私が、中学生の頃のお話です。
その日は、父の仕事の寄り合いに付いて行き、そこで、会食に与り、地元に帰ってきたのは、夜の10時を過ぎようかという頃でした。
地元の村に入るまでに、トンネルを通って帰ります。
暗く細い国道を走りつづけ、そのトンネルに入る時には、私はいつも
『あー、もうすぐ家に着くなぁ。』と思いながら、
何気なくトンネル内の歩道を見るのが、クセでした。
この日も、何気なしにオレンジ色の光に照らされてるトンネルの中を、父の運転で、私は歩道を見ていました。
トンネルの真ん中に差し掛かった時、
父が突然、
『おい…あれ見てみろ。』と私に話しかけました。
なぁに、と返事をして、父の指差す方を見ますと、
何やら、人が歩いていました。
よく見ると2人…。
近づくにつれ、それが大人ではない、ということがわかりました。ちょうど、私と同じくらいの年頃ではないかと、遠目にもわかりました。
『なんじゃ、こんな時間にィ。誰だ、お前わかるか?』と
父が私に聞いてきました。
小さな集落なので、中学校で知らない顔はいないのです。
『あー、あれ、〇〇と□□じゃない?』
後ろ姿が、どうも同級生に似ています。
車は走り続けている為、2人との距離はさらに近づき、
真横を通った時、顔が見え、
『あー、やっぱり〇〇と□□だわ。止めてよ、お父さん。』と私が言うと、
父はハザードを焚き、車を止めてくれました。
2人は、驚いたような顔をしてこちらを見ましたが、
窓を開けて、
『何やってんの?あんたら。なんで、こんな時間にこんな所歩いてんのよ。』と声をかけた私に、
最初は、ポカンとしていたのですが、
2人で顔を見合わせるや否や、
ガードレールを跨いで、歩道から出てきて、
私が顔を出す窓にしがみつく様に、
『おじちゃん!お願い!俺らも乗せて帰って!お願い!』
と、喚き立てました。
父も私も、2人のその様子に驚き、
『なんだ、どーした!危ないから、早く乗れ!』と
父も吊られて大声になっていました。
2人は、後部座席に飛び乗る様に入ってきて、
『ヤバかった!ヤバかった!』と繰り返します。
乗せた側の私達には、何のことやら全く分からず、
『何があった?』と父が聞いても、
『どーしたの?』と私が聞いても、
2人は下を向いて、〇〇は耳をゴシゴシ、手で擦っているし、□□も俯き加減で、真っ青な顔をし、口に手を当ててフーフー息をしているのです。
父は、きっと、腹が立ったのでしょう。
2人を家に送り届けず、駐在所に連れて行きました。
『降りろ!』と2人の首根っこを捻り上げ、ぐいぐい引っ張って駐在所に入っていきます。
私も、その後ろを付いて駐在所に入って行きました。
私が、駐在所に足を入れた途端、〇〇が
『にゃにゃみ!頼むから、早く、扉閉めて?!』
と、少し慌てた様な、怒ってる様な声で言ったので、
私は、
寒いのかな?ぐらいに思って、ごめんごめんと謝りながら、扉を閉めました。
父が、
『そんなこと、どうでもいいから、お前らここ座れ!』と
椅子に座る様に言ってると、
中から駐在さんが出てきてくれました。
『毎度です。どうしたんですか?』
駐在さんと父は、とても仲が良く、挨拶はいつも、
『毎度です。』から始まります。
父は、ここに来るまでの事を、駐在さんに話しました。
2人がトンネルを歩いていた事。
こんな時間に、子供2人でいてた事。
何をしてたのかと聞くのに答えない事。
このまま家に帰すのも、と思い、ここに連れたきたと、説明をしてる父の傍で、
〇〇も□□も、俯いて、真っ青な顔をしていました。
私は、2人が、何だかよくない事をしたのではないかと想像し、
『あんたら、しょうもない事したんだったら、
せめて、自分の口でちゃんと言ったほうがいいよ?
もう、来るとこまで来てしまってんだから。』と、
言うと、
駐在さんも、
『助けてもらっといて、何があったのかも話さないのか?
