小宮山さんという女性の話。
彼女は大のオカルト好きで、ホラー系の動画をパソコンで検索し、観るのが趣味だった。ホラーが苦手な友人達は、皆口を揃えて小宮山さんの趣味を否定したが、こればかりは止められない。
毎日毎日会社に行き、一日中パソコンとにらめっこ。口ばかり煩くて、気遣いがない上司に「気が利かないなあ、言われる前に珈琲くらい、さっと出せよ」と文句を言われる。もともと人付き合いは得意でない彼女は、同僚達と仲良く出来ず、周囲からは浮いた存在だった。
ーーー会社は生き地獄だ。
溜まったストレスは発散させないといけない。そうしないと、毒素が体中に巡り巡って蓄積を続けていくだろう。
そのため、彼女は貪るように怖い動画を見続けるのだ。背筋も凍るような動画を見ている間だけは、何故か無性に心が癒された。逆立っていた神経も、丁寧に撫で回されていく。
「これがなきゃ、私は死んじゃう」
ある日曜日のこと。その日も朝から怖い動画を検索していると、気になるタイトルに目を奪われた。
“赤頭巾ちゃん“
そう書かれてある。赤頭巾ちゃんとは、あの有名な童話のことだろうか。いつも赤い頭巾を被っているため、周囲から赤頭巾と呼ばれていた女の子。ある日、母親から祖母のお見舞いを任され、パンと葡萄酒を持って出掛けていき、その途中で狼に目を付けられ……
「変なタイトルね……」
クリックしたらどうなるのだろう。まさか、本当に童話の通りにストーリーが始まるのだろうか。いや、一応このサイトは「怖い動画集」となっている。童話になぞらえた怖い話なのかもしれない。
無性に気になった小宮山さんは、次の瞬間にはその動画をクリックしていた。
動画はかなり荒れており、テレビの砂嵐のような「ザザ……ザザザ……ザザザ……」という不快なノイズ音も混じっている。
目を凝らしてよく見ると、白っぽい空間が映し出されていた。左手には観音開きの扉らしき物が見え、どうやらエレベーター内を撮影したもののようだ。防犯カメラか何かなのだろう。
中央には一人の人物が立っていた。狭いエレベーターを独占するかのように、真ん中に堂々と立っている。かなりの長身だ。遠目からでもハッキリ分かるような派手な赤いコートを着込み、頭にはフードを被っている。顔は……俯いているため、よく見えない。
「……まさかこれが赤頭巾ちゃんなわけ?」
だとしたら、えらく大柄な赤頭巾だ。思わず肩を竦めると、エレベーターに新たな乗客が乗り込んできた。
こちらは若い女性だ。ふわりとした可愛らしいワンピースを着た小柄な女性。彼女はエレベーター内にいた先客の存在に、ギョッとしたようだ。しかし、そそくさと乗り込み、隅っこでジッとしていた。
やがてエレベーターは閉まり、上昇。小柄な女性はそわそわと落ち着きなかった。上を見たり下を見たり。まあ、無理もない。狭い密室の中、奇妙な人物と鉢合わせし、乗り合わせてしまったのだから。
エレベーターは止まり、扉は開いた。小柄な女性はホッとした様子で出て行こうとする。すると、コートの人物が素早く動いた。
「え!?」
コートの人物はポケットから素早く金槌を取り出すと、小柄な女性の肩を殴りつけた。女性はあまりの出来事に、肩を押さえて振り向いた。振り向き様に再び金槌が彼女目掛けて振り下ろされる。
ガツン!ガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツンガツン!
まるで親の仇でもあるかのように、コートの人物は小柄な女性を金槌で殴った。女性はうつ伏せに倒れたまま、既に動かない。その無防備な背中に馬乗りになり、コートの人物は女性を殴り続けた。
どれくらいそうしていただろう。ふとコートの人物は手を止めた。そして小柄な女性を引きずるようにし、エレベーターから出て行った。
「……………」
小宮山さんは言葉を失った。これは果たして現実なのだろうか。それとも悪趣味な人間が作ったただのヤラセ?どちらにしても気分が悪いことには変わりがないが。
これ以上、映像を見続ける勇気もなければ度胸もない。ホラー系は何でも得意だが、このタイプのものは無理だ。生理的に。
そう思い、マウスを操作しようとした時だ。赤いコートの人物が再びエレベーターに戻ってきた。よく見ると、手にはチェーンソーのような物を持っている。
先程の女性はどうなったのだろう。そしてあのチェーンソーは何のために持ち出してきたのだろうか。小宮山さんの中でぐるぐると疑問が浮上し、栓を抜いたプールのように渦巻いていく。
と。赤いコートの人物が急に視線を上げ、ギッとこちらを睨んだ。小宮山さんと目が合ったーーーいや、恐らくは監視カメラの存在に気付いたのだろう。だが、小宮山さんは、まるで自分が睨まれている気がして小さく呻いた。
「ひっ……」
赤いコートの人物は白い手袋を嵌めた右手を監視カメラを指差した。そしてその手を前に突き出すような仕草を何回か繰り返す。何か呟いているようだが、声が小さ過ぎて聞き取れない。
これ以上映像を見続ける勇気も度胸もない。胸の辺りに悪寒を感じながらも、彼女は動画を止めようと手を伸ばす。
と。そこである重大なことに気が付いた。
「……このエレベーターって、私が住んでるマンションのだわ……」
小宮山さんはハッとした。間違いない……どうしてすぐ気付かなかったのだろう。衝撃的な映像にばかり釘付けになっていて、冷静な判断がつかなかったのかもしれない。
彼女は慌てて立ち上がり、戸締まりを確認しようと振り向いた。するとボソリとした声がパソコンから響いた。その声は小さく掠れていたが、やけにハッキリと聞こえた。
「い ま か ら あ か ず き ん が い く か ら ね」
作者まめのすけ。-2