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「エレベーターってさ」
開け放たれた窓からは、グラウンドで練習をしている野球部の声が聞こえてくる。
部長は窓際に置かれた古い机の上にダラリと突っ伏したまま、不意に話しかけてきた。
離れた席で小説を読んでいた俺は、ビクリとして肩を震わせる。
――驚いた。寝てたんじゃないのか、この人。
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「エレベーターってさ、普段、各フロアに横開きのドアが付いているわけじゃない?
で、呼び出しボタンを押して待ってると、ドアが開いてそこにエレベーターの『箱』が着いているわけ」
「ハア、そうですね。それで?」
何を言い出すのか、と思ったが、いつものことだ。
なので俺は先を促す。
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「ドアが開けば『箱』の中しか見えない。後は乗り込んでしまうだけ。
だから私たちって、エレベーターって聞くと、あの『箱』の中の風景を思い浮かべない?
でもさ、エレベーターを待ってる時、目の前の閉じたドアの向こうにあの『箱』はないんだよね。
あるのは『穴』と、『箱』を上げ下げするクレーンの紐だけ」
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――たしかにそうだ。
普段見ることはできないが、フロアにあの「箱」が到着していなければ、閉じたドアの向こうはきっとそういう風景なのだ。
目の前にはきっと、打ちっぱなしのコンクリートの壁があるだけ。
覗きこめば、暗い穴があるだけ。
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「そうですね。普段、閉まってるドアの内側なんて、あんまり想像しないですもんね」
俺は応える。
部長は相変わらず、ダラリと突っ伏したまま。
机の上には部長の長い黒髪が広がっている。
窓からは秋の日の午後の穏やかな日差しが差し込んでいる。暖かそうだ。
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部長は日中は後輩や同級生、教師からも一目置かれるほどの優等生で通しており、生活態度はキッチリとしたものなのだが、放課後、部活で俺と一緒の時は、それはもう「だらしのない」の一言に尽きる。
この部室にいるときは「そんなに首が重いのか」と思うくらい、重力に屈したまま定位置の机に突っ伏して、イヤホンでなにかを聞いている。
目を閉じたままぴくりとも動かないので、寝ているのか起きているのかよくわからない。
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――でさ、
部長の声色がわずかに変わる。
「思うの。もしエレベーターのドアがなかったら、そこに穴だけが口を開けていたのなら」
部長がゆっくりと身体を起こす。
ぱらり、と顔から髪が滑り落ちる。
その口元が、ほころぶ。
「一体どれくらいの人が、その穴に吸い込まれるのかなって。事故じゃないよ?自分から。そこに、穴があるだけで」
部長は首をすくめて、両手で口元を隠してクスクスと笑う。
「ふふ、おかしぃ」
くすぐったそうに。目を細めて。
俺は、その姿に見惚れる。
いつものように。
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翌朝、俺は自宅のリビングで朝食のトーストをかじりながら朝刊を読んでいた。
そこには小さく、ある事故の記事が載っていた。
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――エレベーターに挟まれ男性死亡
男子高校生がエレベーターの天井部分とエレベーター入り口の床部分に挟まれ死亡した、という事故だったそうだ。
目撃者の話によると、高校生が降りようとしていたところ、機械の故障かドアが開いたままエレベーターが下降を始めたそうだ。少年はバランスを崩し、後ろ向きに倒れた。
下半身はエレベーターの外、上半身はエレベーターの中、そして下降を始めたエレベーターの天井部分が、少年の顔に降りてきた。そのまま――
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部長との会話の後には、たまにこういうことが起こる。
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――放課後。
俺は部室のドアを開ける。
窓際の、日当たりのいい机の上にダラリと突っ伏したままの部長の姿。
その横に、ちょこんと黒い影。
黒猫のクロウだ。また窓から入ってきたのか。
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「部長。起きてます?」
――…おきてるよ~
身体を起こさず、そのままの体勢のまま、部長が応える。
ここは俺が所属する「文芸部」。
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またの名を、
「七不思議編纂部」。
作者綿貫一
こんな噺を。
【セブンスワンダー】シリーズ
「エレベーター」
http://kowabana.jp/stories/24972
「顔」
http://kowabana.jp/stories/24972
「七不思議」
http://kowabana.jp/stories/25027