とある筋から聞いた実話。
某少年誌で活躍する漫画家のアシスタントーーー仮に美里さんとする。彼女が体験した話。
美里さんはオカルト好きだ。たまの休日はよく心霊スポット巡りをして楽しむ強者である。
そんな彼女がとある霊山へと行った。場所は頑として教えてくれなかったが、そこは立ち入り禁止区域にも関わらず、自殺者が耐えないのだそうだ。
「ほんのお遊びのつもりだった……。先生が心霊モノの漫画を描いていたから、取材がてら行ってみることにしたんです。ただそれだけなんです」
霊山から帰ってきた後、彼女は突然の吐き気に襲われた。吐くわ吐くわの繰り返し。何となく熱っぽいし、怠い。おまけに生理が止まってしまった。
心配になった彼女は病院を訪れた。診察の結果、医師は首を傾げながらとんでもないことを口にした。
「妊娠している可能性があるって言われました。でも、妙なことに子宮の中には何もいなくて……そもそも妊娠するなんて有り得ません。当時の私は彼氏がいなかったんだから」
だが、彼女のお腹はみるみるうちに大きくなっていった。生理も相変わらず来ないし、体の不調は続いている。お腹が大きくなるにつれ、彼女はどんどん痩せこけていった。
ストレスのせいなのか髪の毛も抜け始めた。ブラシでサッととかしただけなのに、ごっそりと髪の束が絡みついていたり……。美容師をしている知人からウィッグを貰って被ってはみたものの、惨めさが増すだけだった。
その頃から毎晩のように悪夢を見た。寝ていると手負いの兵士が現れてベットに上がってくるのだ。ごつごつと節くれだった手で乱暴に寝間着を剥ぎ取られ、足を限界まで開かれる。そして激しく陵辱される……そんな夢。
夢にも関わらず、兵士の吐息や体温は熱っぽく感じた。幻聴なのか声まで聞こえるようになったという。
「オマエ、オレノ、オンナ……オマエ、オレノ、モノダ……」
目を覚ますと、ぐっしょりと汗をかいていた。唇には精液のような白っぽい粘液がネットリと付いていた。
美里さんはアシスタントを辞め、実家に帰った。
厳格な両親は美里さんにいい顔をしなかった。アシスタントを辞めたばかりか、つまらない男に引っかかり、妊娠した上に捨てられたと解釈したらしい。
例え事実を話したとしても、信じて貰えまい。精神科に行けとも言われてしまうかもしれない。美里さんは堪えるしかなかった。
そしてーーー十ヶ月後。
美里さんは朝方近く目を覚まし、あまりの悪寒に身震いした。トイレまで我慢出来ず、廊下で吐いた。胃液ではなく、どろりとした袋状に包まれた何かが出てきた。それはピクピクと痙攣を繰り返し、卵が孵化するように、袋を破って中から出てこようともがいていた。
美里さんは悲鳴を上げた。父親がしつこい勧誘を撃退するための木刀を持ち出し、袋を叩いた。何度も何度も叩いた。その姿を見つめているうち、彼女の気は遠くなった。
現在、美里さんは仏の道に入っている。人里離れた寺に住み込み、慎ましく生活している。
袈裟に身を包んだ彼女は微かに微笑んだ。幾らか痩せてはいたが、以前の骸骨に皮膚を貼り付けたかのような、異常な痩せ方をしていた時よりも肉付きはある。髪の毛もウィッグなしでも大丈夫なほど生えてきているようだ。
彼女は最後にポツリと漏らした。膨らみのない下腹部を撫でながら。
「二人目が、出来たようなんです」
作者まめのすけ。-2