N県のOさんの10歳頃の話。
ある夜の事、Oさんはなかなか寝つけずに、ベッドに入ったままいつまでもモゾモゾとしていたという。
しばらくしてOさんはトイレに行く為に起きた。
用を足し終えたOさんは、何気なくトイレから続く廊下の奥に目をやった。
そこには、足踏み式の古いミシンが置いてあり、Oさんの母親は電子ミシンを使っているのでそれは半ば廃品だった。
その古いミシンが目に入った瞬間の事だった。
ふと、誰かがその前に座っているような気がした。
一瞬、目の錯覚だと思ったそうだ。
その為、目をこすって今一度よく見直した。
ところが間違いなく、誰か.........女性が座っていたのだ。
Oさんが見た瞬間、その女性はミシンをガタンガタン、ガタタンと作動させ始めた。
手は使わず両側にだらりと垂らしたまま、足だけを忙しく動かしてミシンを鳴らしていた。
Oさんは金縛りにあったように身動きが出来ず、その様子をただ見つめていた。
女性は、時折クスクスッと笑った。
髪を短く切った、まだ若い、青白い顔だった。
Oさんは全く見覚えがなかったという。
誰かがOさんの知らない時に泊まりに来ていて、その人がミシンをいじっているのかとも考えたそうだ。
あるいは泥棒か、とも思った。
それにしては様子が変だった。
もしかしたら、どこかの気の触れた人が.......。
そう思ったその瞬間、ふいに女性がOさんの方を向いた。
その途端、Oさんは思わず腰が抜ける程驚いた。
女性には目が、無かったのだ!
目のあるべきところには、ただのっぺりとした青い膚があるばかりだった。
そしてその女性は笑いながらいきなり立ち上がり、Oさんの方へ歩み寄ってきた。
Oさんは震え上がり、後ろも見ずに自室へ駆け込み布団を被り、そのまま寝ずに朝を迎えた。
ドタドタとOさんを追いかけてくる足音を聞いたような気がしたが、朝までは何もなかった。
翌朝、Oさんの母親が起き出した気配に安心して部屋を出て、すぐに廊下の奥の古ミシンを見た。
するとミシンには、茶色の糸がめちゃくちゃに絡まっていた。
Oさんの母親は誰かのイタズラだと言って怒ったが、Oさんは何も言えなかったという。
作者西園寺 紅音
古い足で踏んで動かすミシンの話です。
今ではめっきり見なくなりました。
この話も30~40年前の話です。
余談ですが、我が家の廊下の奥にも足踏み式のミシンが役目を終え、眠っています。