知り合いの友人が子供の頃に体験した話。
具体的に言うとその友人さん(以降Tさん)が小学校二年生の秋頃の事。
ある日学校から帰ってくると、Tさんはいつものようにランドセルを玄関に放り投げ近所のお婆ちゃんの家に向かったそうだ。
お婆ちゃんと言ってもTさんの実の祖母という訳ではなく、昔からTさん一家と仲が良かった近所に住んでいるお婆ちゃんの事だ。
お婆ちゃんは特にTさんに優しくしてくれて、遊びに行くといつも茶菓子を用意して待っていてくれたらしい。
Tさんのお母さんも「お婆ちゃん一人で寂しいだろうから暇があったら遊びに行ってあげなさいね」と言っていたので、特に気兼ねする事なく毎日のように通っていたんだとか。
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お婆ちゃんの家はTさん宅から子供の足で走って五分位と、遠過ぎもせず近いとも言えないような距離にあった。
青々とした生垣と少々古臭いがくすんだ茶色い木の家がTさんは好きだったという。
「お婆ちゃん!来たよ~!」
玄関を開けるやいなや大声で家の中に向かって挨拶し、返事も待たずに勝手に上がり込む。
いつもやっている事だ。
しかし今日はいつもとは少し様子が違った。
茶の間に座りずっと待っていても一向にお婆ちゃんが出てこないのだ。
普段なら数分で「あらあらよく来たね~」と言いながらニコニコ顔でお菓子を持って出てくるのに・・・
留守なのかとも思ったが、それほど田舎でもないのに一人暮らしの老人が鍵も掛けずに出かけるはずがないのは子供のTさんでも解った。
(ひょっとしたら二階にいて声が聞こえなかったのかも・・・)
仕方がないので立ち上がり、玄関から入ってすぐ右手側にある二階への階段前まで向かった。
「お婆ちゃ~ん、いるの~?」
二階に上がるのが面倒だったのでまず階段下からもう一度声を掛けた。
だが返事は返ってこない。
まぁよくよく考えれば階段が玄関のすぐ横にあるのだから先程とほぼ変わらない位置から声を掛けているのだ。
ここで聞こえるのだったら先程出てきているはずである。
(二階で寝てるのかな?)
そう思いながらTさんが階段を上がろうと片足を上げた時だった。
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「・・・・Tちゃん、こっちよ、こっち」
突然廊下の奥の方からお婆ちゃんの声がしてTさんの体がピタリと停止した。
見ると廊下奥のお風呂場前の洗面所にお婆ちゃんが座っていた。
「・・・お婆ちゃん、そんな所で何してんの?」
お婆ちゃんの様子がいつもと違う・・・・というより何かおかしかった。
洗面所の辺りはまだ夕方前とはいえ光が入らず薄暗いのに明かりも点けていないし、何故か狭い洗面所の床に正座で座っている。
そして何より表情を隠すかのように両手で顔を覆っていたのだ。
その時点でなんだか気味が悪い感じは少ししたそうだ。
けれどTさんが何を言ってもお婆ちゃんは「こっち、こっち」と言うだけで顔を隠したままその場を動こうとしなかったので、言われるがままに近づいていってしまったらしい。
Tさんが近づいていくにつれお婆ちゃんはだんだんと、顔を隠したまま俯き始めた。
(顔の何処か怪我したのかな?)
