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先輩、と小夜子が夕焼けを背負って歩いてきた。今日は大学にきてたのか。
「小夜子」
「なあに」
「いつから俺を先輩って呼んでる?」
「あなたが一個上だって知ったときからよ」
お互いの誕生日を言い合うと、確かに俺は小夜子より一個上だった。
「ご飯、食べて帰らない?」
「ああ」
止めた足をまた動かしはじめる。小夜子と付き合っているのかと友人に聞かれるが、そんなことはない。触れたこともない。そんな気になれない。
だよな、アイツ、怖いもん。
友人のカラッとした声が頭に響く。
左手首をがっちり包帯したヤツが復帰してきた。小夜子の黒髪にガムを吐きつけたたヤツ。テレビドラマみたいな手首をみんなで笑った。なんか、能力が開花したとかねえの?
ヤツは真っ青な顔で呟いた。
「あそこ、誰か、死んだだろ?」
ゆっくりと指差した先は隣の校舎の屋上だった。自殺でもあったんだろうか。
そんな話をガムのことは抜いて小夜子に話すと、楽しそうに笑った。
「そんなの、能力なんかじゃないわ。明日、隣の校舎に行ってみましょう」
並べられた牛丼特盛。小夜子は俺と同じだけ食べた。平らげた姿に店の人が笑っていた。ビスクドールみたいな肢体に小さな陶器仕立ての顔。食べてほのかに色づいていた。
「小夜子、こないだの合コン? 酒飲んでた?」
「まさか。飲んだ振りよ。色白いからちょっと擦れば赤くなるわ。先輩だって飲む振りだけだったわ」
「バレてたか」
「ああいうの、嫌い。バカみたい」
じゃあ、なんで来たのかは聞かない。
次の日、講義が終わった頃に小夜子は現れた。出席カードは出してやったよと言うと、ありがとうと微笑んだ。
「指差したのはこのあたり」
「の、屋上方面な」
「だから、ほら、見て」
小夜子は屋上ではなく、歩道の壁際を指差した。
花やペットボトルが置いてあった。枯れている花は時間が経ったことを示している。
「じゃあ、やっぱり誰か死んだんだ」
すげえな、アイツと言う前に小夜子の深緑色の右目が俺を捉えた。
「逆よ。彼はこれを知っていたのよ。だから青い顔して呟けば、みんなが注目してくれると分かっていた。バカみたい」
昨日の小夜子と重なる。昨日は水色のブラウスだったが、今日はサーモンピンクのワンピースだった。
「小夜子」
「なあに」
その色、似合うねと言うと、朝から何着ようか悩んでたから遅くなったのよ。と裾をヒラヒラさせて目を瞑った。
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作者退会会員