさい。」
お母さんよりもかなり若く見える。それもそのはず、お父さんはお母さんより9歳も年下だった。
まだアキの弟が産まれたばかりの頃に実の父はガンで亡くなっている。今のお父さんは再婚相手だった。
「すっご〜い!後でおばさまに若い男を仕留める秘訣を聞かなきゃ!」
興奮してはしゃぐミズホ。
「バカ!お前はスナイパーか?仕留めるじゃなくて射止めるだろが!」
タカヒロがミズホの頭をひっぱたく。
そうでしたとペロッと舌を出して笑うミズホに全員ため息をついた。
?
なんだかタカヒロが少しだけいつもと違う印象だったのは気のせいかな?
「それで、どうする?お前はアッコの印象はどうだった?何か視えたか?」
私の視線から逃れる様にタカヒロがアラタに意見を聞く。
「まだなんとも…何かしらの気配はあったが輪郭が視えてこない。嫌な予感がする。かなり手強いかもしれない。」
痕跡を残さないヤツほど手強い。囮に隠れて正体を現さないヤツは狡猾で怖い。アラタはそんな印象を受けたみたいだった。
「どっちみち覚悟を決めて行くとするか。見てみなきゃ始まらんしな。」
タカヒロの言葉に一同仕方ないかと重い腰を上げてアッコ宅に向かう事にした。
向かう途中、さっきのタカヒロの事が気になってコソっとアラタに話してみた。
「うん。タカヒロにも思うところがあるんだろ。俺たちにはわからない何かがさ。」
そうなんだ…と少し肩を落とす。
「心配しなくても大丈夫だよ。タカヒロなら安心だ。」
「?うん。」
鈍くて気が利かない私はタカヒロの気持ちに気づいていなかった。まだこの時は。
歩いて10分ほどでアッコ宅に到着した。かなり手前で目指す場所はわかっていた。それほどアッコの家は禍々しい空気をまとって不気味に佇んでいた。
「思った以上だな…」
アラタの言葉に全員が頷いた。全身から冷たい汗が噴き出てきて足が石になった様に動かない。アッコの家族はこんな家で生活しているかと思うと一刻も早く何とかしなければならない。良くて一家離散、悪ければ生命に関わる。
「こんなの、どうすれば…」
思わず呟いてしまったが全員が同じ思いだった。
「俺たちの手に負えるモノじゃない。少し準備が必要だ。」
アラタの意見な全員賛成。何かしようにも家に入る事さえ私達には出来なかった。
仕方なくアッコに電話して外まで来てもらった。そして今この現状で私達にはとても手に負えない事、少し時間をもらいたい事、最後に何が起こるかわからない。
もし危険を感じる様な事態になった時は、直ぐに家を出る事。出来ることなら直ちに出て欲しいところなのだが、そんな訳にもいかないだろう。
アッコのお母さんはすでにかなり神経を擦り減らしている。当たり前だった、ずっと家に居るのだから。
「約束してアッコ。無理はしない事。」
今はそれしか言えなかった。
「これ、気休め程度だけど無いよりマシだと思う。」
そう言ってアラタは和紙の包みをアッコに渡した。
「これは?」
「清めの塩だよ。肌身離さず持っていて。家族みんなに必ず渡して。」
そう言ってアラタはアッコの肩をポンと叩いた。
帰り道、アラタは怒っていた。あんな物件を何の手も打たず売るなんて許せないと。少なからず何かしらの曰くがある事は知っていたはず。
あれほど酷い状態の場所は確かにそうメッタにみない。
「あそこはきっと何かしらの神が祀られていたはず。しかも良くないモノだ。何かの動物が妖に変幻したモノ。俺の勘だと多分ヘビ。」
アラタの言葉にゾッとした。ヘビ神…考えただけで恐ろしい。
そんなモノをどうにか出来るのか不安だった。
「俺に心当たりがある。ちょっと連絡が取れるかわからないけど何とかしてみるよ。」
アラタには光明が見えているらしい。とりあえずこの日は解散した。
その日の夜。
私達が来た事でどうやらヘビ様を刺激してしまったらしい。
「アッコ、お風呂出たらお湯抜いといてね。」
「は〜い。」
いつもの様に最後にお風呂に入った私は湯船のお湯を抜いて洗面台の前で髪を乾かす。
天文部はあんな事言ってたけど何かヤバイのかな?
