高橋さんという男性の体験談。
高橋さんは会社に勤めて二年目になる。まだまだ不慣れなことが多く、ケアレスミスをすることも少なくない彼だが、そんな高橋さんをサポートしてくれる先輩がいた。仮に三鷹さんとする。
三鷹さんはこの道十五年になるベテランで、仕事をキビキビとこなし、また後輩の面倒見もとても良かった。頼りがいがあり、性格も朗らかで明るく、誰からも好かれるタイプの人間だった。
三鷹さんは家庭をそれは大切にする人で、たまに有給を使って奥さんや五歳になる娘を連れて旅行に行ったり、休日も必ず家族との時間を作りたいと、あちこちに出掛けているらしかった。そしてその話を上司や同僚、また後輩らに嬉しそうに話すのだ。
高橋さんも何度かその話を聞かされたことがあり、興奮気味に話す三鷹さんにやや度を過ぎた家族愛を感じることもあった。まあ、気持ちは分からなくもないし、仕事でいつもお世話になっている先輩の話だからと、それなりに聞いていた。
だが、高橋さんは同僚からとんでもない事実を聞かされた。何と三鷹さんの家族はもう何年も前に他界されているのだーーーと。
愛する家族を失った悲しみは相当深いものだったらしく、その悲しみを紛らわせるためなのか、三鷹さんはまるで家族が今なお健全であるかのように振る舞い続けているらしい。勿論、会社の人間はこの事実を知っているが、普段の三鷹さんは真面目で誠実な人柄であるため、普通に接しているという。
それからしばらくして、会社で飲み会が開催された。三鷹さんは珍しく泥酔し、一人では立ち上がれない状態だった。そこで高橋さんが彼を自宅まで送っていくことになった。
タクシーの中で、三鷹さんは少し酔いがさめたようで、送って貰ったお礼に自宅に少し寄っていけと言い出した。奥さんに珈琲くらいは出させるからとまで言い出し、高橋さんが返事に困っていると、自宅に着いた。
三鷹さんはやや強引に高橋さんの腕を引っ張り、玄関のチャイムを鳴らした。
「おーい、俺だ。今、帰ったよ」
当然だが、返答はない。一戸建ての自宅はシンと静まり返り、何の物音も生活音もしない。
と。
トタトタトタ……
小さな足音がして、カチャリとドアが開いた。誰もいない。だが、確かにドアは内側から開けられたように高橋さんは思った。
「おお、まだ起きてたのか。ママはいる?」
目を細めながら三鷹さんはそう言った。誰もいない玄関先に向かって。
高橋さんはもう限界だった。タクシーを待たせているからと適当に嘘をつき、振り返りもせずにその場を離れた。表で待たせていたタクシーに飛び乗り、体を強ばらせて息をついた。
「先輩は誰と一緒に住んでいるんだ……?」
三鷹さんは相変わらず、家族の自慢話をする。最近では新しく購入したというカメラで撮ったという家族写真を見せてくれるのだがーーー
そこには気持ち悪いくらいにニッコリと笑った三鷹さんしか映っていない。
作者まめのすけ。-2