「ねぇねぇ店長、あの子やるんじゃない?さっきから怪しい動きしてるわよ」
ここは駅構内に店を構える大型書店。
去年からパートとして働いている美人の鏡水(かすい)さんが、店内で不審な行動をしている青年を見つけたようだ。
「んっ?確かに怪しいですね。春なのにニット帽を目深にかぶって、牛乳瓶の底のような丸メガネにマスクをしている。
キョロキョロ周りを気にしているし、落ち着きがない。間違いない、私の経験からしてアレは常習犯ですね」
10年前に脱サラして小さな書店を立ち上げ、独自の経営論と親身な真心接客でみるみる店舗数を増やし続けている綿貫店長が、防犯カメラのモニター映像を確認しながらそう答えた。
「ええ店長、現行犯で取り押さえてやりましょうよ!」
鏡水さんの目がキラリと光った。
気配を消した綿貫店長と鏡水さんが、ペット雑誌が置かれているホンワカコーナーで不審な行動を続ける青年に近付いて行く。
青年は相変わらず可愛いニャンコが満載の「モフモフ天国」を小脇に挟み、周囲をキョロキョロと警戒しながら、次のニャンコ雑誌を物色している。怪しい。
「て、店長、もう捕まえちゃってもいいんじゃないですかね?」
鏡水さんが下唇を噛み締めながら貧乏揺すりを始めた。
「な、何を言ってるんだい鏡水さん?まだ彼は本を盗んでいないじゃないか」
「ちっ?盗るんならさっさとしろよガキがよう!」
「!!!」
言葉を失った綿貫店長を見て、鏡水さんは我に返り、自分の吐いた暴言に顔を赤く染めた。
「あ、彼がいない!」
店長の言葉にはっ!と、鏡水さんがホンワカコーナーに目をやると、今までいたはずの瓶底メガネ青年の姿がない。
「ちっ!ヤられたか!あのクソ餓鬼!」
鏡水さんは袖を捲り上げながら、青年が通ったであろう店外までの逃走経路を瞬時に分析し、正に脱兎の如く猛然と追いかけ始めた。
「くぅおらー!またんかいこのガキャアアアア嗚呼!!」
しかし次の瞬間、鏡水さんの視界にある光景が飛び込んできたと同時に、鏡水さんはスザアア!!と激しい音を立てながら転倒してしまった。
なんと、瓶底青年君がキチンとレジ清算列の最後尾に並んでいたのだ。
「だ、大丈夫ですか鏡水さん?」
膝小僧を擦りむいて半泣きの鏡水さんに手を差しだしたのは、先月からアルバイトにきている大学生の真月(まがつ)君だった。
彼は三度の飯(うどん)より読書が好きで、将来は小説家志望らしい。
「うえええーん、マガちゃん痛いよー」
真月君は優しく鏡水さんの肩を抱くと、手当の為に裏の休憩室へと向かった。
一方「モフモフ天国」と「101匹の猫ちゃん」の清算を無事に済ませた瓶底青年は、なぜか出口には向かわず、まだモフモフコーナーで放心状態の綿貫店長の前に立った。
「大丈夫です、僕は万引きなんてしませんよ。生憎お金には困っておりませんので」
そう言うと、青年はニット帽とメガネを取り、マスクを外した。
するとそこには、きりりとした生還な顔つきをしながらもどこか少年のような可愛いさも併せ持つ、ジュノンボーイズ一位通過確定の様な好青年が立っていた。
「い、いや、これは大変失礼致しました!うちの者が早とちりをしてしまったようで、お気を悪くなさらないで下さい」
あたふたと漫画の様にハンカチでおデコを拭いながら、綺麗な45度の角度で謝罪する綿貫店長を見た青年は、ふふっと薄い笑みを浮かべた。
「笑った顔もいちいちイケメンだなぁ」と綿貫店長はその時、感じたそうだ。
「いえ、いい大人がこんな若僧相手にそんなに頭を下げないで下さい。僕は謝ってほしくて戻ってきた訳じゃありません。実はあなたの後ろに…」
そこまで言って青年は口を噤んだ。
「えっ?私の後ろですか?」
綿貫店長が自分の肩に手をかけながら後ろを振り返る。
「あ、いえ、やっぱりなんでもありません。失礼します!」
そう言って青年は帰っていった。
綿貫店長はその後、何度も振り返って自身の背後を確認したが、これといって何もなかった。
エスカレーターを上り、二番南出口から地上へ出た青年は鼻を掻いた。
「僕の悪い癖だ、また余計な事を言ってしまうところだった。でもあの人の背中に抱きついていたお婆さんはいったい誰だったんだろう、ずいぶんと目が血走っていたけど」
車道を囲む桜並木が、これ以上ないほど満開に咲き誇っている。
