「釣りに行かへんか?」
「何処に行くねんな?」
「南港や」
「南海か、国鉄か?どないして行くか知らんけどや、荷物抱えて、電車、乗り継がなゃあかんのやろ?しんどそうやから俺、いやや」
「ちゃうねん、俺の父ちゃんが車で行くから連れを誘ってもええでって言いよってん」
「ほなら俺、行くわ」
と返事はしたが、当時の大阪の南港と言えば、ものの見事に汚れていました。その上、ヤクザ屋さんが全盛期。訳ありの方々が車ごと沈められているとか、コンクリートを抱かされて沈んでいるとか、兎角、噂があると、咄嗟に思い出したが、断われない。
「あんなぁ、何を釣っても南港やったら魚は食べられへんのとちゃう?」
「いけるやろ」
「いや、いや、俺、ええとこの子やし、あっこの魚、食べたら腹壊すわ」
「ほたえなや、お前、ほんまは行とうないんやろ?ええわ、どうせ夜釣りやし俺と父ちゃんだけで行くから気にしなさんなや」
「しばくぞ、俺は釣りに行きたいけど、釣った魚は持って帰らへん。それでええのやったら、お父ちゃんに頼んでくれや」
そんなこんなで夜の大阪、なんこう(南港)で釣り糸を垂らした。
悪夢が始まった。
ギュッと竿先が海に向かって上下に大きく、しなり始めた。
「きた!」
竿を持ち上げ身体の後ろに引こうとしたが、鉛が付いたように動かない。
「兄ちゃん地球、釣ったんちゃうか」
との声を尻目に必死でリールを巻くが動かない。
何分か、もがいた挙句に釣り糸が海底に引っかかったと判断して釣り糸を切るべく、手で糸を強く引き始めると、重く、ゆっくりと糸に掛かった物が動き始めた。
「地球とちゃう、上がって来よった。そやけど、なんやこれ重すぎんで」
釣具を使うのを辞めて糸を手で手繰り寄せていたが、ある時から加速がついたように、するすると糸が海中から上がってきた。
「なんや、これ」
見ると海面に肌色の“モノ”が浮かんでいた。
「あかん、その糸を貸せ」と言うと同時に友人の父親が釣り糸を奪い、矢継ぎ早に
「お前達は車へ去ね。ここにおったらアカン」と叫ぶと周りの釣り人には
「警察、呼ばにゃあきませんね」と言った。
その声に横の釣り人は青ざめた顔、震える手の懐中電灯で海面を照らしながら、何度も何度も頷いていた。
「あかん、やっぱり人や」との声は、一旦は海に背を向けた俺達の好奇心を刺激した。
「あかん、車に戻りなさいって、おっちゃん言ったやろ、お前達が見るもんちゃう」
と言った友人の父親、その横で懐中電灯を持った釣り人が素っ頓狂な声を上げた。
「嘘やろ?」
電灯に照らされた海面を覗くと、口を開けた“ダッチワイフ”が浮かんでいた。
「これはこれで子供は見たらアカンのや」と叫ぶ友人の父親の声は南港の釣りが終わった事を告げていた。
守口まで帰る車中の無言が怖かった。
作者神判 時
退場処分も覚悟しています。