私がまだ若かった頃のお話しです。
当時、私は3日仕事しては3日遊ぶ...という生活をしていました。
一応、正社員で働いているのですが、その職場ならではのと言いましょうか、
シフトがかなり融通が利く職場でしたので、昼は本職、夜はスナックでと3日間働き、次の3日間は、寝る間も惜しんで遊んでおりました。
そんな私はある日、友達の務める美容室の、キャンプに誘ってもらいました。
キャンプとはいっても、大きめのコテージを借りて、美容室のご家族なども一緒の、小さい社員旅行のようなものでした。
私の母の紹介で勤めていた友達が、「にゃにゃみを誘っていいか?」と聞くと、店長さんはどうぞどうぞ、と快諾してくれて、私も図々しくお言葉に甘えて参加させてもうことになったのです。
予定は、2泊3日で県外に行き、昼は海で泳ぎ、夜はコテージの敷地内でバーベキュー...、
私はお客としてもお店を利用していたので、その年に入った美容師さん以外は顔見知りでしたし、新入社員の美容師さんも、ほかの家族の方も、とても気さくな方たちばかりで、
あっという間に打ち解けて、楽しく会話したり、一緒に食事の準備をしたり、小さな子供ちゃんもいたので昆虫採集をしたりして過ごしていました。
私の友達は、
「疲れてない?3日とも、ここでごめんね?」
なんて謝っていましたが、
私は、
「こっちこそ、呼んでくれてありがとう。良かったら、また誘ってよお。」と、
ここでもまた、図々しく、次の会のお誘いをねだっていました。
楽しく過ごす賑やかな時間はあっという間に2日目の夜となり、
お酒を飲みながら、コテージのデッキで、輪を書いて、
たわいもない会話を楽しんでいたのですが、
風がフッ....と吹き、虫除け用のろうそくタイプの灯が消えてしまいました。
オチビサン達はもう寝てしまっていて、起きてるのは大人だけ...。
なので、虫除け用のろうそくを5個、バラバラに配置し、みんなが向かい合う和の真ん中には、ランタンが1つあるだけでした。
山の囲まれているかのようにあったコテージに、街灯の灯りが届くことはなく、
5つのろうそくの火が1度に消えてしまうと
それだけで、ズンと、闇が濃くなったような感じがしました。
「風、出てきたし、外で火をたくのも危ないから、中に入ろうか?」
店長さんの言葉で、その場にいた全員が、中に入ります。
私も最後から2番目に部屋に入り、一番最後は私の友達でした。私の友達は後ろ手に扉を閉め、カーテンを引くため、扉の方に振り返ったのですが、驚いた声で、
「アッ!!」
と言い、閉めた扉を、またすぐに開けました。
私は、
なにやってんだ、こいつ?酔っぱらってんのかな?と思い、その様子を見ていたのですが...、
今度は、
「えっ?」と言い、開けた扉のノブを持ったまま、固まっています。
あー、酔っ払いめ...。
私は、友達がやっぱり酔っているのだと思い、
「あんた、何やってんの?閉めなよ、早く。」
そう言って、友達の手ごとノブを掴んで、扉を閉めました。
「おかしいな、僕らで最後?」と聞いてきたので、
そうだよ。と私は答え、首をひねり続ける彼の手を引き、先に飲みなおしている人たちのもとに混ざりました。
コテージ内に入った時に、そのまま就寝した人もいたので、リビングには私と友達を含め6人ほどしかおらず、
また少し何て事ない話をしていたのですが、
6人のうちの1人、Aさんが、
虫よけのろうそくを手に取り、
「百物語、しようか?」と言い始めました。6人しかいないのに、百物語...。いえ、それ以前にあまり、そんな事を好まない私は、
「しない。」ときっぱり断りました。
その人はかなり酔っているようで、「なんで?なんで?」と
しつこく聞いてきましたが、
「楽しかったのに、台無しになるようなことはしない。それに、そんな怖い話、私は知らない。」と私が言うと、
「そっか、じゃ、聞くだけ!それならいいでしょ?」と言い、私の前にもろうそくを置いて、
「にゃにゃみちゃんは、話を聞いて怖かったら、その話で吹き消せば良いからねぇ~」と、
輪を小さくして、話し始めました。
他の人達も満更ではないらしく、それぞれの持ちネタを話していきます。
私は、飲みながら、ソファの上で体育すわりをして話を聞いていたのですが、
友達が、皆が話に熱中しているすきを見て、私の横に座ってきました。
「僕、怖い話なんて持ってないけどさ...。」
「じゃあ、あんたも、ちゃんと断んなさいよ...。」
私は、さほど怖くもなく、また酔いのせいか、何を言ってるのか聞き取れないところもある百物語に、若干イライラしていたので、友達のことも冷たくあしらおうとしました。
「うん、でもさ...、さっきから、ずっと怖いんだよ。」
.........?なに?
私は、話を聞いて、怖くて仕方ないと言ってるのかと思い、
「バカだね、あんたは。もう、コッソリ寝なよ?」と言ってる間に、とうとう、友達の番になってしまいました。
Aさんに早く!早く!と急かされる友達は、渋々と言った様に、私の横から腰を上げ、
ちょうど私の前に座りました。
「あー、ンもう、どんくさいな、話なんて持ってないくせに...。仕方ない、消さないつもりだったけど、ろうそく、ここで消すか...。」と
ネタがないという友達のフォローを思いながら、どうするのか、耳を傾け、見守りました。
すると、彼は...、
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「あのぉ...、たぶん、気のせいじゃないと思うんですけどね...、
聞こえないんですか?
