春休み、私のお父さんの知人がペンションをオープンすると言う事で一泊の旅行に行くことになった。
が、前日になってお父さんは階段から落ちて足を捻挫してしまい、急遽アラタが一緒に行くことになった。
相変わらず私の父から絶大な信頼を得ているアラタは私の家にもフリーパスだった。
信頼と言うよりアラタとなら何があってもいい位に思っている、いや既成事実さえも作ろうと目論んでいるかも知れない。
そんな思春期の若者を弄ぶような悪意を感じる父から一泊と聞いて少しパニック気味だったアラタは部屋は別と知るとホッと安堵の表情を見せた。
そしてアラタと電車で目的地のペンションに向かう。
道中は朝早かった事もあってウトウトしてる内に着いてしまった。
駅から更にバスに乗って30分、ペンションに近づくにつれアラタの様子がおかしくなってきた。
いつも無口なアラタだけど私の話にはちゃんと反応してくれるのにどこか上の空で何かを考えているようだった。
ペンションに到着した時には表情は暗く、明らかにいつもと違うアラタだった。
父の知人、谷山さんは歓迎してくれてステキな部屋を用意してくれていた。
「わあ、天蓋つきのベッドなんて初めて」
喜ぶ私をよそにずっと思いつめたような顔のアラタはやっと重い口を開く。
「ユウ、話がある、大事な話だ」
辛そうに眉を顰めるアラタに尋常じゃない何かを感じた。
私の手を取りソファーに座ると深いため息をついて震える声でゆっくりと話し出した。
「大事な話っていうのは、俺とユウの前世の事なんだ」
「前世?」
「そう、俺とユウ、そしてキクコさんの事」
アラタはメガネを外し目を伏せたまま続けた。
「前世でユウは5才の女の子を連れていた、それがキクコさんだ。ユウとキクコさんは親子だったんだよ。 詳しい経緯は俺にもわからないが、ある日2人は辻斬りに遭ってしまう。2人は斬られて死んでしまう、その辻斬りが......俺なんだ....」
「え?」
「キクコさんを助け、ユウを守るのは俺の罪なんだよ」
アラタは手で顔を覆い泣いているようだった。
こんな姿を見るのは初めてで私は言葉が見つからなかった。
「俺はずっと怖かった、俺は幸せになっちゃいけない、俺が幸せになるとユウが不幸になる気がしていたんだ....」
「ずっと....ひとりで抱えてたの?」
「怖かった、ユウに嫌われるんじゃないか、怖がらせてしまうんじゃないかって」
「嫌う訳ない、怖くなんかないよ、一緒にいれば幸せでしょ?ずっと一緒にいようよ」
アラタが遠くに行っちゃいそうで必死に繋ぎ止めようとした。
アラタがいなくなっちゃう事が何より怖かった。
「許してくれるの?こんな俺でも」
「関係ない、傍にいてよ、2人で幸せになろうよ......」
涙が止まらない私をアラタはそっと抱きしめてくれた。
耳元で聴こえた低く囁く声はいつものアラタの声......いつまでも耳に残る『ありがとう』と一言だけ。
その晩、私は夢を見た......
前世で私とアラタは愛し合っていた。
貧しい生活だったけど幸せだった。
一緒になろうと誓った翌日、貧しさから私は奉公に出された。
奉公先の旦那様に私は見初められるが、数ヵ月後、私はアラタの子を身ごもっていることを知る。
ひたすら旦那様の求婚を断り続けてきたが限界だった。
私とアラタは娘が5才になった頃、密かに約束をかわした。
アラタの子である娘を旦那様は愛していない。
残していくわけにはいかなかった。
罪のない娘を巻き込んだのは私の罪、私が妊娠し辛い身体になったのは私の罪。
アラタは私と娘を斬った後、自ら出頭し死罪を願った。
暗い牢獄で数ヶ月間アラタは拘束され視力は低下した。
そして刑は執行された、あの日、密かにかわした約束を必ず果たすと誓い....
必ず来世で幸せになると......
そしてアラタも夢を見ていた。
私たちの縁、アラタの力の秘密を知る事になる。
作者伽羅
私たちの重要なターニングポイントだったこの出来事は後にも様々な影響を及ぼす事になります。
私は左の肩から右の骨盤まで斬られていて持病の疾患はこれが原因だと知りました。
アラタはずっと責任を感じていたのだと思うと辛かったです。
アラタの視力も低下したからおあいこだねと言ったら申し訳なさそうに笑った顔を今でも忘れられません。