何をしたんだ、一体。
誰か傷付けたり、何かを壊したりしたのか?』と、
言いました。
すると、〇〇が、震えた声で、
『誰も傷付けたり、してない…。』と答えます。
『壊したりもしてない…。』と答えます。
じゃあ、どうしてそんな顔してるのよ?
そう聞こうとした時、
父が、
『おい…、
お前ら…、どこ行ってた?』
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そう聞きました。
その瞬間、2人はビクっと肩が上がり、
〇〇は、車の中でしていた様に耳を擦りだし、
□□は、とうとう吐いてしまいました。
それでも父は、
駐在さんが、□□の背中をさすろうとするのを制し、
〇〇が耳を擦るのを、ぐっと手を持ち、
『言え…。
お前ら2人、どこ行ってた?』
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一緒にいてる私までもが、真っ青になりそうなほどの、
無表情な顔つきで、視線だけを、彼らに落として、
静かに、もう一度、聞き直しました。
どう見ても…、父は、相当怒っているようです。
『爆発する前に、早く、自分で答えて!
お父さんには、嘘は付けないから!
自分で答えて!』
父の怒り狂った時の恐ろしさを知っている私は、
〇〇の肩を掴んで、そう言いました。
〇〇は、私の言葉に、意を決した様に、
『廃ホテルに行った!肝試しに!
そしたら、最初、何ともなかったのに、
何か時間経つにつれて、獣の匂いって言うか、大きな動物の匂いって言うか、してきて…、
ペタペタペタペタ、ずっと足音も付いてきて、…、
走って、ホテルから出て、帰ろうとするのに道がなくて、
足音は付いてくるし、□□は、匂いはわかるけど、足音は聞こえないって言うし、
でも、本当にずっとついて来てて、
とりあえず、あった道歩いてたら、
トンネルの反対側の入り口に着いた…。
でも、トンネル歩き出したら、今度は、足音と…、
何か、音が、聞こえてきて…』
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そこまで話すと、〇〇は、ギュッと目を瞑り、
また耳を擦りだしました。
彼らが入った廃ホテル…。これは、私たちが生まれた頃に、経営不振から倒産し、オーナーがホテル内で自殺をしたと言われる所です。
トンネルの横に立っており、川向こうからもその姿は見る事ができますが、
蔦が、高く絡み、育ちきった周りの木々が鬱蒼と取り囲み、昼間に見ても、近寄ろうと思う事すら、拒んでしまう様な出で立ちの場所です。
心霊スポットとして、その名、その場所を知る人もいるらしく、
面白がって、肝試しに来る人もいるそうなのです。
私達は、学校や親から、
『廃ホテルといえども、勝手に入るのは不法侵入です』と教えられ、
『もし、行ったとしたら、どの学年であろうが、
法のもとに、厳しく罰して貰います』と言われている場所でした。
親や学校は、そうまで言って、私達がその場に出向かないようにしていたのだと思います。
〇〇と□□が、口を開かなかったのは、このせいもあったのでしょう。
私は、2人を見て、
『アホだよ、あんたら。』と思いながらも、
どうにか、許して貰えないかとも思いました。
父をチラチラ見ていると、
父は□□に、
『お前、何で気持ち悪いんだ?』と聞きました。
□□は、
『匂いが、鼻の中からする。
とても、臭い…。』と答えました。
父は、駐在さんに、
塩水を持ってきてくれるか?と頼み、
今度は、〇〇に、
『お前、まだ、音、聞こえるのか?』と聞きました。
〇〇は、
『にゃにゃみ達に声かけられてから、音は、聞こえたり、聞こえなかったりする。』と答えました。
父は、塩水を持ってきた駐在さんに、
塩をくれるか、と言い、
□□に、
『上向け。』と言うと、
塩水を口に含み、そのまま何と、□□の鼻を咥えました。
□□は、バタバタ暴れるのですが、
上から父に羽交い締めにされているので動く事ができず、
しばらくすると、ゴッ!と音がして、口から大量の水が出て来ました。
3回ほど、彼は、それを繰り返され、
鼻水と塩水と涙と…、父のヨダレで顔はグチャグチャになっていました。
父の行動に、ショックを受けたであろう□□は、
駐在所に力なく、横たわっていました。
そんな□□に言葉をかけることもなく、
次に父は、
〇〇の手を掴んで、ガラガラっと駐在所の扉を開け、
相撲でも取るかのごとく、塩を撒き散らし、
その撒き散らした塩の上に〇〇を立たせて、
力任せに、〇〇に向かって、塩を撒き散らしました。
まるで、叩きつけるかのように、何度も何度も…。
そして、□□の事も引っ張って連れてきて、
『自分の1番怖い声で、
出て行け!
