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笹の葉さらさら。
今日は七夕。
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帰宅してみると、遠目から、私の住むマンションの入り口に、誰が立てたか、笹が飾ってあるのが見えた。
色とりどりの色紙で作られた短冊が吊るされ、夕暮れの風に揺れている。
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ちょうど私の前を歩いていた、最近お隣の部屋に引っ越してきたAさん(男性)も、笹に気づいて足を止めている。
顔を近づけて、短冊を読んでいるみたい。
なにか、面白いお願い事でも書いてあるのかな?
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と、突然Aさんが、奇声を上げながら、笹の葉ごと短冊をブチブチとむしり取り始めた。
バラバラと足元に散らばった短冊を、さらに靴で乱暴に踏みつけている。
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その、Aさんの顔。
嗤っている。
嗤っている。
目を剥いて、大口を開けて、よだれを垂らしながら嗤っている。
どうしちゃったんだろう、Aさん。
普段は物静かな好青年なのに。
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通りすがった人々が、Aさんの様子に気付いて、彼からそっと遠退く。
Aさんはそのまま、頭をかきむしりながらエントランスへと走っていってしまった。
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あとには枝だけになった笹と、その下に散らばった笹の葉と短冊だけが残った。
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私の部屋は、彼の部屋の隣だ。
厭だなあ。
隣人が、あんな一面のある人だったなんて。
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厭でも部屋には帰らなくてはいけない。
私はトボトボとマンションの入り口まで歩いた。
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見ると笹にはまだ、一枚だけ短冊が下がっていた。
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『Aさんが振り向いてくれますように C子』
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ふと、足元に散らばる無数の、色とりどりの短冊が目に入る。
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ああ――、
Aさんは啼(な)いてたんだ。
作者綿貫一
こんな噺を。