東日本大震災、未曽有の天変地異が起こるまで、Nは封印された別荘地の地下室で眠っていた。
Nという名前は警察関係者から符丁として付けられた名前だったが、N本人としては小説に出てくるスパイやエージェントのようで気に入っていたので、自分でもこの名前を使っていた。
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元の名前は・・・「のら」だったか「のろ」だったか、確か周りの村人からはそんなふうに呼ばれていたような気がする。
しかし、意味は野良犬だとかのろまだとかそんな感じだったので、むしろはっきりと思い出したくはなかった。
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「脳みそがあると、楽なんだがなあ」
やはり、霊体の身では考えることと覚えることに非常に力を使うという感覚、他人に憑りついて肉体を得ることができたNだからこそ実感できることだった。
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最初は戦争のおかげだった、兵隊に村の男たちが取られたおかげで、村は女と年寄りの数が多くなり、自分を馬鹿にしてきた奴らを比較的簡単に手をかけることができた。
その後、自分の理想とする虐待の共同体を作ることもできた。
しかし、一人の女が逃げ出したことにより、監禁事件が発覚しNは警察に追い詰められた。
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そして、Nは自殺した。
その際、体を焼き、歯を抜いたのは身元を隠したいからだった。
確信などなかったが、もし霊などというものが存在して、自分が恐ろしい悪霊になることができたならば、自分の生死をぼやけさせておくのは後々役に立つかもしれないと考えたからだった。
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そして、Nは賭けに勝った。
この世におびただしい未練を残したNの霊は悪霊となって復活した。
喜んだNはさっそく自分に何ができるかをいろいろと試してみた。
というのも幽霊として存在できるとはいえ、生きている人間に何の影響も及ぼすことができないのであれば、それはただそこにいるだけで何の意味もなかった。
その点に関して、色々試みた結果Nにはとんでもない能力が備わっていることがわかった。
なんと生きている人間に憑りついて自由にその人物を乗っ取ることができたのである。
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これにNは歓喜した。
「この能力があれば、なんでもできるじゃねえか、殺人や強姦だけじゃない、政治家に憑りつけば世界を破滅させることもできる」
しかし、この能力にはさらにいろいろ試すうちに色々と制限があることもわかってきた。
例えば明るく強い意志を持つ人間では意識を乗っ取ることができずに混濁することが多かった。
また、そもそも霊感をもっている人物の場合はNの姿が視られてしまうし、その霊的な加護からか憑りつくことができなかった。
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そうして自分の能力の特性を把握しながら、万全の準備を整えたNは自分を追いつめた警察に対するゲームを含めた猟奇殺人を開始した。
計画は成功し、警察に一泡ふかすこともできた。
しかし、その後、Nの身に思わぬことが起こった。
憑りつきの能力を使っているうちに心なしか憑りつく力が落ちているようなのだった。
以前は簡単に憑りつくことができた子供や薄弱そうな青年であっても憑りつきがうまくいかないことが出てきたのである。
慌てたNはさらに自分の能力に対する探究を続けた。
憑りついた青年の体を使って生まれて初めて本を読み漁り、参考になるかもしれないと心霊スポットと呼ばれる場所にも赴いた。
そして、ある心霊スポットのぬし的な霊から有用な情報を得ることができた。
それはいくら最初に強い力を持っていたとしても、使い続けていればその力は目減りしていくということだった。
その対策としては、自分が信仰や畏怖の対象となり、人々の念の力を集めればいいということもわかった。
「・・・要するに神様や心霊スポットのように信者や好奇を持つものを得るということか」
しかし、そうは言われたもののどうしたら信仰心や好奇心を集めることができるのかについてはさっぱりだった。
既に有名な心霊スポットには他にも有象無象の悪霊がいて、飛んでくる念を分け合わなくてはいけないからだった。