その様子にそんな事を考えていた、その時だった。
「・・・Tちゃん、行っちゃ駄目よ」
「・・・・・・えっ?」
急に背後からお婆ちゃんの声が聞こえた。
しかしそんなはずはない。
だってお婆ちゃんは今目の前にいるのだ。
恐る恐る背後を確認してみる。
だが、やはりそこには誰もいなかった。
ほっと胸を撫で下ろした次の瞬間。
Tさんの人生の中で一番の恐怖シーンがついに訪れた。
「ああぁぁぁっああぁぁぁっああぁぁぁあああぁぁぁっっっ!!!!!!!!!!」
叫びというか嗚咽というか、なんとも言えない奇妙な大声に驚きTさんは洗面所のお婆ちゃんの方に向き直った。
途端に今度はTさんが叫び声を上げた。
洗面所にいたお婆ちゃんが赤ん坊のハイハイのような動きで急に近づいてきたのだ。
それも凄いスピードで。
でも一番怖かったのはそこじゃない。
・・・・顔が違ったんだそうだ。
Tさんの知っているお婆ちゃんの顔じゃなかった。
目や鼻が失敗した福笑いみたいにおかしな位置にあったそうだし、そもそもパーツそれ自体も全く別物だった(本物のお婆ちゃんはもっと丸い目をしていたらしいが、そいつのは細かったとか)
Tさんは急いで逃げようとしたがあまりにも動揺した為に、廊下にあった何かに躓いてその場に転んでしまった。
するとすぐにそいつは右足首をガシッと掴んできた。
慌てて振りほどこうとするも凄い力で足を掴んでいて全く放そうとしない。
そして急に口を顎が裂けるんじゃないかって位にガバァッと開いた。
(こ、こいつ。僕を食べるつもりだ)
みるみるうちに顔が青ざめていったTさんはもう何をしたのかも思い出せない位めちゃくちゃに暴れたらしい。
「いやあぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!!!!!」
気づけば何故かそいつが急に悲鳴をあげていた。
いつの間にかそいつの口に何か棒状の物が刺さっている。
右足も自由になり、チャンスとばかりに一目散に玄関へと突っ走った。
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玄関を抜け、門戸を抜け、道路まで逃げてきた所で急に息が切れその場にへたりこんだ。
ほんの一瞬の事だったのに本当に全力疾走でもしたかのように息が切れてしまったそうだ。
幸いあいつはもう追ってくる様子がなかった。
逃げ切ったんだ。
Tさんは心の底から安堵した。
けれど落ち着きを取り戻したらふとある事に気づいた。
(・・・あれ?あいつが偽物だったとしたら本物のお婆ちゃんはどうしたんだろう?)
結局本物のお婆ちゃんは今日まだ見ていない。
まさかあいつに、そう考えていた時・・・
「うっ、うぅっ・・・ふぅっ、うぅぅぅぅぅ・・・・」
不意に家の中からお婆ちゃんのすすり泣くような声が聞こえてきた。
Tさんはとても困ったそうだ。
本物のお婆ちゃんだったら助けなきゃいけないけど、偽物の方だったら・・・・
(助けを呼びに行ったら手遅れになるかもしれないし、どうしようどうしようどうしよう)
空を見上げるといつの間にか日が沈み始めていた。
小学校低学年のTさんはまだ冷静な判断が出来ず、自分がなんとかしなきゃいけないという謎の使命感が芽生えていた。
とはいえ怖いものは怖い訳でそこはどうしようもなく、結局「遠くから玄関の辺りの様子を覗き見る」というのが精一杯の結論だった。
門戸のあたりから覗けばなんとか声の聞こえる玄関の辺りまでは見えるはずだ。
Tさんはゆっくりと門戸まで近づき、音を立てないように慎重に玄関のあたりを覗き込んだ。
「うっ、うぅぅぅぅぅ・・・・」
玄関には想像通り、泣いているお婆ちゃんの姿があった。
しかしその姿を見て一気に血の気が引いていった。
(顔、顔を隠してる・・・・)
玄関にいるお婆ちゃんはさっきの偽物と同じように両手で顔を隠していたのだ。
(で、でも今お婆ちゃんは泣いているから顔に手を当てているのかもしれないし、あぁでも・・・)
混乱していたTさんがそんな事を考えていると、次第に泣き声が変化し始めだした。
「うっ・・・ふふっ・・・・うぅぅ、ふっ、ふふふふふっ・・・・・」
Tさんもすぐにその声気づいた。
そしてやがてさらなる異変に気づいてしまった。
顔を隠していた手が少しだけ開かれ、隙間から細い目がこっちをじっと見ていたのだ。
「ふふっ、あはっ、あははははははははははは」
怖くて堪らないのに目が逸らせなかった。
まさに蛇に睨まれた蛙。
体は硬直し、逃げたくても全く言うことを聞いてくれない。