って唸れ!』と言いました。
2人は、父の顔を見た後、お互いを見合わせ、
そして、各々の声で、
『出て行け!』と
言っていました。
私と駐在さんは、呆気にとられ、
それを黙って見ているしかありませんでした。
2人がそう言い終わった後、父は、
『どうだ?匂いするか?』と聞き、
□□は、
『…あれ、無くなってる。』と言い、
〇〇は、
『…さっきと、音の聞こえ方が違う?』と言います。
2人は声を揃えて、
『除霊、したのか?』と父に聞きました。
座れ、と2人に言うと、父は、
『面白がって行って、
お前らは【何かが起こる】と無意識に期待して、
自分でそこにハマって行ったんだよ。
こんな、ただのおっさんが、除霊何か出来るかよ。
くさい匂いがする鼻に、おっさんが口つけて、水、入れてきた。
変な音するって言ったら、おっさんが力任せに塩、ぶつけてきた。
その時、何思った?
ホテルで怖かったとか、取り憑かれたかもとか思ったか?
違うだろ?
単純に、
なんだ、このおっさん、こわっ!
って思わなかったか?』
2人は顔を見合わせました。
塩なんてもんは、この行動が意味あるって思わせる為のものでしか無く、
何でもかんでも、塩で片付くなら、世の中、世話ないよなと父が言います。
本当は、何か怪奇現象があったのかもしれない。
本当は、取り憑かれるということなのかもしれない。
でも、大抵は、自分の思い込みだったりするんだよ。
何でもかんでも、死んでる人のせいにするもんじゃない。
ビビってるくせに根性試しなんかして、無駄に怪我したり、しんどくなったりする事もあるんだよ。
お前らは、行くなって言っても行くバカだし、気が動転して、道はわからなくなっちまうし、怖かったし、怖かったし、怖かったし…、ってなっただけだ。
と、言い、
『根性無しがッ!2度と、ふざけて行くんじゃねーぞ!』
腹の底からの、父の1番怖い声で、2人に唸り声をあげました。
その後、学校に報告するのか、家族に報告するのか、駐在さんにお任せしますと、父は言いましたが、
駐在さんは、
『今回は、このおじさんに免じて、胸にしまっておくよ。
2度と、無茶はしないようにね。周りの人達に、もし、今日の君たちみたいな人がいたら、ちゃんと注意して、止めてあげて下さい!』と
おっしゃり、2人は晴れて、帰宅の路につく事になりました。
好奇心というのは、誰もが持合わせ、多からず少からず、私達の行動を左右する事があります。
しかし、好奇心で動いた上で、仮に降りかかる難があったら、『それも自分で蒔いた種である』という事を忘れてはいけないなぁと思いました。
好奇心という名の甘い蜜で、知らず識らず、何らかの副産物も育ててしまってるのだと言う事を忘れてはいけない。
自分が何をしてるのか、よく考えなさいと言う事を、
父は彼らに伝えたかったんだと思います。
さて、休日明けに、学校で、元気に顔を合わした私達…。
〇〇と□□は、
『こないだは、ありがとう。』と言いに来てくれました。
私は、
『あれから、なんとも無かったんだね。良かったよ。』と笑って、答えました。
〇〇からは、
『おじちゃんにも、ありがとうって伝えて。』と言われ、
□□からは、
『俺の1番怖いものは、おじちゃんですって伝えて。』と言われました…。
鼻を咥えられた事が、相当、堪えたようです…笑
作者にゃにゃみ
父と一緒にいると、なぜか事が大きくなる時があるのですが、
なんでかしらと考える時、
いつもこの出来事が頭の中に浮かんできます。
身を以て知れ!知ったら、しっかり考えろ!
古臭いのかもしれませんが、どこか人の考えるという事の根本のような気がして、嫌いになれません…笑