「きみちゃん、私のお友達が先生に殺されるかもしれないの・・・」
私の家にはきつねの耳としっぽのあるお巫女さんのぬいぐるみがあります。
神社の縁日でパパに買ってもらい、きみちゃんという名前を付けました。
きみちゃんは普通のぬいぐるみじゃありませんでした。
きみちゃんは生きてるんです。
私はきみちゃんに化かされそうになったことがありました。
そのときはなんとかだまされずにすんだけど、私はきみちゃんのことがとっても好きになったので、毎日いろいろと話しかけています。
けど、きみちゃんは私を化かそうとしたときにしゃべっただけでそれ以来私が話しかけてもちっとも答えてくれません。
またしゃべってくれる時を夢見て、布団の中で一緒に寝ているきみちゃんに今日も話しかけていました。
今夜のお話は私の小学校の先生のお話・・・
とっても怖いお話です。
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私の小学校の担任の先生は若い新任の先生でとても良い人です。
でも、クラスのみんなからは弥子ちゃんと下の名前で呼ばれています。
人が良すぎるからか、怒られることはないと授業中にふざける人がたくさんいました。
このまえも隣の席のひかりちゃんが授業中に紙飛行機を飛ばしていました。
さすがに先生は注意したのですが、ひかりちゃんはしれっとして言いました。
「私、この紙飛行機みたいに空を飛ぶのが夢なんだ、先生は私の夢の邪魔をするの?」
かなりむちゃくちゃな言い訳に聞こえましたが、ひかりちゃんはショートヘアの外見通りまるで男の子のような強気な口調で言いきりました。
弥子先生はおどおどとしてそのまま何も言えないようでした。
学級委員の葉子ちゃんはおとなしいデザインの眼鏡と長い髪をつつましやかにまとめた真面目そうな感じの子でしたが、とりわけ先生に無理な注文をします。
「先生、私帰りにお菓子屋さんに寄って帰りたいから、千円貸してよ」
この前の放課後、葉子ちゃんは先生からお金をもらおうとしていました。
葉子ちゃんのおうちは私のおうちよりもずっとお金持ちなのに・・・
「あの、先生がお金をあげるのは・・・」
先生は迷うように視線をそらしていました。
「ちょうだいなんて言ってないでしょ、貸してって言ってるの、まさか返さないとでも思ってるの?」
この時も先生は言葉に詰まって、おずおずとお金を葉子ちゃんに渡しました。
こんなことしていいのかなと私は不安に思っていましたが、数日後弥子先生は学校を突然休みました。
他のクラスの先生が来て、弥子先生の代わりに授業をしました。
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「どうしちゃったんだろうね、先生?」
私は隣の席のひかりちゃんに尋ねました。
「え~、つかれちゃったってことでしょ」
平然と彼女は答えて、特に興味もなさそうでした。
私は心配しましたが、三日後先生はクラスに戻ってきました。
先生の頭には包帯が巻かれていて、顔のあちこちにも傷を手当てした跡がありました。
先生は階段で転んで、頭をけがしたとみんなに説明しました。
先生が戻ってきたことは素直にうれしかったのですが、先生のお話が終わったときに、ある光景を見てびっくりしました。
「あれ、先生?」
弥子先生の顔が墨でも塗ったように真っ黒になっていました。
「え、え?」
私は目をこすって、もう一度あらためて先生の顔を見るといつもの先生の顔でした。
その時は不思議に思いながらも原因がわからないので気のせいということにしました。
それからでした。
日がたつにつれて、何だかクラスの中が暗くなっていくような感じがありました。
しかし、その変な空気とは逆に今まで荒れていたクラスの授業がだんだんまとまってきました。
真っ先にふざけていた学級委員の葉子ちゃんも真面目に授業を受けています。
ううん、よく見ると真面目にというより緊張しているようにすら見えました。
隣の席のひかりちゃんも葉子ちゃんがおとなしいので自分だけ先にふざけるわけにはいかないようでした。
そのため、あるときひかりちゃんは葉子ちゃんになんでおとなしくしているのか尋ねました。
しかし、葉子ちゃんははぐらかすばかりで何も答えてはくれませんでした。
納得できないひかりちゃんは、私はふざけて遊ぶよと葉子ちゃんをにらみつけていました。
何か言いたいような表情の葉子ちゃんの姿から顔を背けて、ひかりちゃんは教室を出ていきました。
重苦しいクラスの雰囲気に私はゆっくりと息を吐き出しました。
しかし、その次の日、学校にやってきたひかりちゃんは両足に包帯を巻いて、足を引きずっていました。
