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僕のバイト先である古本屋と骨董店・・・《ひぐらし堂》と《うなずき庵》では、荷物の預りサービスをしている。
一時的に家に置けなくなった骨董や古本を格安で管理・保管するという物で、簡単な物なら返却時の配送も行っており《金庫や業者に頼るよりずっと安心だ》と、顧客達からの評判も上々だ。
店側の此方としても、預けられた物が其のまま安く売り払われたり、返却時に新しい品物を購入して貰ったりとメリットは案外多い。
しかも、使用できるのは常連客のみなので、変な品物が来ることも無いのだ。
・・・・・・一部の例外を除いて。
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其の日、僕が何時も通り店の掃除をしていると、珍しく店長ーーーーー小宮寺春が僕の居る《うなずき庵》の方に入って来た。
因みに名前の分かれ目は《小宮寺・春》である。読み方は《こみやでら・はる》である。間違って《しょうぐうじ》と呼ぶと怒る。
兄達の友人で元同級生であり、ひぐらし堂とうなずき庵の店主で、僕の雇用主。
更には根っからの活字中毒者であり、文字を愛し、文字を慈しみ、文字に埋もれ、文字に溺れることを何より好んでいる。
逆に言ってしまうと、其れ以外のことに全くと言って良い程に興味を示さない。
なので彼は、自分の趣味の塊である古本屋の方は非常にキッチリと管理しているのだが、骨董店《うなずき庵》の方は自分を除き唯一の従業員である僕に丸投げしている。
最近ではとうとう、僕をうなずき庵の方の店主と思い込む人まで現れた。働け店長。仕事中に本読むな。昼寝するな。働け。真面目に働け。若しくは給料上げろ。
・・・・・・失礼。つい私情が混じった。
話を進めよう。
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前述故に、彼が自らうなずき庵の方に足を運ぶことは滅多に無いのだ。
深海魚が浜辺に打ち上がる位の頻度である。
一体何があったのだろう。
「どうかしましたか?」
僕がそう声を掛けると、何やら微妙そうな顔をされながら頷かれた。
「・・・何があったんです?」
「配達。」
「ああ、預かりサービスの。自分で取りに来るなんて珍しいですね。」
成る程。微妙な顔をしていたのは其の所為か。読書の途中で配達の依頼が来たんだな。
ゴソゴソと奥の方にある荷物を取り出す店長。
「何を配達するんですか?」
彼の手元を覗き込んでみると、大きな三段重ねの真っ黒な重箱が抱えられている。
見たことの無い荷物だ。
「何だか重そうですね。」
「・・・そうでもない。中身は空だ。」
袖で埃を拭いながら、店長が重箱を開いた。
鮮やかな赤色が目に染みる。どうやら漆塗りらしい。三段に分かれているのかと思っていたが、箱の中の空洞は一段分しかなかった。
「此の二ヶ所の切れ目は、飾りですかね?」
「どうだかな。」
カタリ、と軽い音を立てて重箱・・・のような只の箱が閉められた。
紫色の風呂敷を取り出し、店長が器用に箱を包む。
「ほら。」
「え?」
手提げのようになった風呂敷包みを、店長が此方に差し出して来た。
「配達。」
「・・・え?」
「行ってこい。」
とうとう本の読みたさに仕事までサボるようになっか・・・。
僕は半ば呆れながら首を振った。
「駄目ですよ。僕、車は運転出来ませんもん。自転車じゃ何処にぶつけるか分かったもんじゃないですし・・・。」
「ほら。」
店長が懐から紙幣を何枚か取り出す。
「タクシー使え。」
其処までして本が読みたいのか。
本当に此の人は・・・
「店長、あんたの取り柄は其の外面だけなんですから、配達ぐらいシャキシャキこなしてくださいよ。」
我ながら酷い言い種だとも思ったが、事実なのだから仕方無い。
店長はあからさまにムッとしながら答えた。
「お前が指名されているんだ。そうじゃなかったらちゃんと自分で行ってる。」
「・・・え?」
「此の金も、相手からタクシー代として受け取った物だ。」
意味が分からない。
態々指名?一介のバイトである僕を?
どうして・・・・・・あ!!
「僕を店長だと勘違いしてるんですよ!!」
「違う。」
即答された。
「じゃあどうして・・・」
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「三島さん。」
苦虫を噛み潰したような顔で店長は言う。
「三島さんだよ。依頼をしてきたのは。」
全て察した。
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三島さんとは《ひぐらし堂》と《うなずき庵》両店のお得意さんで《子供に関する曰く付きの物》収集しているコレクターだ。
変態である。
店に来ては僕を苛める変態である。
以上。
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「店長の鬼!」
「悪いな。常連には変わり無いし、金もたんまり貰ってるんだ。」
「悪魔!腐れ外道!!」
「どうとでも言え。」
「チビ!テンパー!!こみゃー!!!」
「其れは止めろ。」
因みに、こみゃーというのは彼の学生時代に呼ばれていた渾名である。
「あの変態の所に行くなんて、絶対嫌ですからね!!」
「頑張れ。超頑張れ。」
「嫌ですってば!!」
「金も受け取っちゃったし。」
「汚い!大人って汚い!!」
「知るか。早く行ってこい。」
「酷い!横暴だあああああ!!」
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「ああああ・・・。」
こういう所で強気になれないから、僕は何時になっても駄目なのだ。
あれよあれよと言う間に荷物を押し付けられ、タクシーに乗せられ・・・。
そして今、町の外れにある民家の玄関の前でこうして立ち尽くしている。
拍子抜けするほど普通の家。此の中にあの変態三島さんが居るのだ。
・・・駄目だ。やっぱり駄目だ。
帰ろう。
僕がそう思い、僕が家を背した途端。
背後からカチャリ、と音がした。
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「入らないの?」
三島さんの声。振り向くと、暗い部屋の中から白い手が覗いていた。
僕は其処で思い付いた。玄関で渡してさっさと帰ってしまえば良いのだ。
慌てて手に近寄ると、スッと中に入ってしまう。
「えっあっ、ちょっと荷物を!!」
慌てて半開きとなった玄関を開ける。
薄暗い廊下。奥に扉が見えた。
誰も居なかった。
「・・・・・・え?」
何処かの部屋に入ってしまったのだろうか。
「三島さん?」
返事はない。
「三島さーん?」
やはり返事はない。
「みーしーまーさー・・・」
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「何?」
突然後ろから声が聞こえた。
振り向くと、僕の後ろに立っていたのは紛れもなく三島さんだった。
「もう来てたんだね。」
ジリジリと距離を詰められる。
「ケーキ買ってきたんだ。」
僕は思わず後退りをした。
ドアは開かれたままだった。
結果的に、彼の家の中に入ってしまうこととなってしまった。
「御茶でも飲んでいかない?」
詰んだ。
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・・・嗚呼、だから嫌だと言ったのだ。
作者紺野
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