涼しげな夏の夜の風と、虫達の鳴き声を背に受け、俺達は田舎道を歩いている。
生まれは東京、幼少期を過ごしたのも東京。
田舎で過ごした事等皆無なのであるが。
こういった道を歩き、田舎の風景を見ているとノスタルジックになってしまうのは何故なのだろうか。
「お、店長!見えましたよ!」
眼前に現れた廃校舎を指挿しながら、隣を歩く少女が声をかけてくる。
こいつの名前は倉科。
今年の初春からウチの店にバイトに来た、オカルト好きな大学2回生である。
この倉科に押し切られ、今回は県外の山間部にある廃校舎へと来ていた。
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2階建ての木造校舎である。
都市開発が進み、中心部が栄えてきたのもあり、学校が併合。
取り壊しが決定した、かなり古い学校である。
この学校が廃校なる無念からか、夜な夜な教師の霊が教室で授業をしている。
深夜、運動場で子供たちが遊んでいた、等々へんちくりんな噂がそれなりにあるらしい。
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遊具等はほとんどない広い校庭を横切り、玄関を通る。
当時のままなのだろう、下駄箱や掲示板がそのまま放置されている。
『手洗いうがいは~』等と書かれた色褪せた紙が貼られている。
「うわ~、雰囲気ありますね。」
1階は職員室や音楽室、理科室等の特別教室が並んでいる。
棚の中に綺麗に並べられたままの、フラスコやビーカー。
骨格標本や人体模型、それなりに雰囲気があるぞ。
「おぉー!人体模型さん!こんばんは!お邪魔しまーす」
人体模型と会話してるヤツが隣にいるのだが。
「これが動いたりしたら楽しいですよね!ね?店長!」
もし動いたとしたら、それはそれは楽しいだろうな。
お前は絶対に漏らすしな。
そんな面白い出来事が起こる事も無く、1階の探索を終えた。
小気味良い音を立て軋む階段を上り、2階に到着したのだが。
『1年1組』等のプレートではなく『1年生』と書いてあるではないか。
生徒が少ないのでクラス別けをする必要が無い、と言う事か。
その1年生の教室の扉を開ける、机が4つしか置いていないぞ・・・
「うおー!ひろーい!」
確かに広い、いや広く感じる。
30個近く机が並んでいた教室で俺は過ごしていたのだ、なるほど何もない教室と言うのはこれほど広いのか。
「これだけ机少ないと、掃除の時間に机つらなくていいですね!」
「は?机釣ってどうするんだ?」
「え?」
「え?」
どうやら机をつると言うのは、掃除の時間等で机を後ろに下げる事の方言だそうだ。
倉科先生のありがたい名古屋弁授業を聞きながら、他の教室も探索する。
お、5年生の教室は机が7個もあるぞ。
・・7個は『も』なのか?
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一番端にある6年生の教室の扉を開けた時、俺達の時間が一瞬だけ、止まった気がした。
3個並んでいる机の真ん中に、男の子が座っているのだ。
少年は顔を上げ、黒板を見つめている。
「うぇぇ・・・」
倉科が変な声を出す。
俺は男の子に歩み寄る。
「ちょっ!店長!」
後ろから倉科が叫んでくるのだが、この子は人間だ。生きてる。
いやいや、深夜の廃校に生きている男の子が1人、完全に異常なのだが。
放っておくわけにもいかないだろう。
俺が近づいても、男の子は此方を見ない。
「君、どうしたんだ?こんな所で?」
男の子の肩に手を乗せて尋ねる。
ゆっくりと、とてもゆっくりと顔を此方に向ける。
「呼ばれ・・・たんだ・・・」
焦点の合ってない眼を俺に向け、抑揚の無い声で男の子は呟いた。
「呼ばれたって何に?」
いつの間にか倉科が隣まで来ていて、尋ねる。
「せんせい・・・」
そう言いながら正面を指さす。
その先、先程までは何もなかった1段高くなっている教壇にソレは立って此方を見ていた。
いや、果たして本当に此方を見ているのだろうか。
真っ黒なのだ、まるで影が浮き出て来たかのように。
どちらが正面なのかもわからないが、何故か此方を見ているのだろうと思える。
月明りが照らす薄暗い教室、されどハッキリと見えるソレが此方へと歩み出すと同時、俺は男の子を抱え教室を飛び出す。
「なんなんですか!あれ!」
「知るか!」
俺だって気になるところだ、だが今はこの子もいるし。
呼ばれたとは・・・。一体何故。
「大丈夫か?君!」
廊下を駆け足で進みながら男の子に問いかける。
彼は、俺に抱えられながら、俺達の背後を虚ろな眼で見つめている。
見るな、見るな、とは思いつつも背後を振り返れば。
先程ご対面した謎の影が、廊下に出て来て、此方へと近寄ってきている。
「じゅぎょうをさぼったらだめなんだよ・・・」
男の子が呟く。授業だと?
