僕の住んでいた県には、その道の人間には割と有名な、『袖もぎ地蔵』というものがあった。
それを知ったのも、やはり僕の友人で、自称霊能者の友人の影響なのだが。
高校2年生の春。
ピンコン♩
携帯のSMSのアプリの着信音で目が覚めた。
画面には、イズイズと言う人からのメッセージが表示されていた。
『今日暇か?』
『予定を確認してみます』
イズイズと言うのは、僕の友人のライバルの様な人で、かなり男勝りの女性だ。
携帯でカレンダーを開く。
最近の携帯はパソコンの様になんでも出来るもんで、便利なものだ。
不在着信が来ていた。
自称霊能者の友人だ、掛け直すと、10秒程待った後に、寝起き直後なのだろうか、不機嫌そうな友人の声が返ってきた。
「…遅いわ〜…」
「んで、どうしたん?」
「あー、今日暇か?」
暇ではあるが、何か忘れている気がする。
「暇やなぁ」
「おけ、んじゃあ、いつもの稲荷で落ち合おう」
それだけ言うと電話は唐突に切れた。
SMSの着信がある。
イズイズから『まだかー?』
しまった、泉井さんからの誘いを忘れていた…。
すみません、急用が
と返信すると、『またあいつか』
それからは着信は無かった。
準備を整え、家を出る。
扉を開けた時に、サラリーマンとすれ違う。
稲荷に着くと、なにやら見覚えのある男女が喧嘩をしている。
友人と泉井さんだ。
どうやら、オカルト論争が始まってしまっているようだ。
2人が俺の存在に気付き、論争は終止符を打たれる。
友人が俺の耳元で耳打ちをする。
「なんであんなビッチを呼んだ?」
聞こえとるぞボンクラ!
言ったのは泉井さんだ。
「だいたい、お前らの合流場所がワンパターン過ぎるんやわ」
友人が鼻を鳴らす音が聞こえる。
「そう言えば、クソビッチ」
友人がニヤニヤしながら泉井さんに話しかける。
「お前、袖もぎ地蔵って知っとるか?」
一瞬、泉井さんの表情に動揺の色がかかったのを僕は見逃さなかった、が、そこは泉井さん、すぐにいつものムスッとした顔に戻り、知っとるけど?と返した。
この手の人間には有名なのだろうか?
もちろん僕は初耳だった。
「じゃあ、話が早いな、ビッチ、車回せるか?」
「は?なんで私が…」
「いいやん?」
「…分かった」
僕には信じ難い光景だった。
車内では30分ほど泉井さんと友人による
オカルト論争が続いていたが、現地に到着する頃には泉井さんは大人しくなっていた。
車から降りる、山だ、もっと道端に祀ってある地蔵を想像していたんだが…。
「袖もぎ地蔵ってのはな」
と友人は話し出す。
「この辺の伝承で、目の前で転ぶと袖を捥いで祀らないと祟られる、だとか、袖をまくらないといけないだとかっていう話があってな…でも、ここは違うんだなぁ…」
背後から息を飲む音が聞こえた。
泉井さんだ、心なしか青白い顔をしている。
時刻は短針が7を指す頃で、薄暗い。
「声がな、聞こえるんよ、なぁ?泉井」
不意に話を振られ、泉井さんがビクッとする。
だが、返答はしなかった。
獣道を進むこと小一時間は経っただろう。
友人は鼻歌交じりに岩を蹴り、跳び移っている、元気なものだ。
微かに何かが聞こえた。
「プフフ」
と友人の含み笑いが聞こえる。
『…袖…寄越さんか…』
声が聞こえた、ハッキリと。
急激な耳鳴りに襲われる。
友人が足を止め、右手に見える倒木を凝視し、歩み寄る。
ポケットに手を突っ込みながら、倒木の裏手に回り、影に消える。
また聞こえた。
『袖……寄越さんか…』
さっきよりも大きく、音割れのようなノイズを含んだ声だった。
「ヒッ」と、泉井さんが短い悲鳴をあげた。
倒木の陰から友人が現れる、片手にはケータイを持っている。
声はそこから聞こえていた。
「ジョーダン」
「冗談になってないわボケェ!」
泉井さんが涙混じりに怒鳴る。
「悪い悪い」
と半笑いで平謝りする。
「んじゃあ、降りよか」
泉井さんと友人が何やら小付き合いながら帰路につく。
倒木の裏手を覗く。
彼が屈み込んだ場所だ。
そこには、顔面が砕かれた地蔵があった。
顔面にはまだ乾いていない血が付着し、
その足元には、見覚えのあるジャケットの裾が転がっていた。
帰りの車内で、友人に手の傷の事、ジャケットの袖のことをといつめたが、木に引っ掛けた、としか返ってこなかった。
作者慢心亮
地蔵