私自身、確かに人影を見たり足音を聞いたり程度の事はあるけど…
ドライヤーの音がうるさいなぁと思いながら考える。
ドライヤーの温風に髪をバサバサと跳ね上げ鏡の中の自分を見る。
すると、髪が温風にあおられながら不思議な動きをし始めた。気のせいかと思ったが次第に髪が風になびいてパラパラと落ちだした。
「えっ?」
ドライヤーのスイッチを切って髪をかき上げると指先に今まで感じた事もない様なガサガサとした違和感がした。
砂場を掻く様な感触、小刻みに手が震え、その動きに合わせる様に髪がパラパラと抜け落ちる。
「いやっ!」
反射的に手を離すとバサっと大量の髪が抜け落ちた。
信じられない光景にガクガクと震え鏡の自分を見る。左のこめかみ辺りからゴッソリと抜け落ち地肌が露わになっている。
よく見ると地肌は赤黒く変色していた。
震える手で触れて見ると少しヌルリとした。指と指をこすり感触を確かめる。ベタベタとした感触。恐る恐る視線を指先に移すと赤黒い液体がベットリと付着している。
慌ててまた鏡を見ると抜け落ちたところからダラダラと血が流れていた。
「きゃあ〜〜〜〜〜〜!」
変わり果ててしまった自分を、信じられない光景を見て悲鳴をあげる。
わたし、わたしは、どうしちゃったの?なんでこんなことに?
鏡から目が離せず変わり果てた自分を凝視する。すると鏡の中の自分が動き出した。
何が起こっているのか?
鏡の中の自分は笑いながら両手で頭を掻きむしりバサバサと髪をむしり取っている。
ガチガチと歯がなっていた。とても現状を受け入れられない。鏡の中の自分はとうとう髪を全部むしり取ってしまった。
剥き出しの頭皮は血が滲み何かが蠢いている。よく見るとそれは小さな大豆の様に見えた。モゾモゾと身体をくねらせはい出てくるそれは蛆虫だった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!」
悲鳴にもならない嗚咽をあげる。
アッコの精神は限界をむかえその場に倒れ込んでしまう。
目を覚ますと自分のベッドにいた。
「いや〜〜〜〜!」
アッコの悲鳴に両親が飛んで来た。
「アッコ!どうしたの!」
「髪が、私の髪の毛が…」
さっき起きた事を両親に話すと笑いはしなかったが何の事かと首を傾げた。
ベッドから跳び起き鏡台の前に立つと、いつもと変わらぬ自分が映っていた。
「そんなハズは…」
恐る恐る髪を触ってみる。何ともない。夢でも見たのだろうか?
「でも…でも…あの感触は…」
今でも生々しく指先に残っている血の感触。そして鏡の中で大きな口を開けて笑う自分が焼き付いて離れない。
「もう寝た方がいいんじゃない?」
母に言われ釈然としないまま、ベッドに入る。おやすみと言って両親は部屋を出て行った。
アレは何だったのだろう。怖い気持ちはあったが目を閉じるとあっという間に深い眠りに引き込まれていった。まるで何かに漆黒の暗闇に引きずり込まれる様に。
翌日アラタは学校を休んだ。
昨日みんなと別れた後、ポツリと言ったアラタの言葉が気になっていた。
「今日、俺たちが行った事が気づかれてたらマズイ。と言うか気づいてるだろうな。一応アッコには気を込めてあるけどあまり役に立たないだろうし。」
清め塩を渡した時にポンと叩いたのはそのためだったんだ。
「おはようユウ。」
浮かない顔でアキがやって来た。
「おはようアキ、どうしたの?」
「ゆうべ、お母さんの実家から電話が来てさ、厄介な事に巻き込まれてるね、って言われた。」
「お見通しかぁ。」
アキの母の実家はお寺で母の弟が住職を務めている。
「鏡に気をつけろ、って言ってた。」
「かがみ…」
アッコはまだ登校して来てない。何もなければいいんだけど。
結局アッコは学校を休んだ。学校にいる方が安全なのに。
嫌な予感がしていた。何かあったんだ。
夕方になってやっとアラタから連絡が来た。
「心当たりは空振りだった。どうしてもつかまらない。ジャマされてる。」
「そんな…」
「まだ、何とかなる。一応代わりは見つけた、今一緒にいる。連れてすぐ戻るから待ってて。」
