中編7
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キューピッド(2)

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「ほら、これ」

そう言って、日下(くさか)真理はガラスの小瓶を私の目の前に差し出してきた。

その中には、先日見た小さな生き物が入っていた。

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小指ほどの大きさの、半透明の身体。

身体の横に、小さな羽のような薄い腕。

身体の中心にはイクラの卵のような、オレンジ色の塊。

クリオネに似た姿のその生き物は、小瓶の中の狭い空間を、まるで水の中のように頼りなげにふわふわと漂っている。

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「真理、これって……」

私は言葉を詰まらせ、真理の顔を見つめた。

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………

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………

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この私の目の前にいるクラスメイトの少女は、同年代の女子のほぼ100%が興味を持っているであろう「恋愛」というテーマに対して、枝毛の先ほども興味を抱いていない珍しい人種である。

代わりに「寄生虫の生態」の方が興味を引かれるというのだから、変わり者にもほどがある。

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当然、クラスの女子からは鼻つまみ者扱いをされていたわけだが、ふとしたきっかけから私、大江奈緒は彼女と親交を持つようになった。

そしてつい先日のこと、この堅物生物女子・日下真理に人生初の恋愛というイベントが発生する。

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他の女子と同じように頬を染め、もじもじと意中の相手のことを話す真理の姿は、普段の彼女を知っている私の目には実に奇妙に映ったが、そこはそれ、「恋は女を変えるのだなあ」と感慨深く思ったものだった。

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彼女の耳からこのクリオネに似た生物が這い出てくるまでは。

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この生物を、たまたま本で押しつぶしてしまった瞬間、彼女の恋は終わりを告げた。

まさに百年の恋も瞬間冷却と言わんばかりにあっさりと。

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寄生虫の中には宿主の脳を操るものもいる、と真理自身が私に話して聞かせてくれた直後の出来事だったので、真理も私も、潰れてしまったクリオネもどきと真理の恋を、まさかと思いながらも結びつけずにはいられなかった。

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………

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「……で、どうしてそのクリオネがここにいるわけ?」

一連の回想を終え、現実に戻ってきた私の質問に対して、真理は平然とした顔で応えた。

「育てた。私が。卵から」

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クリオネをつぶして夢から醒めたような顔をしていた真理は、私から前後の事情を聞くや、そのクリオネしおりの挟まった本を抱えてすぐさま家に帰って行った。

聞けば彼女はそのあと、バラバラのクリオネの身体から卵らしきもの――身体の真ん中のイクラのようなもの――を取り出して、シャーレの中で育てていたらしい。

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「意外とあっさり育ってくれたよ。というか、冷凍庫で卵を凍らせておかないと、どんどん増殖していっちゃう感じ。家のケージは朝の満員電車なみに混みあっている状態よ」

真理は小瓶を覗きこみながら言う。

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「でも……、その生き物って空中を飛んでるし、こないだみたいに真理を恋愛状態にしちゃうなんて、なんか普通じゃないよ……。大丈夫なの?」

「確かに!私はどうやらこの生き物のせいで、恋愛状態に陥っていたらしい。でもそれが本当かどうか、私の体験だけじゃサンプル数が少ないじゃない?

だから一応、私の妹でも実験したみた。妹の絵里のおやつにコイツの卵を混入、経過を見てみたんだ。そしたら――」

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………

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………

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「どしたー?絵里ー?ぼーっとしちゃって」

「え……?うん……。お姉ちゃん、なんか、私……」

「……ふむ。絵里、ちょっとちょっと」

「なになに?」

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「(ムチュー)」

「………っ!?………っっ‼」

「………」

「~~っっ‼~~~~~っっっ‼」

「………」

「………」

「………ぷはぁっ!はあ~苦しかった」

「……………(ポッ)」

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………

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………

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「実験は成功であった」

「この変態鬼畜百合姉貴……」

私は、目の前の友人改めゴミクズに対して辛辣なツッコミを入れる。

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「絵里は以降、私に対して姉妹愛以上の恋愛感情を抱くに至ったよ。おかげで毎晩大変だったわけだが。

どうやらこの生き物に寄生された状態で、誰かから強い刺激を受けると、その相手に恋愛感情を抱くようになるものと推測される。

これは被寄生状態だった私が、あの喫茶店のマスターに惚れた時の状況から仮定したみたんだけどね。

私はこの生き物を『キューピッド』と名付けたい!」

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………

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………

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帰りのホームルームが終わり、私は今日も真理の待つ生物準備室に向かおうと、鞄にノートなどを詰めていた。

そこへ、クラスでつるんでいるグループのリーダー、石田香子がやってきた。

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「奈緒、ちょっといい?」

「え?うん」

私は香子に促され、教室を出て屋上に通じる人通りのない階段前まで移動する。

香子は改まった口調で私に告げた。

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「奈緒……、アンタ最近、日下真理とつるみ過ぎだよ。私は良くても他の連中があの子のことどう思ってるか知ってるでしょ?……アンタまでハブられちゃうよ?」

