縁さんがゴソゴソと木葉家の庭(の、ほんの一部)を探っている。
そして、隣では木葉が何とも言えない奇妙な顔をしている。理由は分かっている。
彼の祖父と縁さん・・・俺の祖父のことだ。
まさか縁さんと木葉のじいちゃんが知り合いだったなんて。俺だってビックリしている。
しかも、縁さんの口調から察するに、結構親しい間柄みたいだし。
どうして今まで何も教えてくれなかったんだろう。
・・・・・・ああそうか。
縁さんの記憶は二十代までしかないんだった。
つまり、今の時間からすると、其れこそ何十年ものタイムラグが存在していることになる。
其の間に疎遠にでもなったという可能性も、大いにあるじゃないか。
納得納得・・・・・・。
ん?
だとしたら此れはヤバいのでは?
いいや、確実にヤバイ。大いにヤバい。
縁さんはなんか勝手に入って大丈夫みたいなことを言っていたが、其れはあくまでも数十年前の感覚だ。プライバシーなど殆ど存在していなかった時代の話である。
今は戦後ではなく平成です。そんな他人の家にひょいと入れる時代ではない。
捕まる。即刻不法侵入の罪で逮捕待った無しだ。
しかも縁さんと木葉のじいちゃんが疎遠になっていたとしたら・・・・・・!
《○○町有数の名家、風舞家に不審者侵入!共犯者はなんと小学生?!》
パッと頭にゴシック体の文字列が浮かぶ。
只でさえ平和な町なのだ。地方紙の一面確定である。もう日の下を歩けなくなってしまう。
「どうしよう木葉・・・!!」
狼狽える俺に、木葉は重々しい調子で答えた。
「・・・リフォームを、検討しましょうか。」
「いや、悪代官屋敷発言の方じゃなくてね。」
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どうやら、木葉が悩んでいた理由は俺の考えていた其れとは大分違ったらしい。
「悪代官・・・。悪代官は、嫌ですねぇ。」
彼は縁さんと自分の祖父との関係ではなく、さっき言われた一言《悪代官が住むみたいな屋敷》という言葉に反応して奇妙な顔をしていたのだ。
やっぱり何処かずれている。
「いやいやそんなことより考えなきゃならないことが有るだろ。ほら、縁さんが今にも不法侵入しようとしてる。止めなくちゃ。」
俺が慌てながらそう言うと、木葉は不思議そうな顔をして首を傾げる。
「ふほーしんにゅう?」
「えっ。まさか木葉お前不法侵入知らないのか?!他人の家に勝手に入るってことだよ!」
「いえ、其れは知ってます。けど・・・」
自分で自分を指差し、言う。
「僕、此の家の子ですもん。僕が許可したことにしちゃえばいいんですよ。」
「あっ。」
考えてみればそうだ。根本的なことを忘れていた。
けど・・・・・・
「お前、名字知られちゃって良いのかよ。」
折角隠して自己紹介したのに。
木葉は笑って答えた。
「警察を呼ばれたら、の話です。其れまでは秘密で。真白君も、話しちゃ駄目ですからね。」
「おう。」
木葉はたまにズレているが、何だかんだ言って利口だ。
そんなことを考えている俺の横をポケットから何かを取り出しながらすり抜け、木葉は郵便受けへと駆け寄った。
何かを握り締めている手を郵便受けに一度突っ込み、大きな声で庭をゴソゴソしている縁さんに呼び掛ける。
「鍵、有りましたよー!」
「でかした木葉君!!」
縁さんの顔がパアッと輝いた。
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鍵を開けて玄関に入ろうしていると、縁さんは数枚のビニール袋と輪ゴムを懐から取り出した。
「はい、此れ。」
一人につき二枚と二本渡される。
え・・・・・・?