驚いてけがのことを尋ねると、ふざけて遊んでいるときに学校の二階から落ちてしまったということでした。
心配しましたが、彼女は大丈夫と軽く笑いました。
その日の授業でふざけて遊ぶと言っていたひかりちゃんは何もしませんでした。
私はけがをしたから考えを変えたのかなと思いましたが、よく見るとひかりちゃんまで葉子ちゃんと同じように気が張りつめているようでした。
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その日の放課後、私は葉子ちゃんとひかりちゃんが弥子先生に連れられて、使われていない教室に入っていくのが見えました。
いやな胸騒ぎがした私はそっとその教室の中を覗き込みました。
他には誰もいない教室で先生達三人が話をしていました。
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「あらあら、これっぽっちじゃ先生への借金の元金はなかなか減らないわよ」
「だ、だって私が手元に持ってるお小遣いはそれが全部だから・・・」
葉子ちゃんは戸惑ったように目を上げました。
「それならお母さんの財布から盗るなりしてくればいいじゃない」
先生の言葉に葉子ちゃんの顔色が変わりました。
「・・・そ、そんなことばれたら・・・それに私そんなにいっぱい借りてない」
血の気の引いた顔を恐怖が彩っています。
「ふふ、葉子ちゃん借金にはね、利息ってものがあるのよ、よかったわね社会に出る前にお勉強することができて、先生はとっても嬉しいです」
「・・・そ、そんな」
絶望の表情を浮かべる葉子ちゃんの横でじっと黙っていたひかりちゃんにも先生は笑顔で話しかけました。
「ひかりちゃん、昨日は残念だったわね」
「せ、せんせい、わたし、もう・・・」
「二階から飛んだんじゃ、空を飛べなかったわね」
耳を疑う恐怖の言葉を先生は発しました。
「でも、だいじょうぶ、けがが治ったら、次は三階から飛びましょうね。
それでもだめなら屋上から飛び出しましょう、きっと大空を飛べますよ」
「せ、せんせい、ごめんなさい・・・
わ、わたし、しにたくないよう・・・」
ひかりちゃんはこれ以上ないほどに青ざめ、ごくわずかに首を振りました。
「心配しないで、先生はあなたの夢を最期まで応援しますからね」
言葉の外に脅迫が込められているようでした。
「それとも、他の人にこのことを告げ口する?」
いたずらっぽくそして優しく弥子先生は問いかけます。
「・・・・・・」
二人とも何か言いたげに口を動かそうとしていましたが、何も言葉は出てきませんでした。
「ふふ、何も言えないし、どこへも逃げれないし、誰も助けてくれない。
そういう暗示をかけてるからね。
子供だましの暗示だけど、あなたたちは子供だから十分でしょ」
二人がおびえるような表情を見せ、その表情を見た弥子先生が満面の笑みを浮かべます。
「うん、良い顔ね。
あなたたちのその表情を肴にして先生は今夜もおいしいお酒が飲めます」
先生の言葉の意味は分からなかったけど、なんだかとんでもなく嫌なことを言っているのだけはわかりました。
先生の中に何か黒い光が差して、顔がまた黒に染まりました。
私はそれを見ながら体の奥から冷たい恐怖がせりあがってくるのを感じずにはいられませんでした。
「ああ、先生はつかれちゃったんだ」
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私はさっき見てしまったことをどうしようか悩みました。
他の先生に伝えようかとも考えましたが、弥子先生の発した言葉はあまりに現実感のない言葉ばかりでした。
他の先生が信じてくれるかあまりに不安です。
おまけに葉子ちゃんとひかりちゃんはしゃべることができない、下手に他の人に話してしまうと今度は私自身が弥子先生に狙われる危険もありそうでした。
私はもやもやした気持ちを抱えながら、ぬいぐるみのきみちゃんにお話をしました。
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その日の夜でした。
私がベットの中で寝ていると、誰かが話しかけてきました。
ゆっくりと目を開けると、目の前に私と同じぐらいの女の子の顔がありました。
「助けてあげようか?」
女の子は私に聞いてきました。
「・・・あなたは誰?」
「いつもあなたと一緒にいるじゃない」
「もしかして、きみちゃん?」
以前、きみちゃんは私の姿に化けていましたが、目の前にいる女の子は金色の髪と頭にきつねの耳が付いていました。
きみちゃんの本当の姿でしょうか?
