私と下の子おチビは、
毎日夕方6時過ぎに、家路につきます。
私の仕事が終わってから、おチビを保育所に迎えに行き、
2人で私の漕ぐ自転車に乗って、帰るのです。
早く迎えに行けた日には、
1日保育所で頑張ったご褒美に、少し遠回りをして、
自転車ドライブをしながら帰るのですが、
今日は、迎えが少し遅くなり、
夜の7時前になってしまいました。
薄暗くなりかけたいつもの道を、自転車で滑走していますと、
おチビがグズグズと、ダダをこね始めました。
「お利口してたのにね。チャリン、行かないのいやだよ!」
保育所で賢く待っていたのに、ご褒美の自転車ドライブ出来ないなんていやだよと…、
おチビなりに私に抗議をしている様でした。
仕方ないなぁ…、行ってやるか。
私は、ここを曲がればもう我が家という角を曲がらず、まっすぐ突っ切って、
普段、通ったことの無い、細い路地に自転車を向かわせました。
途端、おチビは嬉しそうに声をあげて喜び、手を叩きはしゃぎ、
「嬉しいねぇ〜。チャリン、涼しいねぇ〜。」と
自転車ドライブが始まったことに気づいて、機嫌が良くなりました。
この土地、この街に住んで、かれこれ9年目となりますが、
私には、通ったことの無い路地がたくさん存在していて、
今日は、迷路の様に、その路地を走ってみようと、私は知らない道知らない道と、そう思って自転車をこぎました。
路地を抜けていて気付いたのは、
その両側に、誰も住まなくなった文化住宅がたくさん連なっていることでした。
ここにも人が住んでいて、
こんなに狭い路地の両側に建っているんだから、
賑やかだったこともあったんだろうなぁ…、
そんなことを考えながら、
ご機嫌のおチビの鼻歌を聞いていました。
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両側が文化住宅の路地を抜け、
繋がってる道のままに自転車を進めると、
そこは、自転車一台がやっと通れる様な、今日1番の狭い路地に差し掛かりました。
手前と路地を抜けきった所に街灯があるのみで、
夕刻を過ぎ、夜になりだした頃だったのもあり、
その路地は、とても暗く感じました。
しかし、他に道もなく、その路地を抜け切るしか道が無いので、おチビに、
「暗い道だねぇ、急いで抜けようね〜。」と言い、
少し足を速めて、進み始めました。
真ん中あたりに来た時、
おチビがビクッ!と体を揺らしました。
それはまるで、左側から誰かに脅かされた時の様で、
右側に体をやり、左をすごく驚いた顔で見ていました。
私は、虫でも飛んできたのかなと思い、
「どうしたの?虫さんがいた?」
おチビにそう聞きました。
おチビは、フルフルっと首をふり、
「おじちゃんがいるよ?」
と言いました。
えっ!?
おじちゃん?
自転車一台しか通れない路地で、こちらに歩いてきた人もいなければ、そこに佇んでいる人も、いません。
ましてや、私と同じ方向から来たのなら、私と並んで歩いていることなど、ありえないのです。
私は、おチビに、
「どこにいたノォ?お母さん、見えなかったなぁ。」
そう言いました。
おチビはずっと、体を右に反らした状態で、顔だけ左を向いています。
私の前に座るおチビの横顔が、とても怒っている時の表情でした。
「怒ってるの?」
私はそうおチビに聞きました。
するとおチビは…、
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「だって…、
ずっと、くさいおじちゃんが見てるんだもんッ!」
そう言いました。
マズイ!
いつもならここで、タイミングよく、ノホホン長女が現れて、
長女独特の感覚で、対処してくれるのですが、
今日ばかりはそうもいかない。
私が何とかしなくちゃ!
私は
「なにぃ〜?くさいの?くさいのは嫌だねぇ〜。」
そう返しながら、自転車の速度を上げるのが精一杯でした…。
おチビは、路地を抜けてからも、
体を右に反らした状態のままで、ずっと、
左を睨みつけています…。
「おチビ〜、くさいおじさんいるなら、
あっちに行ってって、怒っていいよ?」
私がそう言った途端に、
おチビは…、
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「あっちいけッ!くさいッ!来るなッ!」
大きな声で、左に向かってすごい剣幕で怒鳴ったのです。
初めて聞く…と感じるほどの、
おチビの怒鳴り声に、
私は驚いて、
「おっきい声だね〜!お母さん、びっくりしたァ。」と、
おチビを見ると、
おチビは少しこちらを向いて、
「おかあさん、あのみち、もうとおらないでね?」と
言いました。
「そうだね、お母さん、自転車下手くそだから、
狭いし暗いし、怪我したら嫌だから、
通らない様にしようね。」
そう言うと、おチビは、うんと言い、
また家までの道を、鼻歌を歌いながら帰りました…。
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家に着き、夕飯の支度をしていると、主人が台所に現れました。
今日ね…、
私は先ほどの話を主人に話しました。
すると主人が…、
「あー、その路地、結構前だけど、
通り魔事件のあったとこだわ。」
主人が言うには、もう30年ほど前にはなるが、
今日のそれと思しき路地で、通り魔事件があり、
文化住宅の住人の方が、続けざまに被害に遭い、
1人、亡くなった方がいたと言うのです。
被害者、男の人?
そう聞いた私に、
主人、
「犯人が男、被害者は全員女の人…。」
そう答えたのです。
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おチビが見た、くさいおじさんは、
全く関係のない者なのか、
それとも…、
どちらにしても、2度とあの路地には入らない様にしようと、心に誓い、
怖い思いをしただろうおチビを、ちゃんと慰めてやろうと思いました。
家に帰って来てから、おチビの姿を見かけない事に気付き、家の中を探すと、
おチビは、長女の部屋にいました。
長女のベットに、2人並んで腰掛け、
おチビは長女に
「くさいおじちゃんがいたノォ。くさいから、あっち行けッ!て言ったんだよ。」と話していました。
長女が
「くさいおじちゃん?お風呂入れよなぁ。
大きい声で怒って居なくなったなら、ビビリのおじちゃんだから、もう出てこないよ?
おチビ、うまくやったね。やるじゃん!」と、
頭を撫でていました。
おチビは嬉しそうに、ニコニコ、少し得意げな表情で、
長女を見上げていました…。
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またしても、最後の最後に、長女に救われた様な思いで、
私は長女の部屋に入りながら、
「お母さん、おチビに助けられちゃった。」と
言いますと、
おチビに
「だっておかあさん、弱いんだもん。わたし、強いもん。」
そう言われてしまいました…。
いつから、あの路地にいるのか、得体の知れないくさいおじさん…、
2度とうちの子に、近寄らないで頂きたい…、
私の威厳もなくなるので…、
そんな事も思いながら、
すくすく成長する我が娘達を、とても頼もしくも感じた出来事でした。
作者にゃにゃみ
下の子おチビとの楽しい時間に遭遇した、
今日の夕方の出来事です…。
怖楽しんでいただければ、幸いです。