世界を共有する友達が出来たーーーーーなんて言ったら、笑われるだろうか。
此れは俺達が出逢った頃の話。今となっては、遠い昔の話だ。
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他人には見えない、変なモノが見える。
別の言い方をすると、其れは自分が見ている物達の中に、他人には見えないモノが混ざり混んでいるということだ。
気付いた時の、あの行き場の無い、どうしようもない不安感を未だ覚えている。
足元が急に覚束無くなるような、突然目の前を暗闇で覆われたような、そんな感じがした。
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見えているモノの見た目は様々で、其れ等が一体何なのかも分からなかった。
人形のものは幽霊だろうと予想出来た。
然し、見えているのは人間のような見た目の者だけではないのだ。
動物のようだったり、人と動物が混ざっていたり、人でも動物でもなかったりと、其の変なモノ達のバリエーションは多岐に亘る。
そうなるともう俺の手には負えない。
じゃあ誰の手になら負えるかと言われると、其れは如何とも言い難いのだが。
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だからこそ、仲間が欲しかった。
何も、自分を助けてくれるヒーローが出て来てくれたら、等と甘い夢を抱いていた訳ではなかった。
同じ世界を見られて、同じ音を聞けて、同じものに怯えられる、そんな仲間が欲しかった。
桜の木から垂れ下がる白い腕を、田圃から聞こえる呻き声を、通学路で腕を撫でてくる何かを、助けてはくれなくても「気持ち悪いね」「怖いね」と言い合える、そんな誰かがーーーーー
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「きゃあああっ!!」
隣で唐揚げを食べていた少年が、唐突に少女染みた悲鳴を上げた。
俺は口の中のお握りを麦茶で一気に流し込んだ。
「どうした木葉!」
「な、何か黒い影が!!!」
「何処だ!!」
ふるふると震えながら隣の少年・・・木葉が、無言で道路を指差す。
指の先には、黒い、ぐにゃぐにゃした人影が蠢いていた。
・・・・・・・・・百メートル以上遠くに。
しかも、此方に向かって来る訳でもないらしい。
ただユラユラと揺れているだけだ。
「・・・木葉?」
「はい。あの影、すっごく嫌な感じがします!」
唐揚げを袋に仕舞い、リュックサックを背負い直し、木葉は既に逃避体勢に入っている。
「うん、落ち着こうな。」
「だって此方に来たら・・・!」
「大丈夫。あんな遠いだろ。大体、俺達に気付いてない。」
ほら、と遠くの影を指差す。
影はやはりユラユラと揺れながら、俺達とは真逆の方向へ向かって進もうとしていた。
「な?逃げることない。」
「・・・・・・・・・はい。」
木葉が返事をし、元の位置にストンと腰を下ろす。
何故だろう、少し不満気だ。
気遣い半分で付け足した。
「でも、確かに危なそうだから、今日はあっちの方向には行かないようにしような。」
「はい。」
「面倒事は出来る限り無い方が良い。木葉の勘は、よく当たるもんな。」
「有り難うございます。真白君。」
其処で木葉は、やっとまた笑顔になって、小さく頷いたのだ。
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さて、此処で捕捉説明。
俺がさっきから連呼している《木葉》についてだ。
流石に御理解頂けていると思うが、彼は勿論路傍の葉っぱ等ではなく、歴とした人間である。
小学五年生。男子。好物は唐揚げ。
出逢ったのは小学三年生の時なので、もう二年の付き合いになる。
名前が何だか妙な感じもしないでもないが、俺自身《真白》という微妙な名前なので他人のことは言えない。
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さて、此処からが大切だ。
彼は、変なモノを見ることが出来る。そう、俺が冒頭で、此れでもかと欲しがってるアピールをしていた仲間なのだ。
然しながら、彼の見ている世界は、自分が見ている世界とはまた少し違うらしい。
俺にはハッキリとした形で見える変なモノ達。此れが、どうやら木葉にはボンヤリとした姿でしか見えていないらしい。
本人曰く「補助具を使えばちゃんと見えるんですが、正直ちゃんと見たくはないのでボヤけてるくらいが丁度良いです。ハッキリになると、嫌な感じも分かんなくなっちゃいますし。」だとか。
因みに補助具は単なる眼鏡だった。
ファンタジー感ゼロである。其れを伝えると「狐面はもっと大きくならないと付けられないです。」と反論されたが、何が何やら意味が分からない。
分かったのは彼が普段見ている変なモノ達は、基本的にボヤボヤしているということだけだ。