「・・・何に使うんだ?此れ。」
靴を入れるとか?いや、だったら二枚も要らないし、そもそも輪ゴムの必要性が無い。
「足に嵌めるんだよ。」
「足?」
聞き返した俺を見ながら、縁さんは呆れたように溜め息を吐いた。
「おいおい、此れは不法侵入だよ?万が一疎遠になっていたら、あいつが私のことを忘れてる可能性もある。警察を呼ばれれば、下手すればお縄だ。痕跡はあまり残さないに限るじゃないか。」
「不法侵入自覚してたんかい!」
その《やれやれ》みたいなポージング止めろ腹立つ。
ニット帽も取り出し、頭にすっぽり被る。見た目完全に空き巣だ。いや、自覚しているから、もうこれは只の空き巣だと思う。
「あー・・・・・・。」
木葉の顔が渋る。
自宅に空き巣が入る瞬間を目の前で目撃している訳だから、無理もない。むしろ当たり前だ。
俺は言った。
「俺、行ってくる。縁さんは此処で待ってなよ。年寄りは転んだりするだけでも大怪我になるんだからさ。足にビニール袋とか危ないよ。」
半分嘘で半分本心。実際、心が幾ら若くたって身体はよぼよぼな訳だし。
「ぼ、僕も行きます!何取ってくれば良いですか?!」
ボケッと俺のことを見ていた木葉が、慌てたように手を挙げた。縁さんは呆気に取られた顔で其れを見ている。
「どうしたんだい、二人とも。」
「警察の厄介になるのだけは勘弁だからな。」
「え、あっと、その・・・単に、やる気に満ち満ちているだけです!・・・はい。」
ふーん、と納得のいかなさそうな顔になる縁さん。
何だよ木葉、満ち満ちているって。
「何取ってくれば良いですかっ!!」
あ、気迫でゴリ押しようとしてる。其れにしても、悲鳴以外で木葉が大声を出すのは珍しい
気圧された縁さんが思わず敬語になった。
「あ、はい、倉の引き出しの鍵なんですけど。」
「引き出しの鍵ですね分かりましたっ!!」
一気に玄関から廊下へと上がり、木葉は全速力で駆けていった。
「あっビニール袋!というか鍵!鍵!!形とかまだ教えてないよ!!」
縁さんが慌てたように呼び掛けたが、もう既に木葉の姿は廊下の彼方に消えていた。
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木葉は直ぐに鍵を持ってきた。
「此れですね。」
「いや合ってるよ。合ってるけれども、一体どうやって・・・」
「どうでも良いじゃないですかそんなこと。」
「いやでも」
「どうでも良いじゃないですか。ねえ。あの影をどうにかすることと僕が間違わずに鍵を持ってきたこと、何か関係が有りますか?支障が有りますか?」
「いや其れは無いけれどね」
「だったら良いじゃないですか縁さんらしくもない。ほらほら急がなきゃ日が暮れちゃいますよ。」
「らしくもないって私達が知り合ったの今日じゃ」
「細かいことはいいんですよ。ほら、倉に行きましょう。」
ゴリ押しに次ぐゴリ押し。そして俺がすっかり空気だ。
「真白君も行くの!ほら!」
突然、服の裾をえらい勢いで引っ張られた。伸びる伸びる伸びるって。右腕だけベロンベロンになるって。
庭の奥にある倉。木葉は其処に向かってずんずんと進んでいく。俺はそんな木葉に引き摺られてる。
後ろで縁さんがポツリと呟いた。
「なんか凄い子を助手にしちゃったなぁ。」
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倉の中は少し埃っぽくて、古い本とかと似た臭いがする。
縁さんが周りを見渡しながら顎を擦った。
「あの影についての資料は・・・確か、二階の箪笥の中に有った筈だよ。移動等がされていなければね。」
細い木製の階段が、ロフト状になっている二階へと続いている。階段に関しては、千と千尋の神隠しで出て来る階段を想像して貰えると分かりやすいと思う。まあ、流石にあんな高さは無いが。
木葉が眉を潜める。
「縁さん階段平気ですか。結構急ですよ?」
「平気さ。転ばないようにすればね。」
麗しき老人への気遣い。人権尊重や敬老のポスターにでも使われそうな絵面だ。
「ほら、行こう。」
俺は縁さんの背中を押しながら、階段を上り始めた。木葉も目をパチクリさせ、俺の横に来て縁さんの背中を押す。
いよいよあの影の正体が何なのか分かる。そう思うとどうしても手に力が入った。
「ちょっ、ちょ、ちょっともう少し遅いスピードでだね。」
縁さんの慌てたような顔が面白い。
クスクスと笑っていた木葉が、フッと真顔になって呟く。
