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《前作『夜の漫画喫茶』をご覧になってから、本作をお読み下さい》
俺は以前、とある漫画喫茶で働いていた。
そこで不思議な... いや、不気味な体験をした。
いつも俺が体験することは、ある場所で、それっきりしか起きてこなかった。
だが、今回は少々まずいことになったようだ。
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月日が経ち、あの出来事もすっかり忘れていた頃
いつものようにバイトを終えて俺は帰路についていた。
バス停で降り、徒歩で緩やかな坂道を登る。
家はその先だ。
時刻は23時頃。
家の周りは田舎だけあって街灯も少ない。
その道は50m間隔で数本立っているだけで、とても薄暗い。
坂を登っているとき、俺はあることに気付いた。
電柱に影が見える。
人だ。
たぶん女性だと思うが、その人は白っぽい服に黒い髪をしていて、傘をさしながら電柱と向き合うように姿勢良く立っていた。
俺はその異様な光景にドキッとした。
こんな時間に女性が1人で出歩くだろうか。
そもそも電柱と向き合って何がしたいんだろう。
それに雨も降っていないのに何故傘をさしているんだ。
俺の中で様々な疑問が浮かぶ。
その時
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その女が上半身だけを反転させ、ゆっくりとこちらを振り向き始めた。
やばい
俺は直感でそう思い、来た道をすぐに引き返した。
動揺していた気持ちを落ち着かせるため、俺は近くのコンビニに駆け込んだ。
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人目の付くところに来たはいいが、この先どうするか全く計画していなかった。
俺は漫画を読んで時間を潰すことにした。
しかし、いつまでもここに留まっているわけにはいかない。
明日も朝早くに用事があり、家に帰れないことにはどうしようもなかった。
立ち読みを始めて30分立った頃、俺は店を出ることにした。
何も買わずに店を出るのは気が引けたため、俺はガムを1つ買って店を出た。
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先程の道とは違う道を歩いて俺は家に向かった。
夜道なだけあって背後に気を使ったが、俺以外に出歩いている人は皆無だ。
結局、その時見た女の姿は道中どこにも無かった。
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しかし家についた時、俺はあることを思い出した。
その瞬間、背中がゾクッとしたのを感じた。
心無しか、女の姿が漫画喫茶の監視カメラで見た、あの不気味な女と似ていたからだ。
プラシーボ効果というものをご存知だろうか。
思い込みの力によって心身に影響が与えられ、あたかも本当にそうであるかのように感じてしまう心理現象のことである。
江戸時代、ある俳人は詠んだ。
『化物の正体見たり枯れ尾花』
疑心暗鬼の目には、風になびく枯れ尾花も恐ろしい化物と映る。
俺も思い込みでそう感じているだけの人間なのだろう。
プラシーボ効果、プルキンエ現象、シミュラクラ現象、ハイウェイ・ヒプノーシス...
幽霊を見た等の体験は、大抵これらで説明が付く。
俺は目に見えるものは全て科学で証明出来ると信じている。
それに、そういう体験を何度もすれば、疑心暗鬼になってもおかしくはない。
きっと今回も錯覚でそういうものを見たに違いない。
もしそうでないとしても、今度は医学的観点から見るまでだ。
そうなると俺はただの統合失調症ということでカタが付く。
この世界で幽霊の存在が認められるよりは、そっちの方がよっぽど現実的だ。
俺はこんな風に分析、いや... 逃避していたのかもしれない。
怖がりながらも、論理的思考で頭を動かして怖さを誤魔化していた。
プラシーボ効果を逆手に取って、幽霊はいないと思い込めば俺の心もその内落ち着くはずだ。
色々と考えていたせいか、気付いた頃には俺はもう床に就いていた。
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それから数日立った頃、俺は落ち着きを取り戻し、いつものように過ごしていた。
あれからあの女を見るようなこともなかった。
やっぱりあれは錯覚だったんだ。
そう思っていた矢先だった。
ある日、俺は異変に気付いた。
気付けば、たまに長さ50cmほどの黒い髪の毛が部屋に落ちているのだ。
しかも、その髪は今どきの女性のような綺麗なストレートではなく、ヨレヨレに傷んでいた。
俺は諸事情で従兄弟の家に居候しているのだが、その家には俺以外に髪の長い人間はいない。
長いといっても、俺の髪は長くても15cm程だ。
長さ的に俺が見た髪の毛とは比べ物にならない。
それが本の間に挟まっていたり
キーボードの上に落ちていたり
床に落ちていたり
ベッドに落ちていたりする。
どこかから紛れ込んだんだろう。
最初はそう思っていたが、よく考えればそんなに髪の長い人と接する機会も無い。
1回や2回ならともかく、紛れ込むとは言えない頻度で気付けばどこかに同じような髪の毛が落ちている。
............
俺の脳裏にあの女の姿が思い浮かぶ。
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漫画喫茶で見た女は、たしか腰のあたりまで髪があった。
ボサボサの黒髪で... 白い布のような服を着ていて... まるで俺を監視(み)ているかのようにカメラを見つめていた。
俺に憑いてきたのだろうか...。
ふとそう思った時、俺はもう気が気でなかった。
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それからまた数日経ったある日
俺は早朝に目が覚めた。
たしか午前4時くらいだったと思う。
トイレに行くために階段を降りた。
その家は築年数が古い木造の家だ。
トイレは階段を降りた正面にある。
そのトイレのドアは木製で、比較的大きな明かり窓が付いている。
そのため、電気が付いていれば人が入っていることがすぐ分かる。
外は薄暗かったが、もう太陽の光が若干射し込んでいた。
電気も付いておらず、時間が時間だ。
俺以外にトイレに入っている人がいないことは明白だった。
トイレに近づいた時、明かり窓に影が見えた。
それは人影で、ゆらりと中腰の姿勢から立ち上がると、不格好な気を付けの姿勢になった。
数秒後、その人影は窓の右側の方へ消えていった。
俺は、あぁ従兄弟が入っているのかと思い、声を掛けた。
「おーい、〇〇? 入ってんの?」
............
