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長編9
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居残りの文化祭・上編

夏の会合の帰り、先輩に捕まった。夕飯と酒を奢ってくれるのだという。嫌な予感がした。

彼が優しくしてくる時は、大抵録でもないことを押し付ける時からだ。割合としては、九十九パーセントぐらいだろうか。

勿論、必死に遠慮しようと思ったのだが、呼吸を止める勢いで、奴が真剣と書いてマジと読むような目で睨み付けて来たので、其処から何も言えなくなっちゃった私である。因みに、同期の奴等には、合掌されたり十字を切られたりして、見捨てられた。ロンリネス。

「いやいやいやいや、勘弁してくださいよ。先輩。私はまだ死にたくない。」

「酒と飯食わせてやるっつってんだろ。どうしてお前が死ぬんだよ。」

「いや、まぁ、そうなんですけど・・・先輩、また面倒な仕事を押し付け」

言い終える前に、肩に一撃食らわされた。

先輩のツルツルなおでこ及び前頭部に、ピキピキと青筋が浮かぶ。

「いいから来いや!!先輩の言うことが聞けねぇってのか!!」

「ああああああ・・・・・・。」

急にキレた。図星だ。押し付けられる。絶対に厄介事を押し付けられる。

目を逸らすと、先輩が私の服を破かんばかりに掴む。伸縮性の無い筈の生地がデロンと伸びた。此の馬鹿力。ゴリラ。

「お前、○○高校出身だったよな?」

メンチを切るようにして尋ねられた。慌ててまた目を逸らす。

確かに私は○○高校卒なのだ。間違いなく。

だが、此処で首を縦に振れば、絶対に仕事のスケジュールをぶち壊される。家で愛兎と戯れる時間を削られる。ストレスで胃腸が荒れる。

「いえ違います。そんな学校聞いたことも有りません。先輩のゴリラ!」

あ、しまった。

勢い余って先輩を貶してしまった。

謝る間も無く鳩尾に衝撃。殴られた。痛い。

「嘘吐け!○○期生だろ、調べは着いてんだ!!」

「じゃあどうして訊いたんですか・・・・・。」

「喜べ、仕事だ!!」

言葉のキャッチボールが出来ていない。

駄目だ。もう、何をしても無駄だ。

私は諦め、すっかり大人しくなって地面に座り込んだ。

先輩が少し苦い顔をして、あの言葉を発するまでは。

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「お前にしか頼めねぇんだ。お前、あの坊っちゃんと仲良いだろ。・・・・・・彼奴、まだ生きてるか?」

「・・・・・・はぁ?」

思わず先輩の顔を見上げる。珍しく真面目そうな顔だ。どうやら、冗談を言っている訳ではないらしかった。

先輩は、少し説明を丁寧にして、同じ質問を繰り返す。

「あの風舞の坊っちゃんは、元気かって言ってんだよ。」

「いや、元気も何も、何時も通りだ思いますけど。」

いきなり何を言い出すのだろう。確かに今日は来ていないが・・・・・・。

「狐目、何かあったんですか?」

恐る恐る尋ねてみると、先輩は一瞬の沈黙の後に答えた。

「出てんだよ。」

「はぁ?」

先輩の舌打ちが薄闇に響く。唖然とする私に、先輩はもう一度言った。

「最近、○○高校に、坊っちゃんの幽霊が。」

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「ということなんだけどね。どうだい、狐目。今、生きてるかい?」