「うん。」
「あっ、そうだかがみ、鏡に気をつけて。」
そう言って電話は切れた。
「キーワードは鏡か。」
タカヒロがズルズルとコーヒーをすすりながらいつも身につけているネックレスを指先に絡ませながら言った。
それをアキに「んっ」、と言って渡した。
キョトンとするアキに「御守り。」と言ってニッと笑う。
「ありがと。」
アキは耳まで真っ赤にして下を向いた。
ああそうか、鈍い私は昨日アラタが言っていた言葉を思い出して少し笑った。
「付けてあげるね。」
アキの首にネックレスを回し金具を留めた。
アキは嬉しそうにネックレスを指でなぞっていた。
それをタカヒロは目を細めて黙って見つめていた。
アラタは頭が寂しそうな初老の男性を連れて帰ってきた。少し痩せて神経質そうな人だ。第一印象はあまり良くなかったが話を聞いているととても頼りになりそうだった。
「不動産屋によって前の住人の事を聞いてきた。確かに変な事があったみたいだけど、それほど深刻な事態にはなってなかったみたいだ。引越したのは単に仕事の都合らしい。」
「となると、これほどのモノになる何かキッカケがある筈。やっぱり鏡か?」
「おそらくな。アキの親戚からも忠告されたし間違いないだろう。」
「どうする?アッコは今日休んでた。急いだ方がいいんじゃないか?」
「そうだな、今からでも行ってみよう。」
「ユウ、今日はアキとミズホと一緒にお留守番だ。」
思わぬタカヒロの台詞にえっ?となる。
「その方がいいだろう。ユウ、頼む。」
アラタの台詞に決まりとばかりにタカヒロは有無も言わさぬ勢いで席を立った。
女性陣3人は彼らの後ろ姿をボーゼンと見送っていた。
「大丈夫かな?」
ミズホの言葉にはっとしてアキと顔を見合わせる。背筋に凍りつく様な寒気を感じていた。側にいなきゃダメだ、離れていたくない。一緒に、アラタとタカヒロと一緒にいなきゃ!
よくわからない感情に支配されて思わず走り出す。気がつくと私よりも先にアキは走り出していた。後ろから待ってよ〜、と叫びながらミズホが追いかけてきた。
アラタとタカヒロはおじさんを連れて(名前はリュウジンと言うらしい)とっくにタクシーに乗っていた。
現場に着いてリュウジンさんは直ぐに正体を見抜いていた。
庭に古井戸が埋まっていて、そこに住み着いていたヘビが妖に変幻した。そのキッカケになった出来事はなかなか身籠る事が出来なかった嫁が執拗に揖斐る姑を呪いながら井戸に身投げした事から始まった。
元々ヘビは恵まれた井戸の中の環境でかなりの長寿だった。そこに姑を呪いながら身投げした嫁の屍肉を喰らい変幻したのだった。
祟りを怖れた姑が井戸を埋め手厚く供養し長年に渡り祀ってきたため、変幻したヘビのチカラは今まで脅威になり得なかった。
しかし、何かのキッカケ、そう、鏡が眠りかけてたヘビを起こしてしまった。嫁の呪いと共に。
「なんで鏡なんだ?」
腑に落ちないタカヒロがリュウジンさんに聞く。
「ただの鏡だったら問題ないんだか、この家にはおそらく同じ時代の三面鏡があるはず。」
「三面鏡?なんだそれ?」
聞いたこともないと言う風なタカヒロにアラタが説明する。
「三面鏡は文字通り三枚の鏡だ。鏡を合わせる事の意味を知ってるだろ?」
「ああ、異界の門を開く。」
「そう。これも普通はただの三面鏡なら問題ないが妖とセットとなると話は別だ。」
「なるほどね。色んな偶然が最悪の状況を作ってしまった。」
「その通り、三面鏡も同じ時代と言うのがマズかった。どうやって手に入れたんだかな。かなりの年代物のはずだ。」
「んじゃ、まず三面鏡の捜索から始めた方がいいか?」
3人意見が一致したところでアッコ宅にお邪魔する。まず家族に心当たりを聞いてみる。
「三面鏡なんて買った覚えないです。この家のどこにも置いてあるはずありませんよ。」
思わぬアッコ父の言葉にリュウジンさんはそんな筈は、と狼狽する。
「間違いない。家に入って確信した。ヘビは鏡に隠れてる。」
アラタはリュウジンさんの言葉に賛成だった。鏡の持つチカラは独特でピリピリと肌を焼く様な感触を感じていた。