そう、真理はクラスではこういう立場なのだ。

私もわが身はかわいい。だから放課後、生物準備室で真理と会っていることはクラスの誰にもばらしていなかった。それを誰かに見とがめられたのだろうか。

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「今日も教室でアイツが奈緒に話しかけてきたとき、アンタ普通に話してたよね?」

「え……だってあれは今度のテスト範囲どこまでだっけ、って聞かれただけだし……」

「これまでだったらシカトしてたじゃん。そんなのちょくちょく、目につく」

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香子に言われてハッとする。

確かに真理と話すようになる前は、個人的には悪いなと思いながらも、そんなそっけない態度で彼女に接していた。

自分でも気が付かない内に、いつの間にか教室内での真理への対応が軟化していたようだ。

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「うん……。でもね香子、アンタだから言うけど、真理って子、変わってるけどそんなに悪い奴じゃないよ?」

私は思い切って言った。皆が集まっている時には口が裂けても言えないことだが、香子は1年の時からの付き合いで、仲もよい。

「うん……それは私もそう思う。話したら面白そうだなって。でも皆の前でそんなこと言うのは止めなね?アンタまで……」

香子はうつむく。

「……ごめん。気を付ける」

それだけ言うと、私は香子を置いてその場を離れた。

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………

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………

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翌日、教室で私の居場所はなくなっていた。

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昼食の時、皆が集まって弁当を食べている輪に加わろうと準備をする。

香子が、憧れているバスケ部の先輩になかなか告れないのを、話のネタにしているのが聞こえてくる。

「だってー、あの先輩付き合ってる人いるって言うしー。私じゃとても……」

「香子だったら絶対大丈夫だって!奪っちゃえ奪っちゃえ!」

「えーでもー……」

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「なになに?」

私がその話題に入ろうと席を近づけた途端、会話が終了しその場の空気が変わった。

「あ……」

その瞬間、私は理解した。

教室というサバンナにおいて、私という動物は群れから弾き出されたのだ、と。

そして弾き出した張本人は――、

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「香子――」

群れの残酷なリーダーは、口元だけで小さく嗤っていた。

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………

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………

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それからの私の学校生活は灰色に塗りつぶされていた。

日中、何をするにも一人。

そして香子たちのグループからの冷たい嗤い。

具体的なイジメの行動があったわけではない。が、真綿で首を絞めるが如くじわじわと、私は追い詰められていった。

そして――、

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「香子……。バスケ部の先輩、好きだって言ってたよね……?私、その人が確実にアンタのこと好きになる方法、知ってる……。だから、許して……」

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私は真理を裏切った。

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私は生物準備室から真理の「キューピッド」を盗み、腹の中の卵を手に入れた。

そして、香子に方法を吹き込む。

「いい?これは『キューピッド』の卵。差し入れでもなんでもいいから、これを先輩の口にするものに混ぜ込んで、その直後にアンタに意識が向くようなことをして。それで先輩は確実にアンタのことを好きになる。もし、私の言ってることが嘘だったら、この先ずっとハブっててもいい。でももし恋が叶ったら、私を許してグループに戻して……」

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翌週、香子はバスケ部の先輩と付き合っていた。

聞けば、香子は先輩へ「キューピッド」の卵入りの差し入れをした後、先輩の顔面にビンタを一発食らわせたらしい。

それで先輩は付き合っていた彼女をフッて、ビンタした女を好きになったとか……くだらない笑い話だ。

私は元のグループへの復帰を果たした。真理とはもう顔を合わせられなかった。

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さらに翌週、そのバスケ部の先輩が殺された。

元カノに、腹をナイフで刺されたとのことだ。

放課後の部活中のことで、周りには多くの生徒がおり、その光景を目撃していた。

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先輩はその元カノに対して、急な心変わりをしたことから引け目を感じていたらしく、彼女から渡された差し入れをしぶしぶ口にしていたらしい。

そして、その直後、元カノは彼の腹部を隠し持っていたナイフでめった刺しにした。

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元カノは駆け付けた教師たちに取り押さえらえた。

その際、こんなことを叫んでいたらしい。

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shake

「コレで彼は私のコトをスキになってクレル!」

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そして彼も意識を失う前、呟いた。

「アア……オレハお前ノコトがスキにナッタ……」

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ロビンさん…判ってくれると信じてました(笑)

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⁾⁾ ⁽⁽◝( •௰• )◜⁾⁾ キュイー

⁽⁽◝ꈊ◜⁾⁾ ⁽⁽◝ꈊ◜⁾⁾ ⁽⁽◝ꈊ◜⁾⁾ キュイー

⁽⁽◝ꈊ◜⁾⁾ ⁽⁽◝ꈊ◜⁾⁾ ⁽⁽◝ꈊ◜⁾⁾ キュイー

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