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コツコツコツ。。。
ガチャガチャ。キィッ。
「パパ」
薄暗い部屋の奥から、小さな足音がペタペタと玄関に近づいていく。
足音の主が薄く開かれた鉄製のドアの前まで来ると、その隙間からビニール袋を持つ手がぬっと差し出された。
『めし。』
ぶっきらぼうに男の声が吐き捨てる。
「。。。。」
ガサガサと小さな手が無言でその袋を受け取ると、
『誰が来ても鍵開けたり声出したりすんじゃねーぞ。』
そう声がしてドアが閉まり始める。
「あ。。!パパ、ねぇ、今日も帰ってこないの?」
遠慮がちに弱々しく尋ねる小さな声。
『。。。。』
「ねぇ、もう電気が点かないの、パパ。。夜は一人で真っ暗で怖い。。。パパ、いつ帰ってくるの。。。?」
『。。懐中電灯があるだろ。仕事が忙しいんだ。良い子にしてればまた来るから。』
男はそう言い終わるか言い終わらないかのうちに、ドアを閉めた。
ガチャガチャと鍵を回すドアの向こう側から、掻き消えそうな声がした。
「パパ。。。もうすぐクリスマスだよ。。。」
男は一瞬手を止めたが、やがて無言のまま立ち去っていった。
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暗がりに懐中電灯の明かりが灯る。
男の子は無心に袋を漁った。
中から出てきたのは、コンビニのおにぎりが5つと、500mlのペットボトルのお茶や水が3本、そして弁当が2つ。
その弁当の1つを引き破る勢いで開けると、がっつくように貪った。
部屋の中は、男の子が食べ散らかした弁当の空き容器やペットボトル、ティッシュなどが散乱していた。
各部屋に置かれたゴミ箱は、もう既にゴミが溢れて何も捨てられない。
この部屋に住む男の子は、本当なら小学1年生になる年齢だった。
ボサボサに伸び汚れでべったりと張り付いた頭髪、いつ着替えたのかわからないような服、そしておよそ小学1年生とは思えないほどにガリガリに痩せ細った体。
目には力がなく、懐中電灯の明かりだけでは弁当のどこに何があるのかわからない男の子は、もうずっとそうしてきたように手掴みで食べている。
時折ペットボトルの水で流し込みながら、一通り食べ終わると、キッチンへ向かい汚れた手を洗った。
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ベランダの窓から通りに目をやると、街はきらびやかなイルミネーションで飾られ、クリスマス一色になっている。
男の子は小さくため息をつくと、
「今年は僕のところにもサンタさん来てくれないかなぁ。。。」
そう呟いてテーブルへと戻っていった。
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男は以前、周りの誰もが認める子煩悩だった。
休みの日には男の子を連れて近所の公園に遊びに行ったり、よく親子で出かける姿が見られた。
男の妻がいた頃は仕事にかまけて妻に任せっきりだった育児や家事も、彼なりに一生懸命向き合っていた。
男の妻は、彼が家族の為にと必死に仕事で走り回っている間に、育児の疲れや孤独から、ある日突然姿を消した。
彼女の部分が全て埋められた離婚届を置いて。
妻が出て行ってからは、これまでのように遅くまで働くわけにいかず、定時には帰宅して男の子の世話をした。
毎日毎日、仕事と家事と育児に奔走し、休みもなく疲れは取れない。
そんな日々のストレスを、彼はいつの頃からか職場のアルバイトの女の子に愚痴るようになっていた。大学卒業を目前に控えた、20代前半の女の子。
最初は愚痴というより、ちょっとした相談だった。
ちょくちょく聞いてもらううちに、愚痴になっていったのだ。
ある日、
「今日くらい手抜きしてもいいんじゃないですかぁ?」
と満面の笑顔で言ってきた。
『え、いや、でも。。。』
口ごもる男にその女の子は続けて、
「スーパーのお惣菜買って帰って、お父さんはちょっと出かけてくるから、誰か来ても開けちゃダメだよって言って鍵閉めて出てくれば大丈夫ですよー。たまには息抜きでもしなくちゃ!ね?」
ニコッと小首を傾げた。
ー息抜き。。。息抜きなんて、何すりゃ良いのか。。ー
男がそんな事をぼんやり考えながら黙っていると、