さっきから、変な話声が、話をしてる人の後ろから聞こえてくるんですけど...。
怖い話ししてる時は、その人の後ろにいるから、何言ってんだかよくわかんないんだけど...、
ろうそく、消すのに、息吹きかけますよね?
『もっと、もっと...』って、そう言って、
目だけわかる、真っ黒いのが、
みんなの前に座って、下からのぞき込むような感じで笑ってるんですけど...
みんな...、見えませんか?
僕はさっきから、ずっとそれが怖くて.....、
ろうそく、消さなきゃ、だめですか?」
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そう言い、すでに明かりの消えているろうそくを、
すーっと流し見て、最後に、私のほうに振り返りました。
一瞬、私と目が合ったのですが、すぐに視線が微妙にずれ、
私と彼の間にいる何かを、ずっと、凝視していました。
恐怖するでもなく、その表情は、何といえばいいのか、、、、生身の人間ではなく、
すっかり何かに呆けてしまっているような、まるで中身の無くなった人間の様でした。
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そんな友達の姿に、その場にいた全員が、しばらくの間、唖然としていたのですが、
Aさんが
「おまえっ、びびりすぎなんだよ(笑)
はいっ、これで終り~っ」と、
フッ!とろうそくを消しました。
「あああっ!!!」
友達は、ろうそくの消える音を聞いたとたん、大きな声を上げ、後ろ向きに倒れてしまいました。
「ちょっと!!どしたのよ!!」
大声で、私は友達に声をかけ、
「電気つけて!!」
そう言い、彼のそばに座り込みました。
電気がついて明るくなった部屋...。
彼は、口から泡を吹いていて、目は白目をむいています。
ヒッ!!という誰かの声にならない驚きが、部屋に響きました。
「駄目だ、救急車呼ぼうっ!」
私がそういうと、店長さんは慌てて電話をかけ、Aさんはズルズルと、腰を抜かしていました。
胸の音は少し早いですが打ってるし、うろ覚えで脈を触るとこちらも打ってはいる。
「どうしたの?!」
騒ぎを聞きつけ、先に寝ていた人も起きてきて、救急車が到着するまでに、コテージは大騒ぎになりました。
Aサンに至っては、
「死んでしまった!」と思ったらしく、
頭を抱え込み、
「俺が...、俺が...、」と泣き出していました。
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運び込まれた病院で友達は、『急性アルコール中毒』と診断され、
処置を施され、そのまま少し入院して、無事、美容室に帰ってきました。
復帰祝いと称し、私も誘って貰った席で、
Aさんは、
「本当に悪かった。」と、泣きながら謝っていたのですが...、
当の本人、私の友達は、このことを何も覚えていないのです。
ケロッとした顔で、「泣くほどのことですかあ?」と
笑ってAさんの肩をたたいていました。
急性アルコール中毒で入院したにも拘らず、誰も、
「お前は飲むな。」と止める人はいませんでしたが、彼は自ら、
「もともと、合わなかったのかもな、酒はやめるよ。」といい、以降、どの席でも、飲むことはなくなりました。
そうかしら?彼はお酒と合わなかったのかしら?
だって、もともと、彼はそんなに飲む人ではないのです。私なんかに比べると、彼は自分の適用量を、しっかり把握して、守って飲んでいるような人...。たくさんの量を飲まなくったって、適度な量で楽しむことのできる人なんです。
あの日だって、前の日も飲んでるからと、ゆっくり飲んでいて、
「1缶空けるのに、何時間かかるんだ、あんた。ぬるいでしょうが、そんなビール!」
と私に言われていたぐらいなんです。
誰もが、それをわかっているから、なんとなく、彼の身に起きたことをアルコールだけのせいとは、とても思うことはできませんでした。
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そんな彼、しばらく後に、私に言いました。
「外で飲んでて、ろうそく消えたでしょ?で、中に入ったよね?
あの後ぐらいから記憶ないんだよ。
でもさ、思い出そうってすると、すげー気持ち悪くなるんだ。なんか、見た気がするんだけどなぁ。
それがね、絶対、原因だと思うんだよ。
でもさ、知ったら、『酒』とか『百物語』とか、関係なしに、今度こそ取り返し付かないことになりそうだから、
もう、忘れることにするよ。」
あの日、彼がデッキに見たものは何だったのか、百物語の時に聞こえた声は何なのか、黒い眼だけはわかる何かってどんなものか、
私と一瞬、目が合った後、何を...、見ていたのか....?彼と私の間に、何が存在していたのか...?
同じ場所にいたのに、何も見えず、感じることのなかった私は
ただ、
「そうだよ、すべて覚えておく必要はないよ。忘れちゃいな。」というしかありませんでした。
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今は、結婚して奥さんの故郷でお店をしている彼に会うことはありませんし、年賀状でのお付き合いしかないような状態ですが、元気な笑顔で、3人のお子さんと奥さんと一緒の写真付きで幸せそうな友達の顔に、ホッとします。
忘れることも、時には必要なんですね...。
作者にゃにゃみ
今回もまた、「何だったのかな?あれって。」というお話です。
楽しんでいただければ、幸いです。