仕方なくNはできるだけ力を目減りさせないような対象を選びながら、短絡的な犯行を繰り返し、一回だけ子供の体を使って警察をおちょくって楽しんでみたりもした。
また、力が残っているうちに政治家の身体を乗っ取って日本をめちゃくちゃにしてやろうとも考えたが、意外なことに有力な政治家ほど護衛に霊感のある人間が存在し、政治家自身も意思の力だけでなく霊的な加護が恐ろしく強い人間ばかりだった。
「日本は心霊の分野を一般人に隠してやいないか?」
N自身がそう勘ぐってしまうほど、日本の有力者には心霊関係に精通している人間が多かったのである。
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そして、Nが政治家に興味をもち始めたころ、たまたま通りかかった神社の前が参拝客でごったがえしているのが見えた。
「ああ、そう言えば今日は正月か、そんなことすっかり忘れてたぜ」
もはやNは一般人のイベントには全く興味を持っていなかった。
そんなことよりも考えるのはやはり刹那的な快楽。
「今日は着物の女の子にしてやろうかな、そのあとデザートに巫女さんも喰っちゃおうかなあ」
どうせ回数が限られているのならとNはその時偏執的な嗜好に走り気味だった。
結婚式の花嫁を襲う父親、教え子を襲う慕われた先生、気弱な弟を襲う血のつながった実の姉など、不道徳の極みを尽くしていたNはまるで今日の晩御飯はこれかなという感覚でまたマニアックな選択をした。
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しかし、その選択がNの命運を尽きさせてしまったのだった。
そのときNが襲った着物の女の子は時の政権与党の大臣経験者という大物政治家の孫娘で、またその神社で霊視のできる神職に姿を確認されてしまった。
情報はすぐに警察にもたらされ、ちょうどそのとき警察ではNが憑りついて殺した小学生の事件とNの関係が捜査されていた。
そして、孫娘を襲われた大物政治家の指示による超法規的な包囲網が敷かれることとなってしまったのである。
N自身、警察がここまでやるとは思わなかったというほどの政治家の復讐ともいえる残虐なやり方で封印されてしまった。
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しかし、封印された地下室でNは諦めてはいなかった。
自分の存在が消えてしまう恐れもあったが、残ったすべての力を使って、封印から抜け出してきたのだった。
その結果、消滅だけはしなかったが、結界を通すことができたのはNの意識を含めたほんの少しの力でしかなかった。
外に出たNの意識に力はほとんど付いて来てはおらず、どんな憑きやすい幼い子供であっても、もう無理ではないかというほどだった。
その時、Nは封印の外を彷徨いながら、自分が読み漁った本のある論考を思い出していた。
それは幽霊が魂のある人間に憑りつくのでは着ぐるみの中にもう一人はいるようなものだからなかなかうまくはいかないのではないか。
それならばまだ魂と呼べるものがないと思われる胎児に憑りついたらどうだろうという記事だった。
当時、その記事を読んで興味は持ったが、あまりに不確定でまた仮に胎児にうまく融合することができたとしても、それで今の自分の意識が残せるのかが不安であったため、その時はそれ以上考察することはなかった。
しかし、今となってはもうその方法にすがるしかないのではないか、そう考えながら近くの村を彷徨っているとうってつけの妊婦をNは見つけることができた。
名は夏子というらしい。
見た目もN好みだった、もし胎児に成り代わることができたら、今度は親子での嬲り殺しも含めた戯れもいいじゃないかとまたマニアックな妄想にふけりながら、最後の選択肢をNは実行した。
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そして、結果は失敗だった。
胎児、すなわち秀夫への融合には成功したが、Nの意識は主ではなく、あくまで秀夫の潜在意識的なものにとどまってしまった。
そしてもう一つの誤算は夏子が霊感めいた勘をもっており、Nという悪寒の存在に気づいていたことだった。
そのため、あまりおおっぴらに動くと夏子に気づかれてしまうため、Nはその後夏子を殺す機会をずっと秀夫の中で伺っていた。
そして、少ない力を振り絞って秀夫の身体を隙を見て乗っ取り、夏子を自殺に見せかけて殺害したのだった。
さらに別荘地での猟奇事件を起こし、自身の封印された力を取り戻すため、封印を壊そうとしたがすんでのところで食い止められ、再び封印されてしまった。
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再度封印されたNだったが、そんなNに二つの幸運があった。
