ダムカードをご存知だろうか?

中編5
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ダムカードをご存知だろうか?

皆さん、「ダムカード」というものをご存じだろうか?

国土交通省と独立行政法人水資源機構が管理するダムで配布している、ダムの情報が掲載されたトレーディングカード型のパンフレットだ。

(というか、ぱっと見、ただのトレーディングカードだ。)

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表面にはダムの写真と名称、裏面にはそのダムの情報が掲載されている。

情報には「所在地」「ダムの型式」「ゲートの種類」「貯水容量」といった基本的な(?)項目から、「ランダム情報」「こだわり技術」といったマニアックな項目もあり、制作者の馬鹿さ加減(褒め言葉)がうかがえる。

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このダムカード、一番の魅力は「そのダムに行かないと手に入らない」というコレクター心をくすぐる限定性だ。

(ネットで出品されてるとか言っても、僕は認めないぞ)

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ダムがあるのは基本、人里離れた山の中。

好き好んでそんなうら寂しい所にカード目当てで行くなんて、まっとうな奴のすることじゃない。

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そんなわけで僕と友人たちは、今日も今日とてダムカードを求めて車を走らせていた。

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M「おい、R!道あってんだろうな?」

R「あってますよ!いいから急いでください、もう17時半ですよ!ダムの管理事務所が閉まる!」

K「……うぷ。酔った……」

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狭苦しい車内。

乗り合わせているのは運転席のM先輩、助手席の僕(R)、そして後部座席の後輩K。ともに男性。嗚呼むさ苦しい。

三人とも社会人で、別々の会社で働いている。それでも先輩・後輩というのは、大学の時の映像サークルのメンバーだからだ。

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4月の中旬。

我々は週末の休みを利用して、東京から長野までやってきていた。

とあるダムへと続く、グネグネと曲がりくねった山道を車で進む。

夕日は山陰に遮られ、すでに辺りは薄暗い。

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しばらく走ると、山の中腹に突如、巨大な人工物が現れた。お目当てのダムだ。

近付くと、それはみるみる存在感を増し、見る者のスケール感を破壊する。それほど圧倒的な大きさなのだ。

僕はダムを見るとき、いつも城を想像する。山の中にある巨大な建造物、ということでイメージが結び付いているのかもしれない。

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ダムの堤の上と同じ高さまで登ってきた。車を停める。

目指すは管理事務所の建物だ。そこで係の人がカードを配布してくれる。

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M先輩はすかさず車から飛び出し、駆けていく。

僕はおもむろにシートベルトを外しながら、後部座席でグッタリしているKに呼び掛けた。

「おーいK、大丈夫か?」

「……」

返事がない。Kは車酔いしやすい質(たち)なのに加えて、このつづら折りの山道を猛スピードで走りぬけたからな。無理もない。

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「僕も行ってくるから。気分よくなったら来なよ?」

管理事務所に向かう。

建物の前を見ると、M先輩が両手と両ひざを地面について、がっくりとうなだれていた。

腕時計を見ると18時過ぎ。間に合わなかったか。

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「終わった……」

M先輩は絶望的な声を出す。オーバーだなあ。

「仕方ないっすよ。ネットに17時までって書いてあったんだから」

「Rがちゃんとナビをしていれば……」

「アンタが最初適当な方角に走り出すから大回りする羽目になったんでしょうが!」

「鬱だ……」

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ふてくされて地面に大の字になってしまったM先輩を捨て置いて、僕は堤の上を散策することにした。

スマホはあるが、辺りはもうすっかり暗いので写真を撮ることはあきらめる。

それでもせっかく来たのだから、見るだけ見ておかねば損だ。

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堤のちょうど真ん中辺りに着く。

麓側を見ると、そちらは水を放出するゲートがある方で、コンクリート製の断崖絶壁だ。

地面からの高さはちょっとした高層ビルくらいある。

高所恐怖症の人なら下を覗き込むことはおろか、縁に近付くとこともできないだろう。

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反対に、山頂側は広大な貯水湖になっていた。

今は水かさはそれほど高くないようだった。

湖のちょうど真ん中に小さな小島がぽつんと顔を覗かせている。

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不意に遠くからバタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。

そして、それは僕の真横で止まった。M先輩だった。

彼はスーッと大きく息を吸い込んだかと思うと、

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shake

『おっぱーーーーーーーい!!!』

と叫んだ。

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どうやら山間にこだまを響かせたかったようだが、それは起きず、辺りはしんと静まり返った。

いくらこの場には僕らしかいないとは言え、いい大人がすることではない。相変わらず中身は中学生だな、この人。

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薄闇の向こうから、ふらふらとKが歩いてきた。

「K、もう大丈夫?」

「Rさん……やばいっすよ……」

青い顔をしてKが言う。やばいなら近付いてくるなよ、吐きかけられたらたまらん。

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「いや、やばいのは俺じゃなくて……ここ、です」

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shake

「あっ!」

振り返るとM先輩が貯水湖の方を見て固まっていた。

「どうしたんです?」

僕もKも彼の視線を追った。

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影絵のような山々に縁取られた、広大な貯水湖。

薄闇に沈む水面の真ん中に、ぽつんとひとつ、小島が浮かんでいる。

その小島に。

人が立っていた。

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長い髪。

白いワンピース。

女だ。

こちらを見ている。

表情まではわからない。

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いつからいた?

さっき見た時はいなかった。

あんな場所、船でもなければたどり着かない。

しかし船の姿はない。

泳いで?まさか。

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悪寒が走った。

見てはいけないもの。それが今目の前にいる。

そう直感した。

M先輩もKも、同じことを感じているようだった。

誰も言葉を発しない。

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shake

「あっ!」

静寂を切り裂いたのは再びM先輩で、湖の左の端を指差している。

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そちらに視線を移すと、山裾の水際に小さな人影。

二人いた。

大人の男と、子供?

あんな、山道もないような場所に、なんで。

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今度は僕自身が見つけた。

湖の右端奥。

一人。

人影は小さすぎて、男女の区別はつかない。

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ぽつり。

ぽつり。ぽつり。

ぽつり。ぽつり。ぽつり。

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あたかも夜空を見上げている時に、暗闇に目が慣れて弱い光の星を徐々に見つけていくかのように。

先程まで全くの無人だったダムの貯水湖のあちらこちらに、今や無数の人影が立っているのが見てとれた。

すべて、僕らの方を見つめて立っている。

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「うわ……。うわっ!やばい!」

M先輩が叫んだ。そして車の方に走り出す。

僕らも急いで後を追った。

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全員が乗り込むと、先輩は車を急発進させる。

ぐんと座席に身体が押し付けられる感覚。

車はダムからぐんぐん離れていく。

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「おい!あれなんだ?あれなんなんだ、K!」

ハンドルを切りながらM先輩が大声で尋ねる。

「わかんねーっすよ……。でも良くない感じしたから……。あっ……もうちょっとゆっくり走ってください……また気持ち悪く……」

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窓全開で走る車から、僕は遠ざかるダムを見つめた。

と、その時。

聞いた。

三人とも聞いた。

車の外から。

山中に響き渡るその声を。

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shake

『おっぱーーーーーーーーーーい!』

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それは隣の運転席で呆然とした顔をしている、M先輩と全く同じ声だった。

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ダムカード・・・最初架空のものかと思ったのですが本当にあるんですね。
おもしろかったです。

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