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「偶然うちのが壊れた時だったから、こりゃラッキーだと思って」
堀末さんは去年、知り合いから洗濯機を譲ってもらった。
「正確には、知り合いの知り合いのそのまた知り合いね。だって大使館員だったんだもの」
話によると、ある大使館員が帰国するという事で、家財を処分する事になった。
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微々たる金に換えても仕方がないという事で、親しい友人に使えるものは譲ろうという事になった。
「ところが話を聞いてから返事するのに、一週間ぐらいかかっちゃって」
本来ならば大型テレビやパソコンなどもあったが、彼女が行った時には掃除機や洗濯機ぐらいしか目ぼしいものは残されていなかった。
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「で、貰ってきたわけ。一応乾燥までやってくれるやつだからね」
ところがその洗濯機は、最初からトラブルを起こした。
「何か変な色が付くのよ。シーツとか洗うと、くすんだ黒っていうか海老茶の染みが所々付くのね」
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洗濯槽が汚れてるのかと、何度か洗浄剤を使ったのだか、改善される事はなかった。
そんなある夜、机に向かってうとうとしていると、
風呂場から変な音が聞こえてきた。
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「排水溝の詰まる音なの。元々うちのマンションは内装は新しいけど、建物自体は古くてね、四十年は経ってるの。だからすぐに排水とか詰まったり、壊れたりするのよ」
丁度、三月ほど前に階上の配水管が破裂し、大騒ぎになった事があったという。
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また何か妙な事になってたら厭だな………と思いながら堀末さんは風呂場へ向かった。
《ゲボッ………》
排水溝が息つくとき特有の音が聞こえてきた。
水は抜いていたのでバスタブは空っぽのはずだった。
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《ゲボッ……ゲッゲッ……》
風呂の排水に異常はなかった。
「普通、そんな音がするときはもう逆流してるのよね。でも全然そんな雰囲気はなくて、穴も綺麗なものだったの」
しかし、音は続いていた。
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洗い場の排水にも異常はなかった。
首を捻りながら脱衣場に出たとき、洗濯機が揺れているのに気づいた。
《ゲッ……ゲェッ……》
音はそこから聞こえていた。
すると蓋が僅かに持ち上がった。
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人間の顔が覗いた。
目と言わず、鼻と言わず………ズタズタに切り刻まれた男の顔が、持ち上がってきた。
《ゲッ……ゲェッ……》
耳まで裂かれた唇から、そう音が漏れた。
堀末さんの意識は、それが肩の辺りまで出てきたところで途切れた。
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「次の日、大型ごみの日はあと二週間先だっていうから、急いでリサイクル屋さんに来てもらったのよ」
暫く洗濯機を調べていたリサイクル屋は、彼女にこの洗濯機は買い取れないと告げた。
「どうして?乾燥もできるのよ、これ」
「なんですがねぇ」
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リサイクル屋も困り果てたような声を出した。
「これ、洗濯槽が使えないんですよ。多分何かの血液だと思うんですよね。一旦、凝固しちゃうと生半可な事では落ちませんから。白い物とか洗うと染みちゃうと思うんですよね。何の血だろうなぁ…これ」
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彼女は三千円払って引き取って貰った。
「結局、持ち出しになったのよね」
堀末さんは溜め息をついた。
作者メリーさん