「君が誰かを連れて来るなんて珍しいね。友達かい?道理で私との付き合いが悪い訳だ。全く寂しいものだね。」
そう言って目の前の老人ーーーーー縁さんはクツクツと笑った。彼は俺をからかっては笑うことが大好きなのだ。
反論すれば更にからかわれるのが分かっている。俺は何も応えず後ろに居た木葉を前に押し出した。
「なんだ黙りか。詰まらないな・・・・・・君、名前は?さっき其処の少年が呼んでいたけれど、改めて挨拶しよう。私は縁と言う。」
ターゲットが木葉に移った。
「こんにちは。僕は木葉って言います。」
赤の他人、特に大人に対する時の木葉は、普段よりずっと大人びて見える。そういう風に育てられて来たからだろう。
「このは?木の葉っぱって意味の?」
「はい。平仮名の《の》は入りませんが。」
「其れは名字かな?其れとも名前?」
「名前です。」
縁さんの目がそっと細められる。何か失礼なことを言い出すのでは、とヒヤヒヤした。
木葉は、ちょっとした冗談でも皮肉や侮蔑の言葉として受け取ってしまう。賛辞の言葉でさえ、場合に依ってはそうなる。此れもやはり、幼い頃から置かれていた環境に適応した物なのだろう。
だからこそ、子供の道理に疎いのだ。
「そうか、良い名だ。私の友人にも、似たような字面の奴が居るよ。名字は名乗りたくないかな?」
「非礼は重々承知しています。が・・・出来ることならば。」
「堅いね。もう少し肩の力を抜きなよ。そんな緊張しなくていい。私は其処らの偏屈ジジイどもとは違うからね。何せ、心はまだ二十代だから。」
ポスッ、と木葉の肩に縁さんの左手が置かれた。
木葉は軽く動揺したらしかったが、特に嫌がる様子でもない。
「私も君位の年の頃は、自分の名前を名乗るのが気恥ずかしかったものだ。」
「・・・・・・はい。では、御言葉に甘えてそうさせて頂きます。御心遣い、感謝致します。」
全く肩の力が抜けていない返答だ。縁さんは微かに苦笑した。
「因みに、私の名字は□□と言う。」
「・・・□□?」
木葉の首が俺と縁さんの方に交互に向けられる。そして、ゆっくりとした瞬きを数回。
「もしかして、真白君の御親族なんですか?」
「嗚呼、そうらしいね。」
質問の答え方に違和感を覚えたのだろう。木葉は肩を竦めた縁さんを見ながら、言葉尻をそのまま返した。
「そうらしい?」
縁さんは名に食わぬ顔で答える。
「どうやら彼は、私の孫に当たる人物のようだ。しかしね・・・・・・。」
そして其処で一旦言葉を切り、何処か得意気な顔でフン、と鼻を鳴らした。
「さっきも言ったが、私の心はまだ二十代なのだよ。孫どころか子供すら知らないのさ。」
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去年の冬、昼寝をしていた祖父が目を覚ますと、二十代の青年になっていた。
・・・・・・只し、心のみ。
痴呆症の老人が子供返りした、なんて話はよく聞くものだが、青年返りとは此れ如何にである。
第一発見者の俺は酷く困惑したものだった。
当たり前だ。つい昨日まで《ちょっとボケてるけど優しい俺の爺ちゃん》だった人物が、昼寝から起きた途端に
「・・・おや?少年、君は誰だ。どうして私の部屋にいる?見ず知らずの人間の家に上がり込むなんて、あまり行儀の良いことじゃあないな。」
等と言い出したのだから。
驚かない方が逆に可笑しい。
俺は慌てて父の職場に連絡を入れ、呑気に漫画を読んでいた兄貴に蹴りを入れた。
「何すんだ死ね!!」
「うっせー!!とうとう爺ちゃんが壊れたんだよお前が死ね!!」
其の時、ドテッという低い落下音が聞こえた。慌てて祖父の部屋に戻る。
襖を開けると、祖父は頻りに自分の顔や手を触っていた。
「少年、此れはどういうことだ?君が何かしたのか?質の悪い悪戯だ。そうだろう?」
どうやら自分の皺に驚いているらしかった。
祖父が此方に視線を向けた。
困惑とも絶望とも付かない、兎も角物凄い顔で此方を見ていた。
俺は黙って首を横に振る。
祖父の表情が更に歪んだ。
「・・・だとしたら、わ、私は、一体何十年眠りこけていたんだ?」
俺は応えた。
「あんたは俺の祖父で、俺はあんたの孫。因みに、あんたはずっと寝てたんじゃなくて、昼寝から起きただけだ。」
祖父の目が丸く見開かれる。
「昼寝をしていた間に、私の記憶が飛んだ・・・そう、言いたいのかい?」
「そうだ。」
「有り得ない。」
「俺は嘘なんて吐いてないよ。そんなことしても、良いこと無いだろ。庭や家の中だって少なからず違ってる筈だ。」
「其れはそうだが・・・・・・」
言い淀みながらも、身体の震えが酷い祖父。動揺しているのだろう。無理もない。
其れでも、しっかと目を開き、顔を上げた。ゆっくりと右手を差し出す。
「・・・悪いが、まだ君を孫としては見られない。けれど、此れから色々と助けて貰わなければならなそうだ。是非協力を御願いしたい。・・・私のことは、縁と呼んでくれ。」
作者紺野
どうも。紺野です。
名字がないと色々と表記に不便ですね。
前々から思っていたことではあるのですが・・・。
宜しければ、皆様に兄達及び僕達の名字を決めて貰いたいと思っております。
短い話でごめんなさい。