「探させてもらっても構いませんか?」
タカヒロは一言断るとガタガタと押入れを開け中を引っ張りだす。
「すみません、後でちゃんと片付けますので。」アラタもそう言うとタカヒロを手伝い捜索を始める。
すると2階に居るはずのアッコが悲鳴を上げた。ハッと手を止めると凄まじい音が聞こえてきた。
ガラスの割れる音、何かが倒れ、落ちる音。「いかん!君らは三面鏡を!」リュウジンさんはそう言うと2階へ駆け上がって行った。
「アラタ!」
「ああっ!」
一刻を争う事態になった。タカヒロとアラタはアッコの両親にも手伝ってもらい捜索を続ける。
アッコはまたしても昨夜の幻影と戦っていた。髪は抜け落ち顔は血だらけになっていた。抜けた髪はアッコの足元でヘビの様にウネウネと這い回る。アッコは半狂乱でそれを踏みにじり言葉にならない悲鳴を上げ続ける。
リュウジンさんは塩で結界をはり暴れるアッコを押さえつけ額に何かの文字を指でなぞる。アッコは大人しくなったが時折ビクンと痙攣した。
アッコの背中に先ほどと同じ様な文字を指でなぞるとアッコの呼吸は少しづつ静かになっていった。
しかし、アッコの意識は今だ闇に囚われていた。まだ幻影と戦っていた。
アッコは涼しげな薄い水色の着物を着て縁側に座っていた。憂鬱だった。今日は新月、また暗闇が訪れる。そしてまた、あの姑が私たちの部屋の前で変な言葉を呟きだす。
不気味だった、恐怖でしかなかった。新月の晩は必ず変な匂いのお香を焚いて部屋の前でブツブツ呟くあの姑が怖くて仕方なかった。
もう愛しているかどうかもわからない夫に抱かれ、もはや子作りとしての行為でしかない営みをただ受け容れるしかなかった。
少しづつアッコの中の何かが崩壊する。いや、今はアッコではなかった。
毎日、姑は女に聞く。月の物は来たかと。昨夜、腹がキュウと痛んだ。きっとじきに月の物は訪れるだろう。もう限界だった。
庭の井戸の側にカタツムリが小さな子を連れて2匹並んでゆっくりと這っていた。
こんなモノでも子を設けているのに…女は何もかもが憎く思えた。ジリジリと胸が焼かれるほどの憎しみがどんどん膨れ上がり女を焔で包み込む。
耐え難い熱気と痛みに女はカタツムリを踏みにじり泣き、悶え、嗚咽する。
足の裏にジャリジャリとする感触を感じ、もう終わらせたいと思う。
フラリと井戸にもたれると、そのまま暗い穴に吸い込まれる様に落ちて行った。
ハッと目を覚ますと全身が激しく痛む。アッコは今見た白昼夢を思い返し瞳を濡らす。
「気持ちを強く持て!同情しちゃいかん!」
えっ!と思うのと同時に息が出来ないほど身体を締め付ける何かに襲われた。
アッコの身体はまるでボンレスハムみたいに見えないヒモでグルグル巻かれ締め付けられている。
身体のあちこちからミシリと骨がきしむ音が聞こえる。砕かれてしまうのは時間の問題だった。
「だ、だめだっ!早く三面鏡を!」
リュウジンさんは硬く両の手で印を結ぶ。肉に爪が食い込み血が滲んでいた。
ユウ、アキ、ミズホはやっとアッコ宅に到着した。信じられない程の凶悪な霊気いや、もはや妖気に包まれ為す術もなく立ち竦んでいた。
「アキ、ミズホ大丈夫?」
3人は妖気に焼かれ呼吸もままならない。ミズホはやはり幻影を見ていた。ヘビに身体を締め付けられ喘いでいた。
ギシギシと骨がきしみヘビが食い込んだ肉ははち切れそうにドス黒い紫色に変わっていく。
バキッと骨が折れるのと同時に肉が裂け血が吹き出す。切断された足からは大量の血と骨髄が垂れ流されていた。
ミズホは激痛で朦朧とするが今だ締め付けられ押し寄せる痛みに意識を取り戻す。
そしてもう片方の足もバキッと音がして同じ様に切断された。
そのうちヘビはミズホの腹に噛み付くとその身をくねらせグチュグチュと音を立て腹の中に入って行った。
ミズホは絶叫し全身を跳ね上げて悶絶した。はらわたを食い破られ口から大量の血を吹き上げる。
早く終わって…ミズホは絶叫しながら祈った。
ユウとアキはミズホの異変に焦っていた。
「どうしたら…」アラタどうしたらいいの?