「うちに来ます?美味しいご飯、ごちそうしますよ?」
うふふ、と女の子が笑った。
男は言われるままスーパーの弁当と飲み物を買うと、男の子に鍵を開けたりしないように告げ、彼女の待つアパートへと向かった。
男が家を出る時、
「いってらっしゃいパパ!」
と笑顔で男の子は手を振っていた。
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その日から、男は時折女の子の部屋に上がり込むようになっていった。
男女の仲になるのに、そう時間はかからなかった。
段々と彼女の部屋に行く頻度が増していき、そのうち、弁当を買い与えるだけで家には帰らず彼女の部屋で寝泊まりするようになっていた。
弁当を持って家に行くと、決まって男の子は
「パパ、今日もお出かけなの?今度はいつ帰ってきてくれるの?」
と聞いてきた。
幼い子供をほったらかして女に熱を上げている罪悪感と、「帰宅」という選択肢の浮かばない自分に対する、帰宅を促す質問へ答える事の煩わしさから、男の足は次第に家から遠のいていった。
纏めて数日分の弁当を買って数日に一回帰宅するようになり、それもどんどんと間隔が大きくなっていった。
しまいには、前回いつ食事を買い与えたのかわからなくなるほど間隔は開いていた。
目に見えて痩せ細っていき、元気のなくなっていく男の子。
男の心は、罪悪感と煩わしさに耐えられなくなっていた。
男の子の姿を見なくて済むように、ドアも腕が一本通るほどしか開けず、弁当などの入った袋だけを手渡す。
男の子の質問にも、答えなくなっていた。
食事も満足に取れず、ガリガリに痩せ細った男の子の命の灯は、もう消えかけていた。
それすらも、男はわかっていて目を背けた。
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男の子はヨロヨロとテーブルの前に座ると、懐中電灯の明かりを頼りに置きっぱなしだったメモ用紙と、ペンを手に取った。
明日は、クリスマス。
男の子はうろ覚えのたどたどしい文字で、手紙を書いていた。
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「さんたさんえ
ぼくわ さんたさんに おねがいがあります
たくさん おねがいがあるので おこらないでください
ぼくのいえに おいしいごはんと ぱぱとままを もってきてください
いいこにするので おねがいします」
薄暗がりの中必死に書き上げると、男の子はそのままテーブルに突っ伏して眠りについた。
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真夜中。
男の子の部屋のベランダが、キラキラと光に包まれた。
音もなく窓が開かれ、何者かがそっと忍び込む。
不意に明るくなった部屋に気づいたのか、男の子は突っ伏したまま薄く目を開けた。
「。。。サンタさん。。?」
赤い衣装に身を包んだ恰幅のいいそのおじいさんは、優しい笑顔で男の子の頭を撫でた。
「サンタさん。。。来てくれたんだね。。。ボクね、ちゃんと良い子にするから、パパとママに帰ってきて欲しいんだ。。。お腹も空いてるから、おいしいご飯も食べたいの。。。パパ、お仕事で疲れてるから。。。」
男の子は静かに目を閉じた。
サンタクロースは涙を流しながら男の子をそっと抱き上げると、窓の外のソリに乗り、星空へと消えていった。
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それからしばらく後、不審に思った近隣住民の再三の通報により、ほとんどミイラのようになった男の子の遺体が見つかった。
男は保護責任者遺棄致死罪で逮捕、後の裁判で有罪が確定した。
警察が踏み込んだ時、テーブルには、あの日男の子が書いたサンタクロースへの手紙があったそうだ。
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ーFINー
作者まりか
悲しいクリスマスのお話。
画像をひとつお借りしました。いつもありがとうございます(*´艸`*)
最後までお読みくださった皆様、ありがとうございます。
怖いやコメント、いつも感謝です♡
画像をいくつか新たに追加しました♡*。゚ ゚。*♡