イライラしていた。
毎日、毎日、ガミガミ、ブツブツ、かんべんしてくれよ!
俺の恋人、名前をイチコと言う。
そろそろ結婚を考えイチコに婚約指輪をプレゼントしようと会社が終わったあとアルバイトをしていた。
飲み屋の厨房で仕事は以外と楽しく、寝不足と疲労は辛かったが何とかこなしていた。
今日も会えないの?明日もダメ?と、イチコは毎日電話でまくし立てた。
本当の事を言ってしまうとサプライズにならないじゃないか。
俺は何とかイチコを言いくるめてごまかしていたが、イチコは事もあろうか俺の古い友人、ヒデキにグチをこぼしてしまった。
ヒデキはとても執念深い。学生時代にヒデキが弁当を食べている時、悪友とのお喋りに夢中になり過ぎた俺はうっかりヒデキの机にぶつかってしまった。
不運にも弁当は机から滑り落ちグッチャリと床に巻散らかされた。
ヒデキは顔を真っ赤にし激昂した。何度謝ってもまるで耳に入っていない様で、そのキレ方は見ているクラスメイト達を震撼させた。
その後、クラスメイト達はヒデキと少し距離を置き始めた。当たり前だ、あの正気とは思えない行動を見れば誰でも引いてしまうだろう。
そんな中、当の本人ヒデキはと言うと何故だか俺に急接近してきた。
元々それほど会話もしたことがなく、ただのクラスメイトでしかなかったが、放課後にマック行かないか?とか試験前には一緒に図書館で勉強しないか?と事あるごとに俺を誘う様になった。
弁当事件の罪悪感もあってヒデキとの付き合いは続いていたが、何よりあのキレ方が怖かった。
目を見開き真っ赤に充血させて俺を見つめながら、大きく開かれた口からは罵声とツバが飛びかっていた。
そんなヒデキがイチコのグチを聞いてからと言うもの、毎日の様に電話して来て口汚く俺を罵ってくる。
あの時の再現だ。
最初は怖くて気味が悪かったから黙って聞いていたが、段々とエスカレートして行く罵声に対にガマンの限界が来てしまい、今からヒデキと会う約束をし向かっている所だ。
ヒデキには本当の事を話して口止めしよう。ヒデキのアパートの前に車を停め彼が来るのを待った。
気持ちを落ち着かせる為にタバコに火をつけるとヒデキが部屋から出て来るのが見えた。
ヒデキ「待った?悪いね。」
俺「いや、着いたばかりだよ。」
電話とは打って変って穏やかな口調のヒデキ。気味悪く思ったがイチコへのプレゼントの件、アルバイトの件を正直に話すと、なんだ、そうだったのかと和かに祝福してくれた。
ヒデキ「じゃあ、がんばってね。君は会社でも要領が悪いって言われてるんだから気をつけてね。」
?何でそんな事こいつが知ってるんだ!
俺「ヒデキ、お前…」
ヒデキ「昔から君はそうだ、要領が悪いクセに周りの人たちに恵まれて助けられて、1人じゃ何も出来ないクセに、このロクデナシの卑怯者!」
俺「何を…」
いきなりのヒデキの豹変ぶりに言葉を失う。そして、なんでこんな事を言われなきゃならない?と言う理不尽に身体が震えた。
ヒデキ「サキも(学生時代の恋人)イチコも何でこんな腐れ男がいいんだ!いやっ、男なんかじゃない!人間ですらない!この下等動物めっ!」
怒りで身体が動かない、腹の底からドンドン湧き出す怒りが身体を硬直させていた。
ヒデキ「僕はいつだって君を見ていた、君のドジっぷりをずっと見て笑ってた、君は僕の足下にも及ばない虫ケラ以下だっ!どうだっ、その薄汚い頭を地面に擦り付けて土下座でもしてみるかい?少しは僕の許しを得られるかもしれないぞ!まぁ無理だとおもうがね!」
ブツンと何かが弾ける様な音がしたと思った。
俺はヒデキに向かってアクセルを踏み込んでいた。
物凄い衝撃と共にヒデキの身体はフロントガラスに叩きつけられ、車の上を飛んで行き遥か後ろで地面に落ちるのがミラー越しに見えた。
急ブレーキをかけハァハァと荒い息をしながら(やってしまった!)と思った。
不思議と罪悪感はない。それどころか爽快感や開放感を感じていた。
ミラー越しにヒデキが起き上がろうとするのが見える。
俺はギアをバックに入れて目一杯アクセルを踏んだ。
タイヤから煙が上がり勢い良く発進する。
衝撃のあと、タイヤが何かに乗り上げる様な手応えがした。前に倒れてるヒデキが見えた。まだ生きているのか?