こう書くと、何だか木葉の目が俺より悪いように思えるかも知れない。
だが、其れは大きな間違いだ。彼はある意味で、俺なんかより凄いのだ。
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例えば、河から一体の変なモノが現れたとしよう。
俺は其れがハッキリ見えるから、其れが直ぐに髪の長い女だと判る。
其れが木葉には判らない。視界がボヤけてしまうからだ。
彼は目の前の相手が、人として形を保っているか否か位は判るそうだが、男女の区別、更に髪型や服装等は判断出来ない。
然し、其のボヤけている相手が有害か無害かを判断出来るのだ。
此れも本人の言葉なのだが《何だか嫌な感じがする》のだそうだ。恐らく、視覚が発達していない故に他の機能が特化されているんだと思う。
其の証拠・・・としては乏しいかも知れないが、彼の危機察知能力は、補助具を使用して視覚を強化すると弱くなるか、丸っきり消えてしまうらしい。
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簡単に説明してしまうと、
相手の正体は判るけれど危険度は察知出来ない。というのが俺で
相手の正体は判らないけれど危険度は察知出来る。というのが木葉
という訳だ。
分かり難くとも、此れで納得して頂きたい。
申し訳無いが、そうしないと、何時まで経っても話が進まないのだ。
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木葉はかなりの怖がりだ。
彼の危機察知能力との関係は不明だが、此れは確かなことである。
そして、少し泣き虫だ。あと友達が少ない。
あと、何かズレている。
何がどうズレているのかと聞かれると困ってしまうが、何だかズレているのだ。
木葉は幼い頃に両親と死別していて、周りの人の中には其の所為なのだと言う人も多いが、俺はそうは思わない。あれは単に性格の問題だと思う。
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だとしても、と思った。
木葉が人通りの多い路傍であんな悲鳴を上げるのは珍しい。
確かに木葉はビビりだし、しょっちゅう「ヒッ」だの「ヒョエェ」だのと情けない声を発してはいるが、大声を、其れも往来で上げることは殆ど無い。
反応の程度はあくまでも誤魔化せる範囲の中で、と言う訳だ。
何だか難しい家の事情なのだろう。彼は人前ではあまり表情を崩さない。
俺は顔を上げて道路の先を見た。あの黒い影はゆっくりと遠ざかりながら蠢いている。
・・・そう言えばあの黒い影、自分も木葉も見るのは初めてだ。
もしかしたら、本当に不味い物なのかも知れない。
目を反らして隣に顔を向けると、木葉はさっきまでの怯えっぷりが嘘のように唐揚げを頬張っていた。
「木葉。」
名前を呼ぶと、口が塞がっていて返事が出来ないからだろう。首を傾げながら此方を見た。
「あの影って・・・・」
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「あ。」
突然、木葉の顔が強張った。
首がもぎれんばかりの勢いで、あの黒い影の向かった方を向く。
「こっち見た。」
「え?」
慌てて顔を上げたが、道の先に居たあの黒い影は、跡形も無く消えていた。
「消えたのか?」
「違います。単に曲がり角で見えなくなっただけ。・・・・・・曲がる瞬間に、グリンッて此方を向いて、あの黒いの、目が・・・!!」
過呼吸にでもなったのか、木葉の表情が一気に歪む。
「おい、木葉?!」
隣を見ると、木葉はじっと道の先を見ながらシャツをしわくちゃにして握り締めていた。
そして、今にも泣きそうな声で言う。
「大丈夫、なんですよね?」
「・・・・・・ああ。」
漠然とした不安に包まながら、俺は小さく頷いた。
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不意に遠くからサイレンの音が聞こえた。
二人して道路へ顔を向けていると、救急車が走って来た。
救急車は角を曲がり、数秒経って音が消えた。どうやら角を曲がって直ぐに停車したらしい。
さっきの影が曲がったのと同じ、曲がり角だった。
木葉がまた心配そうに尋ねてくる。
「本当に、大丈夫なんですよね?」
今度は、頷けなかった。
※後半へ続く
作者紺野
どうも。紺野です。
僕が書くと猿兄がどうしても真人間になる。というか、知り合いを演じて書くのは凄く恥ずかしい。バカみたいに恥ずかしい。
所々面倒なことを言ってるのは、今の猿兄の見解が入っているからです。
夏は新作の話が入れ替わるスパンが短いから、何だか少し寂しいですね。
説明回だから!!
詰まらないし怖くもないです!!
ホラー展開は次回から!!
ごめんね!!