此れは、僕が高校二年生の時の話だ。
季節は初夏。
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糸のような月に照らされた古い教会。辺りは針葉樹の森に包まれている。
ランタンを幾つも提げて、僕達は其の前に立っていた。
「そろそろ行こうか。」
彼女のスカートがひらりと翻る。
「式が始まっちゃう。」
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事の発端を話すなら、其れはゴールデンウィーク後半に入る二日前・・・つまり、昨日に遡る。
其の日の放課後、僕とピザポと薄塩は教室に残って宿題をしていた。
明日からは四連休。思い切り遊ぶ為、後半の分として追加された宿題は、何としても今日中に終わらせなければならない。
そんな訳で僕達が勉学に勤しんでいると、机の上に並べられたスマートフォンの一つから電子音が鳴り響いた。
「・・・ん。俺か。」
薄塩が右端の其れを手に取り、立ち上がる。どうやら電話らしい。
半回転身を捩り、ボソボソと話をしている。
時計を見るともうそろそろ六時。帰宅を促す電話だろうか。・・・いや、彼の家はそういう所には厳しくなかった筈だ。
だったら、相手はあの人か・・・・・・
「えっえっちょっと待って待って待って。」
突然、薄塩が慌て始めた。
「なにそれ何時の間に・・・いや、無理無理無理。無理だから。」
「聞いてない聞いてない。いや知らないし。」
「いや俺達にだって都合が・・・いやいや、だから話を聞けって。」
「だーかーらー・・・・・・あっ、ちょっと待てってば!!」
・・・どうやら電話を一方的に切られたらしい。
「あーーーー・・・・・・。」
意気消沈した様子で椅子にへたり込み、鞄の中をガサゴソと探り始めた。
「どうしたんだろうな。」
「なんかゾンビみたいだね。」
後ろでひそひそ話をしている僕達にも気付かない。
「あ"ーーーーーー・・・・・・。」
溜め息とも嘆きともつかない声を上げながら、薄塩がピタリと動きを止める。
更にグリンと首を回し、此方を見た。目が死んでいる。
「お、おい。一体どうし・・・」
僕は其処で思わず言葉を切った。
薄塩が死んだままの瞳を歪め、ニヤリと笑ったからだ。
「お前等。今日中に宿題終わらせるのは無理になったぞ。」
死んだ目で笑い続ける薄塩。
そして差し出される青い封筒。
「召集令状だ。」
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手紙の内容は一文だけ
《結婚式に相応しい格好してきてね。》
のみだった。安定の資源の無駄遣いだ。
「何だ此れ。」
「だから召集令状。」
「今回も言葉が足りないね。」
ピザポが肩を竦める。僕としても同意見だ。
態々手紙を書くのなら、もっとちゃんと伝える努力をしてほしい。
「そもそも、結婚式って?」
「式場に出るんだとよ。」
出る、とは言わずもがな。幽霊のことだ。
・・・ということは、今回は教会に連れて行かれるのか。
「宿題はどうするんだよ。」
「さっきも言っただろ。後回しだ。」
「そんな理不尽な・・・」
「そんなこと、姉貴の前で言えるか?何かこの間、Amazonでやたらとでっかい注射器買ってたけど、其れでも言えるか?」
言えない。とてもじゃないけど。
否応なしに口を閉じさせられた。
薄塩が僕を見て、また小さく溜め息を吐く。
「・・・俺も好きでこんなこと言ってるんじゃない。そんな目で見るな。」
「分かってる。」
寧ろ、彼こそが一番の被害者だということも、知っている。
けれど・・・・・・。
「コンちゃん、諦めよう。逆らうだけ時間と体力の無駄だよ。注射器はマズイよ。」
ポン、とピザポが僕の頭を叩く。
僕は下唇を噛み締めながら、静かに頷いた。
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其の翌日。僕達はのり姉に、潰れた結婚式場へと連れて来られた。
そして冒頭へと戻る。
「入れるんですか?此れ。」
「うん。扉は開いてる。去年通りならね。」
のり姉がそう答えながら扉へと近付いた。
カツカツと石畳にヒールの音が響き、森に木霊する。
遠目に見ると何処か神聖な雰囲気を漂わせていた教会は、近くに寄ると外壁の塗装が崩れ落ちていたり、落書きがされていたりした。
のり姉がそっと木製の扉に手を掛ける。
軋む音を立てて、ゆっくりと扉が開いた。
作者紺野
どうも。紺野です。
久し振りに本編なので軽めの人物紹介をば。
のり姉:ボスです。誰も彼女には逆らえません。
コンソメ:語り部です。又は僕です。ピザポからはコンちゃんと呼ばれています。のり姉には逆らえません。
薄塩:シリーズの名前になっている奴です。其の割には影が薄いです。のり姉の弟です。姉であるのり姉には逆らえません。
ピザポ:面倒見が良いですが、キレると怖いです。高校からの付き合いで、メンバーの中では新参です。のり姉には無論逆らえません。
其の他、何か質問が有ればどうぞ。