私が幼い頃、よく週末、ばあちゃんの家に、泊まりに行っていました。
ばあちゃんの家は、私の家から、当時、30分ほど、悪路を車で走って着く、山の上の集落でした。
私の住む集落よりも、更に何もなくなり、山と畑と川があるだけ。
一応、分校があり、保育園もありますが、ばあちゃんの家の周りには、私と同じ年頃の子供はおらず、
ばあちゃんの家の並びは三件…。
その他には、家すらなく、私が遊びに行く土日には、学校も保育園も休みなので、子供達の姿もないようなところでした。
それでも、私は、ばあちゃんの家に泊まりに行くのが好きで、
次の日には、あちこち、山の中や畑を探検したり、川で小さな魚をすくって遊んだり、ばあちゃんの畑仕事を手伝ったり、
たまにひょっこり自分の部屋から出てくるじいちゃんと、よくわからない話をして笑ったり、とても楽しかったのを覚えています。
さて、その日も私は、ばあちゃんと夕方、ばあちゃんの家に帰ってきました。
次の日が、両親ともに仕事で忙しいということで、妹も一緒にばあちゃんの家に泊まりに来ていました。
例のごとく、妹は、ばあちゃんの家に着くなり、
療養中のじいちゃんの部屋に入って、薬をばら撒いたり、
ばあちゃんの飼っている猫を追い回してケガをさせてしまったり、
お風呂を沸かすためにある薪を、火もつけていない釜戸にぎゅうぎゅうに押し込んだりと…、悪戯三昧です。
じいちゃんは、怒って、
自分の部屋の中から、鍵をかけて、出てこなくなってしまいました。
ばあちゃんは、妹に、
「あんた、そんなことばかりしてたら、
連れて行かれるからね。
ここは、すぐそこが山なんだよ。
みぃ〜んな、見られてるからね。」と、
目を細めて、妹に言いましたが、
妹は
「何が?誰が見てんの?
どこにいてるの?
本当にいるなら、連れてきてよ。
そしたら、悪いことしないよ。」
そう言って、口の端をあげて笑いました。
ばあちゃんは、
そうかい…とだけ言い、
「次に何かしたら、
呼んでやるから…。」と、言いました。
私は、
妹が何かして、その時の楽しい気持ちや雰囲気が壊れてしまうことや、じいちゃんが閉じこもってしまったことがとても嫌だったので、
妹に謝るように言ったのですが、
「いーじゃない、別に。
私は楽しいし。」と
耳を貸さず、
あーうるさいなぁと言い、テレビの前に寝転んで、アニメを見だしました。
私は、ばあちゃんの家事の手伝いをし、仏さんや神様のご飯をお供えし、
じいちゃんの部屋に夕ご飯を届けたり、
外で飼ってる犬達と猫に餌をやり、
過ごしながら、
妹がこのまま、テレビの前でゴロゴロしてくれてれば良いなと、思っていました。
ところが、妹は、
私やばあちゃんが目を離している隙に、
障子の全てに穴を開け、
スリガラスがはまっている所には、マジックで
アホだの、シネだの書いてしまいました。
それを見たばあちゃんは、
「お前は!さっき、言ったろ?!
悪いことしたら、呼ぶって!」と、
大きな声で怒りました。
妹は、
「だから!呼んでみてよ!