するとユウとアキに誰が囁く様に告げる。
「三面鏡!」
2人は走り家に入る。アキは真っ直ぐ庭に向って行った。と同時にタカヒロが家から飛び出して来てアキを見つけ後を追う。
ユウは中に入りアラタを探した。
「アラタ!」
「ユウ、どうして!」
「ミズホがやられた、早く三面鏡を!」
「くそっ!」アラタも庭に向って走る。もう家の中は探し尽くし後は庭位しか残ってなかった。
「てめー!何してんだっ!何で来た!」
タカヒロの声が聞こえてきた。慌てて庭に向かった。
「だって…」
「だってじゃねぇっ!」
アキは隣の庭とを隔てるブロック塀によじ登っていた。その後ろからやっと追いついたタカヒロが怒鳴りながらアキを塀から降ろそうとしている。
「タカヒロやめてっ!早く行かなきゃっ!」
アキは足をバタつかせタカヒロを振り切ると隣の庭に落ちて行った。
私達は唖然としたがスグに塀を越えて後に続いた。
アキは物置小屋を開けて中に入っていた。暗い物置小屋の中はまだ残暑が残る蒸し暑い熱帯夜にも関わらず鳥肌が立つほどの冷気でいっぱいだった。
アキが佇むその向こうにそれはあった。
煤けた木目のそれは圧倒的な存在感で目の前に鎮座していた。真っ黒な瘴気を放ち禍々しく何者も寄せ付けない邪悪な存在。
タカヒロがアキを抱き寄せ後ろに下がらせる。この気はマズイ。
アラタが清め塩を捲くとジュッと音がして塩は蒸発した。
「やっぱりムリか…仕方ない。」
そう言うとゆっくりと両手で印を結び聞きなれないお経の様な呪文の様なモノを囁き始めた。
「これは…」
タカヒロには覚えがあるらしかった。
三面鏡は信じられない程の速さで瘴気は収まりみるみるうちに真っ黒に朽ちていった。
「恐るべしアラタ…」
そうタカヒロが呟くと失礼なっ!と言ってアラタは振り向いた。その顔は笑っていた。
お隣の住人が何事と庭に出て来た。信じてもらえないと思い不審者を見かけたから追いかけて来たと適当な事を言ってごまかした。塀を越えてあさっての方に逃げて行ったから心配ないと告げ一応物置小屋が無事かどうか確認することを勧めお隣を後にした。
外ではミズホが倒れていた。揺り起こすとすぐに目を覚まして体験した事を話し出した。全員が震え上がった。
アッコ宅に入ると2階からリュウジンさんに支えられながら全身アザだらけになったアッコが降りて来た。そしてアッコの体験談を聞いてまたしても全員震え上がった。
今回の事の経緯を説明すると、今までの体験がなければとても信じられないと言った。しかし、アッコの身に起きた惨劇、お母さんが体験した毎日の怪異、お父さんが毎夜聞いていた足音、弟が毎夜見た歩き回る女。全て偶然に重なってしまった不幸の結果を否定することは出来なかった。
「天文部、今回は本当にありがとう。大袈裟でなく生命の恩人だよ。」
アッコは体力も回復し登校してきた。あれから3日間何も食べられなかったらしい。一週間たった今日、やっと復帰できたのだった。
「ところでさぁ、なんで私だけがあんな悲惨な思いしたの?」
ミズホが口を尖らせて愚痴った。
「普段の行ないが悪いからじゃないの?」アッコは恩人に対する言葉とは思えない事を言ったが、みんなが爆笑した。
「ひどくな〜い!」
誰も庇ってくれず怒るミズホ。
笑いが収まる頃アラタが口を開いた。
「きっとミズホが1番アッコとの接点が多かったからだよ。影響を受けやすかったんだね。」
ああっ、成る程と全員が頷いた。
そして今日はお疲れカラオケに行こうと決まり放課後みんなで繰り出した。
タカヒロとアキは手をつなぎ1番後ろから歩いてきた。
「そうだねアラタ、安心だね。」
そう言ってアラタを見上げると普段はあまり見られない嬉しそうな顔のアラタがいた。
後日、アッコからお隣の三面鏡の話を聞いた。
アッコ達家族が越してくるホンの数日前にお隣の奥さんの実家で不幸があったらしい。三面鏡は処分する予定でとりあえず物置小屋に置いたが粗大ゴミの集荷日が都合悪い日に重なり続けいつの間にか忘れてしまっていたと言う。やはり偶然は怖い。
文化祭も、無事に終わり演劇部は大盛況だった。天文部はと言うと案の定でした。
作者伽羅
大変申し訳ありません。一身上の都合によりタイトルのシリーズを怪奇譚に変更いたしました。紛らわしくなってしまい深くお詫び申し上げます。
長くなりましたが如何でしたか?
アラタ達の体験談も本格化して来ています。
今回の物語も私達の体験を元に作っています。
かなり壮絶な体験でした。数多い体験の中でもかなり上位に位置するものです。
タカヒロとアキとの縁も今後詳しく語って行きたいと思います。
宜しければお付き合い下さい。