大学院まで出て入社した会社を1ヶ月で辞めた。
社会は理不尽なもの。
社会の人たちは俺を「バカなやつ」そう烙印を押す。
そんなのわかってた。
けど、他の人は当たり前に享受できてるものをできなくて。皆、自分だけのちゃんとした名札をもらってる。
でも、俺にはない。自分から名札をくれ。って言うのはなんか違う気がしたんだ、受け入れてもらえる努力は当然だけど、受け入れてくれる場所じゃなきゃできない。有給を使えば、休日にその分タダ働き、嫌味、指導はなく放置。少しだけでいい触れあえる環境が欲しくて、でも望めなくて
俺の我慢が足りなかった、甘かった。全部俺のせい。
でも。あそこで、あの環境で35年、全国、海外を飛んで勤めあげる自信がなかった。
人も、環境も、仕事、どれか1つでも納得できるならよかった。けど、どれもダメだった。
俺のせい。全部俺のせい。
どれか1つでも満たすための退職。
自分の甘さを後悔した、大きな会社で一流と呼ばれる会社だから
なんとなく、大丈夫だろう。なんて思ってたが甘かった。
俺の抱いていた理想や自信はあっけなく砕かれ、心を折られ、食事も睡眠もとれなくなっていた。
実家に戻った俺は「場所」を満たすために公務員を目指し勉強していた。
「無職」の俺は肩身が狭かった…気持ち的に。当然だ。
退職はしたが社会に爪の先くらい触れることで学ぶことはできた。それについては感謝してる。
しかし、将来が不安な毎日が続いていた。勉強してるときだけが依り所になっていた。
そんな俺は気分を、気持ちを替えるためにわずかな金銭と自分の車で旅に出たんだ。
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俺は九州の人間だったから、九州は一通り回ってた。だから本州に行こうと、関門海峡を通過して数時間、ナビもなしにフラフラと中国地方を走っていました。
時間は午前0時を回った辺り、山の側の道にいました。
俺の助手席には女の人がいました。
俺は少しだけわかる人間なんです。
ただ、いつもわかる訳じゃありません。精神的に落ち目の時や、大きく揺れるときがあると大きくわかるようになる。そんなタイプなんです。
精神的なものから来る錯覚だろ?といわれればそうなのかもしれませんが、俺にとっては"居る"し"在る"モノなんです。
変な言い回しになりますが、俺と女には"面識"があります。俺が勝手にそう思ってるだけかもしれませんけど。
この"人"は俺にずっと憑いています。
始めて会ったのは高校生の時です。まぁ、その話はまたとして。
大学生の時も一人暮らしの俺についてきて。
実家に戻るのにもついてきて、今またついてきてます。
もう、慣れてしまってなんとも思いません。
むしろ、貴女はいつも側にいてくれるな。なんて、思うほどでした。
隣にこの人がいるってことは、「今ならわかるかな?」なんて思ってバックミラーを見ると。
よくある、バックミラーに後ろの席に座る霊が映るってやつ。
まぁ、そんなのいなかったんだけど。
今なら後ろにいても驚きはしない。どっちみち隣にいるし後ろにいても構わないし…
そんな風に感じてた。
道なりに進むこと30分、すれ違う対向車もなくチカチカする街灯をいくつもすれ違った。
窓を開け、煙草に火をつけた。
フーッ…
落ち着くな…なんて、助手席に乗せたまま思っていた。人によっては悲鳴でもあげかねない状況だったと思う。
後ろからの車も、対向車もない。
にもかかわらず、ふとドアミラーに目がいった。
すると、俺が俺を見てた。何をいってるか分かりにくいかもしれませんが。
俺は顔を前に向けたまま目だけミラーにやったんです。だけど、ミラーに映る俺は顔ごと俺に向けていた。つまり、現実の俺と鏡の俺が違う動きをしてた。
…ゾクッと身震いした。
今まで見たことはあってもそれは"他者"であって、俺自身の姿をしたものは見たことなかったから。
鏡の俺は俺と目が合うと視線を反らし、ハンドルをいきなり左へ切った。
実体と影が同じ動きをするように。
今は、実態が鏡で、俺が影。そんな、感じ。
ヤバイ…これは、マジなやつだ…
今までは無視してればなんとかなった。
けど、今回は違う。
目が合った…俺がわかると知られた…!
