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例え精神のみだとしても、若者の順応力とは凄まじいものだ。最近の祖父・・・もとい縁さんを見ると、特にそう思う。
「あ、飲み物は何が良い?と言っても、珈琲しか無いのだけどね。電話でお友達を連れて来るって置いてくれてたら、ジュースとか用意出来たんだけど・・・。」
「どうぞ御構い無く。・・・ですが、出来ることならば砂糖かミルクを頂きたいのですが。」
「うん。じゃあ牛乳があるからカフェオレにしようか。何か菓子は・・・・・・あ、貰い物のクッキーが有る。小麦粉のアレルギー等は持っていないかい?」
「はい。大丈夫です。お気遣い痛み入ります。」
「あはは。君は本当に堅いなぁ。肩が凝ってしまわないか心配だよ。本当なら敬語だって要らないぐらいなのに。」
目の前で繰り広げられている会話を右耳から左耳へと聞き流しながら、俺は脱力していた。
祖父が青年返りをして縁さんとかなってから、時が経つこと凡そ一年。
・・・・・・順応し過ぎじゃないか?
元から柔軟性のある性格だったのだろうが、いきなり自分が老化したら、普通もっと戸惑いながら生活するものじゃないのか?
もっとこう・・・何と言うか、戦後十年か其処らの人間が、アレルギーとか、カフェオレとか、そんな感じの横文字を平然と使いこなして良いのか?
子供に敬語は使わなくていいとか言っちゃって良いのか?昭和の男ってもっとこう・・・頑固一徹で偉そうな感じじゃないのか?
いや、其れは良いんだ。馴染めなくて毎日泣き暮らしているよりは断然良いんだ。妙にフレンドリーなのも木葉が怖がらなくて良いし、現代の風潮にも合っているし良いんだ。
そうじゃなくて、そうじゃなくて俺が言いたいのは・・・
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「何お前ら和やかに会話してんだよ!!」
俺の叫びに、コーヒーの準備をしていた縁さんが怪訝そうな顔をした。
「良いことじゃないか。少なくとも険悪で陰鬱なムードになるよりはね。」
「真白君、どうかしたんですか?」
「いやどうかしたとかじゃなくて!!」
緊張感!緊張感!!
「縁さん、俺達困ってるって言ったじゃん!まったりしてる暇なんて無いの!!」
「いやあ、そんなことを言われてもねえ。急いては事をし損じるという言葉も有るし。」
縁さんはポリポリと頬を掻く。確かにそうではあるのだが・・・・・・。
「其れでも急ぎの用事なんだってば!!」
木葉の身に色々と異変が起きている今、事は一刻を争うのだ。
そんなことを考えていると、木葉が表情を少し萎ませながら頭を垂れた。
「・・・・・・ごめんなさい。」
「あ、いや、木葉は悪くないよ。普通に対応してただけだし。でも、取り敢えず話を進めような。」
「私と彼じゃあ随分と扱いが違うんだね。」
拗ねたようにぼやく縁さん。絶対演技だろ其れ口許にやけてんぞ。
けど、構っていたら時間が幾ら有っても足りない。俺はあくまでも冷たい口調で返答をした。
「・・・事の概要を話すから、少し黙ってて。」
俺は今まで起こった事を話そうと口を開い・・・・・・
「え、あの、すみません。真白君・・・。」
掛けてまた閉じた。木葉が困惑顔でおずおずと手を挙げていたからだ。
「木葉?どうしたんだよ?」
「いや、えっと、あのー・・・・・・。」
「ん?」
何やら困ったような顔をしている。
なるべく優しい声音を使い促すと、木葉は横目でチラチラと縁さんを見ながら言った。
「・・・あの、失礼かも知れませんが、縁さんは、僕達に起こったことをどうにか出来るんですか?というか、僕達と同じものが見えるんですか?」
嗚呼、そっか。あんまり馴染んでたから忘れてた。こいつ、縁さんのこと未だ殆ど知らないんだった。
縁さんの方を見ると、ニヤニヤとした笑い顔で此方を見ていた。・・・まともに目が合ってしまった。俺に説明しろと言いたいのだろう。
少し癪な気もするが、如何せん状況が状況だ。仕方無い。
俺は溜め息を一つ吐いてから言った。
「見えるも何も、此の人はーーーーーーー縁さんは、そっち関係のプロだよ。」
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縁さんは昔、幽霊悪霊狐狸妖怪の類いを、追い払ったり閉じ込めたり宥め透かしたり頼み込んだり平謝りする仕事をしていたらしい。
現実感が無いこと甚だしい職業だし、彼がまだ《じいちゃん》だった頃にはそんなこと一言も言われていなかった。縁さん自身の性格のことも考慮すれば、どうにも嘘臭い。だが、此れはどうやら本当のことらしいのだ。
家の畳の下や押し入れの隅から取り出された色々な記録、更には、俺達が今居る部屋が何よりも其れを物語っている。
殺人が一件、更に立て続けに自殺が二件相次ぎ、其れからも入居者の殆どが一年以内に部屋から去る(死亡も含む)というちょっとした問題物件。
此処は元々、そんな部屋だった。
・・・まぁ、そんな部屋だったからこそ、こんな良い老人向けマンションが格安で貸し出されていたのだろうが。
本当に、下見で付いて行った時には魑魅魍魎の渦巻くお化け屋敷みたいだったのだ。
其れが見事に綺麗さっぱり。今じゃビビり且つ敏感体質の木葉も何にも反応しない程の変わり様だ。
何をしたのかと尋ねてみれば「企業秘密っ!」の一言で片付けられた。たった一人で何が企業か。意味が分からない。
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「で、事の概要とやらはまだかな?」
「・・・・・・今話す。」
けれど、今のところ彼以外に頼れる人物が居ないというのは事実。
目の前で笑っている縁さんを軽く睨み、俺は話を始めた。
オリジナル
作者紺野
短くてごめんなさい。
堪忍袋の緒が切れそうなので次回は三島さんの話を愚痴らせて頂きます。連休を初っぱなから邪魔しおってからに!!