春の心地よい風が身体をすり抜け、青年は気を取り直して交差点に立った。
横断歩道の先に目をやると、原型がないほどに顔がグチャグチャに潰れてしまったスーツ姿の女性が立っていた。
青年はあっ!と思い出したかのように胸ポケットから眼鏡を取り出した。
「ふう、危ない危ない、また嫌な物を視ちゃうところだった。
そういえばこの間、この場所でひき逃げ死亡事故があったって新聞に出てたな。かわいそうに、今のは恐らくその時の被害者だろうな。
自分が死んだ事にも気付かずに、ずっと横断歩道を行ったり来たり、同じ行動を繰り返しているのだろう。
確か名前は、黒田マミさんとか言ったかな。」
青年はそんな事を考えながら、瓶底のような度数のキツイ丸眼鏡をかけると、何もなかったかのように歩き出した。
青年の名は「ゴルゴ31」日本屈指の一流の殺し屋(スナイパー)である。
というのは冗談で、彼の名刺には「ゴルゴム13」と書いてある。
勿論、それは本名ではない。所謂、仕事上の源氏名といったところだ。
本名は、平坂 太郎。
あまりパッとしない名前だが、本名なので仕方あるまい。
ではなぜ源氏名を使うのかという事になるが、実は彼、まだ現役の高校生にして小さな会社の社長さんなのである。
社員は二名。
高校のクラスメートであり親友の、今井ラグト君。
もう一人は、28歳バツイチ子持ちの、川上りこさん。
彼女は呪術や占い等の類いに詳しく、その力は底が知れない。
業務内容は簡単に言うと祓い屋さん。
人づてに依頼された時のみ、霊障に悩むそのお客様から悪いモノを取り払い、平穏な日常生活へと帰って頂く。
時には、土地や家や物に固着している霊に対しても速やかに対応し、取り祓う。
報酬はその時々で変わる。
そしていつもの決め台詞は「お客様、おわかりいただけましたでしょうか?悪霊は無事に退散致しました!」である。
会社を興す資金はどうしたかというと、ゴルゴム青年がまだ中学生だった頃にまでさかのぼる。
その時、街で偶然出会った老夫婦に悩みを打ち明けられた。
聞けば、不幸が続いているとの事だったので、二人を霊視してみると奥さんの方に自殺した霊が取り憑いているのが分かり、文書で学んだ悪霊払いを行ったところ、見事に成功した。
すると、資産家だった彼等から謝礼としてかなりの大金を頂いたのがキッカケで、よしこれを商売にしよう!とゴルゴム青年は奮い立ったのだそうだ。
今では月に一度、多い時で三件ほどの仕事をこなしている。
一応断っておくが、彼は決して目が悪いわけではない。
逆に彼は視力の合わない度数のキツい眼鏡をかける事で、視界をボヤけさせているのだ。
それはつまり普段、視たくないモノを視ない為である。
彼がこの力に気づいたのは、まだ三歳の時だった。彼の目には、母親の足にすがりつく死んだはずの兄の姿がずっと視えていたのだ。
そうこう言っている内に、青年は自身の事務所に到着したようだ。
看板もプレートも何もない簡素な木の扉を開くと、奥から「お帰りなさい社長」と女性の声がした。
「お疲れ様ですりこ姐さん。今日は早いですね」
「ええ、今日は前の旦那に子供預けてるから、午前中で家の用事全部済ませちゃってヒマだったのよ♪」
「そうですか」と返事をして、ゴルゴム青年は自身のデスクに腰を下ろした。
パソコンが起動するまでの間、買ってきた二冊の本を机の上に広げる。
「社長、まーた猫ちゃんの本買ってきたんですか?ほんと好きですよねー」
川上りこが、コーヒー豆の入ったマグカップに湯を注ぎながら呆れた素振りをみせる。
ゴルゴム青年は答えず、聞こえなかったふりをしてペラペラとページをめくる。
「ピノちゃーんこっちおいでー。ご主人様が帰って来たわよー」
川上りこがそう言うと、奥の部屋からトタトタと軽い音をさせながら焦げ茶色の猫が走ってきて、ヒョイと慣れた調子でゴルゴム青年の膝の上に飛び乗った。
「そう言えば社長、この間のガセ心霊番組の撮影の件、笑えますよねー」
少し間を置いて、ゴルゴム青年は本から顔を上げずに答えた。
「りこ姐さん、笑い事じゃないですよ。あの時の事故で沢山の方が亡くなられているんですよ、不謹慎です」
「そうだけどさー、悪いのはあのインチキ番組のディレクターですよ。社長の事を若いからってナメてたんでしょ?
