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朝、起こされることはなく、かといって寝坊だと言われたりもしない。風呂に現れる髪の毛に睡眠を邪魔され、ぐったりとしたまま、外へ向かう。雪がちらつき始めた十一月。灰色の里山は白に塗り直されていく。描き損じを消していくように。昨日、置きっぱなしにした斧に手を掛けた。
切れ味が悪くなった斧が薪に呑まれ、外れなくて慌てた。
「凛、深呼吸しろ。不思議なんだが、そうすると外れるんだ」
師匠と呼んでみたら、悪くないなと言った修尉の通り、深呼吸したらすんなり外れた。
日が暮れるまで薪割りをする。一週間経ったが特に止めろとも新しい指示かあるわけでもなかった。別に飽きたわけじゃない。無心に没頭出来るのはありがたかった。
たった十七年しか生きていないのに、かなりハードな人生であったため、何度も打ち止めようとしたが上手くいかなかった。そんなリストカットの痕が残る腕に汗が流れる。汗も血も流れてしまえば穢れには変わらない。洗い流すための風呂にはアイツがいた。
暮れた山影を背に風呂へと駆け込む。筋肉痛はもう起こらない程に薪割りは慣れた仕事だった。
透明のお湯は筋肉がつき始めるであろう足を突き抜ける。
もうそろそろだ。
髪の毛で湯船は埋め尽くされ身体に絡み付く。膝と膝の間がぷっくりと膨らみ始めアイツがくる。
頭だ。それ以上、浮き上がることはないようだった。お湯のなかにいるはずなのに冷えた血液が身体を巡る。何をしに浮き上がってくるのか。
動かない身体、はっきりしている意識。幻覚ではないコイツ。
事実。
全部。
受け入れろ。
統べて。
統べて。
作者退会会員