「店長早く!!」
俺の思考は、先に階段まで到達していた倉科の叫び声にかき消される。
そうだな、今はこの子を連れて逃げなければな。
階段を下りれば、職員室の隣に出る、その横はもう玄関だ。
子供とは言え、脱力した人間というのは重いものだ。
息を切らしながら校庭にまで出て来た。
例の影はゆっくりと校舎の中から此方に向かってきてはいるが、この子を呼んだ、と言う事はこの学校内でしか動けないのだろう。
一応逃げ切れたのだろうか。
下まで降りれば車も止めてあるし、この子は下の街の子供だろう。
怪しまれるかもしれないが、交番にでも迷子だと届けて帰れば一件落着か。
「早くいきましょ!店長!」
と、言う倉科の声を聞き、俺達は学校を後にする。
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-----本当にこれでいいのだろうか?
だが、俺の頭は体とは全く違う事を考えている。
今回の件はこれで片が付いただろう。
俺達は逃げ切った。この子も無事だ、その内意識もハッキリするだろう。
では、次は?また後日、アレがこの子ないし、別の子を呼んだら?
その時は誰が救い出すのだろうか?
「倉科、この子を頼むぞ、離すなよ?」
男の子を預け、俺は学校へと戻る。
「ちょ?え?お?店長!」
やかましい、ちょっと考えさせろ。
校庭の真ん中に立ち、此方を見続けて居る黒い影に向かって俺は歩く。
あの子は先生と言ったか?授業と・・・。
遂に俺は、黒い影とあと一歩の所まで近づく。
「なぁ、もっと授業をしたかったのか?子供達に色々と教えたかったのか?」
そう問いかけるが、影は答えない。
「中途半端ってのは虚しいもんだよな。あぁ、わかるさ、でもな-----」
ひとつ、大きく息を吸い込む。
「ふざけんなよ?教師って、学校って言うのは、子供達を導く場所じゃねぇのかよ!」
あぁだめだ、もっと大人しく言うつもりだったのに、どんどん語気が荒くなる。
「だからさ、こんな事しないで子供達の事見守っててやれよ?それがアンタのやるべき事だろ?」
果たして、俺の言いたい事は伝わったのだろうか。
ソレは何も答えないまま、ゆっくりと、校舎に戻っていった。
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その後、子供を連れ街の交番に戻った俺達の周りは大騒ぎだった。
夜中に子供がいなくなったのである、事件だなんだのかんだの、俺達まであらぬ疑いをかけられたのだが。
落ち着いた子供の証言により、なんとか疑いは晴れたわけである。
まぁ、村の人達が信じてくれたかどうかは別として。
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「幽霊に説教垂れるとは・・・店長・・・」
帰りの車内で倉科にそんな事を言われた。
「しかも相手は教師ですよ、教師に説教。」
カチンと来てしまったものはしょうがないだろう。
「でもまぁ、ちょっとかっこ良かったですよ?」
俺は窓を開け、夏の夜の涼し気な風で、体の火照りを冷ましながら帰路を急ぐのであった。
作者フレール
9話です!なんかホラーちっくにする予定でしたが・・・
そんな事ないですね(;^ω^)
毎度毎度タイトルで30分程悩み、適当に決めちゃうフレールです。
今回の話は、時系列的には2話と3話の間くらいです、巻き戻りました。