社長はちゃんと「本当の事」を言ったのに全く信じてなかったみたいだし」
「もうその話はいいです。今考えると僕の方にも責任がありますから。
幽霊なんていない架空の心霊スポットを検証するって事を事前に書面で確認していなかったのはこっちの落ち度だし、第一、ギャラに目が眩んで仕事の依頼を受けたのは事実なんですから」
ゴルゴム青年は本を閉じると、パソコン画面を見ながらマウスを動かし始めた。
「新しい依頼は来てませんねー、今月はまだゼロです。これじゃありこ姐さんに給料払えないかもしれませんね。
悪い噂が立っちゃったかな?
やっぱりああいった現場では、嘘ついてでも視えてる振りをした方がいいんですかねー?」
その時、バタンとドアが開き、もう一人の社員である今井ラグト青年が凄い剣幕で事務所に飛び込んできた。
「太郎ー!依頼だ依頼!今回はすんげーぞ!!」
「ちょ、ちょっと落ち着けよラグト!依頼って何だよ?」
ラグト青年は肩で呼吸を整えながら、ゴルゴム青年の向かいの席にドカリと腰を下ろした。
「ああ、今回の仕事はとんでもない報酬の代わりに、かなり危険な橋を渡らなくちゃならないかも知れねー。相手が悪霊とかそんなんじゃねーんだよ!」
「えっ?それってどういう事?」
隣りから川上りこが口を挟む。
「依頼主は警察だ」
「「警察?!」」
二人の反応を見ながら、ラグト青年は胸ポケットから一枚の紙切れを取り出した。
「ああ、お前らも知ってるかも知れないけど、最近日本中で常識ではあり得ない怪事件が多発しているよな?今回はそれに関する依頼だ」
ラグト青年はそう言うと、そっとその紙切れを二人の前に差し出した。
「お前ら、電脳ゾンビって知ってるか?」
【了】
作者ロビンⓂ︎
やあロビン魔太郎.comだψ(`∇´)ψ
こちらはよもつ先生の名作「おわかりいただけただろうか」のオマージュ作品?となっております。絶対にスルーしないで読んで下さい…ひひ…
よもつ先生作品「おわかりいただけただろうか」
→http://kowabana.jp/stories/24903
クイズババア【ゴル◯ム心霊事務所②】
→http://kowabana.jp/stories/26021
【食卓シリーズ関連作品】
よもつひらさか先生作品「張り詰める食卓」
→http://kowabana.jp/stories/25789
ロビン魔太郎.com「張り詰めた食卓」
→http://kowabana.jp/stories/25954
鏡水花様作品「貼り付ける食卓」
→http://kowabana.jp/stories/25977
綿貫一様作品「切り詰める食卓」
→http://kowabana.jp/stories/25981
綿貫一様作品「積み上げる食卓」
→http://kowabana.jp/stories/25992
マガツヒ様作品「いずれ張り詰める食卓」
→http://kowabana.jp/stories/25986
ロビン魔太郎.com「切り分ける食卓」
→http://kowabana.jp/stories/25987
よもつひらさか先生作品「ゾンビハンター」
→http://kowabana.jp/stories/25990