左へ傾くハンドルを右に回して立て直そうとするがうまくいかず、左へそれていく。
ブレーキができない。アクセルから足が離れない…
段々、大きくそれていく…
川…!?
川へと引き寄せられるように進む…
クソっ…!
グイッ…
あと数秒続けば川に突っ込む。すんでのところでハンドルが右に切れた。
助かった…!でも、なんで?!
ハンドルを見ると左から手が伸びて、ハンドルを右に回していた。
助手席の女がハンドルを回してくれていた。
どういう理由かはわからない。けど、助けられた。それだけは事実のようだった。
女は手をハンドルから離し、俺はブレーキを踏み、車を止めた。
山の麓の畦道だった。
目の前には鳥居と上へと続く階段。
普段なら知らぬ土地で知らぬ神に近づいて行くようなことはしないのに車を降り、上へと上がっていった。
月に微かに照らされた階段を上がっていくと、何故か段々暗くなっていった。月に近づくわけだし、明るくなるならわかるが木で覆われるわけでもなく暗くなっていった。
その時の俺は、そういう考えを持つことがなかった。
なかなか長い階段を上り終えると
そこには異様な光景が広がっていた。
真っ黒な影のような人が20人ほどいた。
なんだ…この人たち、こんな時間に…って、人のこと言えねぇけど
雰囲気に圧倒され気圧されていると
カツ…カツ…カツ…
階段を上ってくる音がする。
その音に驚き、木々の間へと飛び込んだ。
上ってきたヒトもまた境内にいるヒトと同じような感じだった。
しかし、先ほどと違って近くで見たため様相がはっきりと見えてしまった。
…っ?!
上下が裏表が…逆…?!
足が手の位置に、手が足の位置に
普通人の肘は上に向かって曲がるが、下に向かって曲がり
膝は後ろに向かって曲がるはずが前に向かって曲がっている
嘘だろ…
こんなのがこんな数…
普通じゃない…マズイマズイマズイ…
頭の中で警報が鳴っているのに足が動かない
境内のモノたちから目が離せない
俺のあとからきたやつが着くと、やつらは中心に集まり神社本殿に向かって拍手を始めた…
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
ただ、俺の知る拍手より音が籠ってる………裏拍手………
ただでさえ異様な様相なうえ、裏拍手かよ……
心臓が破裂するんじゃないかと言うほどに高鳴っている
震える足…
ザリッ…
動ける体じゃないにもかかわらず地面を摺り足してしまった
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
………………
鳴っていた音が一瞬にして止み、やつらが木々の間の俺へと振り返った
口
鼻
目 目
やつらの顔はパーツの位置が上下反対だった
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ
やつらは異様な関節を駆使して俺に向かって走ってきた
トンッ…
刹那、あの女に背を押され俺の足が動いた
血がたぎる、血が沸騰する、漫画だけの表現だと思っていたがいい得て妙、実に的を得た表現だった
転がるように階段をかけおりた
ハァ…ハァ…ハァ…
かけ降りてきた階段を振り返ると、やつらは追ってこなかった
階段の頂上に揺れる長い髪が見えた
俺は息を整え車に乗りこの地を離れた
道中気がつくと女は…いや、彼女は助手席にいた
朝、図書館へと向かいこの地にまつわる事柄を調べてみると"ヒョウリ"、"サカウラ"、"クロビト"なんて呼ばれるものだろうとわかりました
ただ、神域であるはずの境内にいたのかはわからなかった
そもそも、あの神社は本当に存在したのかさえわかりません。確かめようとも思わないけど。
あの神社へ導いたのが彼女単体なのか
ミラーのなかのモノと彼女がグルであそこへ向かわせたのか
俺がやつらにあてられて行ってしまったのか
わからない
けど、彼女にまた助けられた
それだけは事実なようだ
俺と彼女がついてくる旅は始まったばかりでした
作者clolo
お読みいただきありがとうございます。
つたない文章失礼します!