「去ね。」

開け放たれた仰々しい木製の門。そして、其の陰に仁王立ちしている仏頂面の男。果たして、狐目もとい風舞木葉は無事に生きていた。

「何の用ですか。」

「言っただろうに。生存確認。どうやら、生きてるみたいだね。いやぁ、残念。」

肩を竦めてみせると、蝉時雨さえ黙らせることが出来そうな目付きで睨まれた。門柱に寄り掛かりながら、狐目が気怠そうに言葉を吐く。

「・・・それだけではないでしょう。」

「どうして、そう思う?」

おや、もう気付かれた。口角が上がらぬように気を付けながら、問い返してみる。

すると、フン、と鼻を鳴らされた。別に求めている訳でもないのだが、驚く程可愛げが無い。

「理由は山程有りますが、三つ程挙げてみましょうか。一つ。生存確認だけならば、電話で充分の筈。なのに貴方は態々私の家まで来た。」

彼の人差し指が立てられ、此方を向いた。色が白いので、陰の中から浮かび上がっているように見えた。

「ふんふん。」

「二つ。ちゃんと呼び鈴を鳴らした。貴方、プライベートな用事で来る時は、基本的に不法侵入でしょう。」

中指も伸びる。

「ほうほう。」

「さて、最後です。三つめ。」

其処で唐突に言葉が切られた。狐目を見れば、己の顎に手を当て、愈々眉を歪ませている。

「・・・本当に、分かりませんか?」

「ああ。皆目見当も付かない。」

私がそう返答をすると、ほとほと呆れ返った、とでも言いたげな顔をされた。

ゆらり。揺れるようにして狐目が日向へと出て来た。一歩、二歩、とゆっくり距離を詰められる。

私がじっとしていると、直ぐ目の前まで来た。

丁度ピースのような形になった手が、私の顔へと伸びる。尚も動かずに居ると、両の目蓋を押さえ付けられた。

ひんやりと冷たく、さらりと乾いた感触。

少し上から声が降る。

「目元、笑いを隠せていませんよ。」

「私が笑ってちゃいけないとでも?」

「いいえ。けれど、昔から貴方がそんな顔をしたときは、何かが起こるんです。」

目は塞がれているので見えないが、声が少し楽しげに聞こえた。今日は機嫌が良いらしい。

安堵の溜め息を飲み下す。

「正解だよ。・・・・・・参ったね。面を着けるようになってから、すっかりポーカーフェイスが下手になった。」

軽い目潰しはまだ続いている。あまり心臓に宜しくないので、そっと手を退けた。

「仕事だ。協力を頼めるかい。」

「貴方に協力なんて、夏なのに鳥肌が立ちます。それに、丁度じい様方からツアー旅行に誘われていましてね。しつこいんですよ。あの人達。」

ふい、と横を向く狐目。さも詰まらなそうに目を伏せ、口許を尖らせる。

因みに《じい様方》というのは、此の地域で我々のような仕事をしている者達の、元締め連中のことである。とっても偉い人達。

普通なら、彼等の言うことに逆らったり、誘いを断ったりは出来ない。若造なら尚更。

つまり言葉の文脈を察するならば、彼の発言は拒否である。

・・・・・・けれど。経験上、彼は断る時に、こんなまどろっこしい言い訳はしない。

嫌ならば「嫌です。」無理ならば「無理です。」 の一言で終わらせる筈だ。

「つまり?」

「つまり。」

そっぽを向いたまま、狐目はニヤリと笑った。

「じい様方に、一緒に頭を下げてくれますね?」

無論、私は大きく頷いた。

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屋敷の中は、季節を忘れさせる程に涼しかった。具体的に言うのなら、クーラーを点けた自宅より涼しい。此れで冬は暖房を点けずとも不思議と暖かいのだから、もう意味が分からない。

「外は暑いですね。嗚呼、出たくない。出張業務なんでしょう、どうせ。しかも外回り。だからあんたの持って来る仕事は嫌なんだ。」

団扇で顔を送りつつ、狐目がぼやく。家に入って気が緩んだのか、敬語も崩れた。あ

私は肩を竦める。

「そう言うなよ。まあ、こんな居心地の良い家なら、気持ちも分かるがね。」

快適な室温、手入れしていないのに整った庭、全体にゆったりとしていて、其れでいて心地好く張り詰めた空気。仄かに鼻を擽るのは、彼が日常的に焚いている香の残り香だろう。風流や雅の世界だ。