返事は無い。
「大の方か?(笑) こんな時間に大変だな(笑)」
............
「ってかお前鍵掛けてないのかよ! 大する時くらいは鍵掛けろよ(笑)」
............
「...返事くらいしろよな。さもないと開けるぞ(笑)」
............
別に喧嘩をしているわけでもなんでもなく、普段なら返事の一つや二つはするはずだが、返事をする素振りも、鍵を掛け直すことも無かった。
しかし俺も小を我慢していたため、少し急いでいた。
それに返事もしない。
俺はイタズラしてやろうと思い、ドアを開けることにした。
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ガチャンッ!!
俺は驚かすため、勢い良くドアを開けた。
そこで俺の目に飛び込んできたのは
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無人のトイレだ。
誰もいない。
おかしい。
さっき人影が見えたのに。
早朝でまだ頭が回らないせいか、錯覚か何かだったんだろう。
俺はそんな悠長なことを考え、用を足すことにした。
トイレから出たあと、俺は台所へ向かった。
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すると、テーブルの上に一枚の書き置きがあった。
「〇〇(俺)くんへ。おばさんと△△(従兄弟)は、お通夜で□□県に行ってきます。冷蔵庫の中のものを好きに食べて構いません。明日の夜には帰ります」
そういえばそうだった。
従兄弟たちはお通夜のために隣県に行くと、昨日伝えられていた。
うっかりしていた。
俺は冷蔵庫を開けて、中に入っていた作り置きの皿を取り出す。
冷蔵庫を閉じ、それを温めようと電子レンジの側に向かう。
その時だった
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ドタドタドタドタドタドタッ!!!!
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階段からもの凄い勢いで何かが降りてくる音がした。
俺はビクッとした。
直感で気付いた。
あれは物が転がり落ちる音じゃない。
一段一段、飛ばさずに階段を降りる音だ。
位置的に、俺は後ろを振り向けば階段がある廊下が見える。
完全に気配を感じる。
自分も人間と言えども動物だ。
そういった気配くらいは察知できる。
むしろ気配を感じるからこそ、俺はその場から動けなかった。
大声を出して逃げたかったが、声すら出ない。
後ろを振り向いて確認するべきなのか。
逃げるべきなのか。
このままやり過ごすべきなのか。
脳が高速で対処法を模索するも、何が最善の選択なのか、答えが見つからないままだった。
ただ、一つ思ったことがある。
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さっき見た影と、部屋に落ちている髪の毛、そして俺が漫画喫茶で見た女。
どれも共通点があるように思えた。
もしかして、今そこにいるのはあの女なのだろうか。
あの腰まであるボサボサな髪をして気を付けの姿勢でこっちを見る虚ろな目...。
思い出す度に生理的嫌悪感を抱く。
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しかし今は分析などしている余裕は無い。
時間にして1分程経ったのだろうが、俺はそれ以上に感じた。
この恐怖に押し潰される感覚をずっと味わうくらいなら、一瞬の恐怖で済ませよう。
何を思ったのか、俺は後ろを振り向く選択を選んだ。
視界を端に寄せ、ソレを見るため、ゆっくりと後ろ振り向いた。
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しかし後ろには誰もいなかった。
俺は前方に再び振り返る。
誰もいない。
よくあるベタなホラー映画では、いないと安心した時に出るものなのだが、俺に限っては無かったようだ。
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外の日差しが強くなってきた。
朝というのは、数分経っただけでも光が射し込む量が変化する。
とにかく安心したかった俺は電気という電気を付けて回り、リビングのテレビも付けて気を紛らわせた。
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学生だった俺は、その後友人に今朝のことを話したが
「寝ぼけてただけだろ」
と一蹴されるだけだった。
いつものことだ。
こういうことがある度、俺は信じてもらえない。
信じてもらおうとも思っていなかったが、とにかくそのことを吐き出したかった。
俺になにかが憑いている。
そんな事を少しでも考えたくなかったから。
俺は今、その家を出て一人暮らしをしている。
いわゆる霊的なものに敏感な俺も、今のところ何もそれらしきものは感じていない。
それでも夜道を歩く時、ふとあの日のことを思い出す俺がいる。
幽霊は存在するのだろうか。
俺が見てきたものは何だったのだろうか。
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その謎は、今も俺の中に深く残っている。
作者Diablo616
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
7回目の投稿となりました。今回のお話は、前作『夜の漫画喫茶』の後日談として書きました。本作のために、わざわざ前作を読んで頂いた方、ありがとうございます。
初投稿から3週間程しか経っていないにも関わらず、多くの方々から作品を読んで頂き、大変有り難く思っております。いつも次回作を期待して下さっている方々には残念なお知らせではありますが、私の実話体験は今回が最後です。よって、実話投稿も本作品で終了(の予定)となります。いつも作品を読んで下さった方々、ありがとうございます。気が向いたら、創作にも挑戦するかもしれません...(笑)