朝になり、障子の向こうから照らされる太陽の光で目を覚ました。
暑い。
夏休みに入ってから何日が経過したのだろうか。
身体を起き上がらせると、障子を開き、日光を浴びる。
冴えない目でカレンダーを見ると、まだ八月に入っていなかった。
そうか、そういえば、まだ夏祭りもしていなかったな。
そんなことをぼんやりと考えながら時計に目をやると、時刻は午前七時四十分。
俺は身仕度を済ませ、居間へと向かった。
「おはよう、露。」
「あ、おはようございます、旦那様。」
水色の長髪、小さな可愛らしい容姿。俺の義妹である露が、朝食の準備をしていた。
露が俺のことを“旦那様”と呼ぶことについては…まぁ、色々あったわけだ。
築八十年の広い木造建築に、俺と露の二人暮らし。
ちなみに普段は水色の和服を着ている。
なぜ和服を着ているかって?
それは…俺の趣味の問題だ。
何にせよ、理由は色々あるわけだ。
それについても、また次の機会に話すとしよう。
「旦那様、体調は如何ですか?」
世話好きの露は、身体の弱い俺の体調をいつも気遣ってくれる。
そんなに心配することでも無いのだが。
「ああ、大丈夫だ。昨日はよく眠れたからな。」
「よかった!もう、また体調崩して出掛けられないとかだったら、困りますからね。」
そう、今日は久々に露と二人で外出をするのだ。
「なんか、デートみたいだな。」
街中を歩きながら、ポツリとそんなことを呟いてみる。
それを聞いた露は「そうですね」と笑顔を見せた。
露の着ている水色のワンピースが風に揺れる。
「そのワンピース着るの、久しぶりじゃないか。」
「そうかもです。最近スーパー以外お買い物しに行ってませんでしたね。」
俺はほとんどの家事を露に任せてしまっている。
たまには、こうして年頃の女の子らしいことをさせてあげなければ可哀想だ。
と言うか、露にはもっと子供らしくしてほしい。
家事くらい、俺もやるのに。
「なぁ露、もう少し友達と遊んだりしても良いんだぞ?家事とか、そういうときは俺もやるし。」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。だって旦那様、私が居ないと家が散らかりそうで。」
露は可笑しそうにフフフッ笑った。
「あ、あれは前のことでさ、今はもう大丈夫だよ。たぶん…」
ガサツだと貶されているのだろうけれど、露に言われると上手く反論出来ない。
寧ろ少し納得してしまう。
決してMではないぞ。
しばらく買い物を楽しみ、ある雑貨屋を出た時だった。
「あれ?しぐるさんじゃないですか。」
後ろから声を掛けられ、振り返ると、そこにはゼロの姿があった。
「おお、なんだゼロか!」
「今日はお買い物ですか?その子が、露ちゃん?」
ゼロは俺の隣にいる水色の髪の少女に目をやった。
「ああ、そうだ。露は、ゼロに会うの初めてだったな。」
露は頷き、ゼロに「よろしくお願いします」と頭を下げた。
それを見たゼロも、露に「よろしく」と言って笑顔を見せる。それから、何かを思い立ったような顔をして話を始めた。
「あ、そうだ。しぐるさんに、鬼灯堂の話はしましたっけ?」
「鬼灯堂?いや、初耳だ。」
ゼロは「やっぱりでしたか」と言い、話を続けた。
「ここから少し歩いた所に、鬼灯堂っていう駄菓子屋があるんです。そこの店主が呪術絡みの人で、僕の知り合いなんです。今から行くんですけど、一緒にどうですか?」
俺達は特にもう行きたい所もなかったため、ゼロと一緒に鬼灯堂という駄菓子屋へ行ってみることにした。
狭い路地へと入り、そこを真っ直ぐ歩いて行くと、鬼灯堂という看板が掲げられた一軒の古ぼけた駄菓子屋を発見した。
ガラス戸の向こうには人影が二つ見える。
先客だろうか?或いは、店の従業員か?
ゼロが店の入り口らしきガラス戸をガラガラと開くと、店内には二人の少女がいた。
俺はそのうちの一人に見覚えがあった。
「城崎?」
「わぁ、びっくりした。しぐとゼロじゃん!それに露ちゃんも。どしたの?」
そこには城崎鈴那の姿があった。
彼女は、俺をお祓いの道へ引き摺り込んだ張本人である。
もう一人はカウンターの向こう側に座っていて、城崎より年下に見える。
「あら~、いらっしゃい。ゼロくん、お友だち連れてきたの?良いわねぇ。」
その少女はニッコリと笑った。
声こそ幼い少女のようだが、喋り方はまるで御近所のおばさんって感じだ。
銀髪に可愛らしい顔立ち、ワンピースの上に薄手のカーディガンを羽織っている。
彼女は何者なのだろうか。
「久しぶりですね、日向子さん。紹介します。こちら、雨宮しぐるさん。そして、この子は露ちゃんです。」
少女は俺と露を交互に見ると、よろしくねと言って笑顔を見せた。
俺達はとりあえずその少女によろしくお願いしますと頭を下げた。
そして再びゼロが口を開き、俺達にその少女を紹介した。
「しぐるさん、こちら、十六夜日向子さんです。もう気付いているかもしれませんが、彼女は妖怪です。」
「いや、全然人だと思ってたんだけど。」
俺がゼロにそう返すと、城崎と十六夜日向子という少女は二人揃って笑った。
「しぐ~、あなた鈍感すぎぃ~。」
「あらあら、これでも400歳は越えてるのよ~わたし。」
急にそんなことを言われても直ぐには「ああ、そうですか」と納得することは出来なかった。
隣の露はもうそれを信じているのか、「へぇ~!ほんとですか!」と目を輝かせている。
もう少し人を疑ったりしないのだろうか?