俺は執拗に何度も何度もヒデキの上に車を通過させた。
気がつくとヒデキの身体は腹から真っ二つに切断され良くわからない臓器が散乱していたあの時の弁当みたいに。切断された背骨は、まるで焼き魚を食べた後の様に血にまみれ腸がはみ出した上半身から突き出ていた。
下半身の切断面からも腸やどす黒い臓器が露わになっていて、足は何カ所もあり得ない方に曲っている。所々から骨が肉に突き刺さり飛びだしていた。
俺「さすがに死んだか…」
上半身の頭があるであろう場所を目を凝らして見てみる。
どす黒い血で顔はわからない。頭も潰れていて、その薄いピンクの脳は散らばり地面にへばり付いていた。
俺「頭を地面に擦り付けたのはお前の方だったな。」
そのまま俺は帰った。
翌日、昨夜の出来事を思い返しマズイ事をしたと気づく。今さら遅いが後悔した、やはり出頭しなければ。
そう思い、身支度をして家を出る。
車に乗ろうとして異変に気づく。
全くの無傷、フロントガラスは割れてないし、バンパーもへこんでない。ライトも割れていたはずだ。
そんなはずは…急いで部屋に戻りテレビをつける。新聞もくまなく確認したが何も載っていない。
会社を休みその日は夜遅くまでニュース番組をチェックしたがヒデキの事は何も報道されていなかった。
俺は夢でも見ていたのか?
確認しようとヒデキのアパートに向かった。
昨夜、俺がヒデキを轢き殺した場所には何の痕跡もなかった。
なんだったんだ?夢でも見てたとしたら何処からが夢だったんだ?
ハンドルを握る手は今でもヒデキを轢いた時の感触が残っている。
確かめずにはいられない!
ヒデキの部屋は電気がついていた。生きているのか?
車を降りヒデキの部屋に向う。
ドアをノックする、返事はない。何度も叩くが気配も感じられない。
仕方なく家に帰ったが数日は生きた心地がしなかった。
あれから一週間が過ぎて俺はあの夜の事を忘れかけていた。毎日が忙しく過ぎイチコからヒデキの事を聞くまで…
今日はイチコとヒデキの葬式に来ている。
ヒデキはあの晩の前日に部屋で首を吊って死んでいた。自殺だった。
あの晩、俺が轢き殺したのは何だったのか、それよりも電話をかけて来たのは?何もわからないまま参列し、ヒデキの両親にこの度はとありきたりの挨拶をした。
参列していた誰かが話しているのが偶然耳に入った。
ヒデキは自信があったプレゼンを同僚にバカにされ、しかも上司からも使い物にならないと一蹴され落ち込んでいたと。その後、口数が減り仕事も上の空で毎日ポカンとデスクに座っていた。
上司が注意すると会社にも来なくなり数日後には郵送で辞職願いが会社に届いた。
以来、部屋からはほとんど出て来なくなり、通販や宅配サービスを使い生活していた。
そしてあの日、首を吊った。
葬式後イチコと別れ家に向う、途中、声が聞こえた気がした。
ヒデキの声が。
あの時の様に、俺を罵りツバを飛ばし。
俺「どこだっ!」
辺りを見回すが何もいない。
俺「ちくしょう!なんなんだよっ!俺が何したってんだよ!」
もう暗くなった道を全て確認する。電柱の影、ゴミ箱の裏、路駐してる車の影、何処にも見当たらない。
ヒデキ「だから君は間抜けだって言ってるんだよ。」
俺「なんだとっ!」
すると少し離れたT字路の方から、ズル、ズル、ズルっと湿った何かを引きずる音が聞こえてきた。
俺は全身から汗が吹き出るのを感じた。
T字路の角からどす黒い血で染まり関節以外のところ何カ所も折れ曲がった腕が地面に爪を立てているのが見えた。
ズル、ズル、ズル、角から少しづつ上半身が見えてきた。そしてそのまま回れ右をし真っ直ぐに俺に向かってくる。
ちぎれた腹からハラワタと血が引きずられ道路に赤黒い後を残す。
潰れた頭は脳みそがはみ出しこぼれ落ちそうになっている。
砕けた背骨をクネクネと動かし少しづつ少しづつ近づいてくる。
俺「うわあぁぁぁぁぁぁ!来るなっ!」
俺は叫び逃げようとしたが身体が動かない。
全身の毛穴からは汗が吹き出し、毛は逆立っているようだった。
心臓の鼓動はこれ以上ない位に早く打ち、頭がガンガンと警鐘を鳴らす。
ズル、ズル、ズル、対に俺の足下まで来たヒデキは潰れて片方しかない目を俺に向け、あの時と同じ充血した目で言った。
ヒデキ「弁当落とした事、謝れよ。」
俺は頭を地面に擦り付け謝罪すると気を失ってしまった。
気がつくと病院のベッドの上だった。
通りすがりの人が救急車を呼んでくれたらしい。
俺は過労と言う事で点滴を受けその日のウチに帰された。
部屋に着きタバコに火をつけて溜息と共に煙をはきだす。
疲れた…風呂にでも入って気分転換しよう。
そう思った時だった。
ズル、ズル、ズルっとあの音が聞こえてきた。
俺「何だよっ!謝ったんだから気は済んだろっ!いい加減にしてくれよっ!」
たまらず怒鳴る、謝ったんだ、もういいじゃないか!
ヒデキ「あの程度で気が済む訳ないだろ。ホント君は間抜けなんだから。」
ズル、ズル、ズル、床に爪を立ててヒデキがやって来た。
だから言っただろう、ヤツは執念深いって…
作者伽羅
今回は趣向を変えてみました。
完全にフィクションです。
仕事で少しイライラしたもので、うさ晴らし的な作品です。