騒がしい蝉の声さえ、一枚扉を隔てたように遠い。

確かに、此処と比べれば外なんて、暑いわ五月蝿いわ埃っぽいわで、出たくなくなるだろう。

然し、狐目は理解出来ないとでも言いたげに、首を傾げた。

「居心地が良い?此の家が?」

「うん。だから出たがらないのかと思った。」

「私は、そうは思いませんが・・・・・・。」

単に反抗しているだけかと思えば、そうでもないらしい。本気で不思議がっている。

彼は元から少しズレた人間なので、こういうことは少なくない。そして、こうして悩み始めると長い。

慌てて話題を逸らした。

「まあ、それは一旦置いておこう。今はともかく、仕事内容の確認だ。」

狐目が組んだ腕を解き、此方を向く。大きく息を吸って吐くと、一瞬で仕事の顔になった。

「変わるねえ。見違える。化けるのは狐の十八番ってことかい?」

勿論、化けると言っても顔が変わる訳ではない。服も、髪も、何も変わらない。然し、確かに何かが変わるのだ。茶化さなければ、恐ろしくなるぐらいに。

そんな私の動揺等知りもしないだろう狐目は、小さく息を吐き、問い掛けた。

「私が幽霊になって出没している・・・でしたか。説明は出来ますか?」

「さーて、どうしたもんかな。情報が混乱して具茶混ぜだ。まだ原因も何が起こっているかも煙の中だよ。すまないね。でも兎に角、ありったけ話すとしようか。何か引っ掛かること、有ったら止めておくれよ。」

私の言葉にコクリ、と彼が頷く。

私は出されていた缶入りの烏龍茶を飲み、大きく深呼吸をした。

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先ず生徒達が噂するには、こうだ。

戦時中、我等が母校に一人の落語家を目指す少年が居た。

然し、彼は学徒出陣で戦地に赴き、帰らぬ人となってしまい、彼の夢は潰えた。

成仏出来ない彼は、未だに学校の、彼が何時も練習をしていた教室に居て、稽古をしているという。

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「さて、此処迄で気になったところは?」

一旦言葉を切り尋ねると、狐目はくすくすと笑いながら頷いた。

「有るみたいだね。」

「はい。何と言えば良いのか・・・こう、全体的に。」

そして、少し困ったような顔になり、首を傾げる。

「先ず、私は平成生まれです。学徒出陣どころか、親さえ戦争を知りません。それに・・・落語、でしたか。噺家を目指したことなんて一度も有りませんよ。その幽霊、本当に私なのですか?」

私は相槌を打つ代わりに、また烏龍茶を一口飲んで返事をする。

「生徒の中では、お前と認識している奴は居なかろうね。騒いでいるのは教室陣だ。」

狐目の狐に似た目が丸くなった。

「おや、まだ学校に残っている先生が居ましたか。」

「ああ。確か・・・五人。その中でも、特に私達と交流が有ったのが二人だ。」

「どなた?」

「大山と田辺。残りの三人は山本と藤木と沼尾って言うんだってさ。」

「其れはまた、懐かしい名前ですね。けれど、大山先生はもう定年を迎えているのでは?」

「延長して雇われてるらしい。今の三年生が卒業したら辞めるんだと。でも、あの感じじゃきっと辞めないな。」

「実際に行くときは、きちんと御挨拶しなければなりませんね。」

「ああ、そうすると良い。お前の幽霊を見て、大層驚いたみたいだったからね。」

沈痛そうな面持ちで、狐目の安否を案ずる大山の姿を思い出し、少しだけ可笑しみを感じた。

私が幾ら生きていると説明しても聞かなかったのだ。きっと、実際に生きているこいつが顔を見せたら、腰を抜かす。

「大山先生が私の幽霊を見たんですか。」

「ああ。新任の教師が最初に見て騒いだ後、見に行ったらしい。」

「見られた私はどんな反応を?」

「いや、それがな。目が合った瞬間、笑ってピースしながら消えた・・・と、言われた。」

狐目があからさまに顔を歪める。

「笑顔?ピース?・・・自分で言うのもなんですが、私らしくもない。」

「まぁ、そうは言ってもね。まさか嘘って訳でもないだろうから。大事な情報だ。一応話すよ。」

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最初にお前を見た教師・・・名前は、田口って言うんだかね。最初は、彼の話からにしようか。

彼がお前・・・・・・そうだね、偽狐目とでもしておこうか。偽狐目に会ったのは、放課後の自習室だ。ほら、四階の一番端。覚えてるかい?

