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浜辺は思ったより明るかった。直ぐ近くに漁港があり、街灯のオレンジ色をした光が、砂浜の方まで漏れて来ているからだ。
「・・・此処か?」
「そう。」
俺の問いに短く答えた木葉が、波打ち際へと歩き出そうとする。
俺は慌てて、其の腕を掴んだ。
「おい!」
木葉がゆっくりと振り返る。
「・・・なんですか。」
街灯のオレンジ色が血色を消して、木葉の顔はやけに青白く見えた。
「やっぱり止めよう。旅館に戻って・・・」
「戻って、どうするんですか?」
どうしよう。
戻って、其れからどうしよう。
そんなの俺だって分からない。
「今更戻って、僕にどうしろと言うんですか?」
木葉の厳しい口調。怒りではない感情が透けて見えた。透けて見えたが、何の感情かは分からなかった。
思わず目を逸らし、足元の砂へと視線を移した。
「どうしろって言うんですか・・・真白君。」
木葉が俺に問い掛けながら、掴まれていない方の腕で、俺の腕を掴み返す。
可笑しな掴み方をしている所為か、爪が服越しに腕に食い込んで痛かった。
「真白君。」
顔を上げる。
頭の中が酷く混雑していて、耳の奥がチリチリと鳴っていた。
俺をじっと見ている木葉は、目が虚ろで色が白くて・・・
考えてはいけないと、頭の何処かで誰かが言っていたが、考えてしまった。
まるで、死体が動いているみたいだ・・・。
「・・・木葉が死んだら、俺、どうすればいいんだよ。」
口から漏れていく言葉に、木葉は無表情に答える。
「どうもしないで構いません。」
「そんな訳には」
「大丈夫ですよ。直ぐ忘れます。」
「そんなことない。」
「大丈夫。」
さっきとは打って変わった、泣く子供を諭すような優しげな声色に、鳥肌が立つ。
木葉が、そっと俺の腕から手を離した。
「僕だって、両親を忘れました。」
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「知るか馬鹿!」
空いていた片手を使って、木葉のもう片方の腕を掴んだ。
「お前が誰を忘れようと、俺は忘れないんだよ。だから、止めろ。自殺なんて絶対するな。」
木葉の目が大きく見開かれた。
「自殺って・・・一体誰が?」
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「・・・幽霊?」
「ええ。」
木葉は《海に居る両親に会いに行く》と言った。然し、彼の両親はもう既に他界している。
其処で俺は《両親の後を追って海で自殺を図るのでは》と考えた。
だが、実際の所其れは間違いで、木葉は端から自殺することなど微塵も考えていなかったのだと言う。
「真白君って、結構思い込みが激しいですよね。」
可笑しそうに笑われても、全く反論が出来ない。全部独り相撲だったのだ。恥ずかしい。
一頻り笑った後、木葉は改めて海の方へと歩き始めた。
歩きながら、静かに話し始める。
「・・・両親は、この浜辺より少し先の道路から、海に落ちて死んだんです。」
「昔から、この周辺の海で死んだ人の霊は、此処に集まると言われていました。」
「集団になって海の上を滑るように移動して、砂浜に居る人間を海に引き摺り込んでしまうのだと。」
「だから、本当なら夜は近付いてはいけないんです。特に、霊と生前に関わりを持っていた人間は。幽霊が特に連れて行きたがるのか、人間の方が親しかった相手の手を振りほどけないのか・・・。或いは、其の両方かも知れませんね。」
波打ち際まで行くと、木葉は立ち止まった。
「振りほどく自信が、無かったんです。今まで。けど、やっと決心出来ました。」
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水面にポツリポツリと火が灯る。
怪談で有りがちな青白い炎ではなく、街灯と同じオレンジ色をした光だ。
沖合いで増えた其の光達は、軈て、揺れながら此方へと近付いてくる。ゆらゆら、ゆらゆらと。
いや、光だけが動いているのではない。
近付いて来る内に気付いた。人影だ。
あれは、人間が火の灯った蝋燭を持って、此方に向かって来ているのだ。
低い光は子供。高い位置に見えるのは、大人。
「・・・お父さん、お母さん。」
隣で木葉が、溜め息を吐くように呟いた。
作者紺野
アカウントが変わり、作者からの検索が不可能となってしまいました。
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次回でこの話は終了となります。
宜しければ、お付き合いください。