何がくるのよ?そんなの全然怖くないしっ!」と、
言い返しました。
ばあちゃんはそれを聞くや否や、
妹の腕を掴んで、
真っ暗になった外に引っ張って行きました。
私は慌てて、その後ろを着いて行き、
「謝りなよ!あんたが悪いよ!」と言いましたが、
妹は、
「うるさい!遊んでただけだし!謝ったりしないもんね〜!」と、
アカンベェと舌まで出して、言うことを聞きません。
ばあちゃんの家の裏手に回ると、辺り一面が田んぼです。
しかし、山の中の田んぼ…。
街灯もなく、月の明かりだけが、綺麗に静かに、
周りを照らしているだけです。
月から伸びる光は、畑一面を照らしており、風もない夜の田んぼは、カエルと虫の鳴き声…、
光の当たらない所は、群青色からどっぷりとした黒色に姿を変えます。
ばあちゃんは、田んぼの真ん中あたりに妹を連れて行き、私は怖くて、土手の上からその姿を見ていました。
妹はまだ、ばあちゃんに何かを言ってるようでした。
しかし、ばあちゃんが
「黙れっ!」と、大きな声で言うと、
妹は驚いたのか何も言わなくなりました。
2人は向き合った状態で、
ばあちゃんが何やら、妹に話しているのだろう姿だけが見えました。
そして、ばあちゃんが妹から目を離し、田んぼの奥にある、山の方をゆっくり見ているのが見えました。
すると、
どういうわけか…、
山の手前で、小さな木々がガサガサっと動き…、
それはあっという間に、田んぼの周りの木々にザワザワと広がって行きました。そして、田んぼの周りに広がったかと思った途端、
今度は、田んぼの方に向かって、あちこちから、ザワザワと…、
ばあちゃんと妹のいる方に向けて、
一斉に…
進み出したのです…。
ゆっくり、ゆっくり、ザワザワ…、ザワザワと…、
それはまるで…、
風が田んぼの稲を撫でるように…、
いいえ、
田んぼの中を大勢が手をつないで歩いているかのように…、
いいえ、
何か這いずるものが、そっと忍び寄るかのように…、
確実にばあちゃんと妹の方に向かい、近づいていき、
ばあちゃんがゆっくりと妹の方に振り返りました…。
ザワザワとしたものは、
あと少しで2人にぶつかるという寸前で、
ふわりと消えたように、その動きを止め、
稲がサラサラと余韻で揺れています…。
私は怖くて、じいちゃんを呼びに家に走りました。じいちゃんの部屋の前で、大声で叫び、じいちゃんが、普段は大人しい私が大きな声で叫ぶので、驚いて部屋から出てきて、私は妹がばあちゃんに怒られて、田んぼの真ん中に連れて行かれたと伝えました。
何か見えないものが、2人に近寄ってきたと…。
じいちゃんは、訳がわからないという様子ではありましたが、とにかく裏手に行こうともう一度、田んぼに向かいました。
するとそこには、妹を背負ったばあちゃんがいて、田んぼをこちらに向かって歩いてきました。
じいちゃんが、
「どうした?」と聞くと、
ばあちゃんは、
「大丈夫。ちょっと、疳の虫を抜いてもらっただけ。
力が抜けて、寝てしまった。」と、
ふふふ…と、笑いました。
私は、何をしたの?と、
ばあちゃんに聞きました。
ばあちゃんは、
「山にいてるもんに、
ちょっとだけ、頼んで
この子の疳の虫を抜いてもらったんだよ。」と、
ちょっと、懲らしめてやってくださいと、
呼んだんだよ…って。
そしたら、少し、この子の中の癇虫が出て行ったみたい…。
明日から、少しはマシになるでしょう。
一時のことだろうけどね。
…と。
どうやって呼ぶの?と聞くとばあちゃんは、
知らなくてもいい事なんだよ。
知るなら全てを知らなければいけないからね。といい、
ただ、忘れてはいけないよ、
こうやって、
見えるものも見えないものも、
良いものも悪いものも、
すぐ側に、いつでもいるんだよ?
…と言いました。
妹に何を話したの?と聞くと、
「お前の会いたがってるもんを呼んでやるよ…」と言ったんだとか…。
私があの時見たものは、
妹が会いたいと思っていたものなのでしょうか?
私と妹は、そもそも、同じものを見ていたのでしょうか…。
妹に、大きくなってから、この話をした時に、
「何で知ってんの?私、それ、夢だったと思ってた。」と言いました。
何か見たような、何も無かったような、どちらかわからないけど、言いようなく、不気味だったと言うのです。
そのあと、しばらくその事を思い出しては、いたずらを控えていたと言っていました。
今となっては、確認のしようがありません…。
しかし、妹が夢だと思っていたあの出来事は…、
実際にあった、私と妹の、実際に体験した出来事なのです…。
作者にゃにゃみ
今回もまた、ばあちゃんの話です。
ばあちゃんが何をどうしたのか、
まったくわからないのですが、
当時の私は、怖いと感じ…、今となっては、不思議な出来事です。