目を合わせていた数十秒の間は生きた心地はしなかったそうだ。
その後、何故かそいつは背中を向けゆっくりと家の中へ戻っていった。
Tさんを見ていたにも関わらず。
ただ、去っていく際に「惜しかったねぇ・・・惜しかった惜しかった・・・・」と少し聞こえたのが物凄く怖かったと汗を垂らしながらTさんは語ってくれた。
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その後Tさんが必死の思いで近所の人に助けを求めに行くと、すぐに大人数人がお婆ちゃんの家に向かった。
Tさん自身はその近所の人の家で母親が迎えに来るまで待つ事となり、数分後Tさんの母親と救急車がほぼ同時に到着した。
結局その日はそのまま家に帰る事になり、お婆ちゃんがどうなったのかは分からずじまいになってしまった。
お婆ちゃんがあの日すでに亡くなっていたと聞いたのは事件から一週間程経ってからだったそうだ。
それから少しTさんと他の人の話が食い違うというおかしな事が起こった。
Tさんは「お婆ちゃんの姿を真似した化物が出た」と言い張ったのだが、他の人はみんな今回の事を「お婆ちゃんが病気で倒れた」という事件と認識していたのだ。
助けを求めに行った先の近所の人も「話が支離滅裂で意味不明な事を言っていたけれど、Mさん(お婆ちゃんの名前)の名前が出てきてピンときた」と言っている。
さらにはTさんの母親も今回のようなケースを考えて、お婆ちゃんの様子を確認して貰う為にTさんを通わせていたという事が解った。
結論を言うと「今回の件はただの老人によくある突然の病死」という事で片付けられてしまった。
二階で倒れていたというお婆ちゃんは心筋梗塞でTさんが家に行った時にはすでに亡くなっていたというし、何処かを食われたなんて事はあるはずもなかった。
周りの人達からは「気が動転して幻でも見たのだろう」という簡単な理由で片付けられてられてしまい、学校の友達にも話したが信じてくれる人はいなかった。
そのうちTさん自身も夢でも見ていたんじゃないかと思うようになっていったらしい。
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そんな時、隣のクラスの男子から昼休みに「ちょっと話がある」と急に呼び出されたんだそうだ。
その子の話はとても驚くべき内容だったという。
「お前の話な、ちょっと前にうちの爺ちゃんに話したんだよ。面白半分でな。うちの爺ちゃんそういう話詳しいからさ。そしたらさ『そりゃ【ツラカクシ】だ』って言うんだよ。なんだそれって聞いたら、なんでも死んだ人間の姿を真似してそいつの子供を食っちまう妖怪なんだってさ。ただそいつは人間の顔を真似するのがすげぇ下手糞だから顔を隠して近づいてくるんだってよ。だからお前あとちょっとでそいつに食われちまう所だったんだよ」
Tさんはあまりの事に言葉が出なかったそうだ。
やっぱり現実だったんだとか、もしかしたら食われてたのかも、とか考えると何も言えなかった。
「お前、そのお婆ちゃんに感謝しとけよ」
「・・・えっ?」
「爺ちゃんにさぁ~『後ろから聞こえた声がお前の本物の婆ちゃんだから。ちゃんと感謝しとけって言っとけ』って言われたんだよ。今日伝えに来たのはそれだけだから」
「あっ・・・・・・」
じゃあな、と一言言ってその子はすぐに自分の教室に帰っていった。
確かにあの時呼び止められなかったら、あの化物のすぐ近くまでそのまま行ってしまったかもしれない。
あの時助かったのはお婆ちゃんのお陰だったんだ。
そう気づいた時、Tさんは何かから開放されたような気分だったそうだ。
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ただ、今回の話をしてくれた最後にTさんは
「それでも未だに誰かが顔を手で覆う仕草してるの見ると体が震えちゃうんだわ。こればっかりはトラウマだよ」
そう言って笑いながら手で顔を隠す仕草をしてみせた。
つられて笑い返したが、実際に顔を手で隠した人間を目の前にすると気味が悪いという事が、Tさんを見た自分の体の震えから理解出来た。
作者バケオ
今回は表紙の画像を自分で用意してみました
と言ってもフリー素材に少し手を加えた程度なので制作10分レベルのものですが(^^;)
しかし作ってて思いましたが「手で顔を隠す」って様子は何か不思議な怖さがありますね
画像検索して「顔を手で覆った人」の画像が大量に出てきた時は、思わず「うおっ」と声が漏れました
#gp2015