wallpaper:213
小学校4年の頃の話。
GWを前にした時期だったと思う。
nextpage
僕は4月からクラスに加わった転校生で。
都会から、田舎のその学校へやってきていた。
初めのうちは慣れなかったが、それでも、ひと月でだいぶクラスに馴染んだ頃だった。
nextpage
クラスメイトたちも仲良くしてくれた。
ひょうきんでお調子もののH君。転校初日に真っ先に話しかけてきてくれた。
クラスのリーダーW君。運動神経抜群で、明るい性格の兄貴肌。
同じ班のM君、Tさん、A君、Sさん。
M君はW君と親友で、よくつるんでいた。こちらもスポーツマンで女子にモテた。
でもTさんとこっそり一緒にいることが多かったから、ふたり付き合ってたのかもしれないな。
Tさんはおさげが似合うかわいい女の子だった。実家が弁当屋だった。
A君はのんびりした性格のふとっちょで、普段はぼんやりしているのに給食の時だけは輝いていた。
Sさんは勉強のできる大人っぽい性格の女子で、班長をやっていた。
nextpage
そして、となりの席のNさん。
ショートカットのちょっとボーイッシュな女の子で、明るく元気で、かわいかった。
家はTさん家の隣で、酒屋をやっていた。
僕にとって、彼女は特別だった。
転校初日に一目ぼれしてしまったからだ。
となりの席になれるとは、なんとラッキー。
nextpage
まあ、そんなこんなで他のクラスの子たちとも打ち解けてきたある日、下校前のホームルームでひとつの事件が持ち上がった。
nextpage
「皆気が付いていたと思うが、窓際の水槽、朝から空っぽだったろう?
今朝、先生が見たとき、水槽の中に習字の墨汁が入れられてて、中が真っ黒になっていた。
当然、中の金魚たちは全滅だ。
誰がこんなことやったのか、知っている奴はいるか?」
nextpage
いつもは温厚な男性の担任教師が、厳しい表情でクラスの皆に問いかける。
この担任は水槽の金魚をとてもかわいがっていた。
クラス中がざわめいた。
隣近所の席の子と、囁きあう。
「知ってる?」「誰だよ?」「しらねー」「だって昨日の放課後って、皆――」
nextpage
前日の放課後は、クラスのリーダーW君がドッジボールをやろうって言い出して、全員校庭に行ったはずだ。
結構白熱して、結局暗くなるまで皆残ってたっけ。
たぶん、全校生徒の中で、僕らのクラスだけが遅くまで学校にいた。
nextpage
「先生が放課後に一度、教室に立ち寄った時はまだ異常はなかった。で、今朝はもう真っ黒だ」
クラスはしんと静まりかえった。
担任はこのクラスの中に犯人がいると思っている、そのことに全員が気づいたからだ。
nextpage
「もう一度聞く。だれがやったか、知っている奴はいるか?」
担任が静かに、しかし怒りをこめて問いかける。
皆うつむいた。
お葬式のようなこの空気、苦手だ(得意な奴はいないと思うが)。
僕自身にやましいところはないのだが、連帯責任というような雰囲気に飲まれてうつむいてしまう。
nextpage
クラスの様子を見て、担任は言った。
「わかった。全員目をつぶれ。心当たりのある奴は手を上げろ。皆早く帰りたいよな?先生もだ。でも誰も手を上げなかったら、ずっとそのままだ」
えらいことになったものだ。この大人もちょっと、冷静じゃない。
nextpage
wallpaper:1
目をつぶれ、と担任は繰り返した。
真っ暗になる視界。
聴覚だけが敏感になる。
nextpage
時計の針の音。
誰かが椅子を引く音。
抑えた咳払い。
廊下や校庭から聞こえてくる、下校する生徒たちの声。
nextpage
耐え難い時間だった。
静寂の中、担任が皆の席の間をコツコツと歩き回る。
――早く帰りたい。
――なんで自分までこんなことに。いい迷惑だ。
――誰か!やった奴!早く名乗り出て手を上げろ!
nextpage
僕は焦(じ)れた。
そして耐えかねて、こっそり薄目を開けた。
nextpage
wallpaper:213
ひょうきんでお調子もののH君。
クラスのリーダーW君。
同じ班のM君、Tさん、A君、Sさん。
そして、となりの席の、憧れのNさん。
他のクラスメイトたち。
皆、目をつぶってうつむいている。
nextpage
そして皆、
黙って僕の方を指さしていた。
物言わぬ、動かぬ石像のように。
nextpage
僕は息を飲んだ。
コツコツと足音を響かせ、担任がゆっくりと僕の方に近づいてきた。
作者綿貫一
こんな噺を。