深夜1時ー
風呂にも入り、寝る支度を済ませた私はいつもどおり二階の自分の部屋へと戻った。
今日は父も母も家にはおらず、自分ひとりで留守番である。
部屋の明かりをつけると、私は開きっぱなしのカーテンを閉めるため窓際へと近付いた。
シャッと勢いよく片方のカーテンを閉めたとき、ふと眼下に外灯が目に入った。
「あれ・・・」
こんな夜中だというのに誰かが立っている。
コンタクトを外しているため少しぼやけて見えづらいがそれは確かに人だった。
すぐ脇の机に置いてあったメガネをかけると、もう一度窓の外へと視線を戻した。
「えっ・・」
私は眉をひそめた。
外に立っているその人が明らかにこちらを向いていたのだ。
顔だけでなく体全体を二階の私へと向け、こちらを見ている。
私はカーテンを握ったまましばらくその場に固まっていた。
外の人物は外灯の近くにこそ立っているものの、照らされているのはその背中だけで、肝心の顔は真っ暗で確認することができない。
でも私にはなぜか今自分とそいつの目がしっかり合っているのだという確信があった。
私は慌ててカーテンを閉めた。
気味が悪いとかそういうもので片付けていいのだろうか・・
まだ自分に危害を加えてきてるわけではないので、助けを呼ぶほどではないということは分かっている。
しかし深夜、外から何者かが自分を見ているという気持悪さは想像以上のものだった。
私はどうしても外が気になり、カーテンをほんの少しだけ開けてその隙間から外の様子を伺った。
背中にぞっと寒気が走った。
さっきよりもあいつの距離が明らかに近付いているのだ。
先ほどは真っ直ぐこちらを直視する感覚であったのが、今ではこちらを見上げるほどにその距離は縮まっていた。
私は急いでカーテンを閉めると、ベッドにもぐりこみ震える指で携帯の番号を押した。
プルルルル・・・
「もしもし?どうしたのこんな夜中に。」
出たのは友達のA美だった。
「もしもしA美!?助けて、外に変なやつがいるの。」
「え、今?ちょっと待ってね。」
しばらくの沈黙の後、A美が言った。
「うん、それ警察呼んでもだめなやつだよ。」
A美には不思議な力があった。
この世のものではない何かを感じ取ることができるのだ。
俗に言う霊感である。
けれど、彼女の場合その霊感が人一倍強く、
電話越しでさえその存在をまるでその場にいるかのように感じることができた。
A美から言われた言葉の意味を私はすぐに理解した。
「やっぱり幽霊なの?私、どうすれば・・・」
「幽霊とかそういうものだったらいいんだけど・・ねぇ、今日お父さんとお母さんは?」
「出張でいない・・・」
「あんたちゃんと下の階の戸締りしてるよね?」
私はハッとした。
いつもそういう事は親にまかせっきりにしていたため、ついいつもの癖で全く戸締りなど気にかけていなかったのだ。
「もししてないんだったら今すぐ閉めて!家に入れたら絶対ダメだよ。」
私は部屋から飛び出し階段を駆け下りると、居間の向かいにある和室の前まで走った。
他の窓は普段あまり開け閉めしないため、思い当たる場所といえばここしかなかった。
私は全く躊躇することなく和室の引き戸を開いて中へと駆け込んだ。
予想通り、畳を越えた向こうの、裏庭側の大きな窓が開けっ放しになっていた。
「やっぱり・・・」
すぐに閉めようと畳を踏みしめたその時、
私の動きはそのままピタリと止まった。
窓のすぐ外の裏庭にあれが立っていたのだ。
もう私との距離は10メートルにも満たなかった。
月明かりに照らされ、今ではそいつの輪郭がはっきりと分かる。
短い髪から、そいつがおそらく男性だということが分かる。
ボロボロの服に身を包み、直立した状態で私のことを見ていた。
私はその場から全く動くことができなかった。
窓を閉めにいくということは、その分あの男との距離が一段と近くなることを意味する。
しかも自分と男を隔てるものは何も無い。
窓を閉めに近付いたところを、あいつが何もしてこないという保障なんてどこにもなかった。
そんな間にも男はゆっくりと滑るようにしてこちらへと近付いてくる。
暗くて顔は分からないが、目の周りの黒い窪みははっきりと見えた。
ふいに男の真っ暗な穴のような口がゆっくりと開きだした。
縦にどんどんと開くその口は、顎の輪郭を超えてもまるで顎が外れたかのように広がり続ける。
「あああああああああああああああああああ」
「早く閉めて!!!」
その時、私の握り締める携帯からA美の大声で叫ぶ声が聞こえた。
我に返った私は、窓際へと駆け寄ると勢いよく窓を閉め、急いで鍵をかけた。
男の姿は消えていた。
「ねぇ大丈夫!?」
すぐ後ろでA美の声が聞こえた。
後ろを振り向くと畳の上に転がった私の携帯から、A美心配そうな声が漏れていた。
窓を閉めようと必死で、携帯から手を離してしまっていたことに気づかなかったのだろう。
「うん、あと少しで入ってくるところだった・・・ありがと、A美。」
私は携帯をそっと拾い上げると、涙声でそう言った。
「よかった間に合って・・・でもま・・・・」
その時突然部屋の電気が落ち、辺りが一瞬で真っ暗になった。
「きゃっ何!?」
「どうしたの?ねぇ大丈夫なの?」
「電気が、家のブレーカーが落ちたみたい・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
突然A美が黙り込んだ。
「ねぇA美!どうし・・・」
「あんた本当に全部の窓閉めたんだよね?」
「・・・・・え?」
「いま完全にそいつあんたの家の中なんだけど。」
全身をゾワリとしたものが駆け抜けた。
「すぐそこに隠れて!」
A美の大きな声に、私は弾かれたようにすぐ隣にあった脚の短いテーブルの下に滑り込んだ。
真っ暗な中、自分の気配が感付かれないように必死で息を潜める。
こんな簡単な隠れ方ではすぐに見つかってしまうのではないだろうか・・・
ふいにそんな考えが私の頭をよぎった。
私は息を潜めたまま静かにテーブルの下から這い出た。
そのままゆっくりと音を立てないように階段を上った私は、二階の自室へと向かった。
しばらくして部屋がパッと明るくなった。
「あ、明かりが!A美、電気戻ったみたい。」
私は携帯の向こうのA美に向かって震える声で言った。
「シッ、声が大きい。」
A美の緊張した声に私はとっさに口を塞いだ。
A美が言った。
「あいつ、今きっと和室の床下にいる・・」
「え?なんで分かるの・・・?」
「気配をあんたの真下から感じるの。あんたが今和室にいるなら・・・」
私はその場に凍りついた。
「私・・・・・・・・今ベッドの中に隠れてるの。」
作者籠月
こんにちは、籠月です。
自分は比較的最近ベッドに変えたのですが、もうあれですね。
ベッドの下の無の空間という、とてつもない不安要素を一個増やしただけですね。
寝心地は確かにいいんですが・・
誤字、脱字等ありましたら遠慮なくご指摘ください。