中編7
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妹が見つけた…

私が中学生の頃、

家でゴロゴロしていると、

妹が慌てて、家に飛び込んできたことがありました。

ばあちゃん!ばあちゃん!と大きな声で呼びますが、

あいにくばあちゃんは出かけており、

私は、妹の騒ぎ立てる居間に行き、

『どうしたの?怪我でもしたの?』と聞きました。

すると妹は、

『違うよっ!変なのがいたんだよ!

裏の畑んとこに、変なのがいるんだよっ!』

変なの?

私達は、ど田舎育ち…。

街の人に話をすると、ビックリされるくらい、野生動物と近い距離で生活しているような所で育ちました。

そんな私達は、たいていの生き物に抵抗なく育っていたのですが、

変なのって…、何なの?

『何よ、生きてるの?動くの?』

妹は、いたずらの過ぎる子で、よくわからない嘘をついたりすることもよくあったので、

私は半分、

『またなんか、訳わかんないこと言い出したよ、この子は…。』と

煙たい顔で聞きました。

ところが妹は、必死になって、目を潤ませながら、

『いるよっ!本当だよっ!動いてた!ゴソゴソしてたもんっ!』

裏の畑で、ゴソゴソ…?

おおかた、猿やタヌキが畑を荒らしに来てるのを、

変に見間違えたのではないか?

私はそんな風に考え、妹にそう言ったのですが、

『私は目は良いのっ!ちゃんと見たもんっ!

来てよっ!一緒に見てよっ!』

何度もいもうとの、そんな手に乗って、

引っかかったと手を叩いて笑われた私…。

絶対嫌だ…、心の中でそう思ったのですが、

いつもと様子の違う妹の慌てぶりに、

渋々立ち上がり、

『何でもなかったら、本当に許さないからねっ!』と言い、妹に付いて裏の畑に行きました。

『隠れてっ!』

小藪になっているところまで来た時、妹は小声で私に言いました。

何よもう、邪魔くさい。

ため息をつきながら、妹の言う通りに、しゃがみ込み、

藪の中に身を潜めました。

そっと、手で藪を掻き分け、畑の方を見ましたが、

おかしな所も、変なものも、見えません。

『何なのあんたは。何も無いじゃないのっ!』

腹が立った私は、妹にきつく言いました。

ところが妹もまた、

『本当だよっ!居てたんだもん!ここにいたんだよっ!』

そう言って、畑の1番山に近いところに走って行きました。

私は、本当に嫌気がさしながら、

妹が行く先に向かって歩いて行きました。

先に走ってついた妹が、

ヒッ!と息を飲む音が聞こえても、私は、大げさな演技を…と、呆れていました。

そして、妹のいる所に辿り着き、

『何よっ!』と妹を見ながら、聞きました。

妹は、私を見ることはなく、

引きつった顔で、畑に指をさし、声も出ないようです。

邪魔くさい…、

そう思いながら、妹の指差す方を見た私が、

今度は、

『ヒッ!』と引きつった声をあげました。

そこには、

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ヌルっとした、見た感じ4本足の胎児のようなものでした…。

ポコッと空いた穴に、それは、ベッチャリ、横たわっていました…。

動いていないので、それはもう、生きてはいないことがわかりましたが、

見た目にもわかるヌルっとした薄い膜に包まれたそれは、

目が見開き、白目の部分が、真っ赤でした。

体は、毛などに覆われてることもなく、

かと言って人間のような肌色でもなく、

真っ白…で、

全体を、青く細い、人間でいうと血管のようなものが、幾筋も走っていました。

口からは、牛のような四角い歯が、ビッシリ並んでいるのが見えました。

つまり…、口唇は、その生き物には、

無かったのです。

ああっ!私は、そう言うと後ろを向いて、目を覆ってしゃがみ込みました。

妹も、私にしがみつき、横でガタガタ震えています…。

何だかわからないこの生き物の、よくわからない状態の亡骸が、

異様というだけでなく、おぞましいものだと、なぜか、

頭の中で、瞬時に理解した…、

そんな、感じでした…。

立ち上がって、今すぐにでも、ばあちゃんに泣きつきたい!