「・・・・・・僕、本当に大丈夫なのかな。」
本当に消え入りそうなこえで、横聞きしてた俺まで、真顔になった。
そうか。こいつ、結局自分の身に何が起こったかまだ教えて貰ってないんだ。
そうか。そりゃ、不安にもなるよな・・・。
俺は縁さんの背中を押す手にますます力を込めた。
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倉の二階には初めて入ったが、よくもまぁこんなに胡散臭い物だけを厳選して集めたな、と言いたくなるような様相だった。
一つとして胡散臭くない物が無い。ついでに言ってしまえば、胡散臭さ以外の統一性も無い。東西南北、胡散臭い物達のごった煮状態だ。怪しげな能面の隣にこれまた怪しげな
「うわ随分とパワーアップしてるな。・・・箪笥が埋もれてなければいいのだけど。」
縁さんが苦笑いをしながら顎を擦る。
木葉も隣で苦い顔だ。唇が確かに「クソジジイ」と動いた。
物と物との間に辛うじて存在していた通路を、三人縦一列になって進む。一階に比べればそう広く無いが、其れでも俺の部屋より遥かに広い。恐らく三倍ぐらいは有るんじゃないだろうか。
いや、其れより広いかも知れない。若しくは狭いのかも知れない。
物が多い(西洋の甲冑や積み上げられた大量の木箱、トーテムポールまで有った。)ので、視界を遮られてしまい、部屋の全貌がよく分からないのだ。壁が見えない。見えるのは両隣のがらくたや荷物達だけ。しかも、通路がやたらぐにゃぐにゃ折れ曲がっている為、自分達が今何処に居るのかを知る術も無い。
「あ。」
「むぎゃ。」
先頭を進んでいた縁さんが小さな声を上げて立ち止まった。因みに、むぎゃ、というのは木葉が縁さんの背中にぶつかった音だ。
「箪笥、有ったのか?」
「うん。」
数歩進むと、突然視界が開けた。
「入って直ぐの所にばかり、物を置いていたようだね。全く、無精にも程が有る。」
縁さんが来た方を指差す。振り向くと色々な物がバリケードのように積み重なっていた。
木葉の唇がまた「クソジジイ」と動く。
「地震とか来たらどうするんでしょうね。」
「色々落ちて壊れちゃいそうだな。」
「ちょっと奥に運べばいいだけなのに・・・。」
「新しい物を入れるのも大変そうだ。」
「ちゃんと片付ければいいのに、もう!!」
ドンッ、と床を踏み付けて木葉が憤慨する。もわりと舞い上がった埃。噎せた木葉がケホケホと荒い咳をした。
「うわっ大丈夫か木葉!」
縁さんが呆れたように呼び掛けてくる。
「他人の家で何やってるんだ君達は。ほら、見付かったからこっちおいで。」
何やら古そうなノートのような物を開いている。
何時の間に。
木葉はコホン!と一際大きな咳をした後、小走りで彼の所に駆け寄った。
「ほら、君も。」
呼び掛けに小さく頷き、俺も縁さんの傍に行く。
手元の書物を覗き込むと、見覚えのある黒い影が書いてあった。
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補足するならば、あの黒い影は《通り魔》と題されたページの右端に描かれていた。
一枚のページに数匹の得体の知れない何か。一匹は鋏を持った鳥に似て、足が異様に長い。また一匹は髪の長い女に似ているが、よく見ると下半身からボトボトと魚を落とし、服の裾から蛸の触手が覗いている。白装束の老人らしき姿の、まるで貧乏神のような様相の者も居た。
「此れは・・・?」
木葉の口から漏れた声。呆気に取られた、というより、半ば呆れたような様子だった。
平然と答える縁さん。
「通り魔、だよ。」
「通り魔。通り魔って、あの夜道とかで」
「合っているけど少し違う。ある意味で原義かも知れないけどね。」
ふふん、と縁さんは笑った何処か得意気な顔だ。なんか腹立つ。
だが、木葉は気にする様子でもないようだった。ふーむ、と少し考え込んだ後に呟く。
「百鬼夜行みたいですね。」
「群れれば確かに百鬼夜行だ。でも、出るのは個々であることが多いね。こんな描かれ方をしているのは此れが所謂空想の図鑑のような物だからだよ。」
図鑑。
蚊帳の外でぼんやりしていた俺ははたと気付いた。
慌てて縁さんに声を掛ける。
「名前とかを決めちゃ駄目だったんじゃないのか?」
すると、小馬鹿にしているような声で反応された。
「名前なんて決めちゃいないさ。其れに、此れはあくまでも創作だ。空想だと言ったろう?」
そうしてページをトントンと叩く。