廊下を歩いていると、彼処から何やら人の声が聞こえる。鍵が掛かっているのに、だよ。

近付いてみると、薄暗い教室の中に人影が見える。声もハッキリと聞こえる。どうやら落語の練習をしているらしい。

不審に思った田口が鍵を開けてみると、中には一人の男子が居た。彼は田口の方を向きハッとした表情になると・・・・・・

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其処まで話すと、私は大きく息を吐き出した。

「後は、幽霊お得意のヒュウドロンで姿を消したってさ。其れで、後日見に行った大山が同じ光景を見て、今度は消える時、照れたように笑いながらピースされたってことらしい。」

狐目は瞬きをしながら腕を組んだ。

「制服の上に着物を羽織ってたってさ。多分この着物の所為で生徒からは昭和の幽霊扱いなんだろうね。」

「・・・・・・。」

「文化祭が近い。皆残って準備をしているらしいからね。目撃されたのはその時だろう。」

「・・・・・・・・・。」

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狐目が、妙な顔をした。

どんな顔かと言われれば、妙な顔としか言い様の無い顔だった。嬉しそうでもあり、悲しそうでも、怒ったようでもある。強いて例えるならば、阿修羅像の全ての表情を一つの顔に押し込めたようだった。

わなわなと唇を震わせながら、言葉を紡いで行く。

「貴方、最初から分かっていましたね。」

私は平気で笑って見せる。

「おや、気付くのが遅くはないかい?」

彼は一瞬固まった後、何も言わずに頷いた。

どうして幽霊が狐目だと断定出来るのか、私は知っている。覚えている。

「学校に出たのは、高校二年生の私ですね。」

彼は落語家を目指したことなんて一度も無い。然し、皆の前で語ったことは一度だけ有る。

「いやあ、懐かしいね。」

天井の木目を見上げながらそう言うと、視界の端で彼が赤くなるのが見えた。

Concrete
コメント怖い
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紫月花夜さんへ
コメントありがとうございます。

あの二人、何だか少しずつ仲良くなってきている気がしますね。
ピリピリしないのは僕としても楽で良いです。

てっきり木葉さんが死んでしまったものと思い込み、大変だったそうです。烏瓜さんも説得が大変だったことでしょうね。

ええ。僕としても書き慣れていないので、気を抜かずに皆様に楽しんで頂ける話を書こうと思います。
宜しければ、此れからもお付き合いください。

返信

mamiさんへ
コメントありがとうございます。
二通纏めてお返事申し上げます。

はい。参加させて頂くことにしました。拙いながらも皆様の足を引っ張ってしまわぬよう、全力を尽くしたいと思います。

実のところ其処は僕はもう知っているのですが、楽しみになさっているのなら、話しては野暮ですね。次回は高校時代に話が飛びます。
名推理を期待しておりますね。

御期待に沿えますよう、尽力致します。
宜しければ、お付き合いください。

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はるさんへ
コメントありがとうございます。

なるべく早く投稿出来るよう頑張ります。
この時点では怖くもなんともありませんからね(笑)
次回も正直ホラーかどうか・・・
宜しければ、お付き合いください。

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改めて…こんばんは‼

いい!!!すごく大好物です!
この時のお話しは、どうもお二人が大学生の様子…
高校も同じ様子…
と、なると…木葉さんが烏瓜さんにいちもつ抱える様になったのは、中・高校辺り…フムフム…
いや…このお二人の過去がずっと気になっているもので…なんとか、紺野さんのお話から推理出来ないものかと…

もちろん、次も次もずっと楽しみにしております!

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毎回本当に絶妙な終わり方で、続きが見たくて堪らなくなります。 紺野さんの匠技に感服です。 一気に引き込まれて読んでしまいました。
続きを楽しみにお待ちしております。

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