「ちょっと待て、妖怪?400歳って、それ、どういうこと?ゼロが言ってた呪術絡みの人って妖怪?」
俺が戸惑っていると、十六夜さんは椅子から立ち上がり「証拠でも見せてあげましょうかね~」と言った。
それは驚くべきものだった。
十六夜さんの首の後ろから、何本もの触手が生えてきたのだ。
それを見て俺は絶句した。
触手をうねうねと動かしながら十六夜さんは俺にニッコリと笑顔を向けた。
「これで信じたかしら?ウフフ。」
そう言うと彼女は、ゆっくりとその触手を仕舞っていった。
俺が何も言えずにただただ驚いた表情で固まっていると、ゼロが横から話掛けてきた。
「どうです?すごいでしょう。彼女は僕達の協力者です。困ったときは力を借りています。」
「お、おお。なるほど。」
そんな俺の様子を見て、城崎はケラケラと笑っている。
十六夜さんはというと、「ちょっと驚かし過ぎちゃったかしら~」などと言い、申し訳なさそうな顔をしていた。
露は好奇心の方がが上回っているらしく、十六夜さんの能力に関心していた。
「へへ、すげぇなこれ。」
この言葉を呟いた時の俺の笑顔は、おそらくかなり引き攣っていたことだろう。
「へぇ~、十六夜さんって、ゼロの師匠だったんですね。」
「そうよ~。ゼロくん、才能あったからすぐ育っちゃったわ。」
俺達は居間に通され、暫しの間談笑をしていた。
俺もすっかりこの中に溶け込んでしまった。
話をしていた中で知ったことがあった。どうやらゼロに呪術を教えたのはこの十六夜さんらしい。
「俺はてっきり、ゼロの親父さんがゼロに呪術を教えたのかと思ってたよ。」
俺がそう言うと、ゼロがアハハと笑った。
「そう思いますよね。父さんは忙しいので、あまり修行には付き合ってもらえなかったんです。小さい頃、休日とかは時々遊んでもらえましたけどね。」
そう言ってゼロは、出されたお茶を飲んだ。
十六夜さんも楽しそうに話出した。
「ゼロくんのお父さん、いい男よねぇ。まぁ、わたしは若い子が好きだけど。ウフフ。」
彼女の正体を知らない人からしたら、この言葉は理解出来ないだろう。
不意に、十六夜さんが手をポンと叩き「あ、そうだったわ」と言った。
「そういえばもうじき夏祭りよねぇ。あなたたちは行く予定あるのかしら?」
彼女はそう言うと、夏祭りのポスターを持ち出してきた。
それを見た城崎は身を乗り出し、俺に視線を向けてきた。
ちなみに城崎は俺の隣に座っているため、彼女が動いたときにほんのり甘いいい匂いがした。
「夏祭りー!!ねぇしぐ、一緒に行こうよ!露ちゃんとゼロも!四人で行こう!」
城崎は意外とこういうイベントが好きなのだろうか。
「僕は、その日仕事があるので。すみません。」
ゼロはお祓いの仕事があるらしく、申し訳なさそうに言った。
「おっと、そうだったの?それじゃあさ、しぐと露ちゃんとあたしたち三人で行かない?」
露も乗り気のようで、ワクワクといった感じの表情を浮かべながらポスターを眺めている。
正直、俺は乗り気では無かった。
あまりそういったイベント事は好きではない。
「祭りか…俺はいいよ。城崎、よかったら露と二人で行ってきてくれ。」
俺がそう断ると、城崎は不満げな表情で「え~」と言った。
露もこちらを見て悲しそうな顔をしていた。
「あらあら、いいんじゃない?折角だからしぐるくんも行ったら?夏祭り。」
十六夜さんにまで言われてしまった。
それに続き、城崎も俺を見ながら「そうだよ~」と言った。
俺はそれに少しドキリとした。
ドキリというか、これはキュンと表現した方が良いのだろうか。
城崎の顔が近い。いつも普通に話している相手なのに、何故だか少しだけ緊張する。
「あ、ああ、そこまで言うんなら、行ってみようかな。」
俺がそう言うと、城崎は「やったぁー!」といって露にハグをしていた。露も子供のように喜んでいる。
こんな露を見るのは、ひょっとしたら初めてかもしれない。
楽しそうに笑う二人。それを微笑ましそうに見ているゼロ。不意に、俺は十六夜さんと目が合った。
パチリと、十六夜さんは俺にウインクをした。
俺がこのウインクの意味を理解するのは、もう少し後のことだ。
作者mahiru
すみません。今回怖くないです。