なのに、力が入らないのです。

腰が抜けてる訳ではない。

だって私も妹も、膝を曲げて、しゃがみこんでいる状態で、足でしっかり体を支えてはいるのです。

妹が私の腕痛いくらい掴んでいる感覚も、

私が妹の体をきつく抱き寄せてる感覚だって、

きっと互いにあったと思います。

それでも、私達は、その場に背を向けしゃがみ込んだまま、

何もすることが出来ませんでした。

妹は、かっ、かっ…と

声を出したいのに、出ないような状態になっていて、

瞬きしない目から、バタバタ涙が落ちていました。

私の方を見た妹が、震える手で、私の喉元をトトトっと叩きました。

そしてまた、辛そうな顔をして、

かっ…、かっかっ…、

何かを言いたげに、必死の形相で声を出そうとしています。

私は、とっさに、

『ばあちゃんっ!』

と、大声をあげました。

妹は、私に、叫んで!と言ってるように思ったのです…。

声が出るとわかった私は、

『ばあちゃんっ!ばあちゃんっ!ばあちゃんっ!ばあちゃんっ!』

大きな声で、ばあちゃんを呼び続けました。

買い物からばあちゃんが帰って来たのは、

叫び出して、直ぐだったような、相当、時間が経っていたような、

とにかく、ばあちゃんが、

おばあちゃんと呼ばれるものとは思えないくらいの速さで、私達の元に走ってくるまで、

私は、叫び続けました。

ばあちゃんは、私達の元に走っては来ましたが、

そのまま直ぐ、私達の後ろにある穴の中のそれを、

私達に聞く訳でもなく、見つけ、

しまったっ!という渋い顔を一瞬し、

私達の前にしゃがんで、

私達の手を掴むと、小声で、

『ばあちゃんの目を見て!いいかい?このまま、すっと立って、なるべく音を立てずに走って帰りなさい。

帰ったら、玄関の前で、立って待ってなさい。

ばあちゃんも、少し後から行くから。

いい?絶対、おうちに上がらないようにね?』

私と妹は、うなづき、

すっと立ち上がって、走り出し、

玄関の前でまた、妹と2人で、体を寄せ合い立っていました。

しばらくして、

フワッと、何やら肥溜めの匂いがしてきて、

どんどん匂いがきつくなり、

ばあちゃんが、肥溜めを撒き散らしながら、私達の元に帰って来ました。

ばあちゃんは、ここで待ってな?と言うと、家の中から、

お神酒を取ってきて、バケツに水を張り、

私達が聞き取れない声で、ブツブツ言いながら、お神酒を混ぜ合わせて、

足を付けてから、拭かずに家に上がりなさいと

言われました。

私達は言われた通りの手順で、家にようやく、入ることが出来ました。

その時になって、初めて…、

心臓が飛び跳ねるほど脈打ってた事に気付いた私は、

『生きてる…』と、

なぜか不思議にそう思ったのでした…。

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早鐘のような心臓の音が、治り出した頃、

私はばあちゃんに、何だったのかと尋ねました。

妹は、聞きたくないっといったように、両耳を塞いで俯いていましたが、

ばあちゃんは、

『あれは、まぁ、山の穢れみたいなもん…。』と言いました。

何で肥溜めを巻いていたのかと聞く私に、

『昔から、山の神さんは、人間の糞尿が苦手なんだよ。

だから、肥溜めを掬って、バケツに移したものを蒔いたんだよ。』と言いました。

あれは…、どうしたの?

『肥溜めに嵌めてきた。もうあの肥溜めは使えない。

畑のあの場所も使えないよ。

あそこは全部、コンクリでも貼ってしまわないといけない。

あんたらも、しばらくは畑に行ってはいけないよ?

せめて、コンクリが貼られるまでは、畑には入らないで。

いいね?

でないとまた、あれに会ってしまうよ?