「うん、助けてほしいよ」
目の前が一気に明るくなった気分でした。
「じゃあ、明日一日あなたの身体を私に貸して」
「え? どういうこと?」
「だって、私は今ぬいぐるみの身体だもの」
寝ぼけて夢の中にいるような感覚でしたが、私はきみちゃんの話を受け入れました。
「うん、助けてくれるんだったら、いいよ」
私の言葉を聞いてきみちゃんはにっこりと微笑みました。
そして、きみちゃんがいつもつけているきつねのお面を私の顔にかぶせてきました。
そして、そのまま私はまた眠りに落ちました。
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次の日の朝、私の身体はぬいぐるみになっていました。
でも、私の元の身体は普通に朝ご飯を食べて、学校に出ていきました。
私に向かって、まかせといてねと目配せして・・・
ぬいぐるみの身体に入った私はほとんど身体が動かせませんでした。
元の人間の身体とは全然違って、念力で手足を動かすような不自由さでした。
仕様がないのでずりずりと床を張って、リビングのソファの上に腰かけ、テレビを見ようとしましたが、ぬいぐるみの手ではリモコンのボタンを押せませんでした。
昼になるとママが帰ってきて、家事を始めました。
私はすることもないのでママがつけたテレビで妖怪の漫画を描く旦那さんとその奥さんのドラマを見ていました。
そうしながら、きみちゃんは私が学校に行っている間、家で何をしてるんだろうと思いました。
しかし、不意に私は強い不安に襲われました。
きみちゃんは私に本当に身体を返してくれるのでしょうか。
きみちゃんからしてみればせっかく身体を手に入れたのにこんな退屈なぬいぐるみの身体に戻ることはないのじゃないかと感じました。
そう思うと私は怖くてたまりませんでした。
そうこうするうちに私の身体に乗り移っているきみちゃんが帰ってきました。
帰ってきたきみちゃんは私の心配をよそに私のきつねの仮面を取りました。
すると私のぬいぐるみの身体は元の人間の身体に戻りました。
代わりに目の前にはぬいぐるみのきみちゃん・・・ではなく、昨夜ベッドの中で見た女の子が立っていました。
金色の髪ときつねの耳としっぽ、お巫女さんの服を着た女の子でした。
「あなた、きみちゃん?」
「知り合いで良かった」
私の問いかけには答えず、きみちゃんと思われる女の子は話し始めました。
「あなたの学校の先生に憑りついていたのは、この近くで悪さをしていた野狐でね、昔私が懲らしめたんだ」
「え、先生にきつねが?」
「まあ、あの先生の心が弱っていたのに付け込んで憑りついたみたいだけど話し合いで片付いてよかったよ」
きみちゃんは先生に憑いていたきつねに話をしてくれたようでした。
私はきみちゃんがだまして私の身体を盗ってしまったと考えたことを恥ずかしく思いました。
「それにしても、あなたあの先生に憑りついていた奴が視えたの?」
「う、うん、黒い影みたいな感じだけど・・・」
「前に、私の化けたときにしっぽが視えてたみたいだし、あなた案外霊媒体質ね」
霊媒体質・・・そう言われても、よく意味が分かりませんでした。
「じゃあ、また時々身体貸してね、今はぬいぐるみに封印されてるから、この身体では長くいれないのよ」
そう言うと、きみちゃんの姿が軽くはじけて元のぬいぐるみが床に落ちました。
ああ、やっぱりきみちゃんは生きてるぬいぐるみだったんだと私の中に喜びがこみ上げてきました。
しかし、そのとき台所の電話が鳴り、ママが電話を取りました。
どうも私の小学校からのようでした。
「え! うちの椎奈が担任の先生に暴力?」
とんでもない言葉が聞こえてきました。
「土下座させて頭を踏みつけたうえに、お金までせびろうとした?」
ママの言葉が震えています。
私は何が起こっているのかわからず、混乱しながらきみちゃんの方を見ました。
ぬいぐるみは床をずりずりと這いながら、私から逃げようとしていました。
私はきみちゃんの着物をつかんで持ち上げました。
「いや、あのね、あなたの話を聞いていて、学校という場所では狼藉をしたり、お金を盗っても罪にならないのかと思って・・・」
「そ、そんなわけないでしょ!」
きみちゃんに叫んだ瞬間、私の襟首がママにがっしりとつかまれました。
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ああ、怒られた、怒られた・・・
うちのパパとママがあんなに怒るんだっていうぐらい怒られた・・・
この世から消えてしまいたいってぐらい怒られた・・・
「ああ、もう学校行きたくないなあ」
私は先生を土下座させて頭を足でぐりぐり踏みつけた極悪人になっているはずでした。
ゆううつな気持ちで自宅の玄関を出ると二人の女の子の姿がありました。
葉子ちゃんとひかりちゃんでした。
どうやら、私を待っていたようでした。
「椎奈ちゃん、きのうはありがとう」
二人は私に謝ってきました。
聞くと、昨日の私は二人に助けてあげたわよ、と言ったようなのでした。
それを聞いて、私は一応きみちゃんにも悪気はなかったのかなあとは思いました。
「ところで椎奈ちゃん、あれ何かな?」
葉子ちゃんがうちの庭にある大きな桜の木を指さしました。
「ああ、はは、あれはね・・・ちょっと反省してもらってるんだ」
説明が難しいので私は笑ってごまかしました。
昨日の夜、私はきみちゃんを桜の木の枝に縄で吊るしました。
あらためてみるとまるで首吊りのように木の上でゆらゆらと揺れています。
なぜかまわりには獲物を見ながら笑っているようにカラスが群がっていました。
作者ラグト
勢いで書いたお話も3作目に入りました。
最近忙しくて頭の中で構成が組み立てづらく、勢いに任せてお話を書いています。
8月に入ったらお仕事の方も落ち着くかなあと希望しています。
なぜか人外の者たちと縁ができてしまう女の子、高遠椎奈の体験する謎めいた怪事件
アナザーエピソード3きみちゃんと黒先生です。