一つは天変地異という僥倖、地震と津波の天変地異によって封印の一部が破損したこと、そしてもう一つの幸運、それを最初Nは認識することができなかった。
封印の一部が壊れ、Nは別荘敷地内の結界の中であればいくばくか動くことができるようになっていた。
しかし、もう別荘地を囲む結界を抜ける力は当然残っていない。
Nの意識は別荘地の中を彷徨うしかできなかった。
しかし、どうだろう日に日に自身に力が戻ってくるような感覚があった。
何日か経つうちにその感覚はさらにはっきりしたものとなり、再び生きている人間に憑りついて乗っ取ることができそうなほどあった。
理由がわからず考えていたNがすべてを理解したのは深夜皆殺しの家に心霊スポット探訪に来た若者達を見た時である。
自分のいるこの別荘地が秀夫と一緒に起こした猟奇事件のせいで恐怖の心霊スポットになっていたのだった。
そのため皆殺しの家には好奇と畏怖の念が集まり、Nに力を戻している。
探究心旺盛なNはさらにこの状況を利用しようと考え、別荘の一つに残されていた古いパソコンを自身の力で動かし、心霊スポット特集サイトに意識を繋げてみた。
Nはそこでさらなる力の源となるように盛大に皆殺しの家を恐怖の心霊スポットとして煽ったのだった。
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そして、時は現在に至り、Nの努力はついに実を結んだ。
Nの意識は洋子を乗っ取り、自分の力の大部分をいまだ閉じ込めている封印を次々と破壊していた。
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「ひひ、この娘もいいけど、やっぱり復活第一号の獲物は春華に瓜二つのあの女だよなあ、秀夫も俺の半身だからな、運命を感じちゃったよお」
施設の中を進みながらも我慢できなくなったNは洋子の身体をまさぐりながら、春華の顔を思って絶頂を迎えたのだった。
作者ラグト
まず六番走者のゴルゴム様からのバトンの際に私の連絡不手際があり、ご迷惑をおかけしました。
そして、皆殺しの家、七番目の物語となります。
一応これまでの六名の作者様すべての物語を把握しているつもりなのですが・・・
ここまで出てきた設定との齟齬がありましたら申し訳ございません。
なんとか物語を収束する方向でまとめてみましたが、
今この境地に立ってみて、八番目以降の話を書けと言われてしまうと・・・想像すらできないです。
という心境、泣いちゃいそう・・・
そして、次の作者様の指名ですが、すべての元凶となる存在が明るみになってきましたので
ここからはお祓いの時間ですよね、龍田様お願いします。
いえ、もう本当にお願いします。
信頼しています。
第一走者:ロビンM太郎.com様→http://kowabana.jp/stories/25198
第二走者:鏡水花様→http://kowabana.jp/stories/25206
第三走者:紅茶ミルク番長様→http://kowabana.jp/stories/25219
第四走者:あんみつ姫様→http://kowabana.jp/stories/25232
第五走者:mami様→http://kowabana.jp/stories/25244
第六走者:ゴルゴム13様→http://kowabana.jp/stories/25256
【登場人物】
野呂 太郎 → 年齢20歳、元暴走族上がりのオラオラ系だが、現在はすっかり丸くなり、ガソリンスタンドで契約社員として勤めている。霊感多少有り。
龍田 進 → 年齢20歳 太郎の親友(幼馴染み)。太郎とは正反対の容姿で、頭脳明晰な大学生。実家暮らし。霊媒体質。
平坂 洋子 → 年齢19歳、太郎の彼女。一方的な太郎の片思いと積極的なアプローチに負け、三カ月前から付き合い始めた。 社会人一年目の美容部員。霊感無し。
川久保 史華 → 年齢19歳。洋子の親友。高校卒業後、実家の由緒ある酒屋さんの手伝いをしている。話し口調は萌え系。密かに龍田進に想いを寄せている。霊感無し。
野呂 夏美 → 年齢17歳。太郎の妹で美人。口調は男っぽく柔道の有段者。意外と泣き虫。高校二年生。霊媒体質。
…※ これ以外の、建物の形状、殺害された家族構成、犯人の素性、等のイメージ描写は全て皆様にお任せ致します。
殺人犯の母:夏子。殺人犯の秀夫を出生時から忌み嫌う。
殺人犯:秀夫。夏子を嫌う。その反動か、別荘地に宿泊していた一家の母親に執着し、挙句猟銃で一家皆殺し。その後自ら命を絶つ。
吉田:現在定年前の刑事
草加聡一:元県警本部長。吉田の上司だった男。
N:すべての元凶、本文をお読みください。
何かお気づきの事がありましたら、お願いします。