その時に、ばあちゃんはきっと生きてはいないからね、

助けてあげられない。』

…そう言いました。

数日後、神主さんがきて、周りの住人の大人も集まり、

静かに厳かに、お祓いがおこなわれました。

妹は珍しく、ばあちゃんの言いつけを守り、

いいえ、きっとトラウマになったのでしょう。

他の畑などにも、自ら近寄る事は無くなりました…。

私も、ばあちゃんの言う通りに、コンクリ張りが終わるまでは、近寄る事はしませんでしたが、

工事が終わった後、畑に行くと、

畑全てが、コンクリバリになっていました。

そして、肥溜めのあったところには、

真新しい、私の腰の高さほどの鳥居が建っており、四方を〆縄で括られていました…。

高校生になった時、

私達はその家から、同じ地区の少し離れた家に引っ越しました。

それまでの数年間…、

特に、ばあちゃんが体調を崩してからは、

いつまた、あれがやってくるかもしれないと、

考えるたび、身が縮まるような、不安と恐怖がありました。

幸い、私も妹も、それから、あれ、に出会う事なく、

今まで過ごしておりますし、

私は地元を離れている為、今はあの場所がどうなっているのかも確かめにわざわざ足を向けるような事はありません…。

もう2度と、

あれに遭遇する事なく…、

生きていきたい…。

心の奥底に、ずっと、忘れる事なくある、

とても、禍々しい思い出であります…。

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怪異に出会ってからのおばあちゃんの対処がかっこいいですね

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浜田由香理さん、怖いとコメント、ありがとうございます。

評価頂けた事、この上ない喜びです。

また、怖楽しんでいただけるように、励みにします。

返信

今から投票しても遅いですが怖い話でした。

返信

あんみつ姫さん、怖いとコメントをありがとうございます。

そうですね、畏ろしい、の表現はとてもぴったりですね。
ウツガア様のお話も読んでみたいなぁと思う反面、あの出来事が怖い思い出で済まなくなりそうで、躊躇しています(´Д` )笑

ばあちゃんの、人よりも鋭い勘の持ち主で、頭の回る人だったので、
対処法を知っていたと言うよりも、
こうなら、これでどうだ!と、即座に私達を守る為の行動を起こしてくれたのだと思います。

『よくある事、じゃないよ。
よくあって堪るかね。
本当は、見るもんでも、触るもんでも、感じるもんでもないはずのもんだよ。

忘れてはいけないけど、
続かない様に、塞いでしまわないといけないのよ。』と、
掴める様で掴めない説明をしてくれました。

何故、妹はそれを見るに至ったのでしょう。

見る様に、触る様に、感じる様に、得体の知れない、私達の知るべきではない存在に、仕組まれていた事だったとしたら、
妹はやはり、その存在の力に引き込まれかけていたのでしょうか?

何故?なぜ?…、何故ばかりの出来事です。

私と妹が、あの出来事を思い出と話せるのは、
やはり、ばあちゃんがいてくれたからだなぁと、
改めて、ばあちゃんに感謝する次第であります。

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mamiさん、怖いとコメントありがとうございます。

肥溜めに入れたのは、
ばあちゃんが『山の穢れを、神さんが吐いて行った。山の神さんは、人間の糞尿嫌うから、肥溜めあるし、入れちゃえ!』と、
思いつきの行動だったんだと思います。

他の人がどうしてたのか、他の人の畑にあんなものが落ちてた事があったのか、までは、知らないんですよ…(´Д` )
この辺の中途半端さも、とても怖かった。

『山の穢れ』自体がどんな風に悪いものなのかっていうのも、曖昧で、
だいたい、なんで、『穢れ』というものがあの姿をしてたのかも、よくわからないんですよねぇ。

でも、おっしゃる通り、肥溜めに嵌めちゃうんだから、
明らかに、神様そのもの、ではないですよねぇ…。

禍々しいものである事には、間違いないと思いますよぉ〜(´Д` )

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修行者さん、怖いとコメント、ありがとうございます。

妹が見た、何か、が山の神様だったのでしょうかね〜。
ばあちゃんが、どんなものがいたのかと聞いていましたが、妹は、気持ち悪がって、以降、何も話したがらなかったので、あれを畑に置いていったものの姿形、そもそも何だったのかは、実際のところ、はっきりとはしないんですがね〜。
ばあちゃんは、
『産んでない、吐いていった。』と、言っておりました…(´Д` )

面白怖かった、のお言葉、ありがたき幸せ…。
これからも私らしくお伝えできる様にと、励みとさせていただきます。

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