「現実と虚構を取り混ぜて、総じて其れをフィクションとして扱う。混ぜて膨らませて拗らせて、全て絵空事にする。一種の結界だね。存在を別の物に置き換えて把握することで呪から逃れるのさ。尤も、メリットばかりではないが・・・」
「自慢気に言ってるとこ悪いけど一体何がなんだか全く分かんねーよ。こちとら小学生だ。もっと易しく話せ。」
きょこーってなんだ。えそらごとってなんだ。
ニュアンスで察することは出来るが、こう難しい言葉を並べられると、なんとなくモヤモヤする。
縁さんは困ったように頬をポリポリ掻く。もしかして、困ったんじゃなくて呆れたのかも知れない。
其れでも、少し考えた後にこう言い換えた。
「・・・本物のお化けを嘘と本当を混ぜこぜにして、そういう作り話として対処法を言い伝えるんだよ。小説とか絵本みたいにね。そうすれば、嘘の話ってことだから、お化けを呼び寄せないで済むのさ。つまり此れは、作り話に見せ掛けたお化けの攻略本ってこと。・・・分かったかい?」
「メリットばかりじゃないってのは。」
「んん?・・・例えば、フェイクとして入れた情報が勘違いとかから本当に効果のある対処法として広まっちゃったり、後から分かったことを継ぎ足す時に、偽の情報とごちゃ混ぜになったり、そんな感じかな。」
「なるほど理解した。」
最初からそう言えば良かったのに。
「ならば良いんだ。・・・・・・さて、と。」
大きく伸びをする縁さん。コキコキと首から音を立たせてから、木葉と俺を交互に見た。
「君達は、私のなんだったっけね。」
「え?」「は?」
唐突に何を言い出すのか。ボケてしまったのか。
俺と木葉は顔を見合わせた。
縁さんはもう一度繰り返す。
「君達は、私の何になったんだっけね。」
何って・・・・・・
恐る恐るといったような感じで木葉が呟く。
「・・・助手、ですか?」
縁さんはわざとらしくポンと手を打つ。
「そうそう。助手。助手ね。」
自分で言わせたんだろうが。猿芝居にも程がある。
木葉も訝しげな顔になってるし。まあ、そう言う俺も、多分同じような顔をしているのだろうけど。
小学生二人からの訝しげな視線に晒され、老人・・・基、縁さんがコホンと咳払いをする。
次の瞬間。
縁さんは大きく拳を振り上げて宣言した。
「君達の言う黒い影。仕事は確かに承った。どうにかしよう。だがしかし、君達は依頼主であるが、其れと同時に私の助手である。つまりだ、君達には私の仕事を手伝う義務がある!」
「えっ。何言ってんの。」
思わず口から溢れた反応に、彼はニヤリと笑う。
「簡単に言うと、君達にも化け物退治を手伝って貰うということだよ。はい、返事は?」
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俺が困惑しながら「えっえっえっ・・・え?」等と言っている横で、木葉が大きく頷き、右手を挙げる。
「はい!」
ちょっと待て木葉。意味わからんよ。付いていけないよ。お前、ビビりじゃなかったのかよ。偶にアグレッシブとかの域を脱してるよ。
どうしてそんなにノリノリなんだよ。
チラチラと二人が俺を見てくる。なんだよ。何が言いたいんだよ。どうしろってんだよ。
「真白君。」「少年。」
ほぼ同時に名前を呼ばれた。
木葉が俺の右手を掴む。そして持ち上げようとする。・・・・・・ああ、もう。
俺は、半ばやけくそになって木葉の手を振り払い、馬鹿みたいな大声で返事をした。
「やればいいんだろ!!はい!!」
作者紺野
どうも。紺野です。
縁側で晩酌をしていると頭にカボチャを被った烏瓜さんが家に乱入。
「悪い子はいねがー」と言いながら庭を歩き回って五月蝿かったので柿ピーを投げて追い払った。
・・・・・・との情報が木葉さんから入ってきました。あの人達何やってるんだろう。
僕の話も、1年生の時から始めて、もう随分と経ちました。もう僕も受験生です。
最近あまり新しい話を書けなくてごめんなさい。
指定校推薦を選んでいるので、受験が早いんです。
これで最後では無いけれど、一つの区切りとして皆さんに今一度感謝の念を伝えたく思います。今まで見守ってくださって、本当に有り難う御座いました。
えー、書き始めと書き終わりのタイムラグの関係から、この部分を慌てて付け足しています。
不精紺野、恥ずかしながら戻って参りました。
皆様の暖かい応援を受け、無事受験が終わりました。
上記のやたらしんみりしたコメントは受験前日に緊張でプルプルしながら書いたものです。
お